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第20話 魔導塔跡地制圧戦-3

「V06(ゼロシックス)! 進路を確保!」

「了解!」


 森の塔跡地内部に突入した王国騎士団の(ヴェルデット)部隊。先陣を切った騎士達が塔内に潜伏していた帝国軍兵士を抑え、後続のレオナ王子たちを先へと進ませる。

 一行が階段を上りきった、塔の中層――封鎖された通路を突破し、その時は訪れる。


 先導するフーゴが慎重に索敵を行いながら、石造りの広い通路を進んでいく。

 彼は微かな異変を感じ取る。外気の入り込まないはずのこの場所に、風の動きがあった。――何か来る。


「伏せろ!」


 フーゴの叫びとほぼ同時、突風が吹き抜けるかのように、迫り来る紫の波動が彼らの進路を襲った。フーゴとレオナ王子が咄嗟に魔術で防御壁を展開し、衝撃をしのぐ。

 やがて、煙と砂塵が徐々に引いていく。ぼんやりと輪郭が浮かび始めた先に、二つの人影が立っていた。


 一人は、両目を覆う眼帯をつけたグレーの軍服に、長い灰茶の髪を束ねた男。共に並び立っているのは、彼と同じ造形の赤い軍服を着た、短い茶髪の女。

 その女の方の姿が、アイとジフの記憶と一致する。

 かつて、彼らがバロディノーギア王国に訪れた日。王都で発生した人命救助の現場で共闘した軍人――オリカだった。



「あっ……この人……! 暴走した魔獣を止めた時の、軍人の人……!」

「なんで子供がこんな所に……騎士団が連れてきたのか……!?」


 互いの顔を視認し、そして驚きのあまり走る足が止まる。

 今でこそ二人の少年――アイとジフは戦闘用の防護服を着ているものの、その顔を知った最初の状況を確かに覚えている。本来なら、こんな場所で遭遇するべきではない相手のはずだ。


「ここにいるということは……あの人も襲撃に加担しているのか」

「えっ!?」


 一目瞭然の状況だが、ジフにそう聞かされたアイだけは、信じ難いという顔で衝撃を受ける。



「な……なんでだよ!! 一緒に王国の街の人達を助けただろ!!

 自分の国じゃなくても、弱い人達のために迷わず戦ってくれたじゃん!!なのになんで……助けた人達を襲おうとするんだよ!!」

「っ…………」


 相手が敵兵であることも厭わず、アイは前のめりに声を上げた。彼の痛々しいまでの無知で純粋な叫びが、オリカの胸を締め付けた。

 アイは戦場はおろか、軍人というものも、国同士の対立というのも、いまだよく知らない。知っているのは王都でオリカが人命救助に協力してくれたという、己の目で見た事実だけだ。

 オリカは帝国の軍人なのだから、軍の上官に命令されればそれに従うのが彼女の仕事だ。だがそれ以前に、人としてはあまりに矛盾していて、倫理の道を外れている。難儀の一言で表すには足りないほどに。


「“なんで”なんて……私は……」


 覚悟はできていると自分に言い聞かせたはずだった。人命救助など自分には求められていないはずだった。こんな所でこの少年達と鉢合わせなければ。

 その場にいるレオナ王子たちも、アイを巻き込まないためか、あるいは彼の発言に何かを感じているのか、苦々しい表情でじりじりと硬直している。



「ドロヴィス少尉!」


 背後から響いたセッサント大尉の声に、オリカは現実に引き戻される。同時にそれが合図であるかのように、オリカは端へと飛び退いた。

 その直後、レオナ王子たちの足元に亀裂が走り、地中から岩塊が勢いよく噴き上がる。アイと王子たちは即座に反応し、受け身をとって回避する。舞い上がった砂塵が一帯を包み込んだ。


「少尉、大丈夫ですか」

「っ……問題ありません!!」


 隣に並び立つセッサント大尉の確認に、オリカは幾度目かの断言をし、葛藤を振り捨てる。

 その矢先、突風を帯びた緑の閃光が砂塵の層を切り裂き、奥から複数の黒い烈波が放たれた。オリカと大尉が剣で薙ぎ払うが、その先にはすでに銀の鎧に身を包んだ騎士たち――レオナ王子とフーゴが斬りかかっていた。

