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第21話 復渇の日-1

挿絵(By みてみん)


 ラインゼル軍機関では、帝国軍と王国騎士団の正面衝突が続く。

 レオナ王子が率いる(ヴェルデット)部隊の魔導塔跡地への突入により、塔内を占領していた帝国軍兵士との混戦が繰り広げられていた。

 事前に絞り込んだ情報が正しければ、この塔の上層階に、帝国軍が王国に向けて撃つための兵器が運び込まれている。

 果たしてそこにカーサー元帥はいるのか――

 遭遇する帝国軍兵士を隊の騎士達に任せ、レオナ王子、アイとジフ、そしてフーゴは塔内を駆け上がる。



 階層内に、衝撃音とともに帝国軍兵士が吹き飛ばされた声が響く。喧騒を切り抜けた王子一行の前に、大きな扉が現れた。

 この塔が破棄された当時のままの構造であれば、この先には、壁が昇降口として開放される展望デッキがあるはずだ。かつての戦争時代には、実際に砲座として使用されていた部屋だ。


「帝国の兵器が設置されているのは、この部屋である可能性が高い」


 レオナ王子が扉を見上げながら告げる。


「……行くぞ」

「ああ」


 彼はフーゴに声をかけ、それが合図となってアイとジフが後方に下がる。

 二人は手に握っている剣に魔力を込め、振り抜いた刃から放たれた剣閃が、扉を破壊する。

 爆発と崩壊の煙が立ち込める中、煙を切り裂くようにフーゴが先導し、部屋の中へと突入していった。



 煙を超えた先、暗く広い部屋の最奥には、一際大きな黒い柱がそびえ立っている。

 その表面の幾何学的なラインには、熱を帯びた光が下から上へと走っており、まるで脈打っているようだ。

 おそらくあの柱の中に、帝国軍が開発した魔導兵器が封じられている。発射の時まで制御するための機構、あるいはその兵器を外敵から守るための装甲。

 そして、その柱の正面に立つ、ただ一つの背中――


 ガイラッド・ユレイス=カーサー。

 戦場で飛び交う情報を集約すれば、この襲撃を実行した首謀者であることは確定だろう。


「カーサー元帥!!」


 レオナ王子の怒号が響く。


「この襲撃を命じたのは貴方ですね」


 二言目は、声を張りながらも、冷静に断定する。

 彼の残響が消えても、視線の先の男は背を向けている。


「……ドロヴィスとセッサントは失敗したのか……」


 カーサー元帥はレオナ王子には反応せず、ただの独り言を空虚に零す。

 しばらくの沈黙の後、カーサー元帥はようやくこちらに振り返った。


 アイは初めて、己の目を通してかの人物と対峙する。

 彼が、一度はレオナ王子の心をへし折った人物。『星紡ぎ』の力でレオナ王子の記憶を透視した時とたがわぬ、静かに射殺すような目付きの男だった。

 目の前に立っている本物のカーサー元帥からは、その幾倍もの重圧感――子供のアイには感じたことのない畏怖が全身を強張らせる。


「これほど突然の襲撃を相手に、陣形を割り出すまでの時間はなかなかに速かった。

 しかし囮だとは思わなかったのですか」


 カーサー元帥は、開口一番にまた別の問いで応じる。

 彼は、レオナ王子がでたらめなまぐれでここに辿り着いたわけではないことを悟っている。レオナ王子も、そう問われることをある程度予測していたのだろう。


