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第20話 魔導塔跡地制圧戦-2

 バロディノーギア王国、国会議事堂会議室。同刻、フォルティリゼイナ帝国、帝国軍本部通信室。

 西と東の離れた地で、通信によってリアルタイムで双方の外交官が対応に臨んでいた。

 王国の外交官が強い口調で詰問する。


『ガイラッド・ユレイス=カーサーの行方はまだ掴めないのですか。

 同じ帝国軍でありながら、自軍の元帥の動向がわからないとはどういうことなのです!?』

「我々帝国軍も、この度の動きは〝《影》殲滅兵器のテスト稼働〟として予定していたはずのものです。他国を襲撃する目的など一切持っておりません。

 元帥に与している者以外の、全ての帝国国民と我が軍に、王国を攻撃する意志はありません」


 通信の先にいるのは、帝国軍のロナルド大佐。王国側の外交官の憤りを受け止めながら、争う意志はないことを示す。

 すでに帝国の政府、及び帝国軍内でもこの事態に対しての報告が要求されている。結果、カーサー元帥だけが一切の応答がなく、彼の所在が不明になっていることが明らかになった。

 だが王国側にとっては、軍機関から届く戦況報告を見れば、とてもロナルド大佐の一言で納得できる状況ではない。外交官はさらに語気を強める。


『そんな返答が受け入れられるとお思いか!

 戦場には『コキュートス』の氷人形まで紛れ込んで、襲いかかっている! 貴方がた帝国軍が襲撃したこのタイミングでだ!!

 まさか裏で『コキュートス』と繋がっているのではないでしょうね!?』

「そのようなことは決して……!」


 本来ならば和平の維持を理念としている王国も、複数の勢力が同時に迫りくる事態を前にすれば、不信感や警戒心を高めるのは当然であった。

 実際、どこまでが元帥の画策で、どこからがそうではないのか、いまだ真相を知り得ぬ帝国側も言葉に詰まってしまう。


『仮に元帥の独断であることが事実だとしても、このような襲撃を起こされたことは、事前に元帥を抑止できなかった貴方がた帝国に責任があるのですよ。

 私達王国とて、武力による争いなど望んでおりません。

 ですがこのまま被害が拡大し、領土内にまで及んだ場合……然るべき防衛準備をさせていただく。これは警告だ』


 憤りを通り越した冷徹な声色と表情で、外交官は断言する。

 通信画面越しにそれを突きつけられたロナルド大佐も、覚悟を決した。


「すでに我々帝国軍も、軍機関で戦闘行為をしている兵士達に撤退命令を出しています。

 そしてその兵士達が『コキュートス』に襲われているのは、こちらも同じなのです。

 我が軍においても決議のない戦闘は認めておらず、一刻も早くガイラッド・ユレイス=カーサーの拘束に急いでおります」


 外交官の警告に気圧されず、毅然と帝国としてのスタンスを貫く。

 帝国の意志に偽りはない。問題は、本格的に取り返しがつかなくなる前に、その宣言を果たせるかどうかだ。

 苦く重い責任とともに固唾を呑んだロナルド大佐の喉が、ごくりと鳴った。




* * *




 暗く、古びた石の壁の冷たさが支配する建物の中。――魔導塔跡地。

 約九百年前、当時の革命派が砲撃兵器を設置し、監視塔として使っていた内の一つ。

 戦争を引き起こすほどの強大な砲撃を放ったメインの塔は、現在は王国をはじめとする元教会側の管理下に押収されているが、森に覆われたこの塔は破棄されてそれきりとなっていた。