 鋼の刃がぶつかり合い、金属音が激しく鳴り響く。王子達とオリカ達。王国と帝国。両陣営の戦闘が始まった。



「レオナ王子……フーゴさん……」

「アイ。あの軍人は、王都の時とは別人だと思え。今はとても協力なんてしてくれる状況じゃない」

「そんな……」


 レオナ王子達の後方に退避し、アイはジフに諭される。

 帝国軍の侵攻を止めなければ、王国の防衛線も、大精霊の結界も突破されてしまう。それを防ぐために、レオナ王子たち王国騎士団はオリカたちを排除しなければならない。

 この状況の理由は明白なのに、彼らが戦っている光景がアイにとってはひどく苦しい。


 そうしている間にも、戦闘はさらに激しさを増していく。

 セッサント大尉が手首を返して刀を旋回させる。その動作の途中、柄に仕込まれたレバー――ブーストギアをさせ作動した。ギミックの回転音が鳴り、胸部の防護ベルトと刀身の金具が同時に反応し、オレンジ色のライトが熱を帯びて発光する。

 振り下ろされた刀から、先ほどよりも一層激しい砂塵の竜巻が放たれた。視界は一瞬で黄土色に染まり、レオナ王子たちは腕で目を守る。その隙に、オリカとセッサントの姿が掻き消された。


 砂塵の向こう側。次の動きに備え、セッサント大尉刀を構えようとしていた、その時。


「何度も同じ目眩しは通用しません。次の手を……」

「大尉、先に行ってください!」


 オリカの思いがけない提案に、大尉は顔を向ける。オリカも彼を見上げ、視線が交差する。

 その瞳は、決意の色に満ちていた。


「ですが……」

「一網打尽にされるより勝機は残ります! せめてもの時間稼ぎくらいは!」


 大尉は情報を熟知しており、戦闘技術もオリカと同等かそれ以上にある。温存すべきは彼の方だろう。

 彼もその意図を察したのか、しばし黙考ののち、静かに頷く。


「……上で待ちます」


 セッサント大尉は踵を返し、その場から走り去った。オリカは前を向いたまま剣を握る手に力を込める。



 彼女の読み通り、強力な流水――ジフの『タイダル・トーレント』が砂塵の帳を破った。ほぼ同時に、アイが頭上に放った火球が空間を照らし、障害物にまみれた視界を一気に明るくする。  鮮明に照らし出された敵のシルエットの数に、フーゴが最初に気付く。


「一人姿を消してやがる……!」


 オリカは剣で水流を受け流した勢いを利用し、手元で剣を一回転させる。


「お前らなんか……私一人で十分だ!! 《岩吼刃(がんくうじん)》!!」


 オリカが叫び、剣の金具のブーストギアを作動させる。加速する回転音と共に、剣の金具と防具ベルトが発熱し、オレンジ色の光を放つ。

 オリカの周囲に、魔力を帯びた鋭い岩塊がいくつも浮かび上がり、彼女が剣で示した方向へと一斉に射出された。

 向かってくる岩塊に対し、前に出たフーゴが両手の双剣をクロスして払い、宵影元素の黒煙を広げた。今度は視界が濃い暗闇に覆われ、撹乱される。


 だが、オリカが敵の位置を捕捉するのは視覚だけではない。

 オリカの頭に、一瞬のスパークのような痛みが走る。この反応は、彼女が特殊なエネルギーを感じ取った時に起きる、彼女固有の“体質”――イマジニクスの能力。

 そしてこの場に存在する特殊なエネルギーとは、大星座。即ち、レオナ王子から発生している!


 頭痛を起こした方向に向かって、オリカが剣を振り下ろす。切り拓いた煙の先で、レオナ王子が剣で受け止め、鋭い金属音が響いた。オリカの感知が的中した。

 王子は素早く煙に紛れようとするが、逃すまいとするオリカが頭痛に従って正確に捕捉し、集中的に剣撃を喰らわせる。


「くっ……!」

「こいつイマジニクスか!」


 フーゴが援護に入る。双剣を振るい、煙の中に紫色の念波を放つ。それはソナーのように空間を走り、オリカの位置をマークする。煙をまとったまま、彼はその座標に向かって斬撃を叩き込む。  だが──剣の先に現れたのは、レオナ王子の姿だった。

