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第20話 魔導塔跡地制圧戦-4

 モナハ代表は目を覚ました。

 毛布をかけられているが、日の当たらない石の壁の匂いがして、人気のない建物だとわかった。横たわっている布越しに、地面の冷たさが伝わる。


 不自然に強い眠気が、重石のように体にのしかかっている。確か自分は直前まで、帝国軍が完成させた魔導兵器の稼働試験のため、兵器の設置場所に立ち会う予定だった。護衛のオリカと、他二名の兵と一緒に輸送車で……

 そうだ、オリカがいない。車の中では確かに一緒だったはずだが、思い出せる記憶はその場面までだ。その前は、車が到着するまでの待ち時間で、オリカが出してくれたハーブティーを飲んで――


「……お茶……」


 モナハ代表の脳裏に嫌な予感が過った。もし、あのハーブティーに何か含まれていたら。

 けれどオリカがそんなことをするだろうか?

 彼女に出されたものなら警戒なく飲んでしまうのは、否定できないけれど。それに、こんな場所で丁寧に毛布を掛けられていたのも何だか妙だ。

 どうにか上体を起こすと、上着のポケットでカサカサと音がした。取り出してみると、入っていたのは四つ折りにされた紙。モナハ代表は恐る恐る紙を開いた。



『逃げて』。最初に書かれた手書きの文字が目に飛び込んできた。

『カーサー元帥の計画で、帝国軍が王国に襲撃を仕掛ける。

 モナハのイマジニクスの力を使って、完成させた魔導兵器を最大威力で撃とうとしている。

 下に書いてある地図の出口から脱出して、すぐ近くの森の廃墟に行けば、小型航空機を停めてある。使い方は普段のものと変わりないから、それを使ってできるだけ遠くに行って。その場所から一番近いのは北の小国、可能なら王国でもいい。

 細工はしたけど、監視兵が気付くのも時間の問題だ。なるべく迷わずに出口に行って。』


 しきりに行ってと促す、ほぼ走り書きの文章。モナハ代表はこの文字の手癖を知っている。

 そして航空機についての内容で、――よほど普段から自分達を観察している者でもない限り――この手紙は誰が書いたのかを悟る。


 それなら、“彼女”は今どこにいるのだろう。

 ここに書かれている、王国への襲撃に参加しているのだろうか? 彼女は軍人なのだから、命令が下ればそうするのが当然だけれど。こうして自分を逃がそうとしていることの方が、命令違反とみなされるかもしれない。

