第03話 白の青年-2
既に投稿していた第3話を再度パート毎に分割投稿したものです。
内容は最初の投稿と同じです。(一部誤字脱字の加筆修正をしています)
「まあ~教団の方が直々に訪問してくださるなんて、《神》のご加護があるのかしらぁ~!!」
「は、はぁ…………」
「今日はいつもよりうんとお祈りしなきゃあねぇ~!!」
マルトクラッセの中の居住区。商業都市であるこの街には富豪や商人といった富裕層のお屋敷も多く並んでいる。ジフはその中の数軒に配達に訪ね、最後に商品を受け取ったふくよかな夫人に大仰な感謝をされていた。
教団の兵士であるジフが行けば富裕層の客ウケが良いからと、ヨータに居住区での配達を指示された。あれだけ教団に文句を垂れていた癖に、教団の影響力が利用できるとなればこれだ。今までの任務でもイレギュラーはいくらでもあったが、今回ばかりは専門外な問題が多過ぎる。
夫人の応対から解放され、軽くなったショルダーが配達を終えたことを実感させる。ジフは大きく溜め息を吐いて屋敷を出た。他に用事もないので宿に戻ろうと道を歩いていると、噴水の広場に差し掛かったあたりで他の通行人とは異なる挙動の人物が目に入った。
「…………?」
鮮やかな蒼色の長い髪に、ドレスにも見える黒いコルセットとフリルのスカート。頭の右側には貝殻の飾りがついた黒いリボンを身に着けている。背丈から見るに、恐らく自分と同じ年頃らしき少女だった。
富裕層の多いこの居住区ではそう珍しくもない服装だが、気になるのは何かを探しているかのような、右往左往する動きだ。探し物をする人の一人や二人、街にはいるだろう。しかし視界に映る景色の中で、どうしてか彼女に目を引かれてしまう。
「……探し物か?」
教団の兵士らしい善行、と自分に言い聞かせたジフは少女に歩み寄り、声をかけた。振り向いた少女の、鮮烈な金色の目と視線が重なる。
「……うん」
鈴の音のような、か細く澄んだ声だった。少女らしい可憐さと、少し伏し目がちな表情のミステリアスさが織り交ざった、目を張る雰囲気をしている。
「友達と一緒に来たんだけど、はぐれちゃって……」
挙動の理由を聞いて納得した。この街の地理に慣れていないならよくあることだ。
「電話で連絡は取れないのか?」
「私は自分の電話を持ってるけど、友達は人じゃないから」
「え?」
友達という言葉の先入観か、人だと思っていたジフは不覚にも意表を突かれた。
「これくらいの……こういう形の……もふもふで……青色の……アレッペっていうの」
「アレ……」
少女は身ぶり手ぶりでハンドボールサイズの丸を作りながら淡々と説明する。その特徴から察するに、恐らくはあの仔竜獅子のような……小型の魔獣の可能性が高い。連れて来た飼い魔獣を見失ってしまったということか。そうなるとだいぶ話が変わってくる。
これは交番を頼った方がいいのでは――とジフが思案していた、その時だった。
「ペェエエエエ~~~~~~!!」
街中に、気の抜けるような甲高い声色の鳴き声が響いた。
ジフは咄嗟に声がした方へ振り向く。すると、少し遅れて人の悲鳴まで聞こえ始めた。逃げろ、だとか避けて、だとかを叫ぶ声も混ざり始める。次第にそれらの喧騒に地面を揺るがす重い振動音が増え、次第こちらに近づいてきているのがわかった。建物が並ぶ街路の角の向こうから姿を現したそれは――
激しく奮い立ちながら物凄い勢いで街を走る、角の生えた巨大な哺乳類、牡牛の魔獣。正に闘牛の如き様相だった。
「暴走しているのか……!?」
ジフが魔獣の姿を捉える。同じく喧騒の正体に気付いた人々が声を上げながら次々に道の脇へと逃げていき、牡牛の魔獣の走る道が開かれる。地鳴りのような唸り声を漏らす口からは涎が溢れており、それだけではなく……
青い羽毛と黄色いくちばしの、ボールサイズの丸い……鳥、しいて言えばペンギンのような生物が咥えられている。
「ペェ~~!!」
「アレッペ!」
それを目にした少女が身を乗り出す。言われてみればあのペンギンは先ほど彼女が話していた特徴と一致していた。はぐれていた間に暴走に巻き込まれてしまったのか。
牡牛の直線上には広場の噴水が建っている。あの勢いのまま衝突すればあらゆる被害が生じてしまう。
「下がって! 巻き添えを喰うぞ!」
ジフは周囲に呼びかけながら、直ちに実体化した槍を握り牡牛の前に飛び出す。眼前に出現させた魔法陣から、水流を砲撃の如き威力で一直線に放った。牡牛が水流にぶつかり、互いに強い力で押し合う。
牡牛が水流を押し返した、かに思えた直後、ジフが地面に槍を突き刺すと牡牛の目の前で氷の壁が競り上がり、派手に衝突して横転した。
牡牛を鎮静化するだけなら多少はなんとかなる。しかし、捕まっているアレッペを助けるとなるとあまり手荒なことはできない。ジフが急いで次の一手に出ようとした――その時。ジフと牡牛の頭上から影が落ちる。