 もはや互いに探り合いをするまでもないと思ったのか、レオナ王子はおもむろに鎧の兜を外し、元帥に向かって素顔を晒す。

 王子の一つに束ねた長い髪が、深緑色に煌めきながら揺れ落ちる。


「カーサー元帥、あなたがここにいることは最初から予想していました」


 翠緑の瞳に強い光を宿し、レオナ王子が答える。

 元帥の眉間に寄せた眉が微かに深くなるが、鋭い視線でその言葉の真意を窺う。

 広間に響くのは、柱から発せられる機械的な脈動音のみ――静寂の中、レオナが口を開いた。


「まず、戦場の配置と動き。帝国軍の陣形を分析した結果、最も防御の厚い部隊がこの塔跡地に向かっていることを確認した。

 さらに偵察隊の報告によれば、以前からこの塔跡地周辺で、帝国軍の活動が頻繁に行われていることがわかりました」


 まず語ったのは、目まぐるしく更新され続ける情報を統合し、割り出した帝国軍の進行ルートだ。


「次に、地理的位置の分析。この塔跡地は、帝国と王国を結ぶ進路の中間点。

 西に魔導砲を放てば、軍機関要塞の背後にある山脈の峡谷を直進で通過し、大精霊の大樹――王国の結界の核を、正確に撃ち抜くことができる。

 この場所こそが、最短かつ最適な攻撃拠点です」


 まるで頭の中に戦術地図を描くかのように、王子は地形と方角を結びつけていく。その線は、一本の直線として確かに成立する。


「そして、物的な証拠が一つあります。それが植物の異変です。

 国際会議でも報告された通り、大陸東部――特に北の小国で、植物の異常が観測されていました。

 当初は、《影》による魔力汚染と考えられていましたが……

 我々の調査によって、異変の直接的な原因が特定されました」


 レオナ王子のその発言で、カーサー元帥の目元が明確に反応を見せた。



「植物を変質させていたのは、科械元素の化学燃料。この塔に運び込まれている、帝国軍が開発した兵器の燃料です。

 試験稼働の際に排出された化学物質が大気中に散り、風に乗って北方へと拡散した。

 その風向きは北。まさしく北の小国の領土にある植物の位置。降り注いだ燃料が植物に付着して、影響を及ぼしていた」


 レオナ王子は手のひらを広げる。緑色の魔力が物体の形を成し、翠緑の宝石が埋め込まれた金の冠が現れた。


「父から授かった宝玉……『王族の血』の結晶。

 我々バロディノーギア王家には、植物に直接干渉し、中に宿る魔力を感じ取る力がある。

 大陸中の大地に張り巡らされた“根”に、この血を出力できる範囲まで、あらゆる場所の植物を辿ることができる」


 王子は両手で冠を持ち、その頭上に頂く。彼の銀の鎧のカモフラージュが解け、純白の王族然とした鎧の姿を取り戻す。


「この宝玉を使い、大地の植物から魔力を分析しました。

 国家間をも跨ぐほどの広範囲を分析するため、私自身の血液と、自然元素に長けた騎士の十人分の力も加えて、限界まで魔力を消費しましたよ。

 その結果、植物に付着した燃料と、一致する物質――その反応が集中している場所を、特定することができました。

 それがこの森、その木々に覆われたこの塔です」


 王子の徹底した行動から滲む、強い執念が、語る声に籠っていた。

 本来ならば、たとえ血の力で物質を感知しても、燃料自体を知っていなければその答えまで辿り着けなかった。だが、レオナ王子には"その身で森を探し回る(・・・・・・・・・・)"ような現象が起こった。

