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第19話 歴史の当事者-4

 帝国軍による数日に渡る捜索の末、最後のパーツとなる聖国の遺産を発見した時、脳が裂けようほどの凄まじい頭痛がオリカを襲い、気絶した。

 沈み続ける深い海のように、意識の底で眠り続ける。

 こんなことで国が変わるなら、随分下らないことじゃないか。偉大なる革命の記録にはこんな無様な姿で刻まれるのか。このまま革命が実現しても、本当にそれで悔いは無いのだろうか。


 ――私が本当に望んでいたのは……帝国の革命のために、惨めな道具になることじゃない……


 どうせならもっと、自分に誇れる姿で国を変えたい……

 責任を押し付ける権力者も、人を人とも思わない民衆も、散々見下してきた元帥も見返せるほどの力が欲しい。

 どれくらい派手で圧倒的な力があればそれが叶うのか。王国も教団も帝国も巻き込んだ元帥の計画を滅茶苦茶にしてやれば、この世で一番目立てるのだろうか。


 『大声出すなよ。イマジニクスの子供なんて、生まれちまっても誰も助けてくれねぇんだからよ』


 かつて暴漢達に襲われた時の下卑た笑い声が、煩わしく反響する。

 差別が暴力となって、自分の身に降りかかった初めての経験だった。自分が大陸中の人々から、同じ国に住まうもの達にさえ、どう思われているかを本能で理解した瞬間だった。その直後に元帥が現れて、ことなきを得たが。

 しかし知とは不可逆なもので、それを知る前の人生には戻れない。元より結婚や母になることをそれほど夢見ていなかったが、もっと根本的に、諦めてしまった。だから軍人になった方が、楽だったのだ。


 『現状お前にできるのは戦闘(それ)戦闘だけだ。

 お前に政治の才がなかったせいでもあることを自覚しろ』


 軍人になって、力を身につけて、その力で人命救助をしても、そんなものは求めていないと言われた。そして実際に求められているのは、特殊な魔力に反応して頭痛を起こし、それをレーダーのように扱われ、無様に苦しむことだけだ。



 反抗をするな。仕返しをするな。余計なことをするな。

 じゃあどうしてお前達は私に力を振るって、言葉を浴びせるんだ。

 「差別」が、それを許しているからだ。


 何でもいいから破壊したい……

 誰でもいいから認めて欲しい……

 泡のように、虚しい恨み言が無数に浮かんで、誰に届くこともなく消える。そんなそんな深海のように暗い意識の中に、不意に微かな光が――モナハ代表の声が差し込む。



 ――『オリカがここにいてくれたことが、私には一番嬉しかったの』




 オリカが目を覚ますと、軍本部のどこかの一室――医務室とは別の、秘密裏に使っている殺風景な空室のベッドに横たわっていた。随分時間が経ったのか、部屋は夕刻時の緋色に染まっている。

 ベッドから少し離れたソファに腰掛けた元帥がいた。


「お前だけ倒れていて会議に参加していなかったから報告しておく。計画を実行に移すぞ」


 元帥に差し出されたタブレットを、オリカは上体を起こしておもむろに受け取る。映し出された資料を見て、愕然とした。


 資料に示された計画は、復元と強化に成功し完成した兵器ーー魔導砲を王国に向かって放つという極めてシンプルなもの。

 王国が構える要塞・ラインゼル軍機関に帝国軍の兵が攻撃を仕掛け、そこに王国の兵力を集中させた時、魔導砲を発射する。射線上のラインゼル軍機関、後ろにあるクラドザンク山、そして王国国土を一直線に焼き払う。

