第17話 バロディノーギア王国-3
国際会議が終了した三日後。
アイ達が王都での手がかり探しや、騎士団の手ほどきを受けている――最近は、初心者向けの練習だがカナも積極的に参加している――そんな中、時間が取れたというレオナ王子との歴史調査を再開することになった。
前回同様、王城の機密資料館にアイ達とレオナ、臣下の騎士達が集まる。子供達の緊張をほぐすための雑談もそこそこに、各々スクリーン前の机の席につく……その途中。
アイが生気のない顔で立ち尽くしているレオナに気付く。
「レオナ王子? 大丈――」
無意識に右手を伸ばしたが、触れるつもりはなかった。……のだが、勢いでうっかりレオナ王子の腕に指先が指先が触れてしまった。
――そして、アイの右手の輝石が、熱と光を発し始めた。見知らぬ光景ーー恐らくレオナ王子の記憶が、アイの脳裏に流れ込んでくる。
「……!!」
暗く、広大な議事堂で、たくさんの大人が席についている。立ち上がって人々に主張するレオナ王子と、彼と向かい合って議論する、軍服の壮年の男。その男から次々に向けられた、鋭い刃のような言葉の数々が、記憶の中で木霊する。
――『しかし貴方は、まだ大星座に覚醒していない』
――『そもそもこの機関は、未覚醒の大星座を守りきるための余力が、今のバロディノーギアにない……
故に我々を殿下のかわりに前線に立たせるための、ていのいい隠れ蓑なのではないですか?』
――『もし本当に足を引っ張られようものなら……先にバロディノーギアを焼き払うことも厭いませんよ』
どうしてこの男はこんなにも辛くレオナ王子に当たるのだろうか。二人のやり取りを見ている大勢の大人達の居た堪れない目に囲まれ、さらに胸が締め付けられる。政治のことはよくわからないアイはただ恐ろしくなるばかりだ。
きっとレオナ王子はこれらの言葉の意味を理解しているのだろう。それでも、自分へ向けた強い否定を幾重にも浴び続けた。彼の心が無防備に曝され、生傷のようにひりついているのを感じた。
レオナ王子は、深く傷ついていた。
流れてくる記憶が途切れ、現実では一瞬の現象であったが、アイは咄嗟に右手を引っ込めて左手で輝石を押さえる。
「ん? どうしたアイ?」
「あっ、えっと、大丈夫ですかレオナ王子! なんか元気なさそうだったから、やっぱりまだ会議の疲れが残ってるのかなって」
「あ、ああ……俺の仕事の予定はいつもこんな感じだから、大丈夫だよ」
アイに指摘され、レオナ王子は一瞬物憂げな顔をしたが、すぐに気丈に答える。彼とて大人なのだから、子供のアイの前で泣き言を言ったりはしないだろう。それでも、あの会議でレオナ王子が傷ついたという事実を、どうしても無かった事にはしたくなくて。
「あの……会議で何かあったとか? 帝国の人に……何か言われたとか」
あまり追及するのも良くないとわかっていつつも、アイはなるべく具体的に尋ねる。
見透かすようなアイの問いに、レオナ王子は目を見開いて驚き、しばし答えに迷っていた。見かねた顔のフーゴが横から割り込む。
「子供でもわかるくらい顔に出てんだよ」
「新聞にも国際会議のことが書かれていましたけど、帝国の元帥の問題発言って本当だったんですか!?
