第17話 バロディノーギア王国-4
資料館からアイ達を返し、レオナ王子とフーゴも王子の自室へと戻った。
純白の生地に金の骨組みで作られたチェアに腰を落ち着け、そのまま崩れ落ちそうなほどに脱力するレオナ王子。傍らのテーブルにも、同じように今にも崩れそうな書類が乱雑に重なっている。北の国に見せる大事な植物の資料だと言うのに、叱ってやろうかと一瞬考えたフーゴだったが、今はそのままにしておいた。
「ガキどもの相手して少しは気が紛れたか」
「そりゃあもう。資料館の前に、北の国で続いている植物の異変の調査が難航して頭を使ったのもあるが……この間の会議の時と比べたら天国みたいだよ。
アイ達が真っ直ぐに歴史の真実を見つけ出そうとしている姿は、俺も見習うべき所がある」
「あんな会議の後じゃ……姫様と一緒に子守りしてるヴィッキーが羨ましいくらいだな」
警護として会議に同席していたフーゴも、これにはレオナ王子に同意だった。別の場所にいるヴィッキーに思いを馳せるフーゴを見ながら、レオナ王子は最近の彼の口ぶりを反芻する。
「なんだかんだでフーゴも俺と同じくらい気にしてくれてるな。
ケレスから聞いたぞ。会議で元帥が俺に向かって発言している時、お前が剣を抜く寸前だったって」
「さっきも言っただろ。お前が舐められてると俺の仕事も成り立たなくなるんだよ」
「わかってるって」
反論するフーゴはその一点張りだ。だが、レオナ王子はそれで十分だった。
フーゴはいつも、言葉より行動で示すことをレオナ王子は知っている。最近の仕草がその表れ……つまりレオナ王子の雪辱を、自分のことのように怒っていることも。先程の資料館でアイの言葉に心が動かされたのは、その感覚によく似ていたからかもしれない。
昔からそうだった、なんていうのはフーゴの方も同じなのかもしれない。普段は陽気に、時に気丈に振舞っているレオナ王子も、幼少期からフーゴにだけは弱音を吐くことがあった。
まだ未成年だった頃、ふと違和感を感じたレオナ王子は何かに焦るように《救世主》の歴史を調べ、かつての教会の不義理などの現実を知った。
そして《救世主》がどのように大星座に覚醒したのかを調べて、調べて、調べて――けれど明確な答えはどこにも載っていなかった。まるで少年が変声期を迎えるのと同じように、いつしか力が使えるようになっていた。そんなことしか書かれていないのだ。
その頃のレオナ王子はとうの昔に声変わりを終えていた。しかし覚醒の気配は全く感じられなかった。
『《救世主》がどうやって覚醒したかなんてどこにも書いてない』
『次期国王と大星座の役目をどちらもこなしながら生きていける気がしない』
『そんなにみんな《救世主》が良いなら誰か替わってくれ』
当時、成人の時期が迫り精神的に追い詰められていたレオナ王子は、フーゴの前で本当に泣いていた。その時ばかりはフーゴも戸惑い、本気で心配していた。それでも、どうしていいかわからないなりに、ずっと傍にいてくれた。
今思えば不安定な思春期によくある子供の迷走だったかもしれないと、レオナ王子は思う。
フーゴの言う通り、レオナ王子が立たされる位置によって、必然的にフーゴの身の振りも決まってくる。酷い話ばかりの『大星座の臣下』などという職の他にも、仕事はいくらでもあるはずだ。罰金に関してもすでに完済を終えているのだ。
しかしフーゴにとっては、あの時泣いていたレオナ王子をずっと覚えているのだろう。故に国際会議の一件で世相に曝され、ひどく傷心していたのを見て、フーゴはレオナ王子本人以上にそのことばかりを考えていた。
昔を振り返るレオナ王子の心境を知ってか知らずか、依然としてフーゴはなじるように言う。
「にしてもお前、空気を変えるためとはいえいきなり他人の昔話なんてしやがって」
