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第17話 バロディノーギア王国-2 ◆

 夜も更け、晩餐会を楽しむ大人達はさらなる夜会へと移行していた。

 だが、酒を飲めない子供は撤退する時間だ。リンの警護をしていたヴィッキーは酒の席に捕まったらしく、「城に馴染みのあるショウや兵士のジフがついているなら」と、寝泊まりしている離宮へ子供だけで戻ることになった。アイとガリュマは途中でトイレに行くと言って別れている。


「サギリ、就寝までもうまだ時間があるので、もしよろしければ……もう少しお話しさせていただいてもよいでしょうか?」

「えぇっ? わ、私で良ければもちろんです姫様!」


 リンとサギリはすっかり打ち解け、まだまだ話し足りないようだ。誘われたサギリはリンの方へと身を寄せ、こっそり耳打ちした。


「ジフ兄の話も教えますよ」

「はわ…!! サ、サギリ……!」


 後ろを歩くジフとラスティに聞こえないように声をひそめて伝えたが、リンの顔は一瞬で真っ赤になった。

 そんなリン達とは別に、カナも晩餐会の余韻に浸って浮き足立っている。貸し出された白いドレスを着て気持ちも高揚しているのだろう。


「わたしも今まで宿に泊まる時はずっと一人だったから、最近は女の子と一緒に過ごせるの嬉しくて!」

「よかった、カナに喜んでもらえて。アレッぺも嬉しいよね」

「ッぺ」


ご満悦なカナの隣を歩くサナが、足元のアレッペに同意を求める。



 上階の建物を繋ぐ橋の回廊を渡っていると、頭上には紺碧の夜空に散りばめられた星が小さく光る。星を辿るように遠くを見たリンが、ふと何かを思い出し橋の手すりの方へ向かう。


「そうだ! みなさん、ここからあちらの方角を見てください!」

「そちらは王都の方ですか? えぇっと……わぁ!」


リンについて行ったサギリが手すりから少し身を乗り出し、そこに広がる景色に瞳を輝かせる。二人に続いてカナやサナもその景色を見ていた。


「すごーい! 街の灯りだけじゃなくて自然の樹もたくさん光ってるー!」

「街全体がきれいなキャンドルみたい」

「バロディノーギアは自然元素の魔力の濃度が高い土地ですからね。

 王都の植物は、地面に含まれた魔力元素を吸い上げて成長しているので、あれだけ大きく育って夜には光り出すんですよ」


ショウの説明を聞いて、少女達はさらに感嘆し釘付けになる。


 夜空に照らし出される城下町の建物が、幻想的な黄金色に彩られていた。

 それは人工的な灯りだけでなく、昼間は青々とした緑の木々が、今は金色に輝いて光の粒子を漂わせている。移ろいゆく人々の生活と共存し、自然の草花も昼と夜で姿を変えているのだ。絵本や劇場の舞台の如き世界が、そこにある現実として存在していた。



「お父様やお兄様が仰っていました。あれは国の民達が生み出す光……人々の営みなくして、このバロディノーギアの美しい自然は育まれなかったのだと。

 私達王族がこの美しい国の名を背負えるのは、血でも力でもなくそのおかげなのだと、教えられてきました」


 いたく大事そうに目を細め、リンが呟いた。彼女の言葉に、サギリ達もあの王都に暮らす人々に思いを馳せる。晩餐会の場内も優美であったが、金色の木々の光に包まれた夜の王都を歩けたらどんなに素敵だろうか。


「……ん?」


 一行が夜風の中で遠くの景色を見ている中、ふと何かに気付いたのはラスティだった。彼の視線は遠方から比較的近距離の、王城の敷地内へと移る。橋の上から辛うじて見える城の裏庭の隅に、見覚えのある人影を捉える。


「どうしたラスティ」

「いや……あそこに人いねぇ?」

「本当ですね。あの白い服と赤いドレス……ってもしかして――」


 ジフとショウも人影に気付き、夜の闇の中を凝視する。やがて、そこにいる人物達をはっきりと視認した。


「レオナ王子!!」

「一緒にいるのは帝国のエーデルワイシス代表か……」


 次第にカナ達も彼らの方へと集まり、一行は橋の上から裏庭を覗き込んだ。




「会議では本当にごめんなさい。こちらのカーサー元帥が、あんな心無い発言を……あの方の隣にいたのに止められなかった私自身も、本当に情けなくて……。

 決して私達帝国の人達が皆、あんなふうに思っているわけではないんです」

「ああ、わかってる。教団の大司教や他の方々にも同じように言葉をかけてもらったよ。みんな俺に気を遣ってくれて……」


 晩餐会の煌びやかな賑わいから離れた、夜の静かな裏庭。花壇の草花を揺らすささやかな夜風と、小さな明かりが灯った噴水のせせらぎの中で、レオナ王子とモナハ代表の二人が佇んでいた。