 彼の大星座の輝石が見せた、立体的な森のビジョンと赤く燃える魔力。その光景が過去の戦争で兵器が使われていた光景と重なり、燃料が同一のものであると啓示を下した。

 カーサ―元帥も、ここまでのレオナ王子の語調からは、情報の文面をさらっただけではないものを感じている。

 思考したのち、元帥は再び口を開く。



「我々帝国軍の根城を突き止める根拠としては、理解しましょう。

 しかし、私が別の場所から指示をしている可能性は、考えなかったのですか?」


 元帥のその問いが、レオナ王子にとっても重要な決め手であることを示すように、彼の眼差しが強まる。


「貴方がここにいることを私が確信したのは……元帥、貴方の過去の行動パターンです」


 その答えに、カーサー元帥はわずかに眉を寄せた。レオナ王子はその反応を見逃さず、言葉を重ねる。


「貴方は重要な作戦時には、必ず自ら現場に赴く。

 この兵器の強化、そしてその使用が、大陸を根底から揺るがす重要な作戦である以上、あなたが指揮を執るために自らここにいると確信していました」


 最後の根拠は、カーサー元帥という人物そのものだった。

 物理的な証拠とは異なる、心理や傾向を読み解いた上での、いわば人間観察に基づく判断。

 常に外交相手のことを知り尽くしている王子らしい、統計と言えば聞こえはいいだろう。だが実際は、賭けに等しい。そしてレオナ王子は、その賭けに勝ったということだ。


「……なるほど」


 推論を聞き終えたと判断したか、元帥は小さく相槌を零した。



「よくそれを作戦として己の兵に説明し……そして従えられたものですね。

 挙句、子供を戦場に連れて来るなど……

 国とご自身の命を狙われて、ご乱心なされたのかと」


 まるで会議の席にいるかのように、元帥はレオナ王子の答えに淡々と評価を下す。

 忌憚のない元帥の指摘に、王子もわずかに表情を曇らせた。


「確かに、このような戦場に幼い子供を同行させるなんて……まともではないことは承知しています。

 ただ……あなたが〝今なら王国の結界を破壊できる〟と確信した理由が、

 私がまだ大星座として覚醒していないから、であるなら……」


 そこで、レオナ王子は肩越しに、後ろに立つアイへ目配せする。意図を汲んだアイが頷き、緊張で少し震えた左手で、右手の手袋を下げる。

 ――その右手の甲には、《明星の救世主》を思わせる真紅の結晶、大星座の輝石が存在している。

 元帥の目にも、その輝きが確かに捉えられていた。 


「すでに覚醒している大星座を、あなたに会わせるまでだと思いました」

「……大星座が……もう一人……そのようなことが……」


 レオナ王子は、証明してみせた。

 これまで鉄のように揺るがなかった元帥の目に、はじめて驚きが走った瞬間だった。


 大星座がもう一人存在し、さらに王国と協力関係にあるなど、誰が予想できようか。たとえ戦場では非力な少年であろうと、力がすでに覚醒しているというのであれば、話は大きく変わってくる。

