第18話 フォルティリゼイナ帝国-3
廊下へと戻って行ったカナにアイが手を振ると、カナの進行方向からリオウが現れ、廊下で二人が短い会話をするのが見えた。
カナが離宮へと向かったのと入れ替わるように、リオウがアイに小さく手を振り、アイも振り返す。するとリオウが庭園に降りてきた。
「アイくん、カナくんと話をしていたんですか?」
「うん……カナに相談されて」
「カナくんがですか」
それは珍しいですね、とリオウが思ったのであろうことは、アイもなんとなくわかった。
「カナに“自分も戦いたい”って言われて……
まずは街で暮らしてる一般人みたいに、護身術から始めたらいいと思うって言ったんだけど……
……でもやっぱ俺、カナに戦ってほしくないよ」
アイはカナとの会話で押し殺した本音を、リオウに吐露する。アイの胸中は、応援したい気持ちと、カナを取り巻く環境が変わってしまう不安の板挟みになっていた。
「……夢で、ヨータと話したって」
「………………」
何気なくアイの口から出た名前に、リオウは一瞬息を呑んだ。
「カナに言われたんだ。その中で目標が決まったって……
そう言われたら俺も頭ごなしに否定できなくてさ」
説明を続けるアイは、リオウの様子には気付いていないようだった。リオウも平常を努めて静かに聞いていた。そして、浮かない顔をしているアイを注視する。
「先ほどカナくんとすれ違った時、アイくんが立ち眩みを起こしていたからよく見てあげてほしいと言われたのですが……
私から見ても、確かにあまり顔色が良くないですね」
陰が差したアイの表情は、カナへの心配だけではないことをリオウに見抜かれている。この期に及んで誤魔化しても無駄……というより、誤魔化すほどの元気も出ないと言った方が正しかった。
リオウの指摘を認めるようにアイは答える。
「……もう大丈夫だと思ったんだ……。
ショウも旅について来てくれて、今は城の人達もいて、前よりいろんな人と話す時間が増えたから……。
……でも……急に思い出して……」
立ち眩みを起こした時の痛みをまた思い出し、アイの目元が苦々しく歪んだ。
「今いる景色が思いがけず記憶と紐付くのは、珍しいことではありません。
それくらい、アイくんの中の彼との思い出が……彼がいた名残が、確かに残っているのでしょう」
決してアイの心が弱いのではないと、リオウは諭す。リオウになら話しても大丈夫だと感じたのか、アイは続ける。
「最近は自分で大星座の力を使えるようになって、ショウやリン達が頼ってくれることが増えたから……
初めてだったんだ、こんなにいろんな人が、自分のことを見てくれるの……
だから無意識に〝ヨータだったらどうするか〟とか、〝今の俺を見たら褒めてくれるか〟とか、考えてたのかもしれない。……でも……」
前向きな気持ちと、自罰的な気持ちが、頻繁に交互している。そんな感情の揺り返しにアイ自身も疲弊しているのが見て取れる。
「さっきカナに、自分も戦えるようになりたいって言われて……カナはちゃんと自分で前に進もうと色々考えてたんだ。
カナに頼られるどころか、俺はヨータの真似をして浮かれてただけで……カナが一番辛いはずなのに……
……そもそも……今ヨータがいないのは……あの時、俺が……助けられなかったせいで――」
アイの瞳と、声と呼吸が、不安定に震え出す。一度体が思い出すといかなる言葉にも連動し、心が引っ張られて、記憶に侵食されかけている。リオウはアイの前で膝を折って屈む。
「……アイくん、」
今度はリオウがアイを見上げるように、彼と目線を合わせて呼び掛けた。二人のよく似た真紅の瞳の視線が重なる。
「今は他の人との立場や関係を気にせずに、アイくん自身の気持ちを教えてください。
彼が……キンディスが傍にいなくて、寂しいですか?」
リオウに促され、アイは少し躊躇うように視線が移ろいだが、やがて言葉を受け入れ静かに答えた。
「……うん……」
小さく頷いたアイの声は、少し涙ぐんでいた。
本当はもっと口に出したい気持ちがあるのかもしれない。だが、そうすると少しずつ立ち直り始めた彼の心がまた崩れ落ちてしまうのだろう。一言の頷きだけでも、リオウには十分だった。
