第19話 歴史の当事者-1
かつてフォルティリゼイナ帝国では、魔力元素とは異なる独自の特殊能力を持った人種『イマジニクス』を祭り上げ、独立を果たした。
しかし《神》の恩恵に頼らず人間だけの力で国を形成するには、上手くいかないことも増えてきた。
当時の有権貴族達は、それらの責任を「イマジニクスの能力による不祥事、あるいはペテン」とイマジニクスに押し付け、高まる民衆の声によって彼らを次々に処刑した。
その後、会合に集まっていた貴族が建物ごと燃やされる事件が起きた。犯人は処刑されたイマジニクスの家族だった。後に捕えられ、尋問と拷問を受けた犯人は、生き埋めの刑に処された。
ドロヴィス家――オリカの実家は、その犯人と同じ血筋の家系であることを必死に隠して生きてきた。そしてオリカ自身もイマジニクスの能力を生まれ持っていた。それでも悪意ある他人の理不尽によって強引に暴かれるのだ。
数年前、夜道で暴漢集団に襲われたオリカを助けたのが、カーサー元帥だった。
帝国軍本部の上層ロビー。
軍構内で最も高い建物の、特定のカードキーを持つ者にしか入れない階層。実質的に、カーサー元帥からカードキーを与えられた彼の私兵専用の場所と言って違いなかった。
ガラス張りの窓からは、昼下がりの西陽の下、ビル群の道路を行き交う物流の自動車、それらの進行を誘導するネオンサインの光――帝国の技術を象徴する風景を見下ろし、一望する。
その中の一室で情報伝達をしていたオリカとセッサント大尉は、話がひと段落し、どちらからともなく元帥についての話題を始めていた。
「元帥には奥さんと娘がいたんですよね。あの人結婚できたんですか」
「ええ……でも、『貴族狩り』の模倣犯の襲撃に巻き込まれて、殺害されました。
娘さんはあえて父の名を口にして犯人達の気を引き、他の被害者を逃がすために奥様と共に足止めになって……」
セッサント大尉が口にした事件は、オリカも知っている。
『貴族狩り』とは、かつて帝国で起きた放火事件のことを指す。その犯行を模倣する者達が時折現れ、貴族ばかりが狙われた。
帝国内の貴族は身の安全の確保に終始する一方、貴族達の政治や格差に不満を募らせる民衆の中には、「よくやった」と賛同する者さえいた。
近年は大陸規模の異常現象が帝国にも及び、模倣犯や民衆も他人事ではなくなったせいか、事件の発生は見られなくなったが。
カーサー元帥は当時から国防技術の第一人者として、市民の間でも有名だった。悲惨な事件に元帥の妻子も巻き込まれていたとの報は、瞬く間に帝国中に広がった。
「生きていればドロヴィス少尉と同じ年頃だったでしょうから、これは私の勝手な推測ですが……
少尉を助けたのも、娘さんと重ねていたのかもしれませんね」
「……だとしても……それならせめてエーデルワイシス代表の方じゃないですか……?」
セッサント大尉が述べた推測は、カーサー元帥の身の上を考えれば理解できなくもない。と一瞬思ったオリカだが、日頃対峙する元帥を思い浮かべると素直に頷き難かった。
まだオリカが軍に入る前。
夜道で暴漢達に暗がりへ連れ込まれた時、突如現れたカーサー元帥に助けられたあの夜。軍人としての圧倒的な戦闘経験を見せ、石畳の道に倒れ伏した暴漢達の前に立つ彼の背中を、一筋の街燈が照らしていた。
彼が振り向いて目が合った時の胸の高鳴りを、オリカは今でも鮮明に覚えている。
彼は確かに命の恩人だ。しかしその時の彼の顔は、決してか弱き娘を救うヒーローと呼ぶものではない。ただ、オリカを含めたあの夜道にいた者達の運命を掌握する力を持っている。へたれ込んだまま彼を見ていたオリカは、本能でそう直感した。
曲がりなりにも帝国の貴族令嬢であるオリカのことを元帥が知っていても、なんら不思議ではない。だが、あの時の元帥はオリカに対して明確な目的を持って現れたのだ。
『こんな理不尽を、この世から消し去りたくないか』、と。