元々帝国は外交で強気な姿勢を見せることが多いのは、周知の事実でしたが……」
図らずともフーゴの肯定とヴィッキーの言及により周知の報であったことがわかり、アイの発言が不審がられずに済んだことに内心安堵する。
そういえば、国際会議が終わった次の日あたりから、ジフとショウが熱心に新聞を確認していたことをアイも思い出した。「スキャンダルが載っていないか」とかなんとか言っていたような。彼らが探していたものは見当たらなかったが、新聞の一面にはヴィッキーが言った通り「帝国元帥、国際会議で政治的問題発言 王国との関係にさらなる亀裂か」という見出しと共に、その本人である軍人の男の写真が大々的に載せられていた。
やはり、今アイが輝石の力で見た光景は、実際にレオナ王子が国際会議で体験した記憶だったのだろう。
アイに記憶を見られているとは知らず、レオナ王子は朗らかに苦笑する。
「アイに見抜かれるほど弛んでいたとは、我ながら情けないな。それじゃあそろそろ始めるか」
レオナは努めていつも通りの笑みを見せ、演台に向かう。放心していた彼が現実に戻ってきて安心した反面、痩せ我慢させてしまったのではないかと、アイは少し心苦しい顔をしながらレオナ王子を視線で追った。
全員が定位置につき、演台のホログラム装置が起動する。
「さて、今回はどの分野から文献を絞ろうか……」
ホログラムを見つめながら、レオナ王子は腕を組み口元に手を当てて考える。同じく思案するショウが言う。
「昨日までここの資料館や王都の手掛かりになりそうな場所を当たって、《救世主》の戸籍、通っていた学校や施設や仕事場、その時々で関わっていた人物を絞ってみましたが……
やっぱり、それらの情報がどうやってコキュートスに繋がるのか……その決定的な部分がどうしてもわかりませんね」
そしてカナも頭を唸らせながら加わる。
「《救世主》だけじゃなくて《女神》のことも調べてみたけど、結果はあんまり変わらなかったもんね。二人の情報に共通して出てくるのが、前に教えてもらったベルフェリオって人……ってくらいかなぁ」
新しい情報は見つかるものの、アイ達が求めている答えにはなかなか辿り着かない。出口を塞がれた道をぐるぐると回っているようで、このままでは頭が熱暴走しそうだ。
いっそ全く別のことを考えてクールダウンした方が良いのではないかと思ったアイは、思い切って個人的に気になっていたこと――先程見えたレオナ王子の記憶も含め――を口にした。
「あ……あの! この流れで聞いていいのかわかんないけど……もし《救世主》や大星座も関係してるなら、聞いておきたくて。
《救世主》を中心に動いてる大陸の国の歴史というか……王国と帝国って、なんで揉めてるんだ?」
アイの質問を受けて、レオナ王子は逡巡する。己の国の外交が上手くいっていないことを言及され少なからず面目が立たなそうな表情を滲ませるが、やがて答える。
「……確かに、《救世主》も関係していると言えば、そうだな。
異常現象を止めるのが目的であれば、各地の歴史や情勢を知っておいた方がアイ達の旅の順路も決めやすいかもしれないな」
とりあえずまずは手を動かした方がいいかもしれないとレオナ王子も考える。演題のホログラムを起動して操作し、膨大な資料から情報を絞り込む。
スクリーン周辺の照明が落ち、ホログラムの映像と、資料を読み上げる女性の音声が流れ始めた。
◆ ◆ ◆
王国と帝国の対立は長く、現代から約三百年前に遡る。発端は、《救世主》が消えた後に残った聖国跡地を巡る争いだった。
影が消えた後、《救世主》らを輩出した『聖都神官教会』の元締めとなる聖国の元老院ーー通称『教会』は地上に生き延びた。
同じく地上に留まった《女神チェリシアローズ》と共に、大陸の浄化に尽力した。天命を全うした彼女と当時の従事者達の死後も、その意志は脈々と受け継がれた。