 予想外の光景に、フーゴの動きが一瞬揺らぐ。その隙を逃さず、王子は虚を突いてカウンターの一閃を放つ。


 いや、これはレオナ王子ではない。フーゴと同じ宵影元素を使い、幻影で姿を偽ったオリカ本人だ。

 気付いた時には遅く、オリカの切先に込められた魔力が炸裂し、フーゴは勢いよく吹っ飛ばされた。


「大丈夫ですか!?」


 後方に退避しているアイとジフの前に転がり落ち、二人の呼び声が重なる。

 フーゴは直ちに立ち上がり戦線へ戻ろうとするが、彼の行く手に、地面を割って巨大な岩壁が立ち上がった。視界も進路も完全に塞がれ、向こうにいるレオナ王子とオリカの姿は見えなくなってしまう。


「クソッ……!」


 歯噛みしながら、フーゴは破壊を試みて岩壁に攻撃を浴びせた。



 その内側。立て続けに仕掛けたオリカに、呼吸を整える間が生まれる。

 レオナ王子はその隙を逃さず、今度は自ら先制の斬撃を繰り出した。オリカも寸前で応じ、両者は激しい剣戟を交わす。

 火花が散り、相手の動きを牽制し合いながら、互いに一歩も引かない。


 オリカの呼吸と頭痛、そして闘争心が、けたたましく明滅しながら共鳴し、神経を駆け巡る。

 目の前の男をここで倒す。

 モナハの想い人を。王国の王子を。大陸が神のように信仰する大星座を。たとえ殺してでも。どれだけの人に怨まれても。この手で私が勝つ!

 そうしなければ、私は前に進めない――!!

 

 オリカの猛攻は止む気配を見せず、レオナ王子も必死に耐え凌ぐ。

 ずっとこちらを捉え続ける彼女の鋭い眼光――その奥深くに、金色の光が微かに明滅しているのを、レオナ王子も覗き返す。


「その目は……まさか……」


 ――黒影病の特徴。殺意を超えた、狂気や執念に近い激情は、この負の感情を増幅させる金色の光が与えているのか。それとも足りない力を補うように、病の力さえ利用しているのか。

 激しさを可視化するように、オリカのブーストギアのライトが鮮烈さを増していく。


 だが、たとえ病のせいだとしても、それを患うほどの過酷な背景があったとしても……だからこそ、今ここで同情や手加減をするわけにはいかない。

 なおさらオリカが本格的に発症して、無差別に暴れ出す前に――彼女に勝って、取り押さえなければならない。



「うッ……!」


 突如、オリカの頭痛の負荷がついに忍耐を上回る。剣を振り下ろす最中だった彼女の体勢がガクリと崩れる。

 レオナ王子はオリカのわずかな硬直を見逃さず、魔力の光を纏う剣を一閃、オリカの身体に直撃させた。

 その威力で吹き飛んだオリカの体が、並び立ったままの岩壁に叩きつけられる。

 続けざま、王子は足元に剣を突き立てた。


「《昇る陽樹の緑鎖エンブレイス・プラント》!!」


 地中から急速に伸びた植物の蔦が、岩壁から滑り落ちるオリカを捕らえる。両腕ごと体に巻きつかれ、足をバタつかせながらも、オリカは宙に吊り上げられた。

 こうして、彼女は完全に戦闘不能となった。




* * *




 時同じくして反対側の岩壁が砕かれ、フーゴたちが現状を確認した。その破壊音を最後に、辺りは一転して静まり返っている。

 依然としてもがいているオリカの前へ、レオナ王子が歩み出る。

 そして彼は銀の鎧の兜に両手を添え――それを外した。

 顔を晒した王子の行動に、オリカとフーゴたちは驚愕する。遭遇した当初からほぼ確信はしていたが、敵の前でこんな行動に出るとは思っていなかった。


「貴様……何のつもりだ……」

「モナハは今どこにいる」


 二人は互いに問いをぶつけ合う。先に続けたのはレオナ王子の方だった。


「王国の外交官から帝国政府にコンタクトを取っても、『帝国内でも代表の所在がわからない』と言われた。

 それどころか応答してくれたそちらのロナルド大佐は、軍本部に残っている自分達も本来このような出動があるとは聞かされていないと言っていた。

 モナハはこの襲撃のことを知っているのか? 彼女は無事なのか?」

「答えるわけないだろうが……!」


 冷静に追求するレオナ王子とは対照的に、オリカは敵意を剥き出しにする。


「オリカ。君を殺すつもりも、これ以上君と戦うつもりはない。降伏してくれ。

 君を殺したら、俺は……モナハに会わせる顔がない……」


 レオナ王子にとって、目的はあくまでも鎮圧であり、殲滅ではない。そして彼自身が踏み越えたくない人道的な一線――切実な本心だった。

 だが、そんな想いとは裏腹に、彼が最後に口にした人物の名で、オリカの逆鱗に触れることになる。


「こんな戦場にまで出てきて……何をふざけたことを言っている……!!