 西と東の騒乱が嘘のように、時に置き去りにされたかの如く静寂に満ちている。



 塔の内部は帝国軍兵士が占領し、完成した兵器の設置を完了している。

 塔内で配置についているセッサント大尉が、インカムで通信を行っていた。


「こちらセッサント。帝国内外に偽の情報を複数流しました。

 国に残っている軍の部隊がその情報の方へ動いているのを確認済みです」


 セッサント大尉の手にする端末には、自軍から発信される部隊の動きが赤い点として、そして王国騎士団は緑の点として表示され、画面上の地図を移動している。


「ハッキング技術を持つ一般人にもフェイクを掴ませました。すでに拡散しているようです」


 端末の別の画面では、一般市民達が利用する情報共有ツールがせわしなく更新される様が映されている。

 軍事や政治の情報を聞きかじる犯罪まがいのマニア達が、ハッキングで得たデータを嬉々として放出し、一般人の間で飛び交う憶測により情報はさらに混迷を極める。

 淡々と報告していたセッサント大尉だったが、その続きを喋り出す時、微かな動揺を見せる。


「ただ……ラインゼル軍機関に『コキュートス』が出現し、両軍の戦闘に乱入しているとの報告がありました。

 前線にいる我々帝国軍の兵士にも接触し、強襲を受けているそうです」



 インカムの向こうから、応答の声が発せられる。

 通信の相手はカーサー元帥だ。


『……承知した。だが好都合だ』


 セッサント大尉とは対照的に、計画外の状況にも動揺は感じられない。

 おそらくは適当な物的証拠を揃えて、王国もしくは他の国に原因があったように仕組み、「我々帝国軍が応戦せざるを得ない状況に立たされた」と戦闘の必要性を強調するのだろう。

 コキュートスという脅威の押し付け合いは、単純な外交問題以上の争いの火種となる。元帥の目的を考えれば、正しく『好都合』だった。


 彼の目的は自軍――帝国の政治的国益ではなく、それらを破壊してでも戦争を起こすこと。その戦火のもとに、今まで安全圏で高を括っていた者達を引きずり出すことなのだから。


『計画に変更はない。引き続き軍機関の前線部隊は陽動を、塔跡地の後方部隊は兵器の準備を万全にしろ』

「了解」


 現在報告すべき事柄は全て伝えた。通信を終えようとしたセッサント大尉だったが、直前であることを思い出す。


「最後に、念の為ご報告しておきたいのですが……

 ドロヴィス少尉が、計画実行当初から憔悴しているようです」


 大尉が口にしたのは、もう一人の元帥直属の部下、オリカの様子。

 計画の本題から少し逸れた報告に何か思う所があるのか、元帥の返事には少しの沈黙を要した。


『計画に支障が出るようであれば配置から外せ』

「……了解。こちらからは以上です」


 元帥は変わらず事務的な指示を下した。セッサント大尉の応答をもって、同時に通信が切られた。

 意識を切り替えるように大尉が振り返る。視線の先には、同じ階に配置されているオリカが立っている。



「ドロヴィス少尉、大丈夫ですか?」

「……えっ、あ……」


 セッサント大尉に声をかけられ、オリカははっと我に返ったような間の抜けた声を零す。

 国同士の戦闘の最中だというのに、今のオリカは茫然自失な目で突っ立っているに等しい状態だった。


「顔色が優れないようですが……

 ここに合流する前のエーデルワイシス代表の“移送”で何かありましたか?」

「いえ……そういうわけでは……ないのですが……」

「確かに、同行していた監視兵からも問題なしとの報告がありましたね」


 オリカは、すでに一つの重要任務を終えている。

 王国への攻撃の切り札となる兵器。その威力を確実なものにすべく用意されたのが、モナ・ハルテ=エーデルワイシス代表――特殊なエネルギーを増幅する体質を持つ人物だ。

 彼女はこれまで幾度も兵器開発に立ち会っており、今回もまた“完成兵器の試験稼働”という名目で同行していた。そして今は、元帥が用意した拠点にて眠らされ、監禁されている。


 代表の警戒心が薄れていたのは、日頃から警護として信頼しているオリカが同行していたからだろう。

 念のため、万が一オリカが計画外の動きをした場合に備え、さらに二名の兵士を同行させていたが、彼らからも異常は報告されていない。

 故にこの指摘は、セッサント大尉の個人的な違和感に留まるのだが。


「まあ……無理もないでしょう。

 これから私達が行うのは、他国に対する先制攻撃だけでなく、自国へのクーデターでもありますから」

「緊張してはいますが……覚悟は出来ています。問題ありません」


 オリカにも、これまで武力衝突の現場に投入された実戦経験はあった。しかし自分たちの手で戦争を引き起こすのは、今回が初めてだ。

 その影響の重大さに反して、作戦は迅速かつ静粛に遂行されねばならず、少しのミスも許されない。極端な均衡に成り立つ重圧となって、彼女にも想像以上の負担がかかっているだろう。