「あの話は誰に話しても受けがいいんだよ。
ジフなんてあんなにお前に尊敬の眼差しを向けてたじゃないか。
何なら明日は二年前に俺がお前の帰省について行った時の話をしてやってもいいぞ」
「やめろバカ」
全く懲りていないレオナ王子に、フーゴも遠慮なく罵倒する。団長親子や他の誰かに見られていれば二人とも大目玉を喰らうであろう会話だ。
「……自分で言うのも何だがよ……お前本当に俺ん家が好きだよな」
「そりゃあ王家代々食材の仕入れで、今はお前に直接、ずっと世話になってるからな」
互いに恥ずかし気もない言葉が飛び交うレオナ王子とのやり取りに、フーゴは溜め息をついて肩をすくめる。二人きりの時、彼らはただの青年であり、身分の隔たりなど無い対等な親友だ。
「二年前のあの頃は、よっぽど気楽だったな……」
レオナ王子は疲れの滲んだ瞳の奥で、過ぎ去った過去の景色を追っていた。
――当時の夏。フーゴが数日間の休暇を取り、農村の実家に帰省する時だった。そのことを聞いたレオナ王子が言ったのだ。
「俺もついて行っていいか?」と。
結果として、レオナ王子は身分を隠し、わざわざ魔術で髪色を染めて変え、偽名を名乗ってフーゴと共に帰省した。ケレス団長とヴィッキー親子にだけ本当の予定を伝え、上手く誤魔化してもらった(それでも国王夫妻にはバレているだろうが)。
フーゴはひどく頭が痛そうな顔をしていたが、もはや制止することを諦め、何も起こらず二人で王城に帰還できることを祈るのみであった。実際のところ、万が一の責任を想像して頭を押さえることはあっても、レオナ王子と二人で旅行すること自体は苦ではなかった。
「あらまあ、王都でフーゴにお友達ができたなんて。こんな子だけどよろしくお願いしますね」
対面したフーゴの両親は、変装したレオナ王子に気づいていなかった。二人で実家近くの宿に泊まるつもりだったが、両親は快く二人揃って泊めてくれた。
「タダで居座らせてもらうのはさすがに申し訳ない! 良ければ畑の仕事のお手伝いでもしましょうか!」
と、相変わらずいきなりレオナ王子が提案した。そこでフーゴは気付く。この畑仕事の体験こそが、レオナ王子がついてきた目的だったのだと。
元々実家に顔を出すついでに畑の手伝いをさせられると思っていたフーゴはレオナ王子を連れ、父のレクチャーを受けながら二人で畑作業を始めた。
夏の青空の下で、農家の親父に指示を飛ばされながら、伸び切った緑と土と汗にまみれる王国の第一王子という、なんとも不思議な景色がフーゴの目に焼き付く。普段王国騎士団の一員として鍛錬しているレオナ王子と言えど、フーゴの母が休憩の飲み物と甘味を差し入れに来た時には、すっかりヘロヘロになっていた。
「王国に届く物は、みんなこうして作られてるんだな」
レオナ王子が手伝いを始めて、三日目のことだった。休憩中、フーゴと二人で日陰のベンチに座りながら水を飲んでいる時だった。
「お前はすぐ感化されるんだからな。子供のお手伝いじゃねぇんだぞ」
「わかってるよ俺だって。たった数日やらせてもらうのと、毎日……何十年も続けるのは全く違うんだって。
ただ……ほんの数日でも、国で暮らす人々と同じ世界に生きてる実感が得られたっていうか」
フーゴが隣を見遣れば、レオナ王子はいつものように突飛に何かを思いついたのとは違う、郷愁を感じるような顔をしていた。
「俺だって――大星座だって、みんなと同じ物を食って、同じ場所に生きてる。
それでも……大星座ってだけで、俺と会った人達はみんな〝同じだと思っちゃいけない〟みたいな顔をするんだ。
……そう言う俺も、実際《救世主》を前にしたら、そんな顔になってしまうかもしれないけど……」