「悲しいと思うことは悪いことではありません。
あの場にいたのがアイくんじゃなかったとしても……きっと誰にもどうにもできなかった。
だからこそ彼の――キンディスの身に起きたことが、その結果自体が、どうしようもなく悲しくて……
それを〝彼の運命だった〟と言いたくない気持ちは……とても大切なものです」
リオウらしく理路整然としていて、けれど彼にしては強く情が籠っている。アイの感情を彼の見識で言い表しただけでなく、きっとリオウ自身も同じ想いを抱え続けているのだろう。
悲しみという形ではあるが、同じ感情で通じ合っていることを、幼な心にアイは感じ取る。そんなアイの様子を見て、リオウも表情を和らげる。
「それにキンディスなら、〝慣れてないくせに背伸びするな〟って小突いてくると思いますよ。
その後ちゃんと褒めてくれるでしょうけど」
「……うん」
リオウの苦笑は冗談のようでもあり、まさに彼が度々喰らった実体験でもあるのだろう。まるでそこに“彼”がいるかのように想像できてしまい、なんだか懐かしくなって、アイの胸の動悸が緩和する。
複雑に絡まって一塊になってしまった様々な気持ちを、一つ一つ解いて、ずっと前からあったものを拾い上げるように――アイはまた一つ、リオウに告げる。
「……リオウ、俺……たぶん人や物に触ると、相手の心や記憶が見えるんだ。大星座の輝石の力で。
前にヨータやショウの記憶が見えたことがあって、それでどんな理由で……どんな気持ちで何をしようとしてるのかがわかった」
「……ええ」
まだ誰にも話していなかった大星座の力を、アイは初めて打ち明けた。
リオウは少なからず驚いているようだったが、アイが語る続きを静かに待つ。
「最近また偶然、レオナ王子に触っちゃって……その時レオナ王子の心が見えたんだ。
新聞にも載ってたけど、この前の会議で帝国の元帥に酷い言い方をされたんだろ?
〝覚醒してない大星座には従えない〟とか、〝このままなら王国を焼く〟とか……普通に見てるだけでも、レオナ王子はずっと落ち込んでる」
輝石の力でアイが視えたという記憶は、リオウが国際会議で実際に見たものと一致していた。
「それに大陸の歴史と帝国の今までのことも教えてもらった。
王国の結界が弱ってる今、帝国が一番になって、大星座が上に立つ世界を変えようとしてるんじゃないかって」
そしてアイ自身も、この王国と周囲の国の現状を見聞きした。他者の危機を己の好機とする明確な野心を肌で感じ、幼く純粋なアイは心地良くなかった。
何より、その野心の矛先が大星座であるなら、アイにだって向けられていることになる。
アイの顔は不快感を露わにしていた。
「なんで大星座だからって“《救世主》はあんなに凄かったんだからお前もそうなれ”だとか、
逆に“もういらない”だとか、そんなことばっかり言われなきゃいけないんだ?」
等身大の少年らしい、心が感じたままに吐き出した疑問。いや、怒り。その声には、生傷から滲み出した雫ような温度が宿っていた。
「《救世主》は……アステルは必死に大陸を救ったのに、
自分がいなくなってから勝手にチヤホヤされたり、そのせいで国同士で争ったりして……
レオナ王子も……俺もヨータも、一体今まで何のためにこんな思いをしなきゃいけなかったんだよ……!!」
曝け出した心から発露する、ひりつくような嘆き。
王立資料館で初めてそれを感じた時、アイよりずっと前からこの大陸で生きているジフやショウに反論された。だから一度は抑え込んだ。
それでも――《救世主》が約束を破られた後に……レオナ王子や自分達が言葉と力の暴力を受けた後に、各々の都合を説明されたとて、それが何だと言うんだ。人々の気が済むまで発散されるそれらの感情を、大星座の自分達が受け止めなければならないのか。
それで世界が良くなるなら受け止めようと、レオナ王子なら言い出しそうだ。だがアイには到底良くなるとは思えない。《救世主アステル》も、そしてヨータも結局報われないまま、次のレオナ王子にお鉢が回っただけなのだから。
「前にアルズも、同じようなことを言ってたんだ。
