第18話 フォルティリゼイナ帝国-1
フォルティリゼイナ帝国、帝国軍本部。
カーサー元帥とモナハ代表、そして護衛で同行していたオリカが王国での国際会議から帰還し、軍本部に帰着した。
カーサー元帥がモナハ代表とオリカを引き連れ、黒い扉の前に立つと、懐に所持しているカードキーが反応し、緑のランプを光らせながら自動的に扉が開く。
三人が入室したのはカーサー元帥の司令室。中では一人の青年が元帥のデスクの前に立ち待機していた。彼は紺色の軍服を纏い、灰茶色の長い髪を一つに束ね、そして両目を覆う黒い眼帯をしている。
「お疲れ様です。カーサー元帥、エーデルワイシス代表、ドロヴィス少尉」
「ご苦労、セッサント」
青年――レイス・ティエロ=セッサント大尉の敬礼に、元帥とオリカも同様に返す。そしてデスクの席につく元帥に礼をする。オリカも敬礼を解いてデスクの前のローテーブルの椅子を引き、モナハ代表を席へ誘導する。
「この度の国際会議、大変お疲れ様でした。
王国のレオノアード殿下が共同組織を発案なされたそうで」
「ああ。王国も今までのように大人しく構えてはいられなくなったようだな。
しかし共同組織など……各々が尽力して掻き集めた対抗策を王国が徴収するための、ていのいい口実に過ぎんだろう。
殿下自身や王国にそのつもりはなくとも、大星座たる王子を抱える王国に気に入られようと自ら技術や物資を貢ぐ者も現れる」
「……我々帝国の兵器や科学技術もですか」
「作る力が無いなら出来上がった物を取り上げればいい。権力とはそういうものだ。
王国に取り入ろうとする者が同調圧力を強いるのも目に見えている。従わなかった者はかつての戦争と同じように、差別による制裁が行われるだろう。
異常現象と『コキュートス』の脅威が切迫している今、そんな小競り合いの種など同意している場合ではない」
帰着して早々、今回の国際会議の所感を伺うセッサント大尉とカーサー元帥の間で、辛辣な意見が飛び交う。
「そのことも視野に入れて、この大陸のあらゆる組織及び集団を抑止する。
それが現実的に可能であると証明する。
殿下の夢物語に時間を割くのはそれからだ」
カーサー元帥がそう吐き捨てるのを、席に座ったモナハ代表が思い詰めた顔で聞いていた。
「こちらの『調査』の方は」
「は。滞りなく進んでおります。
魔力と地層を割り出し、埋没した聖国の遺産を特定いたしました。
こちらが推定される場所です」
「承知した」
大尉から差し出されたタブレット端末を受け取り、元帥は画面に表示される資料を視線で追う。そこに記載されているのは目標や推測、断片的な情報ではなく、すでに実動と確認を終えた報告だ。
「殿下の言う共同組織が発足するより先に、我々が遺産を揃えて古代兵器が復元されれば……
たとえ再び差別と制裁が行われようと、関係のない話だ。
長きに渡り王国が拠り所にしていた大精霊の結界が弱っている今ならな」
一度タブレットをデスクに置いたカーサー元帥は、確信めいた目をして断言した。タブレットの上に乗せた右手の中指のアーマーリングが鋭く光る。
「はい。我々のすべきことは変わりありません。
この大陸に必要なのは優劣や差別を生む信仰ではなく、《影》の病も災いもない清らかな世界です。
その実現に最も近いのは我らフォルティリゼイナです」
「……お前は仕事も理解も速くて助かる、セッサント」
セッサント大尉は実に模範的な軍人だ。オリカとモナハ代表から見てもそう思う。元帥や代表のような所謂花形ではないが、オリカ達より少し年上の二十代半ばにして重大な現地調査任務で確実に情報を突き止め、帝国軍の躍進に貢献する精鋭であった。
だが、セッサント大尉はカーサー元帥の掲げる〝計画〟を説かれる時、普段の堅実な軍人にはどこか似つかわしくない――心酔しているかのような言動を見せる時がある。
以前の同僚達からは「言ってしまえば地味で影が薄い」と言われていた大尉のような人ですら、元帥の直属の部下になるとそのように変わっていった。オリカとモナハ代表は、そんな元帥の人を従わせる力に畏怖を感じずにはいられなかった。
「ドロヴィス、お前にも聞いておこう」
「……はっ、はい」
「此度の国際会議を実際に見ていてお前はどう思った」
「は……その……」
