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第17話 バロディノーギア王国-1

 バロディノーギア王国での国際会議の全日程が終わった日の夜。

 王城では会議のために王国へ来訪した関係者を招いての晩餐会――盛大なパーティが開かれていた。


 会議の数日前に偶然王女リンを救助したことがきっかけで王城に滞在していたアイ達は、それまで王城の資料館で《明星の救世主》の手掛かりになり得る資料探しを続けていた。その合間、息抜きがてらにとリンとヴィッキーの案内で王都の観光や、王国騎士団の訓練の見学をしていた。

 そして今日、もとより国際会議に参加するリオウの親書を持って王国に訪れたアイ達も、初日に遭遇した救助活動に対する王家からの礼の一つとして、パーティに招待される運びとなった。


「やっぱ今まで見た料理で一番豪華だなぁ~!! 大人向けのお高そうなのだけじゃなくて肉やスパゲティもある!」

「え~! どれから食べよう~! 先にデザート食べてもいいかなぁ!?」

「パーティの終わりまでシェフが追加してくれるので、好きなだけ食べて大丈夫ですよ」

「食べきれそうになかったら私と半分こすればいいよ、カナ」


 気品溢れる大人達の歓談とは打って変わって、とあるテーブルでは遊園地にでも来たかのような少年少女達の声で賑わう。

 テーブルに並べられた色とりどりの豪勢なディナー、彫刻の如き華やかなケーキ、宝石のようなフルーツのデザートに目を輝かせるアイとカナを、ショウとサナが見守っている。ガリュマとアレッペは魔獣専用に作られた料理をもりもりと食べている。そんな光景を、眉間にシワを寄せるジフが見ていた。


「あのはしゃぎ様……あまりにも場違いすぎる……」


 親書の提出は本来の目的であったものの、王城への滞在や晩餐会への参加は偶然から生まれた急な決定だった。教団の制服を着ているジフを除き、アイ達は王城を尋ねるため事前に礼服を用意していたのだが、「今は迎える側ではなく招待した側だから」と王城の人達がより華やかな正装のスーツとドレスを貸し出してくれた。

 しかし、そうした身だしなみをもってしても日頃の落ち着きのなさを隠しきれなかった。通りすがる大人達が微笑ましそうに見ている。ジフは小さく溜め息を吐いた。


「ジフ兄~!!」


 不意にジフの背後から、幼い少女の呼び声した。振り返ると、ジフと同じ教団の黒い制服を着た茶髪の三つ編みの少女、サギリが駆け寄ってきた。


「サギリ、お前も来たのか」

「私達もリオウと一緒に晩餐会に参加する許可が降りたの!」


 ジフとサギリはリオウの直属であるダズフェルグ隊のメンバーだ。リオウのれっきとした部下として王都への同行を認められたのだろう。

 二人が会話している様子を、アイ達と一緒にいるリンが気付く。自分と歳の近い少女と親しげに話すジフを、興味津々に見つめる。そんなリンの視線にジフも気付いた。


「リン……リアーナ様、彼女はエスペル教団の兵士で、自分と同じ隊のサギリ・シクラメンです。歳は姫殿下と同じです」

「は、初めましてリンリアーナ様……!」

「こちらこそ初めまして、サギリ」


 リンに名前で呼んでいいと言われて数日経ったが、今は重鎮の大人達が大勢いることを考慮したジフは畏まって紹介する。本物の姫君と対面したサギリは緊張を必死に抑えて礼をし、リンもたおやかな所作で会釈した。