宙から降ってきたのは、両手で剣を構えた――あの少女だった。
黒いスカートを翻し宙返りで勢いを増しながら、水を纏った剣を牡牛の体に叩きつけた。立っている地面の煉瓦が沈むほどの威力を喰らい、牡牛が悲鳴のような咆哮を上げた弾みで口からアレッペが吐き出される。少女が着地と同時に転がったアレッペを拾い上げ、すぐに飛び退いて牡牛から距離を取り、ジフの横に並び立つ。
「大丈夫か……!?」
「うん。アレッペは助けたから。あとはトドメを刺すだけだよね」
「ペェ……」
少女の脇に抱えられているアレッペは、涎で全身ぐっしょり濡れてしまっている。
「……できれば気絶させるだけで済ませたい。左右から攻撃してあいつの動きを抑えたら、同時に技を撃つぞ」
少女の身のこなしを目にしたジフは、彼女が戦闘経験者だと察する。ジフの作戦に少女が頷き、そうしている間にも起き上がった牡牛が再び走り出す。左右に散って走るジフと少女がそれぞれ攻撃を乱れ打ち、牡牛の動きを喰い止める。
「今だ! 《海槍の奔流》!!」
「《疾る一閃の青波》」
ジフの合図で魔力を込めた武器が光り、二つの閃光が双方向から牡牛に放たれ、大規模に爆散した。氷水元素の飛沫が広場いっぱいに霧散し降り注ぐ。霧と土煙が晴れると、地面に倒れた牡牛は完全に気を失っていた。
「君たち! 大丈夫か!」
駆け付けた街の警備隊に呼び掛けられる。ジフと少女は武器を魔力に還し、そちらの方へ振り返る。
「エスペル教団の兵士です。偶然この場に居合わせたので自分の独断で鎮静化していました。彼女は一般人の協力者です」
ジフは懐から教団の紋章を差し出しながら滞りなく説明した。目に飛び込んできた教団の制服と紋章、そして幼い少年の毅然とした対応に警備隊が少し面食らう。
「それは助かった。怪我はないかい?」
「ひとまずこの魔獣は我々で保護した方が――」
と、警備隊が言いかけた所。
「待ってくれぇ~!! その子はわしの大事な家族なんじゃ~!!」
「あらまぁ!! さっきの教団の方だわ!」
牡牛が走ってきた方から、富豪の老人が大声で叫びながら、立派なスーツを汗とシワまみれにして全力で走ってくる。息を切らしながら牡牛のもとに辿り着くと、両手を広げてその巨体に縋り付く。さらにその後から、先程配達した夫人をはじめとする数人の住人達が続いて来た。こちらは恐らく野次馬だろうが。
「普段は大人しい子で、今まで人を襲うことも脱走することもなかったんじゃあ! それなのに今日突然、わしが目を離している間に小屋に繋いでいたリードを引きちぎってしもうて……」
豪富はそう訴えながら牡牛の首周りの毛を探り、ちゃんと首輪が付いている飼い魔獣であることを証明する。
「責任はわしが取る! いくらでも払う! じゃからこの子を一人にさせないでくれぇ!」
「それなら、専門の獣医に診てもらった方がいいかもしれませんね。最近は異常現象の影響か暴走する魔獣も増えてますから……。ご同行願えますか」
「街だけじゃなく牛ちゃんの命を救ってくださるなんて、やっぱりこれも《神》と教団のご加護だわぁ~~!!」
懇願する豪富と交渉する警備隊。そして思い思いに感動している夫人達。周囲の通行人達もいまだ騒然としているが、とりあえずこの場は収まっただろう。
その後、ジフと少女は広場から少し離れた公園で、水道の蛇口を捻りアレッペの体を洗っていた。抱えていた少女も服の一部が汚れているので、同じく水で洗い流す。
「これでもう大丈夫」
「ペェエエ」
少女がアレッペの体を乾かそうと両手で掴み上下に振っている。本当に大丈夫だろうか。ジフが心配しながら見ていると、アレッペを胸元に抱えた少女が振り返る。
「ありがとう、アレッペを助けてくれて」
「え、ああ……」
不意に、微笑みながら礼を告げられた。もっと危ないこともあった気がするし、むしろ彼女の加勢でなんとかなった気もするが、本人が安心しているならそれで良いのだろう。
「君の服、大丈夫か?」
「歩いてれば乾くだろうし。帰りは他にも待ち合わせてる友達がいるから」
水に濡れた少女の服を見て、ジフが心配を口にする。彼女は気にしていないようだが、ジフの方がどうにも落ち着かなかった。
「その……君の魔獣、さっき暴走していた魔獣と同じようになにかしら影響があるかもしれないし、念のため薬を買った方がいい。それにまた何かに巻き込まれると危ない。……そこまでは俺も一緒について行くこともできる」
「……いいの?」
ジフが絞り出すように言った最後の一言に、伏し目がちだった少女の表情がほんの少し輝く。
「私も、その方が嬉しい。いいよねアレッペ」
「ペッ」
「ふてぶてしい鳥だな……」
嬉しそうに尋ねる少女とは対照的に彼女の腕の中でふんぞり返っているアレッペに少々苛立ちながらも、彼女達の同意を得られたようだ。
「そうだ……名前言ってなかった。私はサナ。よろしくね」