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第19話 歴史の当事者-3

 地底よりもさらに深い煉獄、アンダーベース。

 情報管制室の暗闇に落ちた壁一面を彩るが如く、表示されている幾重ものウィンドウは、実働隊である氷人形やベリアルがそれぞれ地上から持ち帰った情報や戦闘データ、魔力解析の結果を映し出している。

 それを見上げているのは、ベリアル本人だった。これほどの情報量を前にしても不満気な顔で腕を組んでいる。


「これだけ探しても帝国最強の『悪魔』二体だけが見つからねぇ…」


 独り言を零すベリアルの背後で、自動ドアが開く音と共にブーツの足音が聞こえてくる。


「またお目当てはダメそうだったの? ベリアル。今回は結構長めに時間稼ぎしたんだけど」


 喋りかけてきたのは少女の声――サナだ。彼女に気付くなり、ベリアルは舌打ちした。


「ったく、まさか王城に直接潜り込んで来たとはな……

 いきなり通信機にかけてきて『保護者のフリして城に泊まる許可をしろ』だの、何事かと思っただろ」

「まあ成り行きだったんだけどね。さすがにお姫様がお城から抜け出してるとは思わなくて」


 スクリーンの前に並び立つサナにベリアルは振り向きもせず、そのまま続ける。


「帝国の国旗にまでなってる『軍神ルシュフィール』、その対を成す『悪魔サイタン』……

 ここまで来ると当時の戦争で狂った奴等が生み出した、ただの空想上のシンボルなんじゃねぇか?」

「でも、他の悪魔は実際にいて、現にカイル達のコアになってるんでしょ。

 その頂点の二体だけが実は空想でした、なんてことあるのかな?」

「さぁな。救世主だの大星座だのイマジニクスだの、自分達の願望で現実とはかけ離れた脚色しまくって、千年も陶酔してる奴等だぞ。

 この最強の悪魔とやらも、真相はしょうもないもんだったとしても不思議じゃねぇな」


 いくつものウィンドウの中で一番大きく表示されている、幾何学的な翼の意匠。――フォルティリゼイナ帝国の国章だ。

 この翼の持ち主、『ルシュフィール』は軍神とも悪魔とも呼ばれ、帝国独立の象徴として刻まれている。



 聖国遺産戦争――当時の革命派は、後にイマジニクスと呼ばれる超能力者に異形を憑依させた生物兵器、『強能人間イーブル』を主戦力としていた。与えられた名称と、煉獄の使者を思わせる、禍々しく巨大に変貌する躯体。それが悪魔と呼ばれる所以だ。

 数多生み出された強能人間の中で、最も猛威を振るった最強の悪魔『サイタン』。

 それをもってしても最後は降伏に終わった革命派に、騎士連合が擁する教会はさらなる追撃を発令し、もはや虐殺の様相を呈した、その時――

 戦場に舞い降りて革命派の兵士を救い、本当の意味で戦争を終わらせた、神々しい翼を持つ白き悪魔『ルシュフィール』。


 『ルシュフィール』の降臨によって、革命派のテロ同然の戦いは聖戦に塗り替わり、戦争を生き延びた人々が帝国という形を成して、生きる希望を手に入れた。

 長い時の中で『ルシュフィール』と『サイタン』は二体で一対の存在となり、最終的に『ルシュフィール』に統合された。国章として現代に至るまで掲げられるには有り余る歴史である。



「最初も最初、出来立てホヤホヤのカイル達に帝国に保管された悪魔を奪取しに行かせて、

 晴れて成功した日にゃそれはもう大はしゃぎしたのにな……

 今じゃそんなのが可愛く思えるくらい、ずいぶん遠い所まで来たもんだ」

「あの時はみんなで大喜びしたよね。アルズも本当に嬉しそうで、これからカイル達をもっと強くするって意気込んでた」


 しみじみと語る二人の眼前。ウィンドウの一つには、氷人形達四体の状態を表示するアイコンの横で、曲線図が波を打つ。そのアイコンはベリアルが口にした通り、四体の悪魔を描いたようなシルエットをしている。


 氷人形を人ならざる者たらしめるのは、氷で出来た体だけではない。

 彼らの動力源となっているのは、終戦後なお帝国で厳重に保管されていた、四体の悪魔の標本だ。

 それまでは心臓にあたる純粋な絡繰に、血液となる《影》のエネルギーを流し込むことで、意志を持って動くことは可能だった。そして帝国から奪取した標本をコア化し、氷人形に埋め込むことで膨大な魔力を得ることに成功し、彼らはただの『氷細工』から地上の生命を蹂躙する『兵器』へと強化された。