 顔を上げてサギリと目が合ったリンは朗らかにはにかんだ。


「このような場では年上の人や大人の方ばかりだったので……私と同い年の方が来てくださって、とても嬉しいです」

「わ、私も姫様とお話しできるなんて夢みたいです…!」


 おおらかに歓迎するリンの言葉に、サギリの表情もぱっと明るくなる。挨拶を交わし互いに好意的な印象を得たのか、リンがサギリの方へ歩み出る。


「あの……サギリ、もしよければ教団のお仕事について、お話を聞いても良いですか?」

「えっ、私にですか?」

「ジフにはとても助けていただいて……その時から教団のことをもっとよく知りたいと思っていたのですが、

 私と同じくらいの女の子が教団でどのようなお仕事をしているのか、とても興味があるのです」

「……わ、わかりました! えっと、まず――」


 社交辞令だけではない純粋な興味が通じ合ったのか、二人の少女が談笑に花を咲かせる姿を見て、安心したジフの表情も少し和らぐ。だが、ジフには一つ気になることがあった。


「……ラスティは来てないのか?」

「ジフ~、お前も食わねぇの?」


 会場を見渡すジフに、頬に食べ物を詰めたままのアイが歩み寄る。ダズフェルグ隊はジフとサギリともう一人の、計三人だ。サギリ一人だけで来ているとも思えず、残りの一人――ラスティを探していたジフの目に、その姿が留まる。別のテーブルの方へ歩いて行くジフに、料理を呑み込んだアイもつられてついて行った。



 ジフが向かった先には、探していたラスティと、自分達と同じエスペル教団の制服を着た男――しかし白を基調に、赤いラインが施された、上層部の役職持ちであることが示されている――、そして貴族や重鎮の大人が数人立っていた。

 上官に当たる白い制服の男に向けて、ジフが礼をする。


「お疲れ様です。ジーニ・トルファ=グロウラースです」

「お、おう……ジフ」

「おや、君はハウント君と同じダズフェルグ隊の……それとこちらは……」


 こちらに気付いたラスティと同時に、白い制服の男が顔を向ける。ジフの隣にいる教団とは無関係そうなアイを訝っているのが見て取れた。


「こちらの少年は今回の任務より共同で携わっている、依頼代行企業のエージェントです」

「え? エージェント?」

「……それはそれは、お二人とも幼いのに立派なことで」


 聞き慣れぬ横文字を復唱する気の抜けるようなアイを尻目に、男は一旦納得した素振りを見せる。しかしその返事には「こんな子供が?」というニュアンスが含まれているのをジフは気付いている。こちらの挨拶を切り上げて話題を変えたのは男の方からだった。


「それにしてもグロウラース君、キミも優秀なチームメイトに恵まれて鼻が高いですね」

「え? はぁ」

「えっ、ちょっと……またその話を――」


 ラスティ本人の同意も得ず、男は話を進めた。


「ハウントくんの活躍のおかげで、我々教団の活動が市民の皆様に広まって大変良い評判が増えていますよ。

 今日こうしてハウントくんと顔を合わせられると聞いて、皆様が集まって下さったのですから」

「私らのような大人が押しかけては、彼も困るでしょうからねぇ。スレトニウスさんが間を取り持ってくださり大変光栄ですよ」

「こんなにも幼い少年達が市民のために日夜活躍しているとは、大陸の未来も明るいかもしれませんなぁ」


 白い制服の男――テレン・ツィオ=スレトニウスに紹介された大人達が意気揚々と語り、明るい笑い声で盛り上がる。話の内容をよくわかっていないアイは終始ポカンとしており、ジフも半分以上は社交辞令で構成されているであろうその会話を呆然と聞いている。そんな中、輪の中心に立たされていたラスティがついに痺れを切らす。


「……あー!! そろそろチーム内での報告をしないといけないので! せっかくのところすみませんが自分はそろそろこれで!」

「そうですか、それは残念です」


 わざとらしく両手を上げて声を張り、一歩また一歩とジフ側に寄っていくラスティに、スレトニウスが淡泊に言う。その「残念」がどのような感情なのか、恐らく前向きなものではないだろうが、一刻も早くその場から離れたいラスティは両腕でジフとアイの肩を抱き、強引に二人を連れて足早に立ち去った。



「ラスティ、どうしたんだ」

「はぁ~、わりぃわりぃ、ジフ。お前のおかげで助かったぜ」

「ど……どうも」

「別に今更喰ってかかったりしねぇよ」


 ある程度スレトニウス達のテーブルから離れた所で、ラスティが足を止めて息を吐き出す。腕から解放されたアイは初対面時の彼の挙動を思い出し、さっとジフの方へ身を寄せる。