オリカはモナハ代表の傍らに立ちながら、観劇でも眺めているかのように元帥と大尉の会話を聞いていたが、彼女とて元帥の部下の一人である。不意に意見を求められ慌てて意識を引き戻し、どうにかそれらしい発言をしようと会議の時の記憶を遡る。そして、ようやく印象的な光景を思い出した。
「レオノアード殿下と元帥が、大変熱くなっていたなと」
オリカの回答は、極めてストレートだった。純朴な子供であるかのように。
残りの三人がそれを理解するまでに一拍の沈黙が流れ、モナハ代表が思わずオリカを見上げて「えっ……」と声を漏らす。セッサント大尉も眼帯で表情が見えないが、僅かに唇を噤むのが見えた。問うた本人であるカーサー元帥は眉間にしわが寄るほど深く目を閉じる。
「……お前はあくまで警備として同行しただけで、議論に参加していたわけではないが……
本当にあの数時間ただ突っ立っていただけだったのか。
直接その場にいなかったセッサントですら報告と誌面での報を見て、すでに次の対策を進めているのだぞ」
「え……は……」
元帥の声が低く沈み、明らかに落胆しているのはわかっているものの、不文律を要求されオリカは困惑する。傍でオロオロとしているモナハ代表もそれまで静かに聞いていたものの、オリカの状況を見かねてついに会話に加わる。
「カーサー元帥、ドロヴィス少尉はご自身の職務を全うしてくださっています。
王都で起きた魔物の暴走騒動にも武人として臨機応変に対応して、被害を喰い止めたそうですし。
この度の帝国の発言を王国に恩赦していただけたのも、その功績を考慮してくださったからですし……」
国際会議に参加したモナハ代表は、議事堂の一触即発の空気を肌で覚えている。それとは対比を成すかのように、オリカの勇敢な活躍は武官としての本領を発揮しただけでなく、国を超えて人命救助のために協力し合う、治安維持の本来の在り方を示したと言っても過言ではなかった。
「各々の考えは、まとまった報告を皆で共有できてからでも遅くないと思います」
「……その点は私も認めよう」
「モナ――恐縮です、代表」
これには元帥も潔く容認し、オリカは追及を逃れた。助け舟を出してくれたモナハ代表に、一瞬口ごもりつつも礼を述べる。
「エーデルワイシス代表の仰る通り、まずは会議報告を集約いたしましょう。
代表も帰国してすぐ軍まで来ていただいてお疲れでしょう。次のご予定までお休みください」
セッサント大尉もモナハ代表の制止を聞いて現地での様子を察したのか、一旦の切り上げを進言した。
「ドロヴィス、お前はもう少しここに残れ。明日以降の軍務について確認事項がある。すぐ終わる」
「り……了解しました」
司令室に残され、カーサー元帥と二人きりとなったオリカ。元帥が席についているデスクを挟んで、向かい合って立たされている。
「代表の監視の結果を報告しろ」
オリカが今回の会議に同行したもう一つの目的――モナハ代表とレオナ王子の追跡の報告を促される。
「……恐らく……レオノアード殿下と逢瀬をしていた、と……思います」
事実通りに報告するが、元帥はオリカの曖昧な言い回しを聞き逃さなかった。
「〝恐らく〟か。会話の詳細は」
予想通りではあるが具体的な内容を追及され、オリカは言葉に詰まる。
「……そこまで追跡できませんでした」
「しなかったんだろう。途中で放棄するな」
「と、途中で邪魔が入って」
「言い訳をするな」
ことごとく元帥に叱責され、オリカは強く口を噤んだ。オリカの脳裏に、追跡を阻んだ男……エスペル教団のオルダ・リオ=ダズフェルグの顔が過ぎり、忌々しい感情がふつふつと蘇る。
「王都での魔獣騒動では、確かにお前の加勢が評価された。
だが現状お前にできるのは戦闘だけだ。
先程のあの発言にしても、何のためにお前を王国に同行させたのかわかっていないのか。
エーデルワイシス代表を議会に擁立したのは、お前に政治の才がなかったせいでもあることを自覚しろ」
いつもは軍務に必要なやり取りしか喋らない元帥の、ありありとしたフラストレーションの感情が伝わってくる。
軍の正式な任務は全うしているのに、元帥からの私的な指示である追跡の失敗程度で何故ここまで言われなければいけないのかと思うほど、オリカは徹底的に追い打ちされる。屈辱を露わにするオリカの顔を見た元帥は、再び眉を顰めながら目を閉じ、小さく溜め息を吐く。
「お前は今のこの帝国を変えるために私の下についたのだろう。
身の安全を独占する貴族と、反発によって『貴族狩り』の模倣が横行する反勢力、それに巻き込まれる人々……
