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第20話 魔導塔跡地制圧戦-1 ◆

挿絵(By みてみん)



 突如、フォルティリゼイナ帝国軍の襲撃を受け、軍事勢力同士の激突が始まったラインゼル軍機関。

 その帝国軍による軍事行動を指揮した疑惑をかけられた人物、カーサー元帥の居場所を突き止めるべく、アイとジフは、レオナ率いる王国騎士団の部隊と共に現地へと突入する。


 アイ、ジフ、レオナ王子、そしてフーゴ――ほかにも多くの騎士と軍馬が、戦線目前の軍機関で出撃の時を待っていた。

 騎士達に混ざるアイとジフは、フード付きのグレーの防護服を着ている。特殊な魔力を織り込んだ繊維製で、ある程度のダメージを吸収するこの服なら、丸腰の子供を戦地に立たせるより、幾分か生存率を高められるだろう。


『アイ~! 気をつけりゅんだぞ~!』

「お前も危ないから大人しくしとくんだぞガリュマ」


 アイの胸元に、赤く淡い光が灯る。大精霊の力で体を魔力化させ、アイの中に宿っているガリュマだ。

 ガリュマなくしてアイの大星座の力も万全の状態で発揮できないが、子供のアイたちだけでなく、ガリュマを小動物の姿のままで戦場に連れ回すのは、より危険が伴う。

 そこで王城でのブリーフィング中に、リオウからこの方法を教えてもらったのだ。



「アイ、ジフ、王城で説明した大事なことをもう一度確認する」


 レオナ王子が振り返り、アイとジフに告げる。


「ここからはそれぞれのことを名前ではなく、コードネームで呼び合う。

 俺達の部隊は(ヴェルデット)部隊。ケレス騎士団長達がいる戦場の迎撃部隊は(ビアンク)白部隊。そして大精霊のもとに向かったリンやヴィッキー達は(ロッソルド)赤部隊。

 緑、白、赤と覚えればいい」


 出動前、バロディノーギア王城で一同に行った説明を、レオナ王子が丁寧に繰り返す。


「俺のことも戦場では名前を呼ばないようにしてくれ。そして敬った言葉も使わなくていい」

「戦場じゃ立場が上の奴ほど狙われやすいんだ。指揮官や旗頭がやられれば、残った奴らはどう戦えばいいかわからなくなって士気がなくなっちまう。

 だから特別扱いせず全員平等にして、誰がどこに混ざってるのか敵には分かりづらくするんだ」


 説明の通り、今のレオナ王子とフーゴは、周囲の騎士達と同じ銀色の鎧を纏っている。普段王子は白い鎧を、フーゴは黒の鎧を着ているが、今は魔術によってカモフラージュしており、さらに兜を被れば完全に見分けが付かなくなるだろう。


「呼びかける時は番号で呼ぶんだ。ここは(ヴェルデット)部隊だからV(ブイ)、俺はV06(ゼロシックス)、フーゴはV25(ツーファイブ)

 自分達の番号はわかるな?」

「えっと……V01(ゼロワン)!」

「V42(フォーツー)


 レオナ王子に促され、アイは自分の番号を名乗る。ジフもそれに続く。戦場の経験などないアイが咄嗟の事態でパニックになる可能性を考慮し、簡単な数字や語呂合わせが割り振られている。