語りながら視線を落としたレオナ王子は、手に持っている齧りかけのトウモロコシを見つめた。さっき自分達が採ったばかりの一部を、フーゴの母が食べやすいように調理してくれたものだ。 レオナ王子が昔から地理を学ぶことに熱中し、こうして市民の仕事に子供のように無邪気な興味を持つのは、きっと吐露した本音が理由なのだろう。自分も国民達と同じ生活の環の中にいるのだと、誰かに感じて欲しいのだ。
もし、農家の子供であるフーゴとこうして近しい仲にならなかったら。もし、今回の帰省にレオナ王子を連れて来なかったら。仮に農村を訪れたとしても、せいぜい王族のお忍びで、ここまでのびのびと土いじりなど出来なかっただろう。
そう考えると、今こうしてレオナ王子が畑にいること、そして今の本音をフーゴに吐露したことは、とても儚いことなのかもしれない。
「……王子殿下に喜んでもらえたならこれ以上ない光栄だな」
わざとらしく丁寧な言い方をし、フーゴはトウモロコシを齧る。
「俺もあの時、検問所に通りかかったお前がしゃしゃり出て来なかったら、今頃どうなってただろうな」
そして、ぽつりとそう溢した。レオナ王子は少し驚いてフーゴを見る。レオナ王子の吐露に対する好意的な答えとして受け取ったのか、次第に眩しい笑顔を浮かべたレオナ王子は、嚥下している最中のフーゴの背中を強く叩いた。
「これからもみんなで同じ物が食べられるように……守らないとな、俺達で」
「……頼むぞ大星座」
愛おしそうに呟くレオナ王子を、咽せ返っていたフーゴが呆れたように睨むも、やがて二人はどこまでも広がる夏の空を見上げていた。
その後、王都に帰る日になった時、レオナ王子はフーゴの両親に正体を明かして礼を告げた。フーゴの両親は家ごと天地がひっくり返りそうなほど仰天していた。
* * *
王城の別の場所、白い壁に赤い絨毯が続く廊下。
リンとヴィッキーも今はアイ達と別れ、控えている次の予定の準備に向かっていた。
最近はアイ達と共に過ごす時間が増えたせいか、彼らがいないと随分静かになった気がする。そう感じながら話かけたのは、ヴィッキーの方からだった。
「姫様、あの少年がたと一緒に過ごすようになってから、楽しいですか?」
尋ねられたリンは振り返りざまに立ち止まり、ヴィッキーを見上げた。彼女の顔はいつもよりどこかしおらしく、寂しげに見えた。
「姫様に対等なご友人ができるのも、外に遊びに出られるのも……それで姫様が充実しておられるなら、私も本望です。
ただ……ただ一つだけ――」
いつも活発であり真面目でもある故に、かえってそそっかしい挙動の多いヴィッキーだが、今日は物静かだ。彼女がこれから真剣な話をしようとしているのを、リンも悟った。
まだ少し躊躇いを見せながらも、やがてヴィッキーが告げる。
「私を連れて行かなくても構いません。姫様がどこへ行きたいか、どんなことをしたいのか……
一言私に教えて頂けないでしょうか」
ヴィッキーとリンは互いに神妙な面持ちで、無言のまま見つめ合っていた。
リンの予感は当たっていたが、すぐに答えを用意できなかった。ヴィッキーは臣下の騎士として仕事をしている。黙って城を抜け出し、困らせているのはリンの方だ。正直に話したとして、リンが叱られるのは当然だ。
むしろ、城を抜け出すことが問題なのではなく……〝大星座フローランナのことを本気で話すリンの姿〟に、ヴィッキーは最も困惑するだろう。幼いリンでも想像に難くなかった。
ただ「城の外を歩きたい」と言えばいいのだろうか? 簡単なことのはずなのに、リンは思考の袋小路に陥っていく。
少しずつ視線が下がり、表情が重くなるリンに、ヴィッキーの胸もじわりと締め付けられる。
ヴィッキーも、そしてリンも、互いに相手に気を遣われていることを悟っている。