「サギリが来ていたからお前も来てるだろうとは思ったが」

「リオウの雑用鞄持ちだけどな。つってもそれでこんだけ食えるならラッキーだけどよ」

「それにしても珍しいな。お前があんな風に大人に囲まれるなんて」

「だろ? ったくああいう大人は風見鶏だからさぁ。……まあ、そのことなんだけどよ」


 教団でのラスティは、たとえ上官相手であろうと生意気な態度を崩さない。しかしよその重鎮数人に囲まれればそうともいかないのか、先程の彼は借りて来た猫のように狼狽えていた。

 いつになく疲弊した顔で、ラスティは事の経緯を話し始める。



 ――遡ること、ジフがアイ達と共に王国を目指して教団南支部を発った頃。

 ジフ抜きでのサギリとの二人で、ラスティ達がとある市街地の暴走魔獣騒動に駆り出された。当の魔獣には大人の兵士教団兵士や街の警備隊が応戦し、鎮圧も目前という時だった。


 魔獣が最後の悪あがきで放った攻撃の流れ弾が、転んで逃げ遅れた小さな少女に向かっていき、直前で気付いたラスティが咄嗟に救助した。

 しかし、流れ弾が当たった建物の一部が損壊し、瓦礫が落下する先には――少女が向かおうとした両親と、他にも大勢の避難した人々の姿があった。


 今度はラスティが走っても間に合わない距離だった。だが、不意に――目の前の光景と、ラスティが両親を亡くした時の記憶が重なった。

 ラスティは反射的に手に握っていた拳銃に力を込め、最大魔力の銃弾で瓦礫を破壊した。火炎属性の魔力が派手に爆発したその景色は華々しい特大花火のようで、周囲の人々は感嘆すら覚えたそうだ。


 事態が完全に沈静化し、助けた親子からは深く感謝され、後日教団南支部にまで礼をしに来てくれた。それだけなら、人々の安寧を守る教団の兵士としてそう珍しくもない出来事だろう。

 だが、あの日の戦闘を見ていた人々の口から「最後に花火が」と伝わり、すっかり事件を象徴する言葉となって広がった。市長から教団に感謝状が授与される時の挨拶にすら、花火の一節が用いられた。


 教団内でも同期や上官達から称賛、もといいじられた。それもまたよくある話だ。だが今回違ったのは……



「さっきのおっさん……スレトニウスがやたら褒めてくるようになったんだよ。

 プライベートの金持ちの集まりで、あの時の市長とコネがあったらしくて、向こうから世間話がてらに俺の話が出たんだと」


 本来教団では、白服の赤縁――名門貴族の出にして上層部の役職持ちであるスレトニウスと、孤児上がりの現場戦闘要員であるラスティに、一切の接点はない。それが今回の戦闘と市長によって繋がってしまったのだ。


「お前の評判に便乗してここぞとばかりに自分のコネを増やしたいって魂胆か」

「今まで俺のことなんか存在すら知らなかったくせによぉ。

 〝君のおかげで現地の治安維持組織と教団が直接的な繋がりを持てそうです~。今度は君も会合に同席してくれればより後押しになります~〟だってさ。

 だったら給料上げろよって話なんだけど、顔に出てたらしくて金の話もあってさぁ。それはそれでダルいのなんのって」


 よほどの押し売りをされたのか、ラスティの口からスレトニウスに対する愚痴が溢れ出す。身ぶり手ぶりと声真似まで交えたかと思えば、また大きな溜め息をついてぱたりと両手を落とす。


「それだけじゃなくて……知ってるか? 俺についた二つ名……」


 そう切り出したラスティはひどくげんなりとした顔になる。二つ名なるものを自分で口にするのをしばし躊躇いながら、彼らしくない小さく弱々しい声で言った。


「……『閃紅の花火師(ファイアブレイク)』……」

「カッケ~」

「可哀想に……」


 無邪気な感想を述べるアイと、ストレートに哀れむジフ。そんな二つ名が人々に喧伝されているのがよほど恥ずかしいのか、ラスティは苦虫を噛むような表情を浮かべている。


「それにしても珍しいな。お前ならああいう擦り寄りはいつものように一蹴するもんだと思ってたが」

「そうしたいのは山々なんだがなぁ。今回のはなんつーか……」


 長年のチームメイトが翻弄されている珍しい姿を、ジフは不思議がる。教団の上官や、保護対象だったアイにすら刃に衣着せぬ物言いのラスティだが、今回はどこか歯切れが悪く言いごもる。彼は視線で周囲を見渡すと、再びジフとアイの肩を両手で掴んで引き寄せ、耳打ちする。