 この強力な悪魔のコアにボディが耐え抜き、適合できた四体こそが、カイル、メイア、アルテノーラ、ジュディエなのだ。


 氷人形の強化に悪魔を選んだ理由は、かつての戦争の兵器だったから……というだけではない。

 標本にされていた悪魔――異形と融合させられた超能力者は、それぞれ重大な罪を犯して刑に処された者達だった。

 彼らの深き業が凝縮されたコアと、負の感情によって増幅する《影》は目覚ましい化学反応を見せ、氷人形達に超常的な生命力と再生力をもたらした。同時にカイル達の人格は、極端な残虐性を発露していった。



 しかし、今でもはっきりしないことがある。

 この悪魔の標本達は、戦争で使い切らないまま残ってしまい、封印されたのか。

 それとも――戦争が終わった後、強能人間イーブルの技術保持のため人為的に生み出され、やはり何かの不都合で闇に葬られたのか。


 当時のベリアル達は、悪魔の業が深いほど《影》が増幅するため好都合であり、真相がどちらであろうと自分達には関係ないと思っていた。

 だが悪魔の標本についてさらに探るうちに、『最強の悪魔』と呼ばれた二体の悪魔の行方が途絶えたことを知る。国章に描かれていない『サイタン』に至っては、『ルシュフィール』の情報をあの手この手で暴いた過程でようやく名前を知り得たくらいだ。

 やがてベリアルは考えた。もしかすればこの標本達は、空想の『最強の悪魔』を再現するための実験台だったのではないか……


 地上の者達の倫理など知ったことではない。だが、せめて実在するのかしないのかハッキリすれば清々するというのに、上手く煙に巻かれた気分だ。



「悪魔なんかとっとと捨てちまえばいいのによ、何にビビって取っておいたんだか。

 俺達にとっちゃ華々しい地上デビューの日も、帝国にとっちゃ〝最初の舞台に選ばれた恥辱〟だってよ。

 コソコソと後ろめたいもん作ってっから赤っ恥掻くんだよ」


 歯痒い感覚に八つ当たりするかのように、ベリアルは帝国への嘲笑を吐き捨てる。


 標本奪取作戦は、それまで地上で姿を捉えられぬよう身を潜めて活動していたアルズ達が、氷人形の強化のため、目撃されるのも厭わず決行した作戦だ。結果として、この時をきっかけに地上の者達に存在を観測され、『コキュートス』と呼称されるに至った。


「……まあ、『最強の悪魔』の真偽がどうだろうと、それ以外の準備はキッチリ全部揃えたんだ。

 悪魔が手に入らなかった分まで、あいつらには働いてもらわねぇとな。

 今回はチビ達も駆り出す総力戦だ。ここで生き延びた奴が次のステージに行ける」


 無数のウィンドウの一つ一つが大陸の現況を表示し、その数値やグラフがひっきりなしに変化し続ける。その画面を睨むベリアルの金色の瞳が、陽炎めいてぎらついた。


「地上の奴等も……な」


 ベリアルが見上げる、氷人形達の状態のウィンドウ。

 四つそれぞれの曲線グラフが青と緑のグラデーションから真っ赤に染まり、痛々しいほどのピークを示していた。




* * *




 アンダーベースの別室。

 『ベッドルーム』での調整を終えてホールに立ち尽くすカイル、メイア、アルテノーラ、ジュディエ。

 いつもホールで自分達の帰りを待っている人物の姿は、今ここにはない。


 帰還する直前まで、地上の王都で人間の少年少女同然にはしゃいでいた四体だが、今はそれが嘘のように静まり返っている。

 ベッドルームでの記憶削除が行われただけではない。カイル、メイア、アルテノーラの三人は、心臓を絞り尽くされたかのように、虚ろで青ざめた顔をしていた。ただ一人ジュディエだけは、地上に出る前と何ら変わらない無表情のままだ。



「……俺達……アイに負けたせいで……アルズに大怪我させたんだもんな……」


 カイルの口から掻き消えそうな弱々しい声が零れる。その目は埋め込まれた氷が反射するだけで、何も映さない。今の彼らは完全に氷人形という物体に戻っていた。


「次に勝たかなきゃ俺達は……失敗作だって……」

「もうアルズと一緒にいられなくなっちゃう……!」


 カイルとアルテノーラは頭を掻き毟り、嘆き出す。元々血など通っていない白い顔が、さらに蒼くなっていく。今の彼らにあるとすれば、それは恐怖だろうか。


「クソッ……! 今からでももっと強くならないと……!