「家族ともなれば、さすがのあの人も心に残り続けるでしょうけど……それにしたって、そんな感傷的な理由で動く人なんでしょうか。
あくまでも長期的に見て、今のままでは国が機能不全になると考えた結果、最短で確実な手段を選んでいるように見えます」
まだ軍人としては合理的に徹しきれていないオリカをして、元帥の動向からは感情的な印象は見出せないとの評だ。これにはセッサント大尉も概ね同意だった。
「そうですね。私もあの方のことを理解できているわけではありませんから。
私が計画に必要なイマジニクスの能力を持っていたとは言え、視力を失ったの兵士を特進させると聞いた時、私は殉職したことになったのかと動転しましたよ」
オリカと同じく元帥直々に引き抜かれたセッサント大尉もまた、イマジニクスであった。
三年前。当時すでに帝国軍の少尉であったセッサントは、異常現象の発生を確認した洞窟へ現場調査の任務を行っていた。正にその時、異常現象と思われる地震が発生し、彼は洞窟の大穴に転落して生死不明……M.I.A.と判断された。
彼を捜索していた隊の仲間も撤退を余儀なくされ、軍本部へ帰着した、その数日後。
セッサントは、その身一つで軍本部に生還を果たしたのだ。
転落事故によって両目を負傷し満身創痍の状態だったが、それがきっかけとなったのか、彼はイマジニクスの能力が目覚め、その力で失った視力を補いどうにか軍本部まで辿り着いたのだという。
そして彼が持ち帰った現場調査の報告により、帝国軍は新たに強力な『聖国の遺産』の回収に成功した。
これらの成果が、現場調査の任務を下したカーサー元帥へと伝えられた。そして軍病院にいるセッサントのもとへ自ら赴き、引き抜きの交渉を始めた。
『過去に私が開発に携わった軍事医療技術を用いれば、段階を踏んでではあるが、お前の視力を治せるかもしれない。
今までお前が果たした任務の実績を見ても、お前にはそれだけの労力を割いても惜しくない価値がある』
一度は死んだものと思われ、生還したとて五体満足でなくなった以上軍人としての人生が断たれた、諦念の淵に立つ自分に向けられた言葉。
そんな話を、以前オリカもセッサント大尉から聞いた。やはり元帥には、対峙する者の人生に劇的な形で登場し、運命を示す神のように思わせる力がある。
それを所謂カリスマと呼ぶか、畏怖と呼ぶかは、人それぞれだろうけれど。
「あの方の動機が何であれ――目的が変わることはありません。
我々の能力で発見した遺産の兵器がもうじき揃えば、実行は目前です。
帝国の清算のため、我々イマジニクスの尊厳のために。……まだ実感が湧きませんか?」
セッサント大尉はどちらかと言えば、カリスマだと感じているのだろう。普段は冷静で控え目な彼が時折口にする、啓示の復唱じみた理念に、オリカは漠然とそう思う。
「はい……私も、覚悟を決めなければと……思っています」
かつて人々を教会派と革命派に二分した、大陸史上最大の宗教戦争――聖国遺産戦争。その戦争で使用された兵器の残骸が発見されたのは、十年前のことだった。
軍に回収された残骸の研究に当たっていた元帥は、やがて兵器に内蔵されていた魔力が今でもエネルギーを帯びていることを解明する。
残骸と魔力が全て揃えば、かの戦争で力を示した兵器を復元できる。それはつまり――
秘密裏に私兵を編成した元帥は、大陸各地に眠る遺産の捜索を始めた。その最中、遺産に付着した魔力と同じエネルギーの根源をとある場所で感知し、それが土の中に埋まっていることを突き止めた兵士が現れる。それが探知に特化したイマジニクスのセッサント大尉であった。
場所を特定することが可能になり、残るはそれを「可視化」する手段が求められた。その中で選び出されたのがオリカであった。
オリカは遺産に近づくとその魔力に反応し、頭痛を起こす体質――イマジニクスの能力があった。つまりオリカが頭痛を起こせば根源の存在が証明されるのだ。