「あいつの狙いはたぶんリオウだよ」

「……え?」


 ラスティの口からよく知っている、しかし意外な名が挙がる。思わずジフはラスティを見た。


「色々話を聞いてるうちに思い出したけど、そういえばあいつ前からリオウに対抗意識持って粘着してたなって。

 直属の部下の俺を上手く使えば、リオウに直接絡みに行く口実になる。もしくはリオウが動かざるを得ない状況を作り出せるんだろ。

 そこで因縁つけてリオウにトラブルか何かをおっ被せようとしてんじゃねぇの」


 推測を聞いて、ジフは眉がひそめる。

 リオウは冷静で公平な判断をする人間だが、信仰心や権力のための野心が錯綜する教団では、そのスタンスがかえって反感を買うことも少なく無く、彼が逆恨みされる心当たりは正直いくつかある。ラスティの言葉が事実ならば、この状況は放置しておくにはいささか厄介だ。


「だから逆に俺が利用してやるんだよ」


 思いがけない提案と共に、ラスティは先程までのげんなりとした様子とは打って変わって、ニヤリと強気な笑みを浮かべた。


「リオウも大概面倒臭ぇ奴だが、スレトニウスに比べりゃリオウの方がよっぽどまともな大人だ。

 あいつに良いように使われるぐらいなら俺はあくまでリオウにつく。

 あいつが俺に垂れ流したことを逆手にとって、先手を打てばいいってこった」

「ラスティお前……そんなリスクの伴う立ち回りなんかして大丈夫なのか?

 今は俺が教団に不在だから、いざという時に止めてやれないぞ」

「あのおっさんが勝手に自分でベラベラ喋ってるだけで俺は何もしてねぇぜ?

 それに、あのリオウが俺らでも知ってることを知らないと思うか? 大体はもう筒抜けだよ。

 だから末端の細ぇことを先に押さえて潰しとくんだよ。

 もしサギリまで巻き込まれたら溜まったもんじゃねぇしな」

「……それは……」


 もう一人のチームメイト、サギリの名を出されてしまえば、ジフも強くは言えなくなる。

 ラスティは持ち前の気の強さでのらりくらりとやっていけるのだろうが、素直だが幼さ故に対応力が未熟なサギリがあのような大人達に巻き込まれるのは、避けるべき事態だ。それを防ぐためにも自ら立ち回るのは、ラスティなりのリオウやサギリに対する仲間としての義理の表れなのかもしれないが……


「ラスティ、映画のスパイみたいだな」

「おいおだてるな」

「まあまあ、あだ名なんてのも所詮一過性だしよ。それよりもお前がこの大星座様を警護してることがバレたら、あいつ今度はお前の方に行くかもしんねぇぞ」

「お前なぁ……」


 能天気にはしゃぐアイの一言が、ラスティを調子づかせてしまった。


「あっちはあっちで盛り上がってんな。サギリの奴が大国の王女殿下の話し相手に一役買う時がくるとはな」

「いつもは俺達とばかり一緒にいるからな。もっとあんな風に……同年代の女子と話す機会が増やしてやれたらいいんだけどな」


 サギリも教団の訓練で戦闘技術を仕込まれている立派な少年兵だ。もし、そんな必要のない環境――庇護してくれる親がいて、十歳の子供らしく生きられていたなら、本来あれが当たり前の姿だったかもしれない。そんな光景を曲がりなりにも叶えられたことに、ジフとラスティの胸の奥には嬉しくも切ない感情が滲んでいた。



 ジフ達がそんな話をしている一方、名の挙がった件の人物――リオウ。彼は別のテーブルでエスペル教団のペルトロ大司教と、補佐である女性・ナタリーザ副官と共に、他の組織の高官達との歓談に付き添っていた。

