第16話 千年会議-3
バロディノーギア王国国会議事堂。
ここは、大陸の未来を左右する議論が交わされる場。
叡智を引き出し共有するための知性的な暗がりに包まれ、各国、各組織の代表として選ばれた高官達が、広大なスクリーン眼下の円卓の席につく。さらにその周りを囲むように並ぶ段状の座席には、各分野の権威の姿もある。壁際には、各組織から派遣された護衛たちが警戒を怠らずに立っている。
レオナ王子は緊張で気を引き締めた面持ちで所定の席に着いている。彼の背後の壁際で、同席するフーゴとケレス騎士団長が見守っている。
そして彼らの対面側の壁には、赤い軍服に剣を提げた人物――帝国軍の女が立っていた。
議題は大陸全土で起きている異常現象の対策。即ち、《影》が復活する兆しを前にしての防衛手段の考案。
その最大の手がかりは、千年前に《明星の救世主》によって成し遂げられた《影》の封印。それに至るまでの人々の避難。それらの前例を現代に再現すること。
よって、この度の国際会議として題されたのは――
「これより、各国代表による影対策国際会議――『千年会議』を開催いたします」
スクリーン傍らの演台に立つ進行役の役人の男が、会議の開始を宣言した。
緊張と静寂の中、それぞれの代表が各地の近況報告を読み上げる。やがて、進行役が次の報告者を指名する。
「エスペル教団、オルダ・リオ=ダズフェルグ司祭、報告をお願いします」
それに従い、席についているリオウが書物を手にする。
「大司教に代わりまして、報告いたします」
リオウの隣にはもう一人、男の老人が座っている。彼と同じ教団の制服――しかし、白い装束に真紅と金のストラを携えた、正に聖職者の装いをしている。エスペル教団の最高責任者の老人、ベネロマ・ヨハネス=ペルトロ大司教。
代理を認めるようにペルトロ大司教の目配せを受け、リオウは始めた。
「皆様と同じく異常現象の観測と対処に当たる中、教団では神語による原因物質の浄化、その技術の研究・解明を進めております」
リオウの声は、厳粛な会議室の空気をさらに引き締める。彼の報告に合わせて、スクリーンの表示が切り替わる。
「コードネーム『コキュートス』という異形の集団、及びコードネーム『氷人形』による組織的な異常現象の発生・再現。
それらが千年前の《影》の物質と一致したことを観測して以来、長い年月に渡って打開策を研究しておりました。
神語を用いての浄化技術の確立に至りましたが、現在では限られた上級魔術使用者にしか扱えておりません」
リオウが言葉を継ぐ間、スクリーンには、浄化技術の手順や実例が映し出されている。その場にいる者たちは、技術の凄まじさと同時に、被害件数に対して術者の数が逼迫している現状を痛感しながら、黙して次の説明を待った。
「より多くの、無辜の市民にもその技術が広く行き届くことを目的に、神語技術の軽量化・汎用化、そして神語の解明による根本的な《影》の浄化を目標としています。
さしあたり現段階では大陸各地の教団支部と関連の教会に、神語技術の使用者を配置し、都心部以外でも被災者や感染者の保護・治癒ができるよう配備しました。
まだ施設がなかった地域には術者の派遣、もしくは施設の増設を行い、対応件数の拡大に成功しております。
今後もさらに拡大を続ける予定です」
エスペル教団の指針と成果が、リオウの報告と共にスクリーンに映し出される。
現地の写真や増加したグラフに感心する者、数字と文章で示された被害状況に胸を痛める者、最終的な目標までにかかるコストのことを考えている者。みな様々な反応を見せる。
報告を終え、リオウは書物を机に置く。この場で開示された増員・増設拡大の実行者である彼を労わるように、隣の大司教が小さく頷く。
進行役が次の報告者を指名した。
「フォルティリゼイナ帝国、モナ・ハルテ=エーデルワイシス代表、お願いいたします」
次に書物を手にしたのは、赤い礼服のジャケットとタイトドレスを纏い、栗色のボブヘアーを耳にかけた、この会議の中でも特に若い女性。左耳にかけた前髪を留める髪飾りの緑の石が、スクリーンの明かりで小さく煌めく。同じく会議に参加しているレオナ王子、そして帝国軍の女と同じくらいの、二十代前半の年頃であった。
「フォルティリゼイナ帝国、国防議会代表として報告いたします」