疲弊した大陸で《救世主》と《女神》の偉業、神の慈悲を説き、再び信仰によって人々を結束させ、そして大陸を復興させた。
――R.E.一四一八。
一方、神の恵みを待っているだけでは影を倒せなかったと戒め、信仰からの自立を目指す者達が現れた。やがて『革命派』となった彼らは、聖国跡地を新たな自分達の国として作り直そうとした。
必死に信仰を広めて大陸を建て直した教会がそれを許すはずもなく、革命派を強く弾圧した。弾圧は差別という形になり、その思想は大陸中に広がった。
差別と迫害を受け続けた革命派はやがて……教会が身を置く西の国を、空から降ってきた『聖国の遺産』で強化した兵器を用いて爆撃した。それが戦争の始まりだった。
◆ ◆ ◆
――R.E.一四二〇。
被害を食い止めるため応戦した当時のバロディノーギア王国を含む西の『騎士連合』と、革命派が軍隊を形成した『革命軍』が衝突を繰り広げた。
革命軍の兵器による猛攻に対抗すべく、騎士連合も《影》殲滅兵器として保管していた『神冑機ディーコンテス』を駆り出し、戦いは激化していく。結果として、最後には騎士連合が勝利した。
聖国跡地を巡り、聖国の遺産で作られた兵器で始まったこの戦争は、後に『聖国遺産戦争《サンタ・エレディタ大戦》』という名で歴史に刻まれた。
――R.E.一四二二。
しかし、戦争の勝敗だけでは終わらなかった。発端が教会による差別だったことを思慮した当時のバロディノーギア国王が進言し、革命派の帝王が所持する東の不毛の地に革命派達の新たな国を建てることが決まった。
その東の国が、現在のフォルティリゼイナ帝国だ。
◆ ◆ ◆
映像が終わり、照明が戻る。戦争という深刻な歴史を目にしてか、アイは押し黙ったまま重く顔をしかめていた。
王国と帝国が対立している因果関係は理解できた。しかし、王国や帝国とは別のもう一つの勢力……教会。《救世主》や《女神》の直属の機関であり、現在のエスペル教団の全身となった組織。そんな教会が、そもそもの対立の発端であった。
「きっかけが差別で、それが教会って……」
前回歴史を教わった時も、教会は自分達を上回る影響を持ち始めたベルフェリオを抹殺し、救世主に諌められたことが判明した。――そのはずだったのだが。
「教会はアステルに、〝信仰が理由で争うのは良くない〟って言われたんじゃなかったのかよ!!」
教会はまたしても《救世主》の意思を反故にしていた。その結果、大きな戦争が起きた。然るべき処分が下され組織が解体されたとしても、現代に至るまで二大国の根深い対立が続いている。
アイの幼く純真な感受性故か、不義理を重ねられた《救世主》にも、差別や戦火に巻き込まれた人々にも、悍ましい思いが抑えきれずアイは憤慨した。だが、その場で声を上げたのはアイだけではなかった。
「その救世主が残した地を、勝手に自分の物にしようとしたのは革命派だ!
先に兵器を撃ったのも革命派だったじゃないか!!」
反論したのは、アイの隣に座っているジフだった。どんな時でも理性を乱すことのないジフの、滅多に耳にしない怒声にアイだけでなくカナやリンもびくりと肩が跳ねた。
室内が静まり返り、驚いたアイも冷静になる。ジフがこんなに声を荒げたのは、初対面時にアイが教団の教義と相反する異物だと認識された時ぐらいだ。
前回この資料館で教会の存在が明かされた時は、ジフも事実を認めていた。しかし、一言で戦争の――多くの人々の遺恨と墓標を生み出した元凶と言われるのは、事の重要性が違うのだろう。ジフにとって教団は、親の顔も知らない自分を育て上げた、己の血肉と言っても過言ではないのだから。
そしてジフ本人も、激情を堪え切れなかった自分を悔いる顔をしていた。アイも負い目を感じてすっかりしょげかえっている。
二人がこんなに衝突するとは思わなかったのだろう、レオナも掛ける言葉に迷っており、フーゴの方が先に言及した。
「史実とはいえ毎度毎度当事者を目の前にしてディスりすぎだろ」