 この二人も黒い制服のリオウとは異なる白い制服を着ており、最高責任者である大司教にいたっては金色のラインのストラを纏っている。ひとしきり人がはけた頃、新たな人影が彼らに近づく。


「ペルトロ大司祭、ダズフェルグ司教。会議では本当にありがとうございました」


 呼びかけに大司祭らが振り返れば、現れたのはレオナ王子だった。彼の背後には臣下の青年フーゴと、騎士団長のケレスも控えている。


「これはこれは、レオノアード殿下。ヴィルランディオ騎士団長もご無沙汰でございます」

「ええ。大司教もお元気そうで何よりです」


 ペルトロ大司教はケレス騎士団長への応えざまに礼をし、レオナ王子達に微笑み返す。


「会議の件でしたらとんでもありませぬ。願ってもない御言葉です。

 カーサー元帥の発言も、確かにいずれどこかで考えるべきことでしたが……それは本来、我々教団が負うべき責任です。

 レオノアード殿下は今でも十分に、役目を全うしてくださっておりますよ」


 いまだ申し訳なさそうな顔をしているレオナ王子に、大司教は会議で発言した旨を改めて繰り返し、穏やかに告げる。


「私が信書を託した子供達が王城に到着してからも、殿下がとても真摯に話を聞いてくださったと、本人達が仰っていましたよ」

「アイ達がそんなふうに言ってくれていたなんて……」


 リオウの口からアイ達の名前が挙がり、それだけは世辞ではないと感じたのか、レオナ王子の表情に少し明るさが戻ったように見える。


「〝大国の王子〟、そして〝大星座〟といえど、一人の手で世界を一変させるのは難しいでしょう。

 それはかの《救世主》とて同じであったでしょう。

 殿下に大陸の全てを背負わせるのではなく、皆ができることを尽くすのが最善であると考えますよ」

「仰る通りですね……会議で初めての発案を前にして、前のめりになりすぎていたかもしれません。

 少し人の多い場所を離れて、外の空気を吸ってこようと思います」

「ええ。お気をつけて」


 互いに会釈をし、踵を返す王子を大司祭が見送る。共にその様子を見ていたナタリーザ副官が、傍らのリオウに声を掛ける。



「ダズフェルグ司祭。後の事は私が対応しますので、貴方もご自由に回って頂いて……もしくは上がって頂いて構いませんよ。

 会議の時からずっと大司教の傍についてくれていましたから、疲れが溜まっているでしょう」

「ああ……ありがとうございます、ナタリーザ副官。お言葉に甘えて、お先に失礼いたします」


 リオウは上官からの気遣いを有り難く受け取り、出口の方へ顔を向ける。

 先程外に出ると言ったレオナ王子が臣下のフーゴと何かやりとりをし、フーゴを連れず一人で会場から退出する。

 ――それとは別のテーブル。目に留まったのは、帝国の国防議会代表、モナハ代表だった。彼女も護衛である赤い軍服の女に何かを告げ、一人で会場の外へと出て行った。


 示しを合わせたようなタイミングだったが、偶々だろうか。そう思いながらもリオウは観察を続ける。視線の先にいるのは、その場に残ったままの赤い軍服の女だ。

 彼女もまた、モナハ代表が出て行った出口の先を見つめたまま、しばらく立ち尽くしていた。……リオウに見られていることに、気付く様子もないまま。




* * *




「やべ~、城ん中で迷子になったかもしんねぇ~。トイレから会場ってどうやって帰るんだっけ」

「来た道を戻るだけじゃないのかりゅ?」

「ジフかショウについてきてもらえば良かったかもなぁ」


 アイとガリュマは二人ぼっちで、広大な白い壁と赤い絨毯が続く王城の廊下にいた。

 みんなと別れてトイレに行ったまでは良かったのだが、戻り方がわからず完全に迷子になってしまった。壁の絵画や花瓶の花でも目印にすれば良かったが、時すでに遅しだ。


 こうなったら通りすがった人に聞くしかなさそうだ。幸い今のアイは貸し出されたアイボリー色の礼服を着ているので、不審がられることもないだろう。周囲を見回していると、曲がり角の向こうに人影を発見した。