 自分の手を汚したくないだけだろうが!! イマジニクスの血がそんなに汚いか!!

 舐め腐った建前のためにモナハの名前を使いやがって……!!」


 オリカの表情が豹変する。理性のたがが外れ、剥き出しの怒りと憎しみが全身を支配していた。

 もはや軍人としての矜持も、任務も関係ない。そこにあるのは、圧倒的な本能の慟哭だった。


「何人もの人間の尊厳と人生と、命を払って……ようやくお前のたった一言と同じ価値になるんだぞ……!!

 お前のその一言で、それがどれほど踏み躙られると思ってるんだ!!

 何もしてないくせに良いことをした気になりたいのか!?」


 堰を切ったが如き叫びが、抑えようもなく階層全体に響き渡っている。それは叫喚に近い、魂の嘆きだった。

 だが、感情の臨界点を越えたのは、オリカだけではなかった。


「っ……勝手に命にそんな価値をつけるな!!」


 ただの事務的な交渉ではない、本能からの怒りがこもったレオナ王子の怒号が響いた。オリカだけでなく、後ろで見ているしかできないアイ達もびくりと肩が跳ねる。


 その価値を決めたのは、レオナ王子でもなければオリカでもない。ただ、互いにこの時代に生まれてきた時には、すでに定められていた。

 《影》の脅威が蘇り、死や崩壊が間近に迫ったことで、大陸から失ってはならないものが明確化した。その一つが大星座であるレオナ王子だった。

 それを守る為には、一番遠いものから犠牲にして時間を稼ぐ……優先順位が浮き彫りになった。その“一番遠いもの”にいたのが帝国だった。そしてオリカは帝国で生まれたイマジニクスだった。

 ――そんな言葉遊びの屁理屈はもうたくさんだ。そう思っているのはレオナ王子も同じだった。


「じゃあ……これ以外でどうすれば……世界が変わるって言うんだよ!!

 話し合いなんかしてる間にも《影》の復活は止まらないんだ!!

 そんな状況で誰が正気のまま、他人の嘆きに耳を貸せる余裕があるって言うんだ!!」


 オリカの口から溢れるのも、もはや矜持ではなく。人類という生き物の限界を目の当たりにした絶望だった。

 帝国側が理性的に努めたとしても、相対する側が「どうしてこんな状況で譲らなければいけないんだ」という苛立ちに呑まれているのを、何度も見てきたのだろう。

 どこまで余裕をもっていられるかは、立場や環境によって異なる。それとは裏腹に、時間は等しく迫り続ける。


「お前に聞いてるんだよ!! 何とか言え!!」

「っ……それは……!」


 食い下がろうとするレオナ王子の肩を、フーゴが掴んで止める。


「レオナ、もうやめろ。今のこいつには何を言っても無駄だ」


 レオナ王子は冷や水をかけられたような顔をした。争うつもりはないと口にしたはずなのに、いつしか自分も怒りに任せて責め合っていた。

 言い返せなかったことを……戦争以外の方法が答えられなかったことを、“負け”だと感じている自分に気づいたのだ。


「こいつはもう戦う力もないんだ。このまま放っておいてもじきに緑部隊の奴らがここを制圧する」


 こうしている間にも、下の階層で戦っている騎士達から状況報告の通信が届いているのだろう。冷静なフーゴの顔を見て、レオナ王子は奥歯を噛み締め、喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 フーゴはアイとジフを連れて先へ進む。アイが何度かオリカの方を振り返りたそうにしていた。レオナ王子も遣る瀬無い背中を向け、彼らに続く。


「レオノアード!!」


 その場に拘束されたままのオリカの怒声が響く。それでもレオナ王子は振り向くことなく、この階層から姿を消した。


「クソ……クソッ……!」


 蔦の中でもがきながら、オリカの呪詛が虚しく零れる。

 殺されることさえも、戦死することさえもできなかった。敵として、戦士として見られていない。モナハ代表に甘んじた友人としか思われていなかった。

 勢い勇んで元帥の理念に同意し、気が狂うほど葛藤して、何度も決断した。しかし何一つとして果たせなかった。

 こんな無様な姿で捨て置かれたまま時間を過ごし、戦いが終わるのを待つことしかできないのか。


 私は……一体何のためにこんな場所まで……――――

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