 彼らが講じたのは、単なる布陣ではない――戦況そのものを覆す作戦だった。


 レオナ王子の背後に控える臣下、そして二人の少年にも動揺はない。皆がすでにこの作戦を了承し、覚悟を共にしているのだろう。

 王子は本当に、全ての手を尽くし、元帥に挑んでいる。



「元帥、あなたの目的は何ですか。

 このような襲撃は、帝国にとっても混乱と損失にしかならないはずです」


 レオナ王子が問い詰める。

 だが……この戦いに発展するまでのことを遡れば、思い当たる目的や動機など、むしろ挙げれば切りがないほど存在している。


 九百年前の戦争を経て、差別を諫めてなお、人の本能は階級を形成したがる。

 それらの悪意で下に押し込められた帝国の人々は、変化を求め、行き場のない怒りを暴力へ変えた。

 その結果、カーサー元帥は妻子を奪われた。


 絶望するには十分すぎる理由が、幾重にも起きた。どれか一つにでも「そうだ」と言ってくれれば、許しはできずとも理解することはできる。

 それでも目の前の人物は、たとえ犠牲になったのが自分の妻子であろうと――感情を理由にはしないことを、レオナ王子も知っている。


「――目的、ですか。先の会議で説明した通りです」


 それでも、元帥は取り乱すことはない。彼の声は変わらず凪いでいる。



「我々帝国は、《影》を打ち倒すため、兵器を作り出してきた。

 ですが、恐らくそれらは本来の目的とは関係のない、くだらない優先順位のために消費されるでしょう。

 この大陸に今も根づく価値観、“誰が神に近いか”という古臭く曖昧な言葉遊びによって。

 然るべき時に兵器を使う前に、神から最も遠い位置にいる、我々帝国の民が死ぬ。いつだって同じだ」


 元帥の視線が、虚空の一点を射抜く。


「だから私は、『信仰』そのものを討つ。

 口先だけで教義を語り、保身や根回しに利用し、機械的な思考と行為を繰り返す、ただの洗脳に成り下がった。

 帝国民ですら例外ではない。差別される側でありながら、さらに弱い者へ暴力を向け、問題をすり替え、解決を先延ばしにする。覚悟も責任も持たずに」


 その時初めて、レオナ王子たちは気付いた。

 カーサー元帥は、単に信仰を憎んでいるのではない。むしろ、信仰の本質と、誰よりも真剣に向き合い続けていたのだ。


「信仰や階級は、一方的な理不尽や差別、果ては殺しを許可するものではない。

 一度でも一線を越えた者、責任から逃げた者には、相応の罰として戦争という本物の暴力を背負ってもらう。

 《影》を乗り越えるという本来の目的に、そしてその後の世界に、筋を通せぬ者は必要ないのです」


 元帥の語調が鋭さを帯びる。そこには、国を守る者としての苛烈な憤りと覚悟がにじんでいた。


「人が人として生きるとは、“選ばれた者”になることではない。“責任を果たす者”となることだ。

 頂点とされた王国の結界が、今まさに弱まりつつあること――それこそが、変革の時だと示している。

 この戦争はそれらを清算し、《影》に確実に勝つために、成さねばならないものなのです」


 結論を告げる彼の低く厳格な声が、静寂を裂くように響いた。

 《影》に勝つ。ただそれだけが、元帥の目指す目的だった。



「……それがあなたの答えですか。

 会議での発言から、結論は変わらない――と」


 レオナ王子は、ほんのわずかでも理解したいという希望が、胸の奥に残っていたのかもしれない。

 ……いや、理解はできたのだ。理路整然で、感情で訴えかける隙のない理念。

 だが、どれほど論理的であっても、この行為を正当化してはならない。


「あなたの言う通り、腐敗した者達がいるとしても。

 今もなお、それらを犯さず生きている人たちがいる。止むに止まれず追い詰められ、ギリギリで踏みとどまっている人たちだって、確かに存在しているのです。

 そのような人々さえも、この戦争に巻き込まれて良い理由には……到底なり得ません」


 レオナ王子は元帥の理論に、真っ向から否定する。


「この塔はすでに我々王国騎士団が包囲しており、じきに制圧が完了します。

 あなたの計画は失敗に終わる。王国の結界を破壊することは、叶いません。今なら身柄の拘束だけで済ませます。

 カーサー元帥、投降してください」


 正面から対峙する、レオナ王子とカーサー元帥。不意に、元帥は王子の表情に気付く。


「会議はまだ……終わっていませんよ」


 レオナ王子の翠緑の瞳はぎらついた光を宿している。

 王子の目的は、帝国軍に戦闘をやめさせるだけではない。元帥に屈するつもりはなく、そして王子自身も己の理念のために、歩みを止めず進み続ける。それが実行可能なほどのあらゆる力と執念を、王子は確かに持っている。

 それを元帥に理解させるということ。そのためならば、何度でも――元帥を越えてやるという、宣戦布告に等しい。

 今ここにいる彼は、国際会議で狼狽えていたあの時の彼とは、もはや別人だった。


 しかし元帥も悟りはすれど、勝負がついたとは思っていない。



「交渉というものを真に覚えたようですね。ですが、残念ながらここは戦場だ」


 カーサー元帥はおもむろに右手を挙げる。すらりと伸びる骨ばった指、その中指に纏う銀のアーマーリング。そこに埋め込まれた黄金色の石――地殻元素の星零石が、鮮烈に煌めく。


「そして私は政治家ではなく……軍人だ」


 元帥の足元に、魔力のうねりが発生する。やがてそれは水銀の如き姿に変わりながら、元帥の周囲で螺旋状に渦巻く。宙に登る先端から、金色に変化し――完全なる金の欠片として浮遊する。


「……錬金術……!!」


 レオナ王子と背後のジフが、同時に声を漏らす。フーゴは苦い顔で舌打ちした。

 カーサー元帥という男が兵器の開発で大成した所以。その答えを一目瞭然の形で見せつけられる。

 彼自身が、物質を、金属を操り錬成する。故にどんな形状の、どんな出力の武器が効果的なのか、言葉通り手に取るようにわかっている。正しく武器を生み出すスペシャリストなのだ。

 つまり、彼の周囲に漂っている無数の金は――


 元帥の中指から鳴ったフィンガースナップの音が、鋭く響き渡る。

 それを合図にして、空中の金が数多の銃に姿を変えた。


「来るぞ!!」

「ジフ! アイを頼む!」

「了解!!」


 呼びかけるフーゴと同時に、レオナ王子が剣を握って走り出す。指示を受けたジフは直ちに地面に槍を突き刺し、自分とアイを覆う光のドームを展開させた。


 直後、元帥を囲うように現れた数多の銃が、一斉に発射された。



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