それが始まったのは、リンが七歳の頃だった。
――何気ない日々の一日。王城の一画に飾られた大きな絵画――大精霊フローランナが描かれた、古来より王家に受け継がれてきた一枚の絵。
長く柔らかなウェーブのかかった緑の髪。髪飾りや、随所にあしらわれた草花。そして大輪の花をその身に纏うが如きドレスのような衣装。両腕を広げ、包容力に溢れた微笑みと佇まいの、妙齢の女性の姿をしていた。
その絵画を見上げながら、二人で話している時だった。
「大樹の開花がいつもより遅い気がします……次にフローランナに会えた時、彼女も姿が変わってしまっているのでしょうか?」
いつも通り、リンは無邪気にフローランナの話をする。だが、その日のヴィッキーは物憂げな表情を浮かべていた。
「姫様、我々バロディノーギア王国を守護してくださる大精霊に、感謝や親しみを持つことは、とても素晴らしいと思います。
国の象徴である王族の姫様が、そのような姿を民の私達に示してくださるのは、なおさら……」
リンの疑問に対しての返事だろうか、最初はそう思ったが、ヴィッキーが言いたいことは別にあることを、リンも次第に感じ取る。
「……でも、姫様ももう、私がついていればご自分で行動なさることも可能になりました。
ですから、物言わぬ絵画に語りかけるより……これからはもっと、姫様と同年代の……人のご友人とお話ししてみるのはいかがでしょうか?」
その時のヴィッキーは、あくまでも明るく問いかけていた。
しかしリンは気づいていた。それが一部の大人達のような白い目とは違う、リンの成長を思いやっての純粋な提案をしてくれていることも。
それと同時に――ヴィッキーにとっても、リンの言う大精霊フローランナの話は、リンの空想に過ぎないと思われていることも。
ヴィッキーとケレス団長の実家・ヴィルランディオ家は、代々王家の臣下として仕えてきた強い繋がりのある家系だ。父同士の交友関係で兄レオナの幼馴染にあたり、リンが物心つくよりも前……母のお腹にいた頃から、傍にいてくれたヴィッキー。
もう一人の姉のようだった、そんな彼女にそう思われていると知ったリンは、ひどくショックを受けた。彼女なら証明に協力してくれるとはいかずとも、リンの話を信じてくれていると思っていたからだ。
しかし……一方的に信じていたのはリンの方だったことが、この時はっきりしてしまった。
ヴィッキーの問いに、その時のリンは何も答えられなかった。
それからだろうか。リンが人前でフローランナの話をしなくなったのは。彼女がヴィッキーに対して露骨な不快感を向けることはなかったが、時折子供らしくないよそよそしさを見せることが増えた。
そしてしばらく経った頃、リンは一人で城の外に抜け出すようになった。
リンは当時のことを思い出しながら、おもむろに両手を組む。
「……この頃は……異常現象で騎士団が駆り出されることも多いですし……
先日の会議のように、みんな忙しくなってくると思うので……
ヴィッキーの手を煩わせるわけには……」
そう答えるリンは視線を落としたまま、ヴィッキーと目を合わせない。
はぐらかされた。だが、それを選んだことに本来素直なリン自身も良心を痛めている。ヴィッキーもそれに気づいていたが、リンはさらに続けた。
「しばらくの間は、外に用事がある時は……アイ達に一緒に来て欲しいと頼めば、問題ありませんから」
リンのその一言が、ヴィッキーの胸に重くのしかかった。
頭を打たれたような衝撃で、言葉が出なかった。二人の間に再び沈黙が流れるが、次の予定は変わらず迫っている。ヴィッキーはどうにか気を強く持ち直し、笑みを作る。
「わ……わかりました。最近は色んな事が忙しかったですから、落ち着いたら改めてお話ししましょう」
「……はい」