“みんなアステルに勝手な価値観を押し付けてるんだ”って。
その時は何言ってるのかよくわかんなかったけど……
レオナ王子のことや歴史のことを知って、いろいろ考えてるうちに……
もしかしたら、アルズの言ってたことは本当なんじゃないかって……一瞬思っちゃって……」
以前対峙したアルズは、常軌を逸した手段でアイやヨータを大星座の立場から解放しようとした。アイはそれが理解できなくてアルズと直接戦い、彼を倒した。
だが――あの時のアルズと、今のアイ自身がレオナ王子に傷ついてほしくないと思うのは、もしかしたら同じことなんじゃないのか。
アイ自身が最後のピースであったかのように、アルズが言っていた世界の全貌を理解してしまった。
「王国に来てから頼ったり頼られたりできる人が増えて気持ちが軽くなったけど、こういう納得いかなくてモヤモヤすることもあって……
状況は何も良くなってないのに、自分のことで浮かれて、結局俺もそのまま流されそうになって……
頭の中でその二つを行ったり来たりしてたせいで、心がごちゃごちゃしてたのかもしれない。
……リオウが話を聞いてくれたから……ほんの少し整理できた気がする」
憤りで強張っていたアイの表情が、少し解けた。それでも俯きがちなまま陰っている。
アイの本音を聞いたリオウも、しばし言葉が見つからず、痛ましい顔をすることしかできない。
「言いづらいことだったでしょうに……気持ちを話してくださって、ありがとございます」
まずはアイの心境を受け止め、リオウはアイの肩に両手を添える。不条理に曝されるアイにかけるべき言葉を考えるうち、視線を落としながらもリオウは言う。
「大星座に――アイくんや、キンディスやレオナ殿下にそんな思いをさせてしまったことは……我々エスペル教団に責任があります。
普通の人にとって、大星座はそれこそ神や御伽話のような雲の上の存在で、大陸を救う偉業をやってのけたなら、簡単なことでは傷一つ負わない特別な心と体を持った人達だと思ってしまって……
そんな人達に“大星座は凄い”と広めるだけ広めて、その後のことまでちゃんと大星座を守れていなかった私達教団のせいです。
《救世主》が大星座で、アイくん達も大星座だったというだけで、自分の心を持った一人の人であることは変わりないのに……」
リオウも国際会議に参加し、カーサー元帥から執拗に糾弾されるレオナ王子をその場で見ていた。しかしその時、リオウ自身は何をしていただろうか。元帥を顰蹙の目で見ていただけで、レオナ王子には何もしてあげられなかった。アイがそのことを知ったらきっと失望するだろう。
あの場で最初に動き、王子を庇ったのはペルトロ大司教だ。そのことを深く悔いながら、リオウはもう再度顔を上げてアイの目を見る。
「先日の国際会議で、教団の一番偉い人もレオナ殿下のために、帝国の元帥に向けてそう仰っていました。
信仰で生まれた歪みは、大星座ではなく教団が責任を持って変えていくべきだと。
教団も大星座に寄り添って……いえ、教団こそが矢面に立つために動こうとしています」
それも今は意思表示の段階に過ぎず、口約束以上の力を持たないだろう。それでも言葉にして伝えることで、自分以外の誰かがそう思ってくれているという事実がこの世に生まれ、存在する。
「少なくとも大司教や私は、アイくん達の味方です」
「うん……」
親の言葉を受け入れる幼子のように、アイは小さく頷いた。全て納得できたわけではないだろうが、感情の荒波は落ち着いただろうか。
リオウはもう一つ最初にアイが打ち明けたことについて考える。
「それにしても……アイくんの大星座の能力が、人の心を見える力だったとは……
本人が口に出した言葉と、断片的に見えた記憶を繋ぎ合わせて、深層心理の全景が見えてくる……
その能力に呼び方を付けるなら、星を紡いで星座になるような――『星紡ぎ』といった所でしょうか」
「……星紡ぎ……」
「アイくんらしい力ですね」
「俺らしい?」
今まで自分しか知らなかった能力を初めて他者に明かし、アイにとって予想外の評価をされた。
「ええ。誰かが困っている時に行動を起こすのは、いつもアイくんでしたから。
