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第16話 千年会議-4

「やっぱ本物の王子様って大忙しなんだなぁ~。会議もあるのに俺達みたいな子供の話もちゃんと聞いてくれるなんてさ」


 バロディノーギア王城の庭先にある離宮。リンを助けた礼を兼ねてということで、数日の間アイ達の宿泊部屋として宛てがわれた部屋で、アイがソファーでくつろぎながら呑気に言った。

 高級ホテルを優に超える貴賓溢れる内装で、奥にある二つの扉は男女に分かれた寝室に繋がっている。最初は緊張していたアイ達だったが、用意されていた洋菓子を食べた後、備え付けの本やテレビを物色し、ソファーに身を預けているうちにすっかり普通の宿と変わらない様子になっていた。事前に魔獣可と伝わっており、柔らかい絨毯でガリュマとアレッペがじゃれ合っている。


 ジフが小言の一つでも言いたくなるのを堪えつつ言う。


「次期国王であられるほどの御方なら、成人していれば多少国政に関わることもあるだろうが……ここまで直々に対応なさるものなのか」

「レオナ殿下は昔から研鑽に励まれる方ですし、王国騎士団に騎士として参入してすでに実戦経験も積まれています。それでも殿下が主体となって国際会議が開かれるのは今回が初めてですね」


 疑問に答えたのはショウだった。彼らの理知的な会話を聞き、アイとカナ、そしてサナは理解しているのかいないのか、「へぇ~」と気の抜ける相槌を打つ。


「……今のバロディノーギアには、自分達の力だけでなく、他の国の皆様の力が必要なのです」


 二人の会話に加わったのは、アイ達と共に部屋で過ごすリンだった。彼女はどこか物憂げな表情と声色をしていた。

 そんなリンの様子を見てか、臣下として同席するヴィッキーが代わるように続く。


「《影》の脅威から人々を守り抜くために、純粋に大陸が一丸となれるなら、それに越したことはないと――

 レオナ殿下の大星座の影響力を利用することも今は厭わないと、殿下ご自身が国王陛下に進言したのです。

 陛下も殿下の日々の取り組みを認めてくださり、許可なさったのですが……」


 大星座が自ら政治の矢面に立つのは、信仰が根付いているビテルギューズ大陸ではかなりの博打だ。それが吉と凶のどちらに転ぶかは、会議が終わって結果を待つしかない。その会議も一度だけでなく今後も何度か重ねる必要があるだろう。そう考えるヴィッキーは言い淀んだ。


「……お兄様は、本当にずっと頑張っておられるのです」


 会議の開催が決まってから労を惜しまず奔走するレオナの姿に、リンは尊敬と心配が織り混ざった感情を胸に抱えていた。そして、――リンがまだ十歳の子供である以上、仕方のないことかもしれないが――そんな兄と比べて何もできない自分に、無力感を募らせていた。