結局状況は何も変わっていない。互いに同じことを感じているのに、その理由はバラバラだ。
ヴィッキーに促され、歩を進めた二人は目的の部屋に到着する。中で待機していたメイド達にリンの準備を任せ、二人を隔てる扉が閉じた。
リンの準備が整うまで、ヴィッキーは騎士団の待機所に戻り予定の確認や諸連絡を受けなければならない。一人で歩く廊下はさらに静かで、何年も務めている場所なのに知らない場所に来てしまったかのようだ。
項垂れて重い足取りで歩く彼女の背後から、もう一人の足音が近づいてくる。
「おい、シャキっと歩け」
その声だけでフーゴだとわかり、ヴィッキーは振り返りもせず歩き続ける。フーゴは不満そうな顔をしながら彼女の隣に追いついて歩く。
「一人でガキどもの子守りはさすがに疲れたか」
「まあ……楽ではないけど……そのことじゃなくて……」
普段なら、やる気が有り余っているヴィッキーの方が口うるさく小言を飛ばしているのに、今日の彼女はすっかり意気消沈している。
「フーゴは平民でもレオナ殿下と上手くやっているのに、代々王家に仕えてきた家系の私が、姫様に信頼されていないのは……単純に私が臣下をやるには向いていなかったんじゃないかって……」
唐突に己を卑下するほど自信を喪失したヴィッキーの本音に、フーゴはなるほど、と片手で額を押さえた。レオナ王子が立ち直ったかと思えば次はヴィッキーか、という気持ちもなくはないが、この件についてはフーゴも以前から何度か聞いていたことだ。
「……姫様と何かあったのか」
「思い切って直接聞いてみたのよ……〝私に一言行き先を教えてもらえませんか〟って……
そしたらなんて言われたと思う?」
問いながらヴィッキーは立ち止まり、フーゴの方へ振り向く。目が合ったと同時に、彼女自身が続きを答えた。
「〝今はアイくん達に頼めるから大丈夫だ〟って……
十年も一緒にいる私より、つい最近会った子供達の方が姫様に信頼されてるのよ!?」
年甲斐もなく見るからにしょげた涙目で、ヴィッキーは悲しみを爆発させた。それを聞くと確かにショッキングな話だと共感しつつも、この騒ぎ様はやはりいつものヴィッキーだと、フーゴは密かに安心する。
「そりゃあまぁ……自分と歳が近い奴がいたら、そっちの方が話しやすいに決まってるだろ。
姫様にとっちゃ俺らは、ある意味俺らから見たケレス団長みたいなもんだぞ」
ぐいぐいと身を乗り出すヴィッキーを抑えながら、慰めもそこそこに正論でいなすフーゴ。
十も離れている自分達がいつも三人賑やかにつるんでいるのに、リンには同年代の知り合いより自分達に合わせろというのは、あまりに酷な話だ。ヴィッキーもそれは理解しているつもりだった。
「十歳にもなりゃ、姫様も自分の人間関係や環境が広がっていく頃だろ。
それに、思いつきで動いてベラベラ喋るあのバカ兄を見て育ったんじゃ、自分はしっかりしないとって周りをよく見る性格になるのもしょうがないというか……
姫様のことで俺達と比べたって何の参考にもならねぇよ」
「それは……そうだけど……」
フーゴに諭されほんの少しクールダウンしたのか、ヴィッキーの挙動も落ち着く。
「姫様の……大精霊フローランナの話……
本当かどうかは別として、やっぱり話を合わせるべきだったんじゃないかって思ったけど、今更白々しく思われる気もして……
それに私が上手く立ち回れなかったら、余計に姫様が変な目で見られることになってしまうし……」
ヴィッキーなりに、ずっとリンに歩み寄るアプローチを考えていた。しかし問題の要になっているのは、自分達にとって伝承の域を出ない大精霊の存在だ。実体のない存在を中心に動くのは至難であり、それこそ想像力が柔軟な子供の方が、冴えていることもあるのだろう。