「それに元帥の言っていたことも確かに事実だ」

「だとしても……あんな言葉を使わなくとも、話し合いはできたはずです」


 レオナ王子は憤るどころか自罰的な感傷を浮かべていた。そんな彼に、モナハ代表はあくまでも元帥の行いを非礼として問題視する。


 肩を持つモナハ代表の言葉に甘えてしまいそうになるが、レオナ王子は自分を律し、内省した。


「以前から父上達にも言われていた……政治は『助け合い』であっても、『お友達』になるためじゃないって。

 皆、自分の背中には生活を預かった国民がいる。提案する側も、それを聞く側も、善意だけでは頷けないと。それが身に沁みてわかったよ」


 そして一度目を閉じ、感傷的な表情を気丈な笑みに変える。


「君だって同じ政治の場で頑張ってるんだ。そう思うと、最初の失敗くらいでへこたれてられないよ」

「そんな……私もまだ何の結果も出せていなくて……」


 噴水の明かりで煌めくレオナ王子の翠緑の瞳と目が合い、その眩しさに、モナハ代表は恥じらい交じりに視線を下げた。



「帝国の最新鋭の機械や技術、どれも凄かったじゃないか。君がいろんな人たちと試行錯誤して開発したんだろ?

 普段は控えめな君も、あれを説明している時は〝この機械の価値を軽く見られるわけにはいかない〟っていう真剣な熱意が伝わってきたよ」

「そ、そうでしたか……?

 それなら貴方だって、いろんな土地の方々が地名や資源の名前を口にしただけで、資料を見ずとも知識と一致させていて凄かったわ。

 みんな話したいことがすぐに伝わってとても頼もしそうにしてたもの」

「でもやっぱり、君と資源や技術の話してる時の方が話題が変わる速度は圧倒的だけどな。俺達の話は専門的すぎて、長話に熱中してしまうから」

「ふふふっ」


 元帥や政治についての話から、次第に友人同士のような素直で他愛無い会話に移り変わり、モナハから自然と笑顔がこぼれる。噴水を照らす明かりを受け、彼女の髪飾りの緑の石がほのかに煌めく。


「会議の予定を終えるまでいろいろ大変だったけど、君の笑顔が見れて報われたよ」

「えぇっ? そ、そんな……」


 表情を言及されて気付いたモナハ代表は、またしても恥ずかしそうに顔を押える。彼女を見て愛おしそうに微笑みながら、レオナ王子が歩み出た。


「今度は外交のついでじゃなくて、君と一緒に過ごすために会いに行けたらいいんだけどな。

 だからこそ――君の工学技術と、俺の……大星座の力で、この時代の異常現象を乗り越えよう」

「……レオナ……」


 正面から向き合うレオナ王子を、今度はモナハ代表も真っ直ぐに見つめる。


「話を聞いてくれてありがとう、モナハ。国に帰ってしまう前に、こうして君と話せてよかった」


 レオナは伸ばした手でモナハ代表の腕を引き、そのまま自分の胸の中へ、両腕で彼女を抱きしめた。

 モナハ代表は顔を赤くして驚くが、拒むことなく自分からもレオナの背中に腕を回し、抱きしめ返す。

 二人は夜の紺碧に染まった庭園でただ静かに、しかし熱く抱擁を交わし、互いの体温を名残惜しんでいる。傍で流れる噴水の雫と明かりだけが、二人を照らしていた。




 そんな二人の頭上。橋の回廊にいる子供達が、その一部始終を目撃していた。

 さすがに会話が聞こえる距離ではないものの、二人の動作ははっきりと視認している。


挿絵(By みてみん)


「うわーーーーーーッ!!?」


 子供達は目に飛び込んだ光景に食い入るように手すりから身を乗り出し、一斉に仰天した。ショウはリンの、ラスティはサギリの目を咄嗟に手で隠す。


「あああああれってそそそそそのもしかして」

「逢瀬だね」


 パニックになっているカナとは対照的に、サナがさらりと答える。年頃の乙女である彼女達は、本や街角のポスター、テレビのワンシーンで男女のロマンスをよく知っている。それが現実で行われているのを目撃するのは、特にカナには刺激が強かったようだが。


「いいのかよこれ……俺達以外の大人が見たらスキャンダルになるんじゃねぇか」

「お兄ちゃん手で見えないよ~」

「リークされたら厄介なことになりそうだな……よりにもよって国際会議の滞在中に……」

「ど、どうなんでしょう……王子も女性のエスコートは日頃から身についているでしょうけど……いや、でもまだ抱き合ってるな……」


 一方サギリの視界を隠すラスティとジフ、そしてショウの男子達は、もっと現実的な政治面での動揺が走っていた。ショウは王族と顔馴染みと言えど、レオナ王子が女性と関係を築いていたことは知らなかったようだ。