彼女、モナ・ハルテ=エーデルワイシス――モナハ代表はこのような場に慣れていないのか、報告を始めたその声は緊張でわずかに震えている。そんなモナハ代表の背後の壁で、帝国軍の赤い軍服の女が応援するように強い眼差しを向ける。
「フォルティリゼイナでは工学と科学による機械の開発を主体に、千年前に用いられた古代兵器等の研究、及び現代技術との融合により機能の向上を試みています」
スクリーンが新たな新たな画面に切り替わり、帝国の資料を表示する。
「元より帝国は機械の事故や破損を減少させ、市民の利便性を高める開発を行なっていました。
国防議会ではそれらの技術を異常現象の安全対策に応用し、暴走した魔獣の沈静化、防災・救助システムの強化に実践投入しています。
これにより技術開発と安全性が相乗的に向上しています。
今後はコードネーム『コキュートス』との直接的な交戦も視野に入れ、開発を続ける予定です」
モナハ代表が読み上げるのと同時に、スクリーンには最新鋭の機械や兵器、建築物が映し出される。他の高官達はそれを興味深く眺めている。
帝国の科学技術によって作り出されるそれらの機械は、このビテルギューズ大陸ではとても珍しいものだ。
大気と星零石から得られる魔力を、人の手を介して使用するこの地の文明にとって、飛躍的に効率化され出力が上がった機械の存在自体が稀少なのだ。
大陸の歴史において、帝国は比較的新しい国であった。故にまだどの土地にもない新しい物を生み出し、国の主力とすることで技術革新大国に成り上がったのだった。
既存の物質同士の化学変化を研究し、生み出された人工元素『科械』。科学燃料に特化したその元素を用いることで、自然界の資源への依存度を改善した。さらに研究を進めて科械元素自体の出力と生産を効率化させたことにより、科械元素を燃料やバッテリーにした機械が大陸中に普及した。
情報処理・記憶・送信が電子魔力化され、それらの機能を片手で収まる端末一つで行える『通信機』は、今や労働に就く者なら当たり前に所持している必需品である。
「並行して、現在も各地に埋没している兵器、及び上空から落下したものを含めた『聖国の遺産』の捜索、発見、解析を行い、現代技術による復元を進めています」
一通り報告を終え、書類を置いたモナハ代表は安堵し、小さく息を吐き出す。だが、隣に座っている人物が視界の端に入り、慌てて姿勢を正す。
彼女の隣にいるのは、灰色の軍服を着た壮年半ばを過ぎた男――フォルティリゼイナ帝国軍陸軍元帥、ガイラッド・ユレイス=カーサー。モナハ代表達国防議会が兵器の研究・開発をしている一環で、軍事顧問として監督している人物だ。机の上で組んだ両手――その右手の中指に、銀のアーマーリングが光る。
彼は別段モナハ代表に不快感を示しているわけでもなく、そもそも彼女の方を見てすらいない。逆に言えばこれで良かったのかどうかも定かではない。表情一つ変えず会議に集中している男の横で、モナハ代表は再度背筋を伸ばした。
やがて報告が一巡し、進行役が次の目録へ移る。
「各組織からの報告は以上となります。次に、この度の会議で皆様に議論していただく命題を、この御方に提示していただきます。
バロディノーギア王国第一王子、レオ・ノアード=バロディノーギア殿下」
呼び出された名で、議事堂の空気がさらに引き締まる。直々に会議へ出席した大国の王子、……というだけではない。それ以上に、彼は《救世主》と同じ、現代に生ける大星座だ。
突き詰めれば、千年前の前例を現代に再現できるかどうかは、レオナ王子の存在にかかっていると言っても過言ではなかった。
レオナ王子は静かに精神を統一したのち、声を発する。
「此度の会議にご参集いただいた皆様。
この場で大陸の未来について語り合う機会を得たことに、心より感謝申し上げます」
青年の芯の通った声が、議事堂の広い空間に響く。参列者たちはその言葉に耳を傾け、緊張感が張り詰める。
「各地で観測される異常現象、そして《影》と呼ばれる脅威に対し、各国はそれぞれの施策を講じ、人々を守るため尽力してこられました。
私自身も各地を巡り、現場での救助活動を行う中で、その危機がもはや一国の力だけでは抑えきれない段階にあることを痛感しました」
絶大な力を持つ彼の一言一言を聞きこぼさぬよう、他の高官達は厳かな表情をしている。
「どれほど優れた組織であろうと、単独で守れる範囲には限りがあります。