 不意に、部屋の扉の外からノックが鳴り、騎士団の兵士の声が呼びかける。


「ヴィクトリア卿、すみませんが少しよろしいでしょうか」

「はい! お待ちください」


 ヴィッキーが立ち上がり、少し開いた扉越しに兵士から伝達を受ける。話を終えて一度扉を閉めた彼女がこちらに振り返る。


「すみません! ほんの少しだけ仕事のお話で席を外します! ものの数分で戻ってきますから!」


 そう告げてヴィッキーはドアノブに手をかけようとした……が、思い出したように今度は勢いよく振り向く。


「私が戻ってくるまで絶対にここから出てはいけませんよ! あなた達も姫様のことよく見ておいてくださいね!!」

「ヴィッキー!! そんなことお客人に言わないでください!」


 念入りに釘を刺して部屋を出ていくヴィッキーに、リンが赤面しながら反論する。



 騒がしい声が鳴り止んだところで、アイがおずおずと切り出す。


「聞いていいのかわかんねぇんだけどさ……、

 大陸一の大国って言われてるバロディノーギアがそこまでするって、何でなんだ?」


 それはバロディノーギア王国で暮らし、統治している者にしかわからない問題だ。アイと同じ疑問を持つジフ達もリンの方を見る。


「……バロディノーギアは、春樹座の大精霊フローランナを象徴にしていることはご存知だと思います。

 太古から国に存在する、花を咲かせる大樹に宿る、自然元素の長と言われています。

 彼女は自然を大切にするバロディノーギアの姿を認めてくださり、大精霊の加護の力で国に結界を与えました。

 それによって互助的に魔力を高め合い、大陸一の大国となったのです」


 リンは歴史を辿り、バロディノーギアが大国として君臨する由縁を語る。


「千年前に《救世主》と共に大陸を救い、花を咲かせる大樹の中で眠りについた後も、フローランナはずっと加護を展開し続けてくださいました。

 ……ですがここ近年、《影》に似た異常現象が増えているからなのか……」


 説明を続けるリンだったが、そこで彼女は視線を落とし、表情を曇らせる。


「……大樹の元気が、年々なくなってきているのです……」


 王国の象徴である大樹。そこに異変が現れた。国の姫君という当事者のリンが、重々しく告げる。



「それって、つまり……」

「はい。大樹の中にいるフローランナにも、恐らく影響が……実際、結界がもたらしていた魔力も少しずつ弱まっています」

「そんな時に国の内外で大きな異常現象や、黒影病の蔓延が起きたら……」


 ショウがリンの説明から推測する。

 災害や事件を鎮静化させる戦力、生活基盤となる星零石のコントロールと資源確保、病を治すための治癒魔法。このまま大樹の異変が続けばそれらが機能しなくなり、人々が困窮して生活の営みが弱っていく。そんな悪循環が起きるのは、国にとっては忌避すべき問題だ。

 状況を理解したアイ達も、次第に重い表情になる。彼らに話が伝わり、リンは新たに考え始める。


「……この話は、ヴィッキーがいない今……あなた達にならお話しできるかもしれません。

 フローランナは大樹で眠りについてから、人前に姿を現さなくなったそうです。

 王城の人達もみんな見たことがないそうで……でも――」


 リンは話しながら、何かを決意したように強い眼差しになる。そして、力強く顔を上げた。


「――私、小さい頃に大樹のもとに行った時、フローランナに会ってお話ししたことがあるのです! それも何度か…!」


 リンの告白にアイ達が驚く。王やレオナ王子ですら誰も見たことがない中で、彼女の言うことが本当なら、現状についても含めて話が大きく変わってくる。


「小さい頃は、周りの方々も私に話を合わせてその話を聞いてくださいました。でも、私が成長するにつれて、相手をするのも疲れたようで……

 『大星座の兄上みたいにみんなに構ってもらうために、法螺を吹いてるんじゃないか』と、言われたこともありました……」


 話しながらその時の感情が蘇ったのか、リンの表情が辛そうに歪む。そんな彼女を見るアイ達も胸が痛む。

 確証を示せない以上仕方ないことなのかもしれない。だが、他者の間で断片的な偏見が共有され、認識や居場所が隔絶されてしまうのは、実に残酷なことだ。ヴィッキーがいない場を選んだということは、彼女を含めたごく身近な人々とも齟齬が残っているのだろう。


「それでも……! 本当に会ったことがあるんです!! フローランナの姿も声も、お話しした内容も、今でもはっきり覚えています!!」


 リンは傷心を振り払い、再び強く訴えた。



「だから、自分でフローランナの様子を確かめるために大樹のもとへ行こうと、一人でお城から抜け出すことが増えました。そのたびにヴィッキー達に連れ戻されているのですが……」

「それで城下町に来た時、あんなに走り回っていたのか」


 バロディノーギアに来てからの出来事が全て繋がり、ジフは納得した。こうして話していても幼いながら気品を身に付けた姫君らしい彼女が、あんなに豪快に走っていたのは、相応の重大な理由があったのだ。


「遊びに出ていると思われているなら、その方が良いのです。

 もし、抜け出す目的がフローランナに会うためだと知られたら……」


 法螺話のためにここまで手を煩わせていると思われたら、いよいよ一人で外に出ることも許してもらえなくなるだろう。何より、リンが「周囲の気を引くためにそこまでやる子供」なのだとさらに信用されなくなるかもしれない。