「……すまない……本当に……」
「……いえ……お見苦しい振る舞い、誠に申し訳ありません……」
「ごめん……」
「いや……二人とも悪くない……俺がもっと考慮して資料を選んでいれば……」
「おいこれ以上長引かせるな」
フーゴの介入も虚しく、三人は完全に委縮してしまったようだ。レオナの傍らでその様子を見ていたケレス団長が見るに忍びなく小さな溜め息を吐き、話の進行を代わった。
「近年、異常現象の頻出によって黒影病が再び蔓延し始め、コキュートスという実体を伴って猛威を振るっている。
各々が対策を講じる中、大陸で一丸となって打開しようと、先日の国際会議で提言したのがレオナ殿下――我々王国だった」
対立の経緯を説明した上で、ケレス団長はその長き延長線上にある現状について……国際会議のあらましを話し始める。
「しかし、言葉だけでその通りに動くわけもない。
もし、今の情勢にかの《救世主》のような目覚ましい成果を成し遂げる国や組織が現れたら。
……そして、それが自分の属する場所であるなら……」
「その結果によって、大陸内の力関係は大きく変わるだろう。
今の《救世主》の影響力を有する勢力が幅を効かせる構造とは一変して、全く別の存在が頂点に返り咲くかもしれない。
水面下では誰よりも先に成果を上げるべく、独自の計画を進める勢力が少なからず存在する。
現時点での影響を考えて、外交面ではそれを表出さないことがほとんどだ」
説明に加わったフーゴが腕を組み、少し眉をひそめた。
「だが、それを厭わず前面に押し出しているのが、あのフォルティリゼイナ帝国だ。
建国以来、科学技術の開発に力を注ぎ、大陸随一の技術大国として台頭した帝国は、影の脅威に対する施策も常に最前線を走ってる。
もし、最終的に帝国の兵器が異常現象の原因を根絶させたら。
もしくは現象や黒影病の被害者を、まとめて救う技術を生み出したら……」
フーゴが話す推測の続きを、聞いていたアイが口にする。
「……帝国が、昔のベルフェリオみたいに……
――いや……次の《救世主》になる……ってこと?」
「ある意味両方だろうな。
人形師ベルフェリオ抹殺の前例があるからこそ、敵対勢力が同じような手を使ってきたとして、それに打ち勝てば歴史や信仰の上に成り立った形勢は大きく変わる。
そうなれば、正しく歴史を塗り替えた第二の英雄の誕生だ」
アイの回答に皮肉まじりに頷くフーゴ。それでもアイは腑に落ちずにいる。
「でも、いくら帝国が強い兵器を作れるとはいえ、《救世主》と同じレオナ王子の前でそこまで強気になれるもんなのか?」
「……もしかして、王国の結界が、今――」
隣で聞いていたジフが、アイの疑問を含めここまでの話から一つの答えを導き出す。
数日前にリンとヴィッキーから説明された、王国が他の勢力の協力を求める理由――王国の象徴でもある、春樹座の大精霊による結界の加護が弱まっているという状況。
「……ああ」
静かに肯定したのは、レオナ王子だった。
「元々他国に技術が漏れるのを防ぐために、徹底的に他国との繋がりを遮断しているんだろう。
帝国に追随できる技術力をまだどこも持っていない状況で、王国の結界が弱まっている今なら……」
――王国を越えることも、非現実的な話ではない。
そこに到達できれば、レオナ王子という現代の大星座がいようと、大星座の影響力自体が失墜してしまえば関係なくなる。
帝国にとってその可能性は、すでに目前に見えてきた未来と言っても過言ではないというとだ。
「それに……俺の大星座の力が覚醒していれば、カーサー元帥も俺のことを《救世主》と同じように扱ったかもしれない。
でも、俺はまだ……大星座に覚醒していないから……
帝国独自の目的を強行しようと、俺にそれを止める力なんてないと思われてるんだ」
《救世主》が大星座の力で《影》を封印したのは、齢23歳の時。しかし、レオナ王子は当時の《救世主》と同じ歳になっても、そもそも覚醒すらしていない。