お前もイマジニクスの血を持つ貴族令嬢として、理不尽な暴力に曝されてきたはずだ」
今度は教え諭すような落ち着いた声音で、元帥が問う。オリカはただ数合わせの事務的な配属で元帥の部下になったのではない。その証明であるかのように、元帥の口にした『イマジニクス』という言葉に、オリカが反応を見せた。
「お前が成果を積み上げなければ同じ被害者は生まれ続ける。
我々の――お前の力で国を変えるとはそういうことだと忘れるな」
元帥はオリカが〝当事者〟であることを、正面から突き付ける。オリカも次第に表情が引き締まった。
「まずは仕事を完了させることを覚えろ。
どうしても具体的な要領を得ないなら繰り返し説明してやる。
私が嫌ならセッサントに代わらせるが」
一度は鎮まったかに見えた元帥の態度は、もはや子供扱いも同然になっていることにオリカは気付く。再び苛立ちを募らせながらも、なんとか返答を絞り出す。
「――まず……確認させて頂きたいのですが、『我々の力で国を変える』というのは……
当初仰っていた『足を引っ張られるくらいなら焼き払ったほうがマシ』という意味で変わりないでしょうか」
「ああ、そうだ。まだ実感が湧かないか?」
合言葉じみた会話だが、オリカの問いに元帥が頷く。目的の要点だけは理解していることがわかり、元帥の中で溜飲が少し下がったようだ。
「代表には、まだ言わないのですか」
「彼女は国の改革を望んでいるが、方法は保守的だ。
改革の実現には私の方法が“必要”だと理解すればおのずと同意するだろう」
* * *
「オリカ!」
「モナハ、まだ軍本部にいたのか」
オリカが元帥の部屋を出ると、少し先のロビーでモナハ代表が待っていた。駆け寄ってきた彼女の顔が、心なしか先程より明るく見える。
「会議の移動中もずっと一緒にいたけど、忙しなかったり周りの人達に気を遣って、なかなかゆっくりお話できなかったじゃない? オリカも疲れたでしょう?」
「あ……いや、私は……本当にただいつも通り警護として立ってただけで……
今回帝国の顔として選ばれたモナハの方がよっぽど気を張っただろ」
「そんな、それこそ私の方が事前に用意された書類を読み上げただけよ。
カーサー元帥とレオノアード殿下が討論している時なんて、私は元帥の隣にいたのに、あまりの迫力に頭が真っ白になってしまって……」
やはり、元帥の前では控え目だった先程に比べて、モナハ代表は積極的に喋るようになっている。
「それに比べたらオリカは、突然起きた魔獣の暴走にその場で判断して解決させたじゃない。
王都の大勢の人達を救ったのよ? もっと褒められて、労わるべきだと思うわ」
議事堂での空き時間や、晩餐会の時も、他国の高官達からその件について度々賞賛された。自分や帝国そのものが褒められたようで、しかし本来はオリカ本人にかけられるべき言葉なのに。と、モナハ代表は生き生きとした笑みで語る。そんな彼女の笑顔が眩しくて、オリカも少し照れ臭そうにはにかむ。
「……ありがとう、モナハ」
「私の方こそ、今回オリカが同行してくれて、本当に安心したわ。
評議会どころか……社会人としてもまだ経験なんてないのに、周りはベテランの方々ばかりで……
同年代のオリカが隣にいてくれるだけで、私も自分の仕事を頑張ろうって思えるから」
本人の言うように、仕事に駆り出されている間は大勢の重鎮に囲まれて萎縮してしまうモナハ代表だが、オリカと二人きりで話す時は本来の大らかで優しい素顔を見せる。オリカにとって姉のように親しい相手でもあった。
「……ううん、もっと前から……私なんかが代表に選ばれて、ここに呼ばれるようになった時から。
ここまでなんとか続けてこれたのは、オリカと一緒に組めたおかげ」
モナハ代表は想いを込めるように、胸元で固く両手を組む。
「オリカがここにいてくれたことが、私には一番嬉しかったの」
顔を上げたモナハ代表は、満面の笑顔をしていた。国際会議の滞在中は長らく表情が陰っていた彼女だったが、心に陽が差したような暖かさを、その笑顔から感じた。
そして彼女の陽光がオリカにまで届いたかのように、荒んでいたオリカの瞳にも光が宿る。
ここまで自分のやる事なす事、他者から叱責され、諌められ、否定されてばかりだった。実際上手くいかず何も成し遂げられていなかった。人命救助をしてもそんなものは求めていないと言われる始末だ。
