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第16話 千年会議-2

 アイ達は王城のとある場所――機密資料館へと訪れた。この場所こそが、リオウに託けられた真の目的の場所だ。

 アイ達が中に入ると、先客の姿があった。王女リンだ。アイ達を見つけた彼女がこちらへ駆け寄ってくる。


「……あっ、ショウ! お久しぶりです!」

「お久しぶりです、姫様」

「お元気そうで何よりです。また背が伸びました?

 前に遊んでいただいた時よりショウがもっとお兄さんに見えて……少し緊張してしまいました。  ハルアや長老達もお元気でしょうか?」

「姫様も大きくなられましたね。言葉遣いや所作も大人びていて、立派な淑女のようですよ」


 先程のような大勢の大人が集まる中ではなく、直接二人で対面したからか、無邪気に喜ぶリンと穏やかかに笑うショウの会話が弾む。ショウの故郷を発つ時に長老から聞いた「王女と顔馴染み」という話は本当だったのだと、アイ達は改めて実感する。ショウとの挨拶が落ち着いたリンが、今度はアイ達の方へ歩み寄る。


「皆さん! 先ほどは助けてくださって本当に……ありがとうございます! 謁見の間ではお兄様のように上手くお話しできなくて……」

「さっきもお礼言ってくれたんだし、そんなに気にしなくて大丈夫だよ!」

「自分は人命救助が仕事の教団の兵士ですから。

 ご無礼でなければお聞きしたいのですが……王女殿下は、城下町ではどのような経緯であのような格好を」

「……リンと呼んで頂いて構いません」


 再び礼を告げるリンに、アイは気さくに返す。だが、リンは不意にジフと目が合うと、頬を赤めて視線を外した。その様子に気付いたカナとショウとサナは「ん?」と顔を傾げる。



「また勝手に抜け出したんだろう、リン」


 アイ達の背後から青年の声が響く。振り返れば、レオナ王子と臣下の騎士三人が立っていた。うち二人は王都で加勢した男女だ。

 黒い鎧を着た男の騎士が、女の騎士をなじるように見ながら言った。


「何度も掻い潜られてるのに、こいつの監視と対策がいつまで経っても甘いんだよ」

「わ、私は一言言ってくだされば外出自体は大丈夫だって言ってるのよ!」

「俺も子供の頃はよく抜け出したからなぁ~。抜け穴を塞ぎきれてないんじゃないか?」


 言い争っている臣下達の横で、レオナ王子が一人昔を懐かしんでいる。謁見の間では“私”と言っていたのを彼自身が忘れているのか、朗らかな雰囲気がさらに和らいで見えた。三人の若者達の様子を見て溜め息を吐いた壮年の男の騎士が、苦言を呈する。


「……殿下、客人の前です」

「えっ、あっ」


 やはり、レオナ王子の人柄が先ほどよりも抜けているように見える。アイ達にも意外そうな目で見られ、レオナ王子は申し訳なさそうに苦笑した。


「ま、まあ……俺も普段はこんな感じだから、今は父上がいる時のように畏まらなくて大丈夫だ。

 俺のこともレオナでいい」

「バカ王子が……」


 男の下臣が小声で言い放ったのを受けながら、レオナ王子は右手で順に騎士達を差す。


「彼らは王族直属の臣下だ。

 男の方は俺の臣下のフーゴ、女の方はリンの臣下のヴィッキー、そして彼は父上の臣下にして騎士団長でもあるケレストール」

「ケレス騎士団長は私の父でもあります」


 ヴィッキーことヴィク・トリア=ヴィルランディオが誇らしげに腰に手を当てて付け加える。浮かれている娘に、騎士団長のケレス・トール=ヴィルランディオはやれやれという声が聞こえてきそうな顔をする。レオナ王子達のやりとりをひとしきり見ていたガリュマとアイがポロリと呟いた。


「お城の人達って思ったよりにぎやかだりゅ」

「フーゴって人、ジフを二倍くらい辛辣にしたみたいだな」

「なんだって?」


 レオナ王子達の横で冷ややかな目をしている男の騎士、フーゴ・マルケンドとジフをアイが交互に見る。ジフは聞き逃さなかった。



 資料館という、本来知的な場所とは思えぬ賑わいに、由々しく思ったのはリンだった。


「お兄様! それより今はこの方々のお話を聞いてください!」

「ああそうだったな。信書によれば、かつて実際に災厄を終わらせた《明星の救世主》の史実に沿った詳細を調べたいとのことだったな」


 幼い妹君に叱咤され、レオナ王子は本題に戻る。用件を尋ねられたアイはどこまで話すべきかを考え――アイ自身が大星座という情報は、まだ伏せておくというリオウの指示を思い出し――どうにか方便を捻り出した。