それで周りも気がついて、少しずつでも状況が変わった。
その積み重ねで、今は旅に協力してくれる人も増えたでしょう」
リオウにとても好意的に褒められたものの、アイはそれを自分のこととして受け止めるのを憚った。
「でもそれは、この力でその人の考えてることがわかったからで……
普通の人はそんなカンニングみたいなズルいことできないじゃん。俺がすごいわけじゃないよ」
「それもそうですが……仮に人の心が見えたとしても、自分が何かしてあげようと思う人はそういないですから。
力の使い方はアイくん自身が考えて行動したものです。それがアイくんらしさですよ。
カナくんが打ち明けたのは、そんなアイくんなら気持ちを真っ直ぐに受け止めてくれると頼りにしているのでしょう」
凄い能力と言っても、偉いのではなく狡いのだと卑下するアイに、リオウは尚も肯定的に捉える。
「ただ、人はみんな自分の気持ちをコントロールするだけでも一苦労です。
さらにアイくんは他の人の心まで見えているとなると、心の中の考え事が増えすぎて消耗しやすくなるかもしれません。
たまには誰かと話をして、心の中を軽くできたらいいでしょうね。例えば……ジフとか」
「えっ、ジフ?」
息抜きの候補として挙げられた名前は、そのような行為とは正反対にいそうな相手だった。
「ジフはああ見えて、困っている人や弱っている人を助けることに誰よりも真剣です。
“自分が教団の教義に救われたのなら、同じように救える人が他にもいるはずだ”と、前に彼本人が言っていました。
彼は淡白ですが、ここまでずっと旅に付き添っているのも、アイくんやカナくんが頑張っていることを認めていて力になりたいからでしょう。
ですからアイくんの方から話を聞いて欲しいと言えば、自分がちゃんと頭数に入っていて、大星座のアイくんに頼りにしてもらえたと喜びますよ」
「ジフが喜ぶねぇ……。でも、確かに今となっちゃ俺が一番話しやすいのはジフだし、話ができる今のうちにちゃんと話そうと思う」
「それがいいと思います」
冷静沈着で淡白なジフと直情的なアイは正しく凸凹な相性だが、リオウの語るジフの人助けに対する人となりはアイも納得できる。一方リオウも、アイがジフといる時は年相応の少年らしくリラックスして、無邪気に戯れているのをよく目にしている。
最初は辛そうだったアイの顔色が少し良くなったのを見て、リオウはほっと息をつく。
「キンディスの行方がわからないのも、大星座のことも、アイくんのせいじゃありません。
アイくんはここまで本当によく頑張っています。
だから、城の中で安全に過ごせる今は休んでください」
穏やかな声色で諭してみるが、そう簡単に切り替えられればアイも苦労はしないだろう。リオウはさらに続けた。
「もしキンディスが見つかった時、アイくんが元気じゃなかったら……私がキンディスに怒られちゃいますから」
またしてもリオウは自虐気味に苦笑する。まるで、もうすぐにでも〝彼〟が帰ってくるかのような言い方で。
「……ね?」
「……っ……」
アイの真紅の瞳が涙で潤んで、きらきらと光る。少年らしい表情になったアイを見て、リオウは静かに立ち上がり、何も言わずに腕を伸ばしてアイを抱き締めた。
腕の中のアイもそれを受け入れるように、そして求めるようにリオウの胸に顔を埋めてしがみつく。
「……ぅ……っ」
アイはいつかの夕暮れの草原を思い出していた。あの日〝彼〟が――ヨータが抱き締めてくれた時の景色が、閉じた目蓋の裏側に広がる。
あの日感じた温もりとよく似た温度を、背中をさするリオウの手から感じる。硬く凝固していたアイの感情が溶けて溢れ出し、体中を巡って暖かくなっていった。
「………………」
アイの小さな頭を撫でながら、リオウは安堵する反面、どこか心苦しさを滲ませていた。
彼の目を腕で覆っている間、リオウの右腕には黄金色の魔力の脈が光っている。
ヨータに――リオウがキンディスと呼んでいる青年に分け与えられた、彼の魔力。その魔力を発しながら触れれば、アイが“彼”の温もりを感じるのは当然だ。