「私達バロディノーギア王家なら、問題ありません」


 不意に、ショウの手で目隠しされているリンが、一番冷静な様子で言った。一行ははっと我に帰り、ショウが頭を下げながら手を離す。ついでにサギリもラスティから解放された。


「失礼しました姫様……もしかしてご存知だったんですか?」

「はい。それにフーゴもヴィッキーのことが好きみたいですし」

「言っていいんですか!?」

「王城の大人達は随分気ぶれてんな」


 純粋な少女の口に戸は立てられぬのか、ついでのように暴露されたフーゴとヴィッキーの関係にショウが焦り出す。これにはラスティも眩暈がするようだ。


「もとよりお兄様とモナハ姉様は成人前から、外交の一環で知り合って以来ご交友がありました。

 お兄様はご自分の興味があることを語らう時に、とても熱中する人なので……

 同じ熱意をもって話ができるモナハ姉様とすっかり意気投合して、政治以外の場でも惹かれ合っていました。

 私もモナハ姉様とお会いする時はいつも良くしていただいていて、とても聡明で優しい方なのです」


 リンは手すりに両手を添え、眼下の兄達を案じる眼差しで見つめる。


「お父様やお母様、ケレス騎士団長達も、お二人の様子を好意的に見守っていました。

 成人して急に国政の矢面に立たされたお二人を、今でも案じているのですが……

 ……ただ……近頃は、大陸全体がこのような情勢ですから……

 私達王国と、モナハ姉様のいる帝国との外交が難航していて……」

「王子達が会合などで顔を合わせても、私情を持ち込むわけにはいかなくなったと。

 だから今ああして、人目を避けて二人で会っていたのか」

「ひええ?ほんとに本に書いてある王子様と深窓令嬢の恋愛物語みた~い」


 冷静にリンの話を聞いて納得するジフの横で、カナが両手で顔を挟んで驚嘆する。


「お兄様とモナハ姉様には、今までのように穏やかに……二人で幸せになってほしいと、私も思っています。

 このバロディノーギアの状況が良くなれば、外交ももう少しは……

 ……フローランナさえ、元のように元気にできたら……

 もっと私が何かできたら、お兄様達の重荷を減らせるのに……」


 リンの声と表情が沈み、視線を落とす。思い詰める彼女に最初に声を掛けたのは、隣に立つサギリだった。


「姫様」


 不意に呼びかけるサギリの声に、俯きかけていたリンが顔を上げる。


「もっと暖かいお部屋で……みんなで続きを話しましょう」

「……サギリ……」


 隣に寄り添うサギリの笑顔を目にし、陰っていたリンの瞳に光が灯る。彼女は明るさが戻った顔で頷き、サギリと共に橋の向こうの離宮へと歩き出す。


 二人の様子を見ていたジフとラスティ、そしてショウも一安心した顔で彼女達の後を歩いていく。その最後尾に続いていたサナとカナだったが、まだ橋の途中でカナの足取りが止まった。


「……ねぇ、サナ」

「どうしたの? カナ」


 一行について行くアレッペをそのままに、サナも足を止めてカナの方へ振り返る。


「サナって、戦えるんだよね。私と同じまだ子供で、女の子なのに……」


 カナは自分の気持ちや考えを固めるように、両手を組んで話し始める。


「ううん……ヴィッキーだってあんなに鍛えてて、訓練も見せてもらったし……サギリなんて私よりも小さいのに、教団でいつも戦ってて……

 街で暴走した魔獣を止める時も、女の軍人の人が一緒に戦ってた。

 女の子だからって、戦わなくていい理由にはならないよね」


 そして、固めた意志で決心をつけたのか、カナは組んでいた両手を解いて拳を握り締めた。


「わたし……みんなみたいに戦えるようになりたいの。

 だから、サナに戦い方を教えてほしいの!!」


 カナは月明りよりも強い眼差しで真っ直ぐサナを見つめ、思いの丈を打ち明けた。


「……そっか。それがカナのやりたいことなんだね」


 そんなカナの言葉を、サナは否定せずに受け止める。

 ……かに思えたが……


「アイ達がなんでカナを戦わせないのか、私は知らないけど……

 私は、できればカナに傷ついてほしくない」


 そう言いながらサナは、おもむろにカナの方へと歩み寄る。無言で距離を詰めてくるサナに、カナは思わず後ずさる。


「……サ、サナ……? ちょっと……!?」


 あっという間にカナの背中が石造りの橋に密着する。それでもサナは歩みを止めず、自分と橋でカナを挟み込むように、腕を伸ばして彼女の身動きを封じた。


「カナの顔にも体にも髪一本にも、傷一つ付けたくない」

「サナ、う、後ろが……ひゃあっ!?」


 サナの口から溢れる言葉は、普段の彼女には似つかわしくないほど感情的で、次第に様子がおかしくなっていく。しかし、それを気にする余裕もないほど、カナの背中は橋から乗り出しかけていた。