「上出来だ。大事なのは〝何のためにこのやり方をしているか〟、〝何を伝えようとしているか〟だ。

 細かい言い方を忘れてしまっても、それさえ覚えておけば何とかなる」


 アイに過度な緊張を与えないよう、レオナ王子は通常の訓練で求められるような細かな手順にはあえて触れず、要点を簡潔に伝えている。



「最後に改めて確認するが……これから俺たちが通過するルート、そして最終目的地は、ブリーフィングで説明した通り――

 この部隊は敵の捜索に時間を割かず、“例の場所”へ直行する」


 レオナの言葉と、アイたちが記憶している作戦内容は一致している。気を引き締めるように、アイの表情が硬くなる。

 ――レオナ王子はすでに、今回見つけ出さなければならない人物……カーサー元帥の所在を、一点に定めていた。

 出撃前のブリーフィングの段階で割り出された情報の数々を目にし、アイたちも彼の結論に了承して、作戦の参加を決めたのだ。



 作戦を決定した本人であるレオナ王子も、己の覚悟を再確認するように反芻する。

 ――バロディノーギア王城で一通りのブリーフィングを終え、出撃の準備に移る時。

 傍らで話し合いを静かに見守っていた父――国王が、レオナ王子とリンに小さな何かを差し出した。


「これを持っていきなさい」


 二人の手に渡されたのは、翠玉のような輝きを宿した宝石だった。レオナ王子は国王から、リンは王妃から、それぞれ一つずつ受け取る。


「私達の血液を結晶化させたものだ。バロディノーギア王家の血には特殊な力が宿っているのを知っているな。

 大星座の結界に頼りきりとはいかなくなった今、軍機関の防衛を守り切るには、私達自身の力を使うべき時だ」


 レオナ王子とリンは、手のひらから伝わる宝石の重みを噛み締める。

 これを持ち出さなければならないほど、現状の王国は追い詰められている。

 国王と王妃は、その現実と正面から向き合い、自らの血をもって宝石の生成を実行したのだ。


「帝国本土や他国との交渉は、こちらで尽力する。お前たちも必ず無事に戻ってくるのだぞ」

「よいですね、レオノアード、リンリアーナ」


 王族の最たる使命は、民を守ることに他ならない。多くを語ることはなかったが、二人が伝えた言葉には切実な祈りが込められていた。

 レオナ王子は父から託された使命を確かめるように、懐に仕舞った宝玉に、甲冑越しに触れる。



 やがて、部隊の騎馬がすべて揃った。

 レオナは白馬を、フーゴは黒馬を、それぞれ魔術で茶色に擬態させていた。騎士たちの馬と同じく、毛並みの色も統一され、外見からは区別がつかない。

 愛馬の馬具を入念に確認しながら、フーゴがぼやくように言った。


「ガキを戦場の前線に連れて行くなんて世も末だな」

「少なくとも自分は教団の兵士です」

「それに……俺とレオナ王子は大星座だから」

「たとえ元帥を見つける前に活路が断っても……君達は必ず王国へ帰す」


 フーゴはジフを、レオナはアイを馬に同乗させた。

 アイの背中にレオナ王子の体が密着する。緊張はいまだ消えないが、ほんの少しだけ胸に安心が灯る。


「アイ、ありがとうな」


 この距離だからこそ聞こえる小さな声で、不意にレオナ王子が言った。アイは僅かに体を後ろに傾ける。


「アイが、何度も俺のために怒ってくれて、悩んでくれて……

 俺の情けない姿のせいで悲しむ人がいるってことを……それで俺自身が自分がどうありたいのかを、はっきり思い出した。

 信仰も不文律も関係ない。アイやみんなのためにも胸を張って立てるように、今度は必ず俺が勝つ」

「……うん……!!」


 互いの顔ははっきりと見えないが、声から感情の温度の温度が伝わり、それだけで十分だった。

 レオナ王子が愛馬の手綱を握りしめる。彼らが待機する軍機関の要塞の門が重い音を立てながら上昇していく。

 光の向こうは、相手を殺してでも進行せんとする、武力がぶつかり合う容赦なき戦場だ。レオナ王子は強い眼差しで前を見据えた。


(ヴェルデット)部隊、出撃する!!」




* * *




 (ヴェルデット)部隊の騎兵の列が平野を駆ける中、インカムの通信機から受信したフーゴが、前を走るレオナ王子に伝える。


「先発部隊が帝国軍の陣地の詳細を特定した。帝国軍は軍機関から東に出入りを繰り返している」


 報告を耳にしたレオナ王子が告げる。


「そこへ向かうなら、作戦通りこのまま直接東へ突っ切るのが最短だ。V25(ツーファイブ)、後続の隊を頼む」

「了解!」

 二人の返答の後、騎兵隊の陣形が変化する。やがてレオナ王子たちの、そしてアイとジフの前には、戦火の炎と煙に巻かれる森が近づいていた。



「V01(ゼロワン)、振り落とされないようにしっかり掴まれ!!」

「は、はい!」


 レオナ王子の呼びかけで、アイは手綱を精一杯握り締めた。

 森で隔たれた向こう側。木々の隙間の、目と鼻の先に見える光景――ラインゼル軍機関の広い荒野で、数多の騎士と軍兵が、殺意を剥き出しにして衝突していた。

 人と人が武器と魔術で撃ち合い、斬り合い、倒し合う。


 現代日本人のアイにとっては映画や漫画の中の光景だった。だが、どんなに速く馬の脚で駆けても、火と土煙と血の匂い、そして戦う兵士達の咆哮が五感に訴えてくる。

 目の前の敵を倒さんとする兵士達の動きと攻撃に、アイの体が吸い込まれそうになりながら、レオナ王子の手綱で走る馬が道を切り拓いて駆け抜ける。顔のすぐ横を掠める距離で、命のやりとりが行われている。



 ジフとフーゴもまた、森の獣道を疾走する馬に揺られていた。その最中、戦う兵士達の中に異様な人影が紛れていることに気付く。

 ――子供。彼らは黒いフードを被り、まるで兵士達の影から影へ移動するように、必死に戦っていて気付かない彼らの周りを纏わりついている。その子供の中には十にも満たない者もいる。