レオナ王子自身の口からそう告げるのは、とても苦い光景に思えた。
「……そんな……」
一連の理路整然とした説明を聞いても、理解すればするほど、アイの中で許容し難いという感情が膨らんでいく。
「帝国が一番になるために、レオナ王子に酷いこと言って蹴落とそうとするなんて……
それに《救世主》が必死に大陸を救ったのに、生き残った大陸の国同士で争って、《救世主》なんてもう一番上にいらないなんて言われたら……
じゃあ《救世主》は何のために《影》と戦ったんだよ!!」
アイが対立の理由を知りたいと思ったきっかけに立ち返れば、レオナ王子が国際会議で大星座であることを槍玉に挙げられ、激しい糾弾を受けていた記憶を見たからだ。
しかしその全容は、人道よりも野心が上回った者達の行為により、《救世主》やレオナ王子のような大星座が不義理を重ねられた理不尽ばかりであった。
隣に座るジフは俯いたまま、アイに何も言えずにいた。彼自身の感情でなら、募る思いもある。だがそれを表出したとて、教団の過去を正当化できるわけでもなければ、現状の解決にもならないのだ。
そんなジフの背中を後ろの席からショウが見つめ、察したのか、口を開く。
「でも、帝国は《救世主》を信仰していた教会に差別されていた過去がありますからね。
快いことではないですけど、かつて差別していた人達を……《救世主》と同じ力を持つ王国を越えようとする理由はありますよ。
差別されていた時に苦しめられた分、当時より国が豊かになるなら、なおさら」
ショウの意見は、歴史と智の眷属カンティル族ならではの観点だった。
大陸内で頂点を目指すことは、何も優越感や私怨などの私利私欲ためだけではないのだ。国際会議に出ていた大人達はあくまでも各地の代表であり、その後ろには多くの市民が生活している。
異常現象の災厄を前に、無辜の人命が危機に曝されている。そんな状況でなお人命と信仰を掛けた天秤が信仰に傾いているのは、帝国にとっては結局過去の差別のように人命に順位を付けられているのだ。猛反対し、その構造を壊そうとするのも当然と言えるだろう。
アイだって、頭では理解できる。だが、その遺恨がレオナ王子に向けられることだけは、どうしても正しいとは思えない。
「でも……差別したのはレオナ王子じゃないじゃん……」
行き場のない悔しさが、アイの胸の中で燻る。
確かにレオナ王子はバロディノーギアという国の代表として会議に臨んだ。しかし、「歴史」や「象徴」としての役割まで彼一人に押し付けられ、そして彼ごと失墜させることで大陸の在り方を変えようとしている。そんなことがあっていいのか?
みんなだってこれが正しいと思っているわけじゃないだろう。それなのに、どうして正しい方に進めないのか。
歴史の重み――激流を正面から受けているようで、アイ自身さえも向いている方向を変えなければ押し流されてしまう感覚だ。
まるで自分のことのようにありのままの感情を発露し、悔しさで顔を歪ませている。出会ったばかりの幼い少年にさえ、そんな顔をさせてしまった。
アイを見ていたレオナ王子の、心ここに在らずだった失意の表情が、次第に強い意志を宿し始める。
「……ありがとな。アイ」
不意にレオナ王子にかけられた返事に、アイがはっと彼を見る。陰っていたレオナ王子の表情と声に明るさが戻り、優しく、そして頼もしい笑みを浮かべていた。
「俺もこのまま何もせずに終わったりはしない。
今は一番になるかどうかより、大陸の異常現象を喰い止めることの方が大事だ。
帝国に別の目的があろうと、それは変わらないし譲らない」
大事なのは王国が何を背負っているかだけでなく、レオナ王子自身が何を成し遂げようとしているかだ。帝国との衝突に揉まれ手放しかけていたそれをもう一度掴み直すように、己の口からはっきりと告げる。