 そして、サナはカナの肩を掴み、彼女の体を橋の手すりに押し倒す。

 覆い被さったサナの顔に影が差し、長く蒼い髪が垂れ下がる。まるで自分とカナ以外を――外界を遮断するように。

 至近距離で見下ろすサナの金色の目が、月のように光る。やはり、いつもの淡白な彼女らしくない、どこか切ない表情でカナを見つめていた。


「私ならカナをそんなふうに焦らせたりしない。今のままのカナが、私は大好きだから。

 私と一緒にいてくれれば……私がカナを守るから。

 だから……カナはカナ自身のために――」



 そんな二人の少女の状況など露知らず、王城側の橋の入り口から誰かがやってくる。

 頭にガリュマを乗せ、右手の甲に魔力リンクを光らせながら歩くアイだった。リオウに近くまで案内してもらった後、まだ予定が残っているという彼と別れ、なんとか一人で戻ってきた。


「リオウに言われて気づいたけど、よく考えたらジフと魔力リンクで繋がってんだから、それを辿ればジフ達の所に戻れんじゃ~ん! かしこ~」

「そんな使い方で合ってるりゅのか?」


 時同じくして、反対の離宮側からも、突然反応を見せたアイとの魔力リンクを辿ってジフが橋へ引き返してきた。


「なんで急に魔力リンクが反応している……こんな近距離の反応で一体何をしているんだ」


 王城という場所で何か事件が発生しようものならもはや自分達だけの問題ではなくなるが、最高峰の技術を誇る王城の警備システムをもってしても、そのような気配は感じられない。またアイが変なことをしているのだろうと、ジフは推測の段階で苛つきを露わにしながらつかつかと歩く。


 そして、橋へ踏み出した二人の少年が、自分達の間――橋の真ん中にいる、カナとサナの姿を目の当たりにした。


「………………ぇえ!?」


 ほぼ同時にアイとジフが驚愕の声を上げた。

 サナとカナが、橋の手すりで向かいあって折り重なっている。顔が触れそうなほど近い距離で見つめ合っていた。

 それが何を意味する行為なのかは、幼いアイ達でもさすがに察することができた。いささか刺激の強い光景と、何故サナとカナがそうしているのかという混乱が同時に頭を駆け巡り、アイとジフは目を丸くして顔が赤くなっていく。


 そしてカナも二人に見られていることに気付き、一思いにサナの肩を押し退けた。


「サ……サナ!! こんな場所じゃ危ないって!」


 どうにか起き上がり、サナを引き剥がすことに成功する。掻き集めた力を一気に使ったカナはしばし息が上がっていた。


「それに……今のは……私が自分で決めたことだから……

 自分のことを……もっとちゃんと考えたいの」

「……そっか」


 カナは肩で息をしながらも、状況に流されて有耶無耶にはしたくないと、先程の問いの続きを告げる。真剣なカナを前に、サナも静かに答えた。


 アイとジフはいまだ目を白黒させてほのかに顔を赤らめ、呆然と立ち尽くしていた。


「ちょっと! いつまで見てるのよ!」

「えぇ!?」

「ジフ、戻ってきたの?」

「えっ、あっ……」


 急に振り返ったカナとサナから話が波及し、アイとジフも現実に引き戻された。

 いつもとは違う意識をすぐに切り替えられるわけもなく、アイ達は気まずそうに沈黙する。アイの頭の上のガリュマだけは状況がよくわからず頭にハテナを浮かべている。


「ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったんだよね。ごめんね」


 唯一いつも通りと変わらぬサナが、カナの代わりにそれらしい理由を述べて淡々と場を収める。


「あれ、アレッペがいない。先にみんなについて行っちゃったのかな。私達も戻ろっか」

「う、うん……」


 何でもなかったかのように改めて離宮に向かうサナに続き、アイ達三人も歩き始める。誰と隣になるのも気まずくて、妙にぎこちない足取りだった。

 今までずっとこの三人と一匹で旅をし、寝食を共にしていたのに、こんなによそよそしいのは初めてだ。

 結局誰からも話を切り出せず、各々初めての感情に戸惑っている。夜の空に光る白と紫、二つの月に見送られて歩いていた。

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