つい先程アイが言っていた『カンニングみたいなズルをした』という言葉が小骨のように刺さり、安堵の鼓動のたびに胸がじわりと痛む。
――それでも、アイの苦しみを少しでも和らげることができたなら、今はそれでいいのだ。
* * *
アイはひとしきり泣き明かして胸の淀みを洗い流した。庭園の水道を借りて顔を拭いたものの、まだ少し目元が赤らんでいる。「庭園の花粉でくしゃみが止まらなかったと言っておけば大丈夫ですよ」とリオウが助言しておいた。
見知った間柄と言えど、泣いている様を見られるのは年頃の少年には堪えるのだろう。アイは少し恥ずかしそうにリオウを見上げて礼を言った後、カナやショウ達が待つ離宮に戻って行った。
廊下を歩いて遠ざかっていくアイの背中を見送り、リオウは一安心して小さく息をつく。そんな彼の頭上――空から不意に声がした。
「せわしない奴よのぉ」
艶やかな魔女にでも話しかけられたのかと思った。リオウはその声の正体を知っている。庭園の木々のに囲まれた空からパタパタと羽音を立てて舞い降りてきたのは、小さな黒い雌のコウモリだった。
「やれやれやれ。自ら苦労の種を巻き散らかすとは。難儀な奴よ」
首の周りに薔薇の花びらのような部位を纏っているそのコウモリは、庭園の花々に溶け込むようにリオウの元まで降下した。
「大星座の小僧がいなくなって寂しいとのたまった舌の根も乾かぬうちに、帝国軍の小娘を口説いたかと思えば、今度は小童相手に保育園ごっこかのぉ?
若い見た目のままだからと言ってよほど自分に自信があるようだな。
せっかくこの妾がお主のかわりに苦労して探し回っておるというのに……これでは小僧が見つかったとてまた愛想を尽かされるのも時間の問題ではないのか~?」
現れて早々饒舌に捲し立てるコウモリだったが、リオウは無言で不愉快な顔をするのみであった。
「なんじゃ見つかる前提で話してやっておるのに、冗談の通じない奴じゃの」
「……こんな所に何しに来たんだ、ミュード」
「お主がおるのがこんな所ゆえ妾が来てやったのだろうが」
呆れるリオウに、コウモリことミュードは不満げに羽をバタつかせる。
「……僕がだらしない奴みたいに言うのはやめてくれ。
それに晩餐会の時のことならあれは口説いたんじゃない。
あの時の彼女の様子が……病状が進行していた時のキンディスに似ていたから……」
「まあよい。妾をこれ以上巻き込まん限りはお前の好きにせい。
そんなことよりお主が知りたがっている本題に入るぞ」
不名誉な言われ様を弁明するつもりだったのだろうが、自分で口に出した少年の名で遠くを見つめるリオウに、ミュードは「また始まった」と面倒臭そうに話題を切り替えた。
「小僧の捜索だがな、遠方まで範囲を広げて各地の魔物達にも探させた。
結果として、やはり死体は“無い”。血肉どころか命が死んだ気配もない。
つまりは消えたということじゃな」
ミュードが始めた報告に、感傷の中に遠のきかけていたリオウの意識が強く引き戻される。
〝小僧〟というのは、リオウがキンディスと呼ぶ――そしてアイ達がヨータと呼んでいる――少年のことだ。
「谷底の藻屑にはなっておらんことはほぼ確定した。
故に次はこの広い大陸のどこに消えたのか……あるいは言葉通り本当に消滅でもしたのか、それを突き止めることになる。
余計七面倒臭いことになったのう」
ミュードの言葉に比喩のようなものはない。実際にその羽で飛び回って確認して来た彼女は、死体を見つけるよりもよっぽど奇妙な気分になったのを隠さずにごちる。
「ここしばらくは想像するあまり悪い夢でも見ておったろう。それから解放されるのは幸いとでも思っておけ」
徒労に終わるよりは幾分かマシ、とでも言いたげにミュードはそう吐き捨てる。
「……ちょうど夢の話をアイくんから聞いて、少しドキッとしたんだ。僕も彼に心を読まれたのかと。
実際はカナくんが夢を見たらしくて、アイくんは気づいてないみたいだったけど」
「あの小童の能力か。『星紡ぎ』なぁ。いかにもお前の好きそうな詩人ぶった名付けよの。
アステルの坊主が聞いたらどんな顔をするものか……
それで、夢がどうした」