彼らの能力を使いながら、表向きには皇族の血と工学の才能を持つモナハを国防議会に擁立することで、「兵器を使うべき状況」へと導いていった。
そしてついに――聖国の遺産と兵器の残骸は元の姿を取り戻し、更なる強化を遂げた。
《神》からの自立。その栄光に縋る貴族の傲慢。意図的に生み出されたまま、野放しにされる民衆の怒り。
その惨状を嘲笑うかのように、《煉獄の使者》コキュートスが地上に姿を現す最初の舞台に選ばれた恥辱。
蓄積されたそれらを、有権貴族と民衆が互いにぶつけ合うだけの現状。
全ては帝国の清算のために。
* * *
その後オリカは、午後から帝国政府高官と会合を行うモナハ代表の護衛任務があった。モナハ代表が午前中に近場での仕事が入っていたためオリカと送迎の運転手はやや早めの迎えになり、運転手の気遣いでモナハ代表とオリカは会合を行うビルのカフェレストで時間を潰していた。
「ごめんなさいね、この前お茶の約束をお茶の約束をしたのに、空き時間の暇潰しが先になってしまって」
「私はいつでも大丈夫だよ。モナハは忙しいから仕方ないさ」
申し訳なさそうに苦笑するモナハ代表に、オリカも穏やかに微笑み返す。ちょうど傍を通りかかった給仕をモナハ代表が呼び止める。
「すみません、ハーブティーをお願いします」
「私はマンダロッソティーで」
注文を終え、オリカはテーブルに広げていたメニューに何気なく視線を落とす。モナハ代表の注文したハーブティーには、“バロディノーギア王国で採れた爽やかな茶葉”と書かれてある。その文字を複雑な眼差しで見つめ、振り払うように顔を上げる。
「この前くれたキャンディ、美味しかったよ。
いつかプライベートで王国に行ける時があったら……私も買いたいな」
「オリカ……そう、良かったわ」
モナハ代表は一瞬意外そうな顔をした。オリカが年相応の女性らしい感情を口にするのが珍しかったのだろう。やがて斜陽に照らされた頬をほのかに紅く染めながら、彼女は微笑んだ。
「バロディノーギアは、とても素敵な国だったでしょう」
モナハ代表が付けている髪留めの緑の石がきらりと光った。自分と同じものを素敵だと思ってもらえることに、心から喜んでいるのが、少女のようなその笑顔でわかる。
あの髪留めは、王国の第一王子――レオ・ノアード=バロディノーギアが贈ったものだ。受け取って以来、モナハ代表は常に身に着けている。場を弁えて外す時も懐に忍ばせ、言葉通り肌身離さず持っている。
それほどモナハ代表とレオナ王子が互いに想い合っていることを、オリカも随分前から知っている。
レオナ王子という人物は、オリカも別段嫌いではない。嫌いになるほど関わり合いになったことがない。だが――いけ好かないとは思っている。
モナハ代表やカーサー元帥の護衛で同伴し、レオナ王子との面会に立ち合うことが度々あった。会うたびに絵本の王子様がそのまま出てきたような男だと感じる。そして彼は現代に実在する『大星座』だ。箸が転んでも周囲が色めき立つ。日差しが暑くて眩しい時の疲弊に似ている。
何よりオリカとは二十代前半の同年代だからか、会談中も護衛で立っているだけのオリカにやたらと話しかけてきた。うっかり零した「あのネジは今はあそこの会社でしか作られていなくて……」だったかのたった一言で、オリカが航空機製造の資産家の令嬢であることを見抜いた。そこから王子が急に早口になったのを鮮烈に覚えている。
彼が常にその場の中心に立っているのは、周囲のお膳立てのおかげではない。彼自身の、王国周辺を……いや、大陸を丸ごと自分の頭の中に収めんとする純粋で貪欲な知識欲がそれを成している。大陸に生きているオリカ達の情報も、当然。
そこに『王子』や『大星座』という資質が加わり、彼と同じ空間にいると、自分まで彼の頭の中の登場人物になってしまったように感じる。
帝国の被差別人種という国民感情を抜きにしても、オリカの個人的な性格上、率直に言って――居心地が悪いのだ。