 早速アイが近寄ってみると、その姿は漠然と見覚えのある――赤い軍服に、短い焦茶の髪の、ワインレッドの目をした女性だった。


「あの赤い軍服……街で魔獣を止めた時の軍人の人じゃないか!?」

「あー! ほんとだりゅ!」

「前はろくに話せないまま別れちゃったし……ちょっと声かけてみるか?」


 やはり、記憶と一致する軍人の女だ。魔獣を鎮静化した現場では、避難する人々や警備隊でごった返しており、声を掛ける間もなく人混みの中に見失ってしまった。

 せっかくだから道を聞くがてらあの時のお礼をしようと、アイは女の方へ向かっていく。……のだが、彼女の数メートル前でアイの足が止まった。



「あの人なんか変な歩き方してないか?」

「城ん中だから緊張してりゅのか?」

「大人の人達は酒を飲んでたから、酔っぱらってんのかな……」


 近づくにつれ、アイは女の違和感に気付く。歩く速度や歩幅が安定せず、何もないのに急に立ち止まったりする。なんとも不自然な歩き方だ。アイが女の挙動に気を取られていると、ガリュマの耳がピコピコと動き、別の足音を察知する。


「あっちからリオウも来たりゅ!」

「えぇっ!?」


 ガリュマが見る方に顔を向ければ、軍人の女が来た方向から新たにリオウが歩いてきた。アイは咄嗟に曲がり角の壁に身を隠し、顔を少しだけ覗かせて様子を伺う。


「なんで隠れたんだりゅ?」

「いや……なんかつい……」

「前にもこんな感じのことなかったかりゅ?」


 今は何か盗み聞きしているわけでもないのだが、体が反射的に動いてしまった。なんだか気まずくなったので、話したこともない軍人の女より顔馴染みのリオウに頼った方がいいかもしれない、とアイは標的の変更を検討する。

 しかし、アイが考えている間にもリオウは彼らの前を通りすぎ、女の方へ近づいて行った。




 アイ達の数メートル先の廊下を歩く、帝国軍の赤い軍服を着た女――オリカ・ルコ=ドロヴィス。

 彼女の数歩先にもまた、とある人物達がいた。

 レオナ王子とモナハ代表だ。

 

 護衛の者もつけずに二人きりでどこかへと向かう彼らを、オリカは背後から気付かれないように追っていた。――即ち、尾行だ。

 元よりオリカは帝国軍の命でモナハの護衛任務についており、先程会場を出る彼女から「一人で行く」という旨を告げられた。そしてオリカ自身も、あえて承諾した。その上で廊下の途中でレオナ王子とモナハ代表が落ち合ったのを確認し、二人の後をつけている。

 しかしそれは、オリカにとって予期せぬ事態だからではない。モナハ代表が誰と会うかは伏せられていたが、オリカはある程度確信していた。晩餐会が始まった時から……否、今回の国際会議で王国を訪問することが決まった時から。


 計画的な尾行に及ぶオリカの表情は、しかしどこか緊張や心苦しさ、それらが纏わりつく苛立ちが滲んだ、少し険しい顔をしていた。前方の二人を凝視するあまり、自分の後方から近づく気配にも気付かず。


「そんな奇妙な歩き方をしていると不審に思われますよ」

「ぎっ…………!!」


 背後から男の声に呼びかけられ、オリカの体がびくりと跳ねた。声を出さぬよう歯を食いしばったせいで、かえって変な声が漏れた。

 オリカは恐る恐る振り返り、そして見上げた。エスペル教団の黒い制服を着た、長身の眼鏡の男。リオウだった。


「貴方は……エスペル教団の……ダズフェルグ司祭」

「名を把握してくださって光栄です」


 警戒心を隠しきれていないオリカとは対照的に、リオウは穏やかに答える。


「貴女は帝国軍のオリカ・ルコ=ドロヴィス少尉ですね。

 エーデルワイシス代表直属の護衛である貴女が何故わざわざあのお二人の尾行を?」

「っ!?」


 しかし、穏やかなままのリオウに『尾行』とはっきり言葉にして見抜かれ、オリカは動揺してしまった。


「おま――貴方には関係ないことです。こちら側の決まり事なので」

「……決まり事、ですか。それなら代表もご存知のことで?」

「………………」


 焦りで素の喋りになりかけたオリカだが、なんとか事務的な態度に切り替える。しかし抜かりないリオウに痛い所を突かれ、言葉に詰まってしまった。

 オリカも国際会議に警備として立会い、議論に参加するリオウを見ていた。度々話題をリードしていたこの男の立ち回りを目にしていれば、ここで下手に誤魔化すのは悪手であることは、オリカもわかっている。