「これから大陸中の異常現象と、その原因と戦うことを考えれば、一回上手くいかなかったくらいでへこたれてられないからな」
「レオナ王子……!」
維持と胆力を見せたレオナ王子の眩しさに照らされるように、アイの表情もぱっと輝く。二人の会話を聞いていたリンやショウ達も喜び、フーゴとケレス団長はやれやれと息を吐いた。
「史実とは言え気が滅入るような話ばかり続けるのも良くないな。
ここは一つ、同じ戦争の歴史でもアイ達にも見応えのあるような資料に変えるか。
たとえば……『ディーコンテス』の現存資料とか」
レオナ王子が呟きながらホログラムを操作する。再び室内の照明が落ちる中で、アイが小声でジフに問う。
「ディーコンテス? さっきちらっと出てきた騎士団側の兵器だっけ?」
「正式名称は『神冑機ディーコンテス』。約二十メートルほどの巨大な甲冑の形をした戦闘兵器だ」
「巨大な甲冑……って、もしかして」
ジフの説明を聞いて想像を膨らませていると、スクリーンに映像が映し出される。
やはり想像していた通り、アイの元いた世界ではテレビやゲームでよく見ていた、巨大戦闘ロボットによく似た巨大な甲冑の兵器であった。
真紅、深緑、紫のメタリック装甲が輝き、各所の金のラインと流線形のパーツが、アイの知る現代的なロボットとはまた違った甲冑然とした造形を作り出している。
「うおおおお!! ロボットだー!!」
「やっぱりアイくらいの年頃はこういうのが好きだったかぁ」
アイはロボットそのものに特別な熱意があるわけではないが、ホログラムが映し出すリアルな映像によるディーコンテスの演習風景が、少年のロマンをくすぐった。
それからしばらくは大はしゃぎするアイと、だんだんと説明が長くなっていくレオナ王子が互いに昂め合う様を、残りのメンバーが各々呆れながら付き合っていた。
* * *
その後、どうにか本題に戻って調査を進め、切り上げる時間になった。
「レオナ王子! さっきはありがとうございました!」
「別に礼を言われるようなことじゃないよ。むしろアイにお礼をしなきゃいけないのは俺の方だからな」
王子殿下に粗相をしないかジフに監視されながら声を掛けるアイと、普段の明るい調子に戻ったレオナ王子が和気藹々と話している。そこへ、席を立ったフーゴがレオナ王子のもとへ歩いてくる。
「いい大人がガキに発破かけられて立ち直るなんて情けねぇと思わねぇのか」
明朗な二人とは対照的に、フーゴはいまだ不機嫌な顔をしている。
「帝国元帥の暴論に言い返しもしねぇで、かと思えば陰気臭ぇ顔で泣き言言いやがって。
仕えてる君主が舐められてちゃ俺も仕事にならねぇんだよ」
「それは……気を遣わせて悪かったと思っているが」
「だいたい大星座が自分から政治に参加するなんて、まずそこからどうかしてんだよ。
急にそんなこと言い出されたら、あの元帥があれだけ問い詰めてたのも涼しい顔して内心大パニックだったのかもしれねぇだろ」
レオナ王子が立ち直ったのを見るや、フーゴはそれまで堪えていたのであろう不満を直接ぶつけ始める。
アイとジフはハラハラしながら見ているものの、フーゴの言い分も王子殿下に関わる立場として考えれば、一理あるのもわかる。もしアイがいきなり身分の公にして目的を公言したら世間はどうなるか、子供のアイ達でも幾分か想像できてしまう。
「やることがいちいち極端なんだよ、昔から!」
泣きっ面に蜂、の蜂の如き勢いで、罵声を飛ばすフーゴ。しかしレオナ王子は会議の時のように狼狽えるでもなく、平然と言い返す。
「それを言ったらお前がこうして俺の臣下になったきっかけも、かなり極端だっただろ」
「フーゴさんのきっかけ?」
レオナ王子の一言で、全く違う話に急転換してしまった。アイとジフも思わず王子の方へ気を取られる。
「フーゴは平民出身なんだ。実家も王都から遠く離れた農村の農家だ」
「ヴィッキーとケレス騎士団長は元々貴族で、昔から王様達に仕えてた家なんだっけ?