「えっと、実は俺、記憶喪失でいろいろと知らなくて……レオナ王子は、《明星の救世主》と同じ大星座……なんですよね?」


 畏まらなくてもいいというレオナ王子の言葉にあやかり、アイは思い切って質問する。王国に向かう前にリオウから教えられた情報であり、大陸の人々にも公にされている周知の事実だ。


「……ああ、そうだな。俺は大星座だ。まだ《救世主》のような偉業も成していないし、今はここの本より役に立つかわからないが」


 レオナ王子は答え、冗談混じりに苦笑した。子供のアイを緊張させまいとする気遣いだろうか。だが、一瞬答え方に迷う顔をしたように見えた。



 関係者が揃い、席についたところで、アイ達はレオナ王子に調査の詳細を説明した。

 ――異常現象を起こす集団『コキュートス』のリーダー・アルズの、《救世主》や《女神》の関係者であるという発言。そして彼が「父さん」と呼ぶ人物について正体を探るため、当時の《救世主》達の史実を調べに王城の機密資料館を訪ねた。「父」についての手がかりが掴めれば、再び影の災厄を起こそうとしているアルズ達を止める術がわかるかもしれない。


 そう聞いたレオナ王子はしばし逡巡し、彼が座る演台に浮かぶ星零石(せいれいせき)を指先で操作する。すると一堂が座る机の眼前に、ホログラムのスクリーンが現れる。


「それならこのあたりの文献に書いてあるかもしれない」


 レオナ王子が操作する演台には、この王宮資料館の膨大な書物の中から探している情報を絞り込み、内蔵されている星零石によって音声と映像を再現する機能があった。さらに、レオナ王子が直接操作することで、彼ら王族関係者にしか閲覧が許可されていない情報も引き出すことが可能になる。


「ケレス、頼めるか」

「かしこまりました」


 レオナ王子の傍らに控えて立っていたケレスが演台の操作を交代する。

 ホログラムには、千年前の黒影病の克服から救世主という象徴が生まれるまでの歴史が読み込まれた。そして、スクリーンに映像が映し出されると共に、落ち着いた抑揚の女性の声が流れ始める。




◆ ◆ ◆




 ――R.E.一三一八。

 黒影病(こくえいびょう)が流行り出した。疫病を喰い止めるため研究が進められる中、《神》が地上に残した言語『神語(しんご)』が効果を及ぼすことが判明。

 当時、文明の最高峰の叡智が集まるフィエロレンツ聖国には、神語を習得した者が所属する『聖都神官教会』という組織があり、黒影病対策の第一線に駆り出されていた。

 その神官機関には、後に偉業を成す《明星の救世主》アステリオ・ルド=ダンテスタと、《女神》チェリシア・ローズ=サルヴァーチェも所属していた。



 ――R.E.一三一九。

 神官教会らが対策に急ぐ中、黒影病(こくえいびょう)は加速的に広がっていた。打開策が見つかる前に大陸が滅ぶのも時間の問題と思われた頃、病原を消せずとも人々の罹患を喰い止める技術が開発された。


 それを生み出したのは、ベルフェ・リオ=オンブラー。――《人形師ベルフェリオ》と呼ばれる一人の青年だった。


 元より技工士であったベルフェリオはその技術を応用し、人体と同じ形をしていながら命を持たない人造物体『人形』を誕生させた。

 人の黒影病を人形に移植し、人形は命がないため病の侵食が起こらず、人形のに移した病源を神語の力で消し去る。これによって黒影病を滅するまでの時間稼ぎとなり、一時的にでも黒影病を克服した。この功績によりベルフェリオの名は現在でも歴史に刻まれている。



◆ ◆ ◆



 ――しかし、歴史におけるその続きは、ベルフェリオの抹殺で閉じられた。


 当時も《神》の信仰は大陸に根付いており、皆が同じものを信仰することで大陸の統治が機能していた。だが、神語以上に黒影病への影響を発揮したベルフェリオの功績は、次第に人々の信仰心を移ろわせることになる。ベルフェリオ本人の発言や動向に影響を受ける者――信仰する者が増えていったのだ。


 神への信仰を説いていた教会の権力者達はその状況を良しとせず、あくまでも信仰すべきは神だと貫いた。そしてその障害となるベルフェリオを、抹殺した。


 ――この事実を歴史に残したのは、たとえ各々の信仰のためであっても、信仰を理由にした対立や争いは肯定してはならないと後世に残すためだった。なによりも、そう託したのが《救世主アステル》だったことが、揺るがぬ理念となった。