 経緯はわからないが、彼女に自分がイマジニクスと知られて、それでもなおこの行動を取ったということ……


「……オリカ……」



 逃げる? 王国への襲撃? 兵器? イマジニクス? 小さな紙に書かれた言葉の数々が、あまりにも突然で信じ難い。

 けれど、ここがどこから入ったどの場所なのかわからない以上、今知り得るのは手紙に書かれた地図だけだ。

 じっくり周囲を見渡すと、ここは知っている建物だと気づいた。


 ――要塞墓地ネクロポリス。過去≪影≫の災厄や、戦争で犠牲になった人々を弔う地下空間の巨大な墓地。

 帝国とクラドザンク山脈、及びラインゼル軍機関の中間に位置する。王国を含む西諸国と山脈で隔たれた帝国が彼らと関わりを持つ、共同管理の貴重な建造物。

 モナハ代表も視察や慰安訪問で、何度か帝国の高官達と来たことがあった。しかし広大な地下空間の全てを把握しているわけでもなく、地図がなければ出られる気がしない。

 手紙を胸に当てて深く目を閉じ、やがてモナハ代表は立ち上がった。




 最初の部屋を出たモナハ代表は、壁に手をついて通路を進む。

 地図と通路は確かに一致している。ひらすら歩き続ける中、踏み入れた区画で少し景色が変わった。


 この吹き抜けを囲んでいる何層もの階層の数だけ、墓とそこに眠る者達がいる。

 ロビーには特殊な魔力でガラスの如き透明な壁が展開しているが、途方も無い数の魂が存在する事実に、ぞっとすると同時に吹き抜けに吸い寄せられそうになる。


「これほどの数の人が収まる場所……もしこの人々が今もここで生きていたら、もはや一つの都市だわ……」


 ガラス越しに吹き抜けを見つめてそんなことを呟き、はっと我に返った。

 墓地という場所にあてられたのか、物憂げになっている場合ではない。

 モナハ代表はガラスから離れ、通路へと戻った。




* * *




 そして、目的の北の出口へと踏み出し、モナハ代表は墓地からの脱出を果たした。目的地の廃墟に辿り着くと、手紙の指示通り、小型航空機が停められていた。

 被せられているシートを外すと、予感していた通り、やはり見たことのある航空機だった。オリカが実家で所有している機体だ。


「エンジンも燃料も問題ない……本当にこれで……」


 これで飛行すれば、たちまちは遠くへ行けるだろう。モナハ代表は帝国貴族の嗜みと技術者としての探究心で、航空機の操縦を心得ている。

 手紙に書かれていたように直近の北の小国か、上手く山脈を越えることができれば王国へ避難するか。

 帝国軍の……カーサー元帥の関係者として身柄を拘束されるだろうが、少なくとも頼る相手がレオナ王子であれば、それ以上の暴力に訴えることはしないだろう。物理的な身の安全だけはひとまず確保される。


 それで……そこから先は、その場所の処遇に任せるしかない。運が良ければ帝国軍本部や国防議会、政府とコンタクトが取れ、事態の収束に一助できるかもしれないが。それで簡単にカーサー元帥を止められるかはわからない。

 ……止められなければ、王国に魔導兵器が放たれるのに。わかっているが、自分の力ではそれ以上どうしようもないのだ。


「……オリカ……レオナ……」


 大事な人達が、対立して戦っているかもしれない。

 それなのに自分は彼女達に身を守ってもらう方へしか動けないのだろうか。

 だからと言って、戦場に飛び込んで何ができるというのか。最悪捕まってしまえば、自分のイマジニクスの能力が利用されるのだから。


 モナハ代表は航空機に縋り、項垂れる。

 こんな状況から逃げ出したいという思いが、甘い記憶を脳裏の底から呼び起こす。



『こんなパーツ付けて、一体いつ使うんだよ。これじゃまるで空賊じゃないか』

『せっかくのヴィンテージなのよ? 戦争で生み出されたけど、戦いに出ずに済んで、今までずっと大事に保管されてきた。

 戦闘機基準の武装は外されてるけど、機巧は今でも綺麗に残ってる。曲技飛行の発煙筒や花火とそう変わらないわよ』


 オリカとプライベートでも会うようになり、彼女の実家の航空機と対面させてもらった日。

 戦時に作られた骨董品がオリカの父に渡り、彼女の誕生日に贈られた、オリカの自慢の愛機。そんな大事なものをカスタマイズさせてもらえることになり、出来上がったものを見て、呆れながらも仕事では見せない笑顔をしていた。


 その後二人で実際にフライトして、大空の上で年甲斐もなく無邪気に笑い合っていた。自分達が明確に“友”になったと感じた日だった。

 こんなことになるなんて、考えもしなかったあの頃に戻りたい。



 オリカの大事なこの航空機で逃げて、次に彼女に会えるのはいつになるだろう。

 オリカの手引きに従ってレオナ王子に会えたとして、彼に合わせる顔があるだろうか。後ろめたいものを背負ったみすぼらしい女として、彼に匿ってもらうのか。

 自分はただの技術者だ。戦う力もなければ、戦いを止める力もない。



 ――――いや、そんなことは、無いじゃない。



 ここにある航空機は何か。

 この機体のことは自分が誰よりも知っている。

 数度メンテナンスして、この手でカスタマイズして、今の形になっているのだから。記憶に連なってそれを思い出した。


 ここには航空機と、エンジンと、燃料と、受信機と、パーツがある。機内に備えておいた工具も残っている。

 そして幸いなことに、帝国軍の魔導兵器と同じく、この航空機は過去の戦争で製造された骨董品。

 つまり自分のイマジニクスの能力――魔力の限界を引き上げて、さらなる力を活性化できたら、戦闘機ではなくなったとは言え全盛期同然の性能を発揮させられる。


 そのことに気づいた瞬間、モナハ代表の頭の中が凪いで冴え渡る。

 浮かんでくる方法は実行可能だ。常識の範疇なら、訓練を受けた軍人でもない者が普通はやらないというだけで。

 受信機をいじれば、帝国軍や国防議会のチャンネルを傍受して、通信できる。カスタマイズしたパーツを稼働すれば、多少の衝撃――兵器による攻撃を含め――くらいは凌げる。

 剣や銃でなくとも、この航空機は自分にとって十分すぎる武器であるはずだ。


「ありがとうオリカ……この航空機を大事にしてくれて……

 今は少しだけ、使わせてもらうわ」


 モナハ代表は機体に額を触れ合わせ、想いを込めて呟く。そして運転席へと乗り込み、備え付けの工具箱を開いた。

 その手に握ったレンチに反射する彼女の顔は、決意に満ちていた。


「私は……帝国一の技術者なんだから――!!」


 ――20 魔導塔跡地制圧戦

次回更新:8月8日予定

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