だが、現状モナハ代表を笑顔にできるのはあの男だけだ。
――『彼はただ、人と自分の間に共通点が見つかるのを心から喜んでいらっしゃるのよ』
王子のことを語るモナハ代表はそう言っていた。確かにオリカが話しかけられた時も、情報を引き出して手玉に取るといった気配は感じられなかった。
モナハ代表の『若くして国の要職に就く女性』という付加価値を値踏みするでもなく、逆に甘い言葉を囁くでもなく。二人が華を咲かせたのは、機械の製造に必要な金属の採掘資源地という、あまりに色気のない話題だった。王子は地理に、代表は工学に長けた知識が上手く噛み合い、さながらコアなマニア同士のディベートの如く怒涛の提案が展開された。
きっとこの二人こそが、互いに求めていた相手だったのだろう。
実際、モナハ代表の国防議会代表としての施策が成果を上げ始めたのはその頃からだ。
議会に擁立された当初はいつも浮かない顔で委縮していたモナハ代表だったが、成果がレオナ王子に届くこと、そして仕事先に王子もいることを考え、生き生きとした顔をすることが増えた。
それで彼女が今の仕事に前向きになれたのなら。護衛として、友として、こんなに望ましいことはない。
このまま二人が外交だけでなく私的な関係になったとしても、モナハ代表は帝国皇帝の血筋だ。王子との身分も申し分ないだろう。二人を阻むものがないのなら、結ばれて欲しいと願っている。
……願っている、はずなのに。
今のオリカは、王国を敵視するカーサー元帥のもとで、彼の計画に従事している。
『我々が遺産を揃えて古代兵器が復元されれば……
たとえ再び差別と制裁が行われようと、関係のない話だ。
長きに渡り王国が拠り所にしていた大精霊の結界が弱っている今ならな』
『帝国の清算のため、我々イマジニクスの尊厳のために。……まだ実感が湧きませんか?』
カーサー元帥にも、セッサント大尉からも度々理解と覚悟を促された。オリカ自身、自分の手で帝国を変えてやりたいと腹の底から思い、元帥の軍門に下った。モナハ代表と出会ったのはその後の話だ。
だからこれからも背信同然の行為を続けるのか。いっそ彼女に元帥の計画の全容を話すべきなのか。話したとて、一体彼女にどうさせるというのだ。
オリカ達がこのまま進めば、レオナ王子や王国に仇なすのは避けられないだろう。それがモナハ代表を深く傷つけると、自分で知りながら。
せっかく想い合っているのなら、あの王子が今すぐにでも彼女を自分のもとに置けば良いものを。そうして自分も帝国も関係ない場所で、彼女が幸せに生きてくれたら一番良いのに。
あの男は大星座だなんだと影響力を振り撒くくせに、ひと一人の運命にも腹を括れないのか。そういう所が本当にーーいけ好かないのだ。
そんなことを考えている自分が一番都合が良くて、ただの八つ当たりの他力本願であることも、どうしようもなく理解していて。お茶の席で何を考えているのかと、不毛な顔でオリカは我に帰る。
「モナハは本当に王国が気に入ってるな。今度は仕事に関係なく、自由なプライベートで王国に行けたらいいな」
「そうね……。その時はオリカも一緒に行きましょう」
「私がいたら結局仕事と変わらないだろ」
「まあ、そんなことないわ」
遠回しすぎたのか、オリカの意図が伝わらず、モナハ代表が食い下がる。オリカが戸惑っているのを知ってか知らずか、モナハ代表は言った。
「私が議会の代表じゃなくなって、軍と関わることがなくなっても……
オリカとは友達のまま、これからも一緒に色んな景色を見ていたいもの」
モナハ代表の屈託のない一言で、オリカの胸に暖かい温度が溢れ出す。
そこに、注文した紅茶が二人分運ばれてくる。置かれたマンダロッソティーの水面に映ったオリカの顔は、なんだか目が潤んでいた。
モナハ代表に気付かれる前にマンダロッソティーを喫し、胸の感情ごと飲み下した。