 まずは今までの戦闘のデータをもっかいよく見て……ジュディエ! 付き合え!」

「…………」

「カ、カイルくん……!」


 普段のカイルからは想像し難いほど真剣な顔で、彼は前のめりな足取りでホールから出て行く。いつもつるんでいるメイアではなく、ジュディエを呼んだのは、データの分析というカイルの苦手な頭を使う作業で、ミスが許されないからだからだろうか。

 メイアの呼び止める声も届かず、カイルとジュディエはホールから去って行った。メイアは途方に暮れた表情で立ち尽くし、同じくその場に取り残されたアルテノーラを見る。



 アルテノーラは長い髪が乱れたまま、腕を垂れ下げて途方に暮れている。メイアが恐る恐る近寄り、声をかけた。


「……ノーラ、アルズにプレゼント渡したの?」


 メイアの脳裏には、王都の市場でストーンアクセサリーを買った記憶が、消されずに残っていた。

 アルテノーラがアルズにプレゼントするために、表情をコロコロ変えながら一生懸命選んでいた。購入した小さな紙袋を何度も眺めて、どんな言葉を添えて渡そうか赤面しながら考えていた。

 ずっと隣で見ていたメイアも、彼女のプレゼントが成功して欲しいと心から応援していた。あの時間はお互いに純粋な少女のようだと思っていた。



 しかし、記憶という情報は残っていても、そこに随伴していた感情までは残せなかった。


「あんたまだそんなこと言ってるの!? カイルですら理解してるのに! この状況を見ればわかるでしょ!!」


 アルテノーラのヒステリックな怒声が響き、メイアの肩がびくりと跳ねる。


「ご、ごめんなさい……」

「このままじゃ処分されちゃうのよ!! 役立たずの名無しの人形達みたいに!!

 これじゃ何のために名前を貰えるほどの“完成品”になれたのかわからないじゃない!!」


 アルテノーラの気が立っているのはそう珍しくもない。だが今は、メイアの方がいつものように軽薄な振舞ができない状態にあった。いつもなら一緒に笑っているカイルが不在なことも拍車をかけている。

 普段と違うメイアの様子に、アルテノーラは気付く余裕もない。


「このまま……し、死ぬなんて……まだアルズに……私の気持ちをちゃんと言えてないのに……!!」


 怒りと恐怖をしきりに行き来するアルテノーラは、完全に情緒不安定になっていた。


「あんたも突っ立ってないでどうすればいいかもっと考えなさいよ!!

 それとも本当にヘラヘラすることしか能がないの!?

 ここで勝てなかったらあんたのせいだからね!!」

「そんな……」


 感情任せに責め立てられ、メイアはただ狼狽する。

 煮え切らない生返事ばかりのメイアに痺れを切らし、アルテノーラは彼女の肩を掴む。そして力任せに柱に押さえつけた。



「あんた……私たちが今どういう状況か本当にわかってる……!?」


 メイアに問い詰めるアルテノーラ。しかし、その様子は怒りや苛立ちというよりも、不安から逃れようと必死に縋っているに等しい。


「私達は確かにあの子供を捕まえて、アルズの所に連れて来たじゃない……

 アルズにお願いされたことを、私達はちゃんと言われた通りにできたじゃない……!

 なのに……あの子供ばっかりで……私はまだろくにアルズに褒めてもらえてないのよ……!

 それどころか、何で今は私達の方が追い詰められてるのよ!?」

「それは……」


 そのことについては、おかしな話だとメイアも理解している。

 確かに自分達は、あの子供を――カナを捕らえたはずだった。アルズに直接差し出したのだ。その後はアルズの手で直接やることがあると言われ、彼に委ねた。同様に任務を終えたカイルも「まだ褒めてもらってない」と不満を垂れていたのを覚えている。

 しかし、最終的にその場で力が覚醒したあの子供達に、アルズは敗北した。


 ……そう、アルズが負けて、子供達に逃げられたのだ。

 だがその結果を、アルズの責任だと口にできる者などいない。自分達はアルズの味方でなければならないのだから。

 だから、あの時加勢した自分達が、あの子供達に勝てなかったせいでアルズの足を引っ張ったのだと、そう考えることにした。

 アルテノーラも、今この場でアルズを貶めて欲しいわけではないだろう。

 それでも……それなら自分達の頑張りは何だったのだろう? 役目を果たしたはずなのに、どうして無に帰しているのだろう?