「……出会ったばかりのみなさんにこんな話をして、信じていただこうとは思っていません……

 ただ、大精霊のことを調査しているみなさんになら、お話しできると思って……」


 抱え込んでいた想いをひとしきり打ち明け、緊張と興奮が鎮まったのか、またしおらしく俯きがちになる。



 リンの話だけでは、やはり全てはわからない。今ここで話を聞いたアイ達も、五人いれば一人一人考えが異なるだろう。それぞれが己の中で咀嚼していると、不意にアイの脳裏の奥底に埋まった記憶を掠める感覚がした。

 自分達に精一杯話すリンの、歯痒く燻った表情や心情……誰にも信じてもらえないという鬱屈とした閉鎖感。幼い子供では、その環境から抜け出す力もない。その感覚を、アイも知っている気がした。きっと体が覚えているのだ。


 そして、そんな環境が生まれる理由は――自分の兄。リンにとってのレオナ王子であり、アイにも兄がいたことを思い出している。リンもアイも、自分は兄のことが大好きで真っ直ぐに尊敬している。

 しかし、“きょうだい”という切っても切れぬ関係、故に違いや差によって生まれる環境からは、そう簡単には逃れられない。今のリンに過去の自分が重なり、その時の息苦しさが蘇った気がした。

 ――それでも、リンは身一つでフローランナのもとまで走り、必死に自分の言葉で伝え、何か少しでも変えようとしている。



 一つ答えがまとまったアイがリンの方を向く。


「リンが自分の足で走り回るくらい居ても立ってもいられないなら、きっと本当にフローランナと会ったことがあって、体がそれを覚えてるんだろ」


 アイのその一言で、リンはゆっくりと顔を上げ、半ば放心したように驚く。


「……信じて……くださるのですか……!?」


 彼女の翠緑色の瞳に、日差しが射したような明るい光が宿った。


「精霊や魔獣は、会ったことがある奴ならわかることもあるからなー。実はガリュマだって、普段はこんなちんちくりんだけど本気出すとすごいんだぜ」

「そうだりゅ! レオドラゴンはすごいんだりゅ!」

「そうなのですか!?」

「アレッペも負けてらんないね」

「ペェ!?」


 アイに抱き上げられたガリュマが得意げにふんぞりかえる。その横で、サナから予想外の期待を向けられたアレッペが戸惑っている。そんな彼らを見て純粋に目を輝かせているリンに、ジフとショウが少々心配そうな顔をする。



 一安心したのか、リンは花が咲いたように顔を綻ばせながら、ほんの少し涙ぐんでいた。


「ありがとうございます……私の話を信じてくださって……」


 彼女にとっては本当に長い間、一人で抱え込んでいたのだろう。リンの笑顔を目にしたアイの脳裏に、不意に過去の記憶が過った。

 ――この世界に来たばかりだった自分も、勇気を出して決意を言葉にした時、それを聞いた“彼”が……ヨータが信じ、受け止めてくれた。その時の胸に広がった暖かさを思い出した。

 あの時のヨータのように、今度は自分がリンに同じような希望を示せただろうか。はっきりとはわからないが、アイの中でも前向きな感情が芽生える。


「そんなに感謝されるほどのことでもないって。俺達も、大精霊のことを調べるならこれからリンの話が頼りになると思うし」

「わたし達がもっと調べれば大樹のこともわかるかもしれないし、元気になったフローランナとまた会えるといいね!」

「はい……!」


 カナも後押しするように励まし、リンは強く頷いた。



「すみません、只今戻りました! ……って、私のいない間に何か盛り上がってました?」


 再び扉が開き、ヴィッキーが戻ってきた。部屋を出る前の不安げな雰囲気とは一転して明るく談笑するリン達を見て、キョロキョロと不思議がる。


「ヴィッキーには教えません!」

「なんでですか!?」


 先程の意趣返しと言わんばかりに、リンが顔をむくれさせてつっぱねる。ショックを受けて慌てふためくヴィッキーの忙しい挙動に、アイ達も思わず笑いが溢れる。


 出会ってからずっと憂鬱な表情を浮かべていたリンだったが、ようやく年齢相応の無邪気さを見せ始めた。

 子供達の明るい笑い声が響き、窓の外で輝く夕陽がバロディノーギア王城の白亜の壁と庭園に咲き誇る花畑を柔らかい黄金色に照らしていた。


 ――16 千年会議

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