 それには当然、迎撃する王国の騎士団と――何も知らない自国の兵士も含まれている。


「兵力が減ればおのずと国民は戦場に駆り出され、有権貴族は火の粉がかからない安全な場所へ逃げる。

 その避難場所もこちらで御用意するんだ。魔導砲の――射線上に」

「……これを……モナハは知っているんですか……」

「彼女に話すのはその場で兵器を起動する時だ」


 画面に映し出された内容も受け入れられていないのに、元帥からはさらに信じ難い答えが返ってくる。



「王国の結界にトドメを刺すため……古代の膨大な魔力を兵器として復元するためだとは知っていました……

 モナハの工学の技術は……国を守って、災害から救うためのもので……

 彼女の工学の夢が実現すれば帝国は変わると……だから元帥は彼女を……

 でもその斜線上に、こんな大勢の自軍を巻き込むなんて……モナハは……今まであんなに――!!」

「……工学?」


 もはや軍務での礼節も忘れ、国防議会の要人を名前で呼ぶオリカ。混乱のあまり思考がまとまらず、支離滅裂に口走る彼女を無感情で見ていたカーサー元帥だったが、不意にある一言を耳にして、聞き返す。


「何故エーデルワイシス代表を擁立したか、知らなかったのか?」

「……え……?」


 オリカの口から生返事の低い声が零れる。


「ただ工学の才女だからでも、皇族の血筋だからでもない。

 魔力の限界を引き上げ、さらなる力を発揮させるーーお前達と同じイマジニクスだからだ」


 カーサー元帥の冷静な声で、無情な事実があまりにもあっさりと告げられた。

 オリカはしばし目を見開いて言葉を失ったが、元帥に突きつけられたシンプルな事実を、冴え渡った静寂の中で嫌でも理解させられる。



「モナハに……撃たせるって言うんですか!?」


 絞り出した感情が、怒声となって響いた。


「私達のように外道を承知で計画に従事した者ならともかく……

 何も知らずに国を変えられると信じているモナハに、その場で突き付けるのは……

 かつての貴族と変わらないじゃないですか!!」


 激情のままにオリカが叫んだ、その時。突然伸ばされた元帥の手が、オリカの顔を掴むようにして口を塞いだ。

 〝かつての貴族〟――それが巡り巡って彼から何を奪ったのか、オリカも知っている。この挙動の理由がそれなのかはわからないが。

 常に何事にも感情を向けないカーサー元帥の顔が、今は明確な怒りを露わにしている。


「国に属する者みな等しく当事者であることを自覚しなければ、フォルティリゼイナは永遠に変わらない!!」


 彼の怒号だけが、狭く殺風景な部屋に響く。


「王国の大精霊の加護が弱っている今なら……加護によって展開している結界を確実に破れる……好機は今しか無い……!」


 正面から鋭い眼光を向けられ、オリカは何も言えなかった。口を塞がれているからではなく、今のカーサー元帥に対する言葉が何も出てこなかったからだ。瞳だけが揺れているオリカを見て、元帥は無言で手を離す。

 彼は相変わらず無表情だが、微かに顰めた眉が、ばつが悪そうな表情にも見えた。元帥は立ち上がり、部屋を後にした。



 扉が閉まる音が小さく響き、残されたオリカは、ただ茫然と項垂れている。

 モナハ代表は、自分と同じイマジニクスだった。公表していないのも、オリカに明かしていないのも、当然だろう。自分だって、彼女には体質のことも過去の経験のことも、話していないのだから。

 そしてオリカやセッサント大尉がイマジニクスであることを突き止めた元帥なら、モナハ代表のことだって知っていてもおかしくはない。何も難しい話ではないのはわかっているが、それでも――

 ――きっとカーサー元帥は、モナハ代表本人には、それが理由だと告げていない。


 いや、彼女がイマジニクスだったとしても。モナハ代表が軍と提携しているのは、あくまで技術開発のためで、その技術で何が作られるかなど……この作戦に直接関わることなどなかったはずだ。それなのに。

 こんな内容の作戦で、どうやって彼女を従わせるというのか。きっと元帥なら、家族や大事な何かを人質に取って脅すぐらい些事だろう。それで撃たせるのか? 想い人のレオナ王子や、無辜の人々がいる王国を? 彼女に?