平民でも騎士団に入って王子様の臣下になれるもんなの?」
「まさかお前あの話を始めるつもりじゃ……」
アイ達の興味はレオナ王子の話に向いてしまっている。フーゴは嫌な予感が……いや確信するが、止めるにはすでに遅かった。
「フーゴは子供の頃、一人で商人の馬車に忍び込んで、王城の検問で見つかったんだよ」
「えぇ!?」
「というのも、実はその時の商人が悪い奴でな。
フーゴの家で食物を買い取ったふりをして、大事な家宝を盗んで王宮に献上しようとしていた。
盗む瞬間を見ていたフーゴが、取り返すためにそいつの馬車の荷台に乗り込んだんだ」
「フーゴさん子供の頃から度胸ありすぎじゃん」
絵本でも読み聞かせるように語るレオナ王子とは裏腹に、アイとジフは尊敬と畏怖の眼差しでフーゴの方を見る。
「荷台から摘み出されて、逆にフーゴの方が商人の品物を盗もうとした泥棒の子供扱いされそうになったんだが……」
レオナ王子は思い出の中へと没入し、やけに熱の籠った顔をして続きを語った。
――十数年前、レオナ王子とフーゴがまだ十歳にもなっていない頃。
当時の王城前の検問所。商人と検問官がフーゴを囲んでいたその場所には、王宮の役人達もいた。そして、たまたま国王とケレス騎士団長の別用に同行し王城に戻ってきたレオナ王子が、その場にすれ違った時だった。
自分と同じくらいの少年が大人達に囲まれている様は、王城では珍しい光景だった。レオナ王子はこっそり国王達から離れ、物陰からその様子を観察していた。
「こいつがうちの大事なもんを勝手に盗んだんだ!」
と、農村の子供には不釣り合いな金の盾を指してフーゴが主張する。
周りの大人達はまるで耳を貸さず「警察に突き出すか」と話を進めていたが、レオナ王子はその盾に見覚えがあった。なので、当時子供だったレオナ王子は考えるより先に、大人達の輪に割り込んだ。
「君の家って、西の平野にあるマルケンド農業かな?」
突然自国の王子殿下が現れ、大人達だけでなくフーゴも目を丸くした。彼は本物の王子をその目で見る日が来るとは思わず、レオナ王子に問われるまま答えた。
「おう……いや、はい……俺はフーゴ・マルケンド……親は畑で野菜を作って……ます」
「やっぱりだ!! マルケンド農業はうちが代々食材を卸してるお得意先だよ!!
シェフも数ある産地の中でもマルケンド農業から直接野菜を仕入れて作るのが特に出来が良いって気に入ってるんだ!! 野菜を育てる畑の土、さらにその中にいる微生物はあそこの土地ぐらいにしかないから、あの味と彩りを出すにはマルケンド農業が一番なんだよ!!
それで作った料理をお出しするとご来賓にも喜んでもらえて、〝会合の後の料理がの楽しみだ〟って言ってもらえるんだよ!!だから王家からもお礼をしないわけにはいかないし、四代前……君の曽御祖父さんかな? その時から金の盾を贈ったんだ!!」
困惑で固まってしまっている検問所の空気とは裏腹に、何か琴線に触れたらしいレオナ王子は怒涛の勢いで熱弁を始めた。
「この子、本当にその盾を持ってる家の子なんじゃないか?」
「で、ですが殿下……この子供が不法侵入したことは事実でして……
王都に到着するまでの数日間、荷台に積まれていた食料や飲み物を勝手に食べたそうですし……」
「だったら彼のご両親に正直に話を通して、ついでに盾のことも確認してもらえばいいんじゃないか?