あちらを立てればこちらが立たず、そんな状態に陥っている中で先程の一言を言われてしまえば、心が折れそうになるのも無理もないとフーゴは思う。
レオナ王子と話している時、「子守りしてるヴィッキーが羨ましい」などと言ってしまったことに――ヴィッキー本人は知らないとはいえ――フーゴは内省する。
気付けばまた視線を落としているヴィッキーの隣で、フーゴがある決心をつけた。
「今度、仕事が終わったら王都の店で飯食いに行くぞ、二人で」
「えっ? はっ?」
「作戦会議だ。愚痴も泣き言もいくらでも聞いてやる。
一人で考えてると悪い想像しかできなくなるぞ」
唐突に、一方的な食事の予定をフーゴに取り付けられ、ヴィッキーに考える隙も与えず話が進められていく。
「飯って言ってもどこのお店に」
「俺が出すからお前は余計な心配をするな。今はお前の頭の雑念を消すことに集中しろ。
ただでさえレオナが会議でやられてる時に、お前までウジウジされたら俺の仕事が回らねぇんだよ」
強引ではあるが、フーゴの言い分は納得できた。何より〝一緒に考える〟という彼の一言が、今のヴィッキーには心強かった。
「……わ、わかった……ありがとう、フーゴ」
押し切られる形になったが、ヴィッキーは提案を承諾した。いまだ戸惑い半分、そして感謝半分で少し明るくなった彼女に見上げられたフーゴは、言い出した本人なのにやけにそっけなく顔を逸らす。
「決まったらさっさと切り替えろ。まだ仕事中だぞ」
そう言ってフーゴは再び歩き出した。面倒見が良いのか、やはり冷たいのか、よくわからない同僚だ。ヴィッキーは唇をすぼめ、自分もフーゴの横に追いつく。
フーゴの胸中は安堵と焦りがせめぎ合っていた。今の提案は悲しんでいるヴィッキーを見て、衝動に突き動かされたからだ。
フーゴは、ヴィッキーに異性として好意を持っている。口に出したことはないため、彼女からは冷たい奴だと思われているだろうが。
子供の頃、王宮の大人達に誘われて騎士団に入った時、由緒正しき騎士団長の娘であったヴィッキーには「田舎でやらかした腕っぷしが良いだけの不良」と呼ばれていた。
しかし、教官達の教えを素直に聞き、訓練時間外でも自主的に鍛錬を重ね、狡賢い愚策には走らない――何なら日頃からレオナ王子の奇行に巻き込まれる側だった――フーゴを見ていたヴィッキーは、やがてこう告げた。
「私、今まで貴方に偏見を持っていたみたいで……本当にごめんなさい! 良かったらこれ食べて!」
夜の自主鍛錬中、道場にヴィッキーが差し入れを渡しに来たのだ。しばらくしたら「私もやる!」と言って鍛錬に加わり出した。
それまで真っ当に成果を出しても「田舎者のくせに」「前科者がまたインチキをしたんだ」と悪意を向けられるのが多かった中で、真っ直ぐに詫びてくれたのは彼女が初めてだった。
フーゴがイグナート勲章の推薦を受けた時。それぞれ王族の臣下となる試験を下された時。常にヴィッキーが激励し、切磋琢磨した。「必ず二人で下臣になるぞ」と発破を掛け合い、見事成し遂げた。
王家兄妹とは実質幼馴染と言える間柄ではあったものの、いざ正式な下臣になってみれば、現実はそう甘くなかった。
罰金を返済できればさっさと田舎の農場に帰ろうか。レオナとは食材の卸しでまた会う機会があるだろうから。そう思っていた時期もあったが、ヴィッキーがいるなら騎士団も悪くないと思った。
そんなヴィッキーが完全に自信を喪失して騎士を辞めてしまうのは、フーゴにとって望まざる事態だ。
完全な下心以外の何物でもない。だが、ヴィッキーにはリンと上手くいってほしいと思っているのも本心だ。
フーゴは自ら増やしてしまった課題を頭の中で処理しながら、隣で不思議そうに見てくるヴィッキーと共に待機室へと向かった。