技術や資源も、実際に動く者たちの体力も、どの国にとっても無尽蔵ではない。ですが、脅威は加速度的に増し、待ってはくれません。
故に今こそ、私たちは手を取り合うべきです」
そしてレオナ王子は、今回の会議で最も重要な本題を告げる。
「各国の組織が名実ともに一つとなり、互いを補い合いながら、より広く、より強固に防衛体制を築く。
国の壁を越え、情報を集約し、技術を共有し、戦力を互助する。
我々が手を取り合えば、今の限界を超えることができるはずです!」
真剣な眼差しで周囲を見渡しながら、レオナ王子は言葉を紡ぐ。彼の情熱的な訴えは、確かに高官達の心を揺さぶっていた。
「そのための国際機関――『大陸連盟』の設立を、私は提唱いたします!」
レオナ王子は宣言し、各々がこぼす驚嘆や唸りの吐息が重なる。議事堂の空気に、ぐっと熱が籠った。
彼の声の余韻が消えた時、不意に、続きを待たずして手を挙げる者がいた。
皆が視線を向けた先は、フォルティリゼイナ帝国の議席――カーサー元帥であった。
「質問をよろしいでしょうか」
「……はい」
カーサー元帥は表情も声色も変えぬままだったが、大星座の王子を前にしてなおその態度を貫く彼に、むしろレオナ王子の方が圧倒されかけていた。
「仮にそのような機関が発足したとして、複数の地域で同時に問題が発生した場合、援助の規模や優先順位はどのようにして決めるのでしょうか」
「それは……、その時の状況を鑑みて、それぞれに合った対応を」
「では質問を変えましょう」
レオナ王子の不明瞭な回答では満足できなかったのだろう、カーサー元帥は淡々と次の疑問を告げる。
「もし……今後、殿下ご自身が大星座の力に覚醒した時、組織内の序列はどうなるのです?」
彼を除く高官がみな驚愕し、絶句する。
国交を行う中で、誰しも一度は懸念したことがある。それを言葉に出さずして、いかに外交を進めるかが主題でもあっただろう。だが、カーサー元帥はレオナ王子本人を目の前にしてはっきりと告げた。
討論を聞いているリオウも、訝しげにカーサー元帥の出方を窺う。元帥の隣でモナハ代表は驚いたまま固まっていた。その後ろに立つ帝国軍の女は、今しがた議事堂の空気が変わったことに気づいた。
「じょ、序列……この大陸連盟はいかなる事態にもその地の人命を最優先に――」
「大星座よりも平民を、優先するのですか?」
「っ……無論です! そのために我がバロディノーギア以外の組織にも共に並び立っていただくことで、より人々と同じ目線に――」
皆が避けてきたであろう言葉を、まるで確認するかのように、カーサー元帥はまざまざと口にする。その姿勢にレオナ王子も動揺を隠せずにいるが、精一杯答えてみせる。
はたから聞いていれば耳触りの良い綺麗事に過ぎないのは、レオナ王子も自覚している。それでもレオナ王子にとっては、それが本心であることに偽りはなかった。
しかし、レオナ王子の示さんとする理想が変わらないのと同じように、元帥が見据えている結果も変わらないようだ。
「……無礼を承知で発言します。このご提案が、真に大星座となり立場が確立した殿下によるものでしたら、検討することもできたでしょう」
元帥の顔付きと声が、より冷ややかになる。他の高官達にもどうすることもできないまま、カーサー元帥は断言した。
「しかし貴方は、まだ大星座に覚醒していない」
一国の王子殿下に――否、実在する大星座に、決して向けることの許されない言葉。それを発したカーサー元帥の声が、議事堂に鋭く響いた。周囲の高官達にも戦慄が走る。
レオナ王子に突きつけられた言葉に、壁際で見ていたフーゴが身を乗り出しかけるが、隣に立つケレス騎士団長が手を伸ばして静止した。
「本当の意味で大星座がこの時代に現れた時、大陸に起こる変容……そのうねりに備えながら、同時に《影》の脅威から自国の民を守れと、我々にそう仰りたいのですか」
「……それは……」
どうにか食い下がっていたレオナ王子も、ここで言葉に詰まってしまった。
たとえ公で言葉にすることはなくとも、実際その状況になれば、自分達はカーサー元帥の言った通りの対応に追われるだろう。彼の言うことも事実ではあることを、みな理解している。
「そもそもこの機関は、未覚醒の大星座を守りきるための余力が、今のバロディノーギアにない……
故に我々を殿下のかわりに前線に立たせるための、ていのいい隠れ蓑なのではないですか?