 返答に迷っている間にも、後を追っていたレオナ王子とモナハ代表の気配が遠ざかっていくのを感じ、集中が乱される。


「お二人を見失いそうでイライラしてます?」

「いちいち言葉にするな!」


 追い立てるように図星を突いてくるリオウに、オリカはついに声を荒げる。もはや軍人らしく取り繕うのも煩わしくなり、そのままの剣幕で不快感を露わにする。


「茶化しに来ただけなら帰って頂きたい!」

「私が声をかけなくとも、誰かに見られれば怪しまれていたと思いますが……せっかくなのでお聞きしましょう。

 歩き方も不審でしたが、顔色が優れないように見えたので……最初は休まる場所を探しているのかと思いましたよ」

「……顔……?」


 リオウの指摘は、オリカにとっては想定外なものだった。強くしかめていたオリカの顔がほんの少し解ける。

 リオウから見たオリカの表情。華やかな王城、そこで行われる優雅な晩餐会とは正反対の、これから剣を抜くのかと思うほど殺伐とした顔だ。

 この場に乗じた商談や取り引きで一杯食わされたとしても、これほどの顔にはならないだろう。今のオリカは、広大な荒野の真ん中に取り残され、全方位に潜む敵に唸る獣のようで。全てが敵に見えているような――そんな猜疑心と不安が綯い交ぜになった、ぎらついた目付きをしていた。


 リオウにとって、その表情は忘れ難い記憶を反芻させる。

 同じように不安を憤りで塗り潰そうとして、リオウの追及にそれ以上の強い言葉をぶつけて拒絶しようとした、一人の少年――キンディスの記憶を。


「体調が悪いだとか……何か困り事があるだとか、もしそうでしたら可能な限り取り繋ぎすよ」

「……それは……」


 リオウの問いは、オリカの個人的な状況においては、あながち間違いでもなかった。言われてみれば、苛々するのはオリカの生来の体質の偏頭痛が微かに疼いているのもあるかもしれない。だが、それをこの男に説明する必要性を感じない。


「……ここで助けてもらう義理はない。それよりも私はやることがあるんだ」


 一瞬納得しかけたのを振り捨て、オリカはあくまでもリオウを追い払おうとする。


「ご自分でお気づきになられていないかもしれませんが、人が見ると本当に様子がおかしい顔をしていますよ。

 今すぐにでなくとも、この仕事が終わったら少し休まれたほうがいいのでは」

「だから何でこんな所でお前にそんなことを言われなきゃいけない!」

「もしくは体調でないなら心因性でしょうか?

 今行っていることにご自分で納得していなくて、感情と現実のズレにストレスを感じているのでは」

「な……!?」

「……まあ、仕事とは往々にしてそういうものですが」


 リオウの流暢な推測がことごとく図星となり、オリカは狼狽える。そんな彼女を尻目に、リオウ個人の愚痴も小さく溢れるが。


「ただ……今の時代がどんな情勢か貴女もご存知でしょう。

 精神の違和感とその原因を先送りにしていると、正気なら気付けるようなことも、その時の自分では歯止めが止められなくなりますよ。

 仕事柄、貴女のような顔をした人がやがてそうなっていったのを、何度も見てきましたから」


 リオウは具体的な単語は口にしなかったが、彼ら教団の活動を考えれば、何のことを指しているのかはオリカも理解している。国際会議で彼が報告している時、スクリーンに映し出された現場の写真や記録。……その中には、かの疫病に冒された人々の経過もあった。

 それはつまり――暗に“あれらと同じように正常ではない”と言い放たれ、己の理性を否定されたかのような屈辱を感じた。オリカは苛立ちを突き抜け、一転して静かに、しかし明確な怒りと嫌悪を剥き出しにする。