 自分は、イマジニクスでなければ味あわずに済んだ惨めな生き様を、この世から無くすために、元帥のもとについて。だからこれは、同じイマジニクスのモナハ代表のためにもなるはずで。

 それでも……それでも、彼女は……モナハは――



 とうに画面が消えた真っ黒な端末を、虚ろな目で見つめ、オリカはベッドから立ち上がれずにいる。彼女を待つことなく、カーテンの隙間から差す斜陽が、刻一刻と傾いていた。




* * *




 そして、夜の終わりと早暁の狭間。まだ太陽も見えぬ常闇の空。

 その中を突き進む覚悟を決した帝国軍の軍人達が、同じ黒に染まった広大な会館に集う。彼らの前の演台に立つカーサー元帥の後光の如き照明だけが、眩い光を放つ。

 復元が完了した古代兵器――魔導砲の実用演習という名目のもと、軍全体に共有された予定通りの招集。しかしそれは表向きのカモフラージュであることも、隠された真の目的も、ここにいる者達だけが知っている。


「フォルティリゼイナの誇り高き兵士達よ。

 我々が生まれ育ったこの東の大地は、三百年もの間、屈辱と嘲笑に晒されてきた。我々の祖先が差別に耐え、この手で自由と平等を掴み取ろうとしたその戦いは、確かに敗北に終わった。

 だが、その炎は消えていない」


 演台のカーサー元帥が、兵士達に語り出す。決起演説だ。


「古代兵器と聖国の遺産が我々のもとに揃った。これは三百年前に失われた帝国の力そのもの。長きに渡る沈黙の時を越え、今こそ我々の時代だ。

 兵器の力が甦り、王国の結界が崩れかけた今、この機会を逃すことは許されない。この一撃は、差別という枷を粉々に砕き、人としての本来在るべき尊厳を示すのだ」


 これから行うのはその場凌ぎの異常現象対策ではなく、帝国の根底に関わる重大な作戦だ。それを理解させるべく、元帥は歴史を引用する。そして理念とも言うべき最大の目的を口にする。尊厳という言葉を。


「この戦いはただの侵攻ではない。我々は理解されぬ者達。同志として分かち合えるのはこの場にいる諸君らだけだ。

 これは帝国や軍全体には知られていない、内乱に当たる行為だ。だからこそ一瞬でけりを付けなければいならない。少しでも迷いを見せれば、後に待つのは極刑だ。

 これは正義ではなく、覚悟と尊厳の戦いだ」


 元帥は兵士達に覚悟を迫る。これは聖戦ではなくただの戦争犯罪であるということを、少しでも躊躇えば背後に待つのは地獄のような裁きだと、ありのままに突き付ける。そしてまた繰り返す。尊厳という言葉を。


「我らが果たすべき使命は、他者には分からずとも、帝国を、そして未来を守る礎となる!

 この刹那に全てを賭けろ。我らの名誉も、命も、全てをここに捧げ、今こそ実行するのだ!

 帝国のため、祖先のため、そして我々自身の尊厳のために!」


 元帥の声に、次第に鬼気迫った魂が籠る。己も共に業を背負う一人であると、兵士達に宣言するように。

 それが彼の本心なのか、集団を扇動するための教唆なのかは誰にもわからない。だが『鉄の軍人』と呼ばれる彼が大勢の前でこれほど声を張り上げるだけで、ここに集う兵士達を奮い立たせるには十分だった。

 そして何度も繰り返す。尊厳という言葉を。


「我等東の大地を救った自由の翼、軍神ルシュフィールの導きの下に!」

「軍神ルシュフィールの導きの下に!!」


 背後の壁に掲げられた軍旗の国章――軍神ルシュフィールの名を唱える。兵士達の声が、覚悟が一つになって、会館に響き渡る。

 かつての戦争の終焉に降り立ち、虐殺の淵に立たされた革命派を救った白き翼の軍神。その時生かされた者達が帝国を作り上げ、大陸での独立を果たした。しかし、その後の時代の者達によって帝国は腐敗した。だからこそ壊すのだ。そして作り直すのだ。

 たとえここにいる何人が、そして戦いに巻き込まれるどれほどのものが、犠牲になろうと。


 全ては帝国の清算のために。

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