「……これはいつもの、私の個人的な推測ですが……

 元帥が少尉を前線の軍機関ではなく、本拠地であるこの塔に配置したのは、

 それほど少尉のことを、簡単に切り捨てるには惜しいと思っているからではないでしょうか」

「え……?」

「少なくとも生存率は格段に上がります」


 それまで任務上の確認作業に過ぎなかったセッサント大尉が、不意に私情を滲ませた。

 オリカの緊張を緩和させるためか、あるいは彼が元帥を心酔している故の言葉か。


「それに、私も情報を扱うことに慣れています。

 事前に少尉と代表の足が付かないよう、偽名の戸籍情報を用意しました。

 この作戦が終わって、兵器の力が証明されたら……少尉と代表だけでも、軍や政治とは関係のない場所へ行ってください」


 それはオリカにとっても、初めて聞かされる内容だった。思わず彼の顔を見上げる。

 さすがに元帥の指示ではないはずだ。つまり彼個人の判断と配慮で、ここまで準備してくれていたというのだろうか。


「……どうして……大尉がそこまで……」

「現地調査の任務で大穴に落ちたあの日、両目の怪我の耐え難い痛みと、誰にも見つけてもらえない深い暗闇を、今でも覚えています。

 奇跡的に生還して元帥に引き抜かれ、同じイマジニクスの少尉と組めたことに……私は人生で初めて、安心したのだと思います」


 オリカの問いに対する答えは、セッサント大尉にしては珍しく感情的な理由だった。



「イマジニクスは、今でも根底では差別が消えません。

 こうして元帥のもとで少尉と出会ったのも何かの縁でしょう。

 イマジニクス同士の助け合いとして、私にできることはこれくらいですから……せめて少尉には……貴女達には、もっと安全な場所で生きて欲しいんです」

「そんな……それなら私の方が、大尉に何もできていないのに……」

「これは私の自己満足のようなものです。

 大穴で救助を断念されたあの時とは違って、自分は最後まで仲間を助けた。私自身がそう思いたいから……」


 それでもやはり、彼は生真面目すぎるほどに筋を通している。オリカは眩しいとさえ感じた。


「セッサント大尉ご自身はどうするのですか」

「私は最後まで元帥の下に残ります。

 大穴であのまま死ぬか、軍人を辞めて全盲の五体不満足で、イマジニクスであると隠しながら生きるか……どのみち私の人生はあそこで終わりました。

 今続いている命は元帥が与えてくださったもの。そしてそれを選んだのも私自身です。残っている時間は元帥のために使います」


 セッサント大尉に迷いはない。ここまで来ていまだ現実感が持てないオリカと違い、すでに極限の生死の淵を経験した彼には、それだけで十分な理由だったのだろう。

 長い間元帥の下で任務を共にしていた大尉も、もはや決定的に違う世界を生きているようで。自分が取り残される心細さなのか、彼の人生に対する同情なのか、こんな時でさえオリカの胸には一抹の寂しさのようなものがじわりと滲む。


「……大尉のような人が……どうして元帥に……」


 セッサント大尉はこの方法が外道だと理解していても、それ以上に彼なりの正義と善性で、できる限りのことを成そうとしている。だからこそカーサー元帥も、ある意味で彼に強い信頼を置いている。

 このような形でしか噛み合えなかったのだろうかと、オリカはどうしようもない歯痒さを感じた。


「セッサント大尉……この場所に来るまで……私……私は――」


 洗いざらい打ち明ける大尉とは対照的に、オリカは上手く言葉にできない。ただ不安や躊躇いや後ろめたさが押し寄せて、今にも押し潰されそうだ。


「何にせよ、せめてこの戦いで少尉が最後まで誇りを奪われずにいられたのなら……私はそれで――」



『セッサント大尉!』


 突如、セッサント大尉のインカムが鳴り、兵士からの通信が入った。端末の向こうからの声は、明らかに切迫した様子がにじんでいる。

 大尉はすぐにチャンネルを切り替えて応答する。目隠しで覆われたその顔が、驚きに揺らいだのをオリカも見逃さなかった。


「……了解。こちらでも至急対処します」


 そう応答し、大尉は通信を切る。報せの内容を咀嚼するように一拍置き、再びオリカに向き直る。


「ドロヴィス少尉。作戦に一部変更が生じました。

 王国騎士団の部隊がこの塔に突入してきたとのことです。

 場所を特定されるのが想定以上に早い……!」

「え……!?」


 報告の深刻さは、その一言だけでも十分に伝わった。オリカも思わず声を漏らす。

 計画実行まで一切情報が漏れていなかったはずだ。現状、帝国以外が得られる手掛かりで、こんなに早く突き止められるなど考え難い。


「下層ではすでに迎撃が始まっています。

 上階の防衛を強化し、突破を阻止しなければなりません」


 もはや敵が塔内に侵入した以上、後は物理的に防ぐしかない。

 さすがのセッサント大尉の声にも焦りが滲み始め、ただちに作戦変更の実行に移る。


「私も行きます!」


 オリカが大尉の背中に呼びかける。彼は肩越しに振り向き、頷いた。

 二人は防衛ポイントへと急行した。

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