 故に、後にその理念を破り争いの火種を起こした教会は解体され、後に『エスペル教団』として一新されることとなる。



◆ ◆ ◆



 ホログラムには、三人の若者の顔写真が浮かび上がっていた。

 左からベルフェリオ、アステル、チェリシア。右の二人の男女は、大陸を歩いていて幾度となく目にした、《救世主》と《女神》の肖像画だ。


 そして、残った左の男は、初めて見る顔だった。長く鮮烈な蒼い髪を、肩で束ね。金色の切れ長の目に、髪と同じ色の睫毛がかかる。

 この男が、《人形師ベルフェリオ》。


「……!!」


 アイは、ホログラムが読み上げた名を聞き逃さなかった。最後に挙がった組織の名も。アイは隣に座るジフを視線だけで追う。

 ジフは複雑そうに視線を落としていた。影が落ちるその顔に、険しい表情が浮かぶ。彼はアイの視線にも気づいていた。


「……そのことは……勿論知っている……救世主の託けだったなら、尚更……」


 まるで自分に言い聞かせるようにジフは言った。自分の属する組織……それだけでなく、彼にとっては拾われた恩義のある場所。その成り立ちが、信仰する《救世主》その人に諌められた事実がはっきりと残されている。そして限られた人数であるにしろ、この場で公言された状況は、ジフには少なからず堪えるだろう。

 だが、王族の前ということもあってかジフは冷静に努めていた。優先すべきは信仰する救世主という彼の主義は揺るがない。


「いや、今はそれよりも……」


 ジフは感情に呑まれず、話を聞きながら思考している。その続きはアイと一致していた。


「アステルが……ベルフェリオのことを歴史に、って……!」

「……ああ、そうなんだ」


 アイの気付きにレオナ王子が頷く。


 救世主アステルは、人形師ベルフェリオを知っていた。それも伝聞によって彼の功績を知ったからではなく……実際に彼らは同じ場所で黒影病対策の活動をしていた。

 それが、聖都神官教会だった。


「となると次は……この聖都神官教会についての記録を見てみよう」


 レオナ王子は再び演題を操作する。



◆ ◆ ◆



 ――当時の《救世主アステル》と《女神チェリシアローズ》は、神語を発動し病原を打ち消す神官として現場で活動していた。

 一方、ベルフェリオは神語を出力する技術を開発・整備する技術士として従事していた。

 現存している当時の神官機関の研究資料や活動記録、現在でも応用されている技術の開発記録の中に、彼ら三人の名が記されたものが複数発見され、そのことが明らかになったのだった。


 先に功績を立てたベルフェリオは葬られ、その後、黒影病の源である影を倒したアステルは救世主として讃えられた。

 だが、そうなることをアステル本人が快く思わなかった。

 故に彼は空へ向かう前に、ベルフェリオの名を残して欲しいと託した。彼ら三人の中で唯一、最後まで地上に生き残った人物――

 ――チェリシア・ローズ=サルヴァーチェに。



◆ ◆ ◆



 読み上げられた記録に、初めて知るアイ達だけでなくレオナ王子も神妙な顔をしていた。

 そしてホログラムで映し出されていた三人の写真が、別のものに切り替わっている。三人とも一律に、何かしらの機関で用いられた証明書のような写真だった。


 アステルとチェリシアは肖像画の姿とは異なり、軍服ような詰襟の白い制服を着ている。そしてチェリシアは長いウェーブの金髪をポニーテールに束ね、リング状に纏めている。

 ベルフェリオもアステル達と同じ詰襟の服を着ているが、長い髪をさっぱりと首の後ろで一つに纏め、彼だけ服が黒灰色だ。

 恐らくこの写真で彼らが来ている服が、当時の聖都神官教会の制服なのだろう。アステルとチェリシアの二人が神官だったのに対し、ベルフェリオは技術士だったという記録を見るに、色の違いは組織内で配属された分野を表しているのだろう。


「実際にベルフェリオの名は歴史に残された。それでも、結局現代に至るまでアステルの方が象徴として深く根付いている」


 王子はどこか苦々しく言った。

 ベルフェリオも技術士の分野にでは偉大な存在として敬われ、彼らが共に活動していた記録もこうして残っている。だが、やはり信仰対象としての影響の差は大きく、彼ら三人の繋がりは歴史の文面から薄れていった。


「アステルが頼んで……チェリシアローズが書いたのが――ベルフェリオ……」

「可能性があるとすれば、《救世主》と《女神》の共通の関係者として最も近いと言えるのは、このベルフェリオという人物だろう」


 関係性を復唱するアイを肯定するように、レオナ王子は記録から浮上した男の名を口にする。――ベルフェリオ、と。


 だが……その場合、《影》の力を持つアルズが、《影》を打開しようとしたベルフェリオのことを、何故「父さん」と呼ぶのか。肝心な部分が矛盾していることに気づく。

 ベルフェリオのために再び女神チェリシアローズが必要になるということも、具体的な理由についてはより謎が深まっていく。


「今の状況にまで完全に結びつくには、《影》を倒すまでの記録だけでなく……《救世主》達が、一人の人としてどのように生きて、どんな関係だったのかを知る必要があるかもしれない」


 レオナ王