 出動前の報告に上がっていた、「戦場に子供がいる」という情報。実際に目の当たりにしたジフはその正体を知っていた。


「やはり……氷人形……!!」

「何なんだよこれは……!」


 不意に、ジフは肌に触れる冷気を感じた。視界に細やかな光の粒が漂っていることに気づく。……いや、これは――氷の破片だ。

 ジフは気配の元が頭上にあることを直感し、顔を上げた。暗雲に紛れる如き黒い人影。黒いフード。青みがかった短い黒髪。眼帯で片方だけ見えているライトブルーの瞳が鋭く光る。ジフとよく似た――しかし彼より数段大人びた――顔立ちの男。


「……あいつは……!!」


 氷人形のジュディエが、こちらに向かって攻撃を構え、落下してくるのを捉えた。


「V25(ツーファイブ)!! 速度を上げてこのまま直進してください!!」

「あぁ!?」


 咄嗟に叫んだジフに、後ろに同乗するフーゴが反応する。



「数メートル先で攻撃が来る! ここで動きを変えると殿下から引き離される! 俺が防ぎます!」


 ジフが言った直後、二人の意識内で、情報が〝同期〟した。

 ジフが視認したジュディエの様子から予測するに、恐らくこちらが回避することを逆手に取ろうとしている。逆に言えば、相手はこちらがそのまま直進するとは思っていないのだろう。フーゴはジフの意図を理解した。


 ――この〝同期〟は出撃前の王城で、エスペル教団の技術……ジフのチームメイトの少女・サギリの念術元素によって施されたもの。幸いにもフーゴも同じ念術元素の心得があったため、付け焼き刃ながら適応することができた。

 彼ら教団の少年兵達は、このようにして瞬発的かつ精密な連携を可能にしていたのだと知り、フーゴは末恐ろしくなったものだ。

 唐突なジフの指示を追及する間もなく、フーゴは言われた通り直進するしかなかった。


 落下しながら迫るジュディエが、進行予測が外れて忌々しげな顔をするのが見えた。そして右腕を巨大な氷の奇形に変化させ、槌の如く振り下ろす。

 ジフが実体化させた槍を振りかぶり、放たれた青い剣閃がジュディエと衝突する。空中で翻るジュディエと、ジフの回転させる槍が、繰り返し互いを弾き返す。フーゴと彼の愛馬は激しい衝撃に耐えながら一直線に走り続ける。


 数度目に飛び退いたジュディエが、氷人形の脅威的な飛躍力でより高く間合いを取る。そして空中で構えた巨大な右手に、氷水元素の鮮烈な青い閃光が募っていく。

 これで直接仕留められれば、奴の本望だろう。仮に耐えられたとしても、少しでもバランスを崩せば後続の騎兵隊に轢殺されかねない。ジフの判断と、彼の思考を受け取ったフーゴはそのまま直進を選ぶ。



「《SADALU(サダル)MEL1C(メリク) ζ(ゼータ)》」


 頭上のジュディエから放たれた閃光が、二人の目の前に迫る。


「《フロストウォール》!!」


 直後、ジフが氷の結晶の防御壁を展開した。強力な魔力が爆ぜ、白い冷気の煙が広がる。


 衝撃を喰らいながらも、フーゴの視界が戻る。前に同乗させているジフは、身体中に氷の破片が突き刺さり、赤い血を滲ませていた。


「お前……」

「問題ありません!」


 ジフのその返事は痩せ我慢ではなく、しっかりとした意識と体幹を保っていた。防護服の恩恵だけではないのだろう。戦場を徘徊する氷人形達も、目の前の少年も、彼と同じ顔のあの男も、一体何だというのだ。