授与した農家の身元も記録に残ってるし」
レオナ王子がそう提案した瞬間、商人が不自然に焦り出した。商人は任意同行とはいえ、フーゴの連行先で詳しい事情聴取を求められたのをやけに渋っていたのだが、フーゴの身元が判明することをが避けたがっていたからだった。
フーゴの所在が確認されるにつれ、疑いの目は商人に向けられる。他の品物についても洗い出すため、結局は商人の方が検問官に連行されて行った。
残ったフーゴもまた、不法侵入の罪を見逃すわけにもいかず、処遇を問われることになる。役人達が頭を抱えていると、またもレオナ王子が無邪気に言った。
「ご両親が王都に着くまで数日かかるだろ? だったら彼を俺の傍につかせればいいんじゃないか」
レオナ王子がとんでもないことを言い出し、フーゴや検問官達は絶句して彼の方を見る。
「王子の俺の傍についてれば、監視の目もきつくなる。そんな状況なら下手に悪さもできないだろ。それに盾を取り返すことと空腹以外で悪いことはしてないみたいだし」
さも名案のように言うレオナ王子に、フーゴ達は正に開いた口が塞がらなかった。そうこうしているとレオナ王子がいないことに気づいたケレス騎士団長達が、彼を連れ戻しに慌てて駆け付けた。
その場ですぐにレオナ王子の提案を承諾することはできず、一度フーゴは王都の留置所に保護された。その間もレオナ王子は彼のことを気にかけ、処遇について大人達に熱心に進言していた。
やがてフーゴの両親が王都に到着し、役人達から状況説明が行われる。調査の結果やレオナ王子の話を慮った国王の慈悲で情状酌量を認められ、フーゴの罪が減刑された。そして罰として下されたのは――
「罰金の金額に達するまで、王宮で雑用の仕事をしなさい。それを罪滅ぼしとする」
結局、レオナ王子の提案が半分採用された。
「やっぱ王族と毎日仕事する人は王族と同じくらい常識破りなくらいがいいんだな……」
「お前も十分おかしいってよ」
王子殿下とその臣下となる二人の出会いを聞いたアイの率直な感想を、フーゴが意訳する。
しかしレオナ王子はすっかり思い出に浸ったまま、まだ語り続けている。
「それからフーゴは雑用の仕事で腕っぷしが強くて力仕事が得意だったから、騎士達団の大人達に気に入られてな。
〝騎士は給料が良いぞ〟と誘われたんだ。
罰金の完済に真面目だったのも相まって、騎士団に入ってからはあれよあれよと頭角を表してな……」
レオナ王子は英雄譚の一説を読み上げるかのように力み勇む。
「フーゴは特に剣技の試験と、異常現象の実戦での人命救助の実績を積んでいたからな。
レオナ殿下も昔から強い信頼を置いていて、周囲の人達もそれを認めていたが、いかんせん平民出身……さらに刑期中みたいなものだ。
だから相応の信頼と実績に値する公的な証明が与えられた。それが『イグナート勲章』だ」
「イグナート勲章?」
復唱するアイに答えたのは、ケレス騎士団長だった。
「かつての大戦の英雄、騎士イグナートの名を冠した勲章だ。
騎士イグナートも平民出身でありながら、最終的に戦争を終結に導いた。
彼の雄姿にならって、平民の出でも実績に相応しい階級と権限が与えられるよう残された、名誉と伝統あるものなんだ」
「勲章が授与されたことで、フーゴは正式に俺の臣下になることが認められたんだ」
「へぇ~、やっぱ騎士ってかっけぇなぁ」
とにかく凄いことはわかる経歴を聞き、一見身分も性格も正反対で本来交わることのなさそうなレオナ王子とフーゴが、長年主従を組んでいることに納得した。
呑気な感想が口をついて出たアイだったが、ふと横にいるジフから、微かな異変を感じた。
「ジフ、さっきからずっとフーゴさんのこと見てるじゃん」
「どうした、その目は」
話を聞いている間ずっとジフに直視されているフーゴが若干たじろぐ。やはりまともな感性をしていれば荒唐無稽な話だと思われたのだろうか、と肝を冷やすフーゴだったが……
今のジフは白い目をしているというより、いつになく子供らしく輝いた目をしていた。
「大星座に直接仕える方は昔から過酷な研鑽も惜しまず、人命を救い君主の隣に恥じない責務を全うしているのだと……
これ以上なく模範的なフーゴさんの経歴に、筆舌に尽くし難い尊敬の念を感じています……」
いつも感情を波立てず、良く言えば冷静な、悪く言えば冷めた目をしているジフの――表情だけ見ればいつも通りの淡白な顔だが――見たことのない真っ直ぐで無邪気な憧れのこもった眼差しに、フーゴだけでなくアイも驚いている。
「ジフにもそんな感情があったんだ!?」
「良かったなフーゴ、子供に大人気だぞ」
先程叱咤された意趣返しか、喧伝したレオナ王子本人は満足そうに、しかし他人事のように腕を組んで頷いていた。