「カナくんの夢にキンディスが出てきたって。ちょうど昨日の夜……僕もキンディスの夢を見た」
何を言い出すのかとミュードがリオウの方を見れば、彼はまた心ここに在らずという目をしていた。
「今までは君の言う通り谷底で藻屑になっている夢も、助けられたと思ったら過去に助けられなかった人達に引きずり込まれる夢も、血まみれの彼に責められる夢も見た。
だけど昨日は、まるで何事もなかったみたいに彼が戻ってきて、今までの日々が再開したような……穏やかな夢だった」
とうに覚めた夢に追い縋るように、リオウは追想する。
かつて彼とカナと三人で暮らしていた家だったか。当たり前のように、仕事部屋のテーブルに運び屋の書類を広げ、彼が座っていた。
目が合うや否や、「酷い顔をしているな」と、彼に笑われた。
すぐに夢だとわかったが、どうして急にこんなにも穏やかな夢に変わったのか。そんなことを考えているのを見透かされたのか、気付けば傍に来ていた彼に書類の束で小突かれた。
“どうして”なんて考えたところで、自分がこの夢を望んでいるからに他ならないのだから。それでも、あまりに突然で、本当に何か変化が起きたのかと思ったほどだった。
「妾が報告しに来る予知夢というやつか」
「それだけなら僕もそう思っただろう。だけど……
カナくんと同じタイミングで夢を見たというのは……」
「具体性のないものを根拠にするのはやめておけ。結論ありきの盲信は破滅の第一歩なのは、お主がよく知っておろう。
妾とお主が何のためにこの時代まで生きているのか、本来の目的を忘れたわけではあるまい?」
普段こそ理詰めなはずのリオウの、オカルトじみた呟きに、歯に衣着せぬ物言いでミュードが釘を刺した。
「今回の小僧の件に関しては、あの時妾がお前に知らせるのがもう少し早ければ間に合ったかもしれぬ手前、妾にも力を貸す義理がある。
だがそれ以上に今のお主が全てをあの小僧中心に考えるのであれば、妾の管轄外であるぞ」
「君は僕に借りがあるだろう」
「ほぉ、弱みを握ったつもりか?
そうやってドツボに嵌るのはいつも自分の癖にのぉ」
柄にもなく食ってかかるリオウを、ミュードは一蹴し、冷笑する。
いつまでも彼の捜索に執心している場合ではないと、リオウ自身も理解している。
だが、このまま自分の中での彼の存在が“助けられなかった人々のうちの一人”になってしまうのが、リオウは怖いのだ。
大星座に纏わる自らの使命のために百年以上も生き長らえて、とうに摩滅したはずのエゴがまだ残っていることを、彼と一緒にいる間は実感することができたから。
それを手放すということは、彼を救おうとする者の存在と、リオウの唯一のエゴが、この世から無くなってしまうのではないか。
ミュードの報告を聞かされ、真相が掴めない不安とは裏腹に、探し回っている間はまだ彼のことを考えていられる、現実逃避とも言える安堵をリオウは確かに感じていた。
そもそもいなくなった後になってこんなに必死になるなら、まだ彼と話せるうちにもっと向き合えば良かったのに。年端もいかぬ少年少女達を最前線で戦わせておきながら、その影で自分が心血を注いでやることがこれなのか。そうしているうちにまた、大事な何かが手から零れ落ちてしまうのではないか。
何も言い返せず黙り込んでいるリオウをミュードは鼻で笑い、翼をはためかせて空に飛翔する。
「最後に餞別として教えてやる。
他者より少し長生きで持ち得る情報が多いからと言って、自分が世界を操作できるほど優位に立っているなどと思うな。
救えるか救えないかはお前如きの匙加減ではなく、あくまでも世の摂理だ。
お前に責任が科されるのは、頼まれてもないのにお前から首を突っ込んだ時だけだ。
お前を含めた人類は思っているほど理性的ではないのだぞ。
精々それを忘れないことだな、青二才の若造よ」
リオウの頭上の空高くから言い捨てたミュードは身を翻し、羽ばたく音を響かせて飛び去って行った。
「わかってるさ……そのくらい」
空に遠ざかっていく小さな影を見上げることもせず、リオウは歯噛みする。そして誰もいない庭園の中で、一人問い掛けた。
「……キンディス……今どこにいるんだ……」