「……お前……私が……黒影病(こくえいびょう)だと言いたいのか……?」


 唸るような声色と殺気立った形相のオリカを前にしても、リオウは動じず黙している。否定するつもりはないのと同義であった。オリカは憤りを爆発させる。


「人を馬鹿にするのも大概にしろ!! これ以上は業務執行妨害でお前を突き出すぞ!!」

「お二人ならもうどこかへ行ってしまわれましたが」

「なに!?」


 指を刺しながら怒鳴るオリカだったが、本来の目的をリオウに指摘され、我に返って追跡方向を振り返る。後をつけていたレオナ王子とモナハ代表は完全に廊下から姿を消していた。


「お前まさか最初からこれが狙いで……」

「いえそんな……適当な方便であしらわれたらそれで終わりにしようと思っていたのですが、思いのほか素直に躊躇っていらしたので、少し長引いてしまって。

 ご迷惑をおかけしてしまったのならこちらも任意同行しますが、事実確認のためにここでの貴女のことを話しても良いですか?」


 やはり良く言えば素直、悪く言えば直情的だなと、半ば生暖かい気持ちでオリカを見るリオウだが、それでもここでの行動については釘を刺しておく。


「安心してください。貴女のことは他言しませんよ。大事にならない限りは。私ももう離れますから」


 リオウは踵を返し、先にその場から離れて行く。肩越しに振り返り、最後に言い残した。


「顔色が悪いのは本当なので、ご自分で確認なさったらなるべく休んでください」


 そして今度こそ本当に去って行った。遠ざかって行く背中を唖然と見つめていたオリカだったが、はっと意識を取り戻し、忌々しげに顔を歪めて本来の進行方向へ大股で歩き出す。その先に標的の姿はもう無いのだが。


「クソッ……クソクソクソ……ッ!!」


 廊下をしばらく歩いたところで再び立ち止まり、オリカは呪詛を吐き捨てながら頭を掻きむしる。

 こんな姿を誰かに見られたら余計に怪しまれるだろう。だが今のオリカにはそれを考慮する余裕さえなかった。自力でリオウを追い返すことも、何よりモナハ代表達を尾行することも失敗に終わった。

 意味もなく動かしていた両手を垂れ下げ、オリカは力無くうなだれる。


「……元帥にどう説明すれば……――」




「あ、行っちゃった」

「あの真っ赤な女のひとすげー怒ってたりゅ」


 オリカとリオウの会話を遠巻きに眺めていたアイとガリュマは、リオウが道を引き返し、オリカも反対方向にそのまま立ち去って行くのを見届ける。声までは聞き取れなかったものの、リオウに憤慨するオリカの剣幕は、魔獣暴走時に見た勇敢な姿とは随分イメージが違っていた。

 時折リオウは徹底的に捲し立てて相手を追求する、容赦ない所があるのはアイも身をもって知っているが、今回もそんな話をしてあの軍人を怒らせたのだろうか。

 ともあれ隠れている必要もなくなったので、アイとガリュマは曲がり角から出てリオウの方へと駆け寄る。


「リオウ~! ちょうどよかった~!」

「アイくん? どうしたんですかこんな所で」


 明るく響くアイの声に、リオウが気付く。


「離宮に戻るってなった時にみんなと別れてトイレに行ってたんだけど、一人で来たから城ん中で迷子になっちゃってさ~」

「ああ……なるほど」

「途中まででいいから、わかる道に戻れるまで一緒についてきてくんない?」

「歩いてみても知らない部屋と知らない大人ばっかで困ってたりゅ~」


 アイとガリュマは揃って手を合わせて懇願する。無邪気で屈託のない彼らを前に、晩餐会や先程までの会話で気を張っていたリオウの心も少しばかり和み、小さく苦笑する。


「大丈夫ですよ。一緒に行きましょうか」

「やった~! 助かる~!」

「やっと戻れりゅぞ~!」


 リオウに快諾され、安心してはしゃぐアイとガリュマ。高貴な赤い絨毯の廊下には少し似合わない、あどけなく賑やかな声を響かせながら、二人と一匹は来た道を戻って行った。

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