そんな自分をこんなにも暖かい笑顔で褒めてくれたのは、モナハ代表だけだった。
「今度またお茶しましょう。王国の滞在中に、特産品のお茶を買ったの。オリカと一緒に飲みたくて」
「……ああ、わかった。そうしよう」
「それと、これを渡したくて。これも王国で買ったの。すごく美味しかったから」
モナハ代表が鞄から取り出したのは、宝石のように輝く緑の銀紙に包まれたキャンディだった。それを見てオリカがおもむろに差し出した右手を取り、そっと乗せる。
「それじゃあ、私そろそろ戻るわね。オリカも無理はしないで」
「わかった。車まで送って行くから」
「それくらい大丈夫よ。じゃあね」
モナハ代表は笑顔のまま手を振り、その場を後にした。遠ざかっていく背中を名残り惜しそうに見つめ、オリカは手のひらのキャンディに視線を落とす。
「お茶か……」
日頃から仕事の合間にお茶やディナーに誘い合い、その時の二人はごく普通のうら若いご令嬢の素顔を見せ合う。軍や政治に関わっていなければ、今頃ずっとそうしていられたかもしれない。もし本当にそうだったら、出会っていたかさえわからないが。
モナハ代表のような二十歳を過ぎたばかりの若い女性が国防議会の代表に選ばれるのは、当然帝国においても異例であった。
彼女は皇帝の血筋にあたる皇族だ。しかし家系図を辿れば直系というより末端に等しく、序列もそれほど高くない。
にも関わらず選ばれた最たる理由は、彼女が科学と工学、そして交渉の秀才だったからだ。
学生の頃から研究で立証した技術が実践投入され、主席で卒業した。そして、数年前からカーサー元帥が立案していた設計図を実現可能にした決め手が、当時国立工学研究所に在籍していたモナハ代表が提出した論文だったのだ。
本人にとっては、沢山の候補から目に留まれば御の字くらいのつもりだったらしいが。
軍からお呼びがかかり、共同で本格的な研究を重ね、設計図通りの開発が成功した。モナハ代表とカーサー元帥が対面したのはその時であった。
いまだに囁かれる「女が工学なんて」「こんな小娘に代表なんて」というような意見を跳ね除け、元帥は彼女を開発部の代表に擁立した。
皇族の血筋という肩書きは、より上層の高官を話し合いのテーブルに着かせやすくするためのカードに過ぎない。いつだったか元帥はそう言っていた。
何よりも工学研究者であるモナハ代表自身が、設計図を誰よりも理解している。故に話し合いの場で常に具体的な説明をできたことが、彼女の実力に対する信頼を得た。
さらに研究資金や資材を得るため、政府や民間企業との交渉を行い、あらゆる分野の協力を得て開発が成し遂げられた。
カーサー元帥はそれらのモナハ代表の実績と能力を立証した。そして彼女のような若い才能が頭角を現すということは、今後の帝国の長期的な新陳代謝が可能になるということを示し、高官達を黙らせたのだった。
――『オリカも航空機が好きなの!?
いつか機体を実際に見せてもらえたら、もっとオリカが使いやすいようにカスタマイズできるかもしれないわ!』
オリカがモナハ代表の護衛として宛てがわれ、徐々にお互いのプライベートを話すようになった頃。オリカも実家にある航空機をいじるのが趣味だと話したのが、打ち解けたきっかけだった。
『女が工学に進んでも、ろくに相手にされないのはわかってたわ。
それでも機械が好きだから、機械に触れて生きていけるなら贅沢なことだって……
……そう思ってたのだけど、今じゃすっかりこう』
初めて二人きりでお茶をした時、苦笑しながらそう言っていたモナハ代表の顔を、今でも鮮明に覚えている。
――『改革の実現には私の方法が“必要”だと理解すればおのずと同意するだろう』
眩しい思い出を遮蔽するように、元帥の言葉が脳裏に響く。
オリカは手のひらのキャンディを、大事に握り締めた。
* * *
帝国軍本部、地下格納庫。
中心の巨大な〝開発対象〟にのみ注がれる大きな照明。広大な滑走路が敷かれた整備ドッグを囲むように、何層もの足場の橋が交差している。地下の厚い闇の中で、各階層に点在する機械や標識のランプがネオンのように光る。大勢の兵士達が機械や手に持つ端末を操作しながら階層を行き交う光景は、まるで蟻塚のようでもあった。
〝開発対象〟を間近で見下ろす足場に、セッサント大尉とカーサー元帥が歩いてくる。二人の向かう先には、グレーの軍服の壮年の男性――ロナルド大佐が整備士とタブレット端末を覗き込んでいた。