「ガキが戦場で無茶苦茶しやがって……! 《霊泉より出でし解唱(アンティフォン)》!」


 戸惑いを振り捨て、フーゴはジフに治癒魔術を施し、馬を走らせ続ける。



 爆発の威力を受けて吹き飛ばされたジュディエは、空中で宙返りし、地面に踵を摩擦させながら着地した。

 顔を上げれば、先ほどの騎兵部隊の列はすでに見えなくなっていた。ジュディエは舌打ちする。


「ジュディエ、だいじょうぶ?」


 戦場に似つかわしくない、幼くたどたどしい声に呼びかけられる。

 森の木々から、低い背丈の影が恐る恐る、そして次々に現れ、ジュディエの方へ近づく。


 集まってきたのは、青みを帯びた短い黒髪に、ライトブルーの瞳――どれもジュディエと同じ外見を持ちながら、年齢にして十にも満たぬような小柄な体つきの、数体の氷人形。

 まだ個別の名すら与えられていない、生成されたばかりの〝未調整〟たちだ。

 たった今戦闘を行ったジュディエの、出来たばかりの生傷を心配そうに見ている。


「問題ない。作戦に戻るぞ」


 ジュディエは〝未調整〟たちを従え、本来の持ち場へと引き返していく。

 彼らに独断行動を記憶されてしまっただろうか。いや、それ以前に、彼らがどこまで作戦を理解しているのかも定かではない。

 仮に見られていたとしても……この〝未調整〟たちは、自分たち以上に、生きてアンダーベースに帰還できる保証はない。

 そしてこの子供たち自身に、生き延びたいという自我すらないのだから。


 いま、戦場の至るところに割り込んでいるのは、この小さな氷人形たちだ。

 いずれも、カイル、メイア、アルテノーラと同じ外見を持ち、彼らに命じられるまま、武力のぶつかる只中へ投げ込まれている。

 王国であれ帝国であれ、相手は問わない。ただそこにいる者たちに、子供の姿をした悪夢として現れ、《影》のエネルギーを浴びせ、理性を狂わせる。最悪の場合、〝未調整〟自身の身体が予告なく爆発する。


 突如始まったこの戦争に巻き込まれ、理由も知らぬまま戦わされる、騎士と兵士たちの中で膨れ上がるのは――恐怖、憎悪、そして生への執着。

 そうした負の感情が、まるで瘴気のように戦場を満たしていた。




*  * *




 レオナ王子たち(ヴェルデット)部隊は、戦闘地帯を通過することに成功した。騒乱が小さく、遠ざかっていく。アイは安堵で息を吐き出すが、王子の表情はいまだ険しかった。


「帝国の迎撃が緩い……陣形もいまだに東に向かっている……」


 あの一帯を通過できたのは、帝国にとってそこが囮に過ぎなかったからだ。王国の騎士団を引き寄せるための罠。

 本隊はおそらく別の場所にいる。通り過ぎた戦場を振り返ることなく、レオナ王子は静かに推測を巡らせる。


「V06(ゼロシックス)! ここを抜けた先に廃墟の塔がある!」

「進軍停止!」


 後ろからフーゴの声が掛かる。レオナ王子の号令が響き、部隊の馬が足を止めた。



「塔の周囲が完全に手薄とは思えない。迎撃に備えろ。これより先、地形に応じて騎兵と歩兵に分かれて展開する」


 周囲を見渡しながら、レオナ王子は戦況を分析し、次の指示を出す。そんな彼の姿を見ながら、傍らのフーゴが物憂げに問う。


「兵器を使うなら、確かにこの塔がうってつけの場所だと思うが……いると思うか、元帥が」

「あれだけ砲台の復元に執着してたなら尚更、そう思い込ませるための手の込んだブラフだった可能性もある。って言いたいんだろ」


 フーゴの言葉を先回りするように、レオナ王子が言う。王子も手放しに目星を付けているわけではないようだ。


「現場からの報告だけでなく、〝もっと前からあった証拠〟も、この場所を示していた。

 塔を制圧も無駄じゃないはずだ」

「……ああ。わかってる」


 目前に迫った建物を前に、再確認するようにレオナ王子が言う。フーゴの脳裏にも同じ情報が浮かんでいる。

 王子の言う“証拠”とは、出撃前のブリーフィングで示された情報だ。


 一見、この森に来ただけでは、帝国軍の目的とは何も結びつかないだろう。事実、襲撃当初は、元帥の居場所など皆目検討もつかなかった。

 だが、王城であらゆる手段を使って情報をかき集め、そこから共通項が洗い出されていった。そして、一筋の明確な答えが導き出された。


「情報が正しいなら……元帥は……」


 フーゴのように多角的に可能性を考えるのは正しい。今もケレス騎士団長や他の部隊と様々な方向に分かれ、可能な限り同時に対応している。

 ……だが、恐らくは、元帥はレオナ王子を試しているのだ。『大星座』というだけで大陸の全てを動かせる王子が、何を見て、どう判断し、どこへ向かおうとするのかを。


 「誰かの判断」に乗り、周囲の尽力を得た末に、帝国軍に勝つことはできるだろう。しかしそれは、結局レオナ王子本人では、元帥に勝てなかったも同然なのだ。

 ここで自らの実力を示さなければ、この先も同じように侮られる。国を背負う者として、自分の足で立たなければならない――今が、その時だ。


 風に揺れる森の木々の合間から、不気味にそびえる廃墟の塔のシルエットが現れる。レオナ王子は鋭い眼差しでその塔を見据えた。

 これより、突入が始まる。

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