もしバロディノーギアが万全の状態だったのなら、こんなものを建てる必要もなかったのでは」
「そんなつもりはありません!!」
今度のそれは疑問や確認というよりも、明確な糾弾だった。ついにレオナ王子は声を荒げる。
このままでは良くない。高官達もみな不安や焦りを露わにして互いの顔を見合わせながらも、カーサー元帥を止められる者はいない。下手に二人の論争に介入し、カーサー元帥のペースに呑まれれば、意図せず外交問題の火の粉を被ってしまうかもしれない。 リオウは顔をしかめて半ば睨むようにカーサー元帥を見る。一方、戸惑いながらも懇願じみた目を元帥に向けるモナハ代表とは対照的に、議論の流れに取り残された帝国軍の女は視線できょろきょろと周囲を見回す。
「……未覚醒の大星座を背に庇うために国力を消耗し、それによって自国の民が脅威に瀕するなど……
人の力のみで必死に尽力しているこちらには、無条件で頷けるものではありません。
もし本当に足を引っ張られようものなら……」
そしてカーサー元帥は敵意を剥き出しにした目と声で、しかし冷静なまま、言い放った。
「先にバロディノーギアを焼き払うことも厭いませんよ」
正に銃口を向けられたように、あるいは撃ち抜かれたように、カーサー元帥に吐き捨てられたレオナ王子は言葉を失った。
痺れを切らしたフーゴが前へ飛び出しそうになる――その時。
「横から失礼してもよいですかな」
不意に、ようやく二人以外の声が割って入った。
「元帥、それらの発言はあまりに不適切だ」
声の主は、エスペル教団のペルトロ大司教。右手を挙げて発言する彼の方へ、皆の視線が集まる。
「《救世主》……及び大星座の信仰は、あくまでも我々エスペル教団によって広められたもの。
先の《影》の時代には、現在のような信仰や序列の不文律はありませんでした。
故にレオノアード殿下に追及するのは筋違いであると考えます。
その問題については我々が直接、別の機会にてお受けしましょう。
今は《影》から人々を守り抜くための話し合いです」
彼の発言を遮ることなく、カーサー元帥は押し黙る。ペルトロ大司教が作った流れを途切れさすまいと、リオウが続いて意見を述べる。
「実際、バロディノーギアには増設した施設への物資提供で大変お力になっていただきました。
それが同一組織内の施策として行えるのであれば、より促進が見込めると思います」
リオウの主張を聞き、何かを思い出したように議論に加わったのは、とある北の小国の高官だった。
「……そうだ。我々も異常現象による植物の異変が見られた時、自然元素に長けた王国の技術で分析してくださり、原因と思われる物質を特定できた。
その時のような動きを共有するためにも、そのような機関で――」
小国の高官は資料の束から植物の写真を取り出し、周囲に示す。次第に他の高官達も意見を交えるようになり、カーサー元帥も話の主導権を明け渡したように静観している。議事堂の空気は変えられたようだ。
リオウとモナハ代表はそれぞれ視線でレオナ王子の方を見遣る。カーサー元帥の詰問から解放された彼は、安心からか半ば放心している。
だが、同時に自分の言葉ではろくに議論できなかった結果に、ひどく沈んだ表情をしているようにも見えた。