 このまま戦って、ちゃんと成果を上げたとしても、もしまた褒めてもらえなかったら――?



 メイアが答えに迷っている間にも、アルテノーラは感情が決壊し、崩れ落ちるように項垂れる。


「……褒めてもらえなくたって良かったのよ……アルズの役に立てたなら……

 それでも……あんなの見せられたら……

 それっきりのまま……わ、私が……処分されるかもしれないなんて……」

「……ノーラ……」


 いつも高圧的なアルテノーラが弱音を吐露する。今にも泣き出しそうな、眉の下がったくしゃくしゃの顔で、涙交じりの震えた声で。

 アルズがカナに何かしていた時、アルズはカナの力と血筋が必要だっただけで、別段それ以外の何かを求めていた風には見えなかった。だから何のやましさもなく、カナをベッドに寝かせていたのだろうし、それでアルテノーラが何を感じるかなんて、考えてもみないのだろうけど。


 今のアルテノーラに、王都でプレゼントを選んでいた時のような明るさは見る影もなく、むしろそれとは真逆の……ただ恐怖と未練に満たされた絶望に染まっている。

 記憶消去されたせいだろうか。しかしメイアの目に映る彼女は、破壊のみをプログラムされた氷人形である以前に、ただの憐れな十八歳の少女だ。


 “昔から”そうだった。気が強そうに見えるけれど、彼女自身も気持ちをどう表したらいいかわからなくて、本当はただアルズと話がしたいだけで。それが上手く伝わった時の笑顔は、花が咲いたようで。しゃぼん玉みたいに不器用で繊細な子だったのだ。戦うようになってから、変わってしまったけど。

 メイアはアルテノーラの、そしてアルズの喜ぶ顔が見たかったのであって。

 こんな顔を見たかったわけではないのに。


「あんただって同じかもしれないのよ……!

 カイルかもしれないし、ジュディエかもしれない!

 いずれにしたって私達は四人で戦うことを前提に作られてるんだから、

 誰か一人でもいなくなったら、中途半端に生き残ったって――」


 我に返ったようにアルテノーラは顔を上げるが、表情はいまだ剣呑なままだ。焦りのあまり口走ったことを自覚し、歯噛みして、メイアの肩を掴んでいた手を離す。

「あんたも……ちゃんと考えてよね」


 ただ喚き散らしただけという己の醜態に居た堪れなそうにしながら、アルテノーラはそう吐き捨て、ホールから去っていった。彼女の背中は出口の暗闇に消えていき、メイアは呆然と立ち尽くしたまま一人取り残される。



「……みんなの雰囲気が悪くなってる……」


 たった一人のホールで呟いた声が、虚しく静寂に溶ける。


「こんな雰囲気じゃダメ……みんなが笑顔じゃないと……怒られちゃう……! 怒らちゃう……!!

 いつもみたいに……もっと雰囲気を良くしないと……!

 このままじゃ四人一緒にいられなくなっちゃう……!!」



 頭を掻きむしり、徐々に声が荒くなり、自分自身の声が誰もいないホールに反響する。

 メイアにとって、コキュートスのみんなで楽しそうに笑っていられることが全てだ。

 アルズの指示をこなしたら喜んでくれて、だから沢山破壊できるほど嬉しくて、強くなるほど楽しくなった。いくらでも調整されて、いくらでも破壊し続けられた。

 それでいつまでもみんなで笑顔でいられるなら、それだけで良いのに。どうして突然、楽しいという感情からこんなにも遠ざかってしまったのか。せっかく四人一緒に揃っていても、笑顔になれなければ意味がない。


 自分はジュディエほど頭が良くなくて、アルテノーラほど強くなくて、カイルほどの元気もない。

 「それでもメイアが一緒にいてくれた方が楽しい」と、「メイアの歌が好きだから」と、〝子供の頃から〟一緒にいてくれた。だから自分にできることをーーせめてみんなを笑顔にすることを、ずっと頑張ってきたのだから。


「あたしが……あたしがみんなを……笑顔にしないと……!!」


 頭を押さえる手で決意と覚悟を固めるように、メイアのビビッドピンクの瞳が鋭く光る。



 ホールの出口。アルテノーラが通りすぎて行った暗闇に紛れ、立っている人影――

 ――ジュディエの眼帯の奥の赤い光が、二人の少女の一部始終を記録するように、じっと見つめていた。

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