「お疲れ様です、ロナルド大佐。カーサー元帥が帰還なされました」
「これはこれは、お疲れ様です。セッサント大尉、カーサー元帥」
セッサント大尉達に敬礼され、同じく敬礼で返すロナルド大佐。整備士を作業へ戻し、二人の方へ歩み寄る。
「戻られたばかりでしょうに、こちらにいらして宜しいので?」
「現況の確認を済ませるだけだ」
「承知致しました。現在はこのように進んでおります」
『鉄の軍人』と呼ばれるカーサー元帥とは対照的に、温厚で人の好い人相と声色で会話を交わすロナルド大佐。差し出したタブレットの資料の概要を元帥が読み終える頃合いに、詳細を説明する。
「回収した『聖国の遺産』の復元と強化も、もうじき完了致します。
あとは遺産が必要台数揃い次第、組立てを開始するまでの保管場所に移送できるかと」
「承知した。予定に滞りは無いようだな」
上官二人の会話に、セッサント大尉も加わる。
「あとはこのたび埋没場所を特定できた遺産を無事回収できれば、設計上の必要な台数が揃うのですね」
「ええ。聖国の遺産はそれ自体に稀少な性質の魔力が内蔵されていますから、
復元と強化に成功した遺産を複数個使用した新造兵器ともなれば……凄まじい威力を発揮するでしょうね」
未知なる力を放つであろう新造兵器……その部品の一つとなるべく、足場の下で整備の火花を散らす巨大な白亜の鉄塊、聖国の遺産を見下ろしながら、ロナルド大佐は思いを馳せる。
「長らく復元までが精一杯だった帝国の開発環境に、カーサー元帥が遺産のさらなる強化という技術の躍進を確立してくださったお陰で、この数十年間で異常現象への防衛対策も飛躍的に向上しました。
近年はセッサント大尉やドロヴィス少尉のような後続の養成にも精を出されていらっしゃる。
この新造兵器が完成し、運用の導線が完備されれば、帝国の異常現象に対する防衛力は大陸内でより抜きんでたものになるでしょう」
大佐が語った、この新造兵器を製造するに至るまでの経緯。概ね国際会議でモナハ代表が読み上げた内容通りだ。
カーサー元帥が軍事顧問として、モナハ代表達の属する国防議会……つまり政界の防衛庁と連携する役目に選ばれたのは、正しく『遺産の強化技術の確立』という功績を評されたからだ。国同士の大きな戦争もない現代において、軍人として革新的な成果を残したのは非常に偉大なことだった。
戦争もないなら何から国民を守るのか。年々悪化している異常現象だ。元より構築していた国家規模、もしくは国際的な事件・災害への対策を基に、それまで産業や生活基盤に投入されていた科学技術をより本格的に軍事開発に導入した。
カーサー元帥が正規軍人となってからの約二十年間を費やして研究し、解明された遺産の性能、それを応用した防災・救助システムによって、帝国の市民は異常現象から守られている。
一時は他国から「聖国の遺産を独占している」と指摘されることもあったが、通信機をはじめとする情報通信技術の輸出の緩和、ネットワークサーバーの増設を掲げ、「厳正な取り引きが成立した場合に限り」帝国の技術の提供を譲歩した。これにより、現在も帝国による遺産の回収・開発が黙認されている。
――だが、そうしてカーサー元帥が積み上げた開発環境も、今回の国際会議でレオナ王子が提唱した共同組織が実現すれば、ほぼ無条件で他国に横流しされることになる。帝国側からすれば不条理と感じるのも当然であった。
そんなロナルド大佐からの賞賛を、元帥は眉一つ動かさず受け流している。そういう人だと大佐も慣れているのか、引き続き報告を進める。
「それで現在強化整備中のこの遺産なのですが、特にこの部分の損傷が激しかったため修理にこのようなコストが――」
目の前の遺産へ顔を向けるロナルド大佐。カーサー元帥とセッサント大尉も同じ方向を向いているが、しかし彼らは遺産を見ていない。その先の――これらのパーツによって生まれる〝完成品〟を視ていた。
〝保管場所への移送〟。〝異常現象に対する防衛〟。この格納庫で作業をしている大佐ら兵士は、そのように指令を受けている。実際どこに運ばれ、どのように使われるかは知らないのだ。
知っているのは、兵器の製造を始動させたカーサー元帥本人。そして彼の下に直属で就いているセッサント大尉やオリカ達。謂わば『元帥直々に集められた彼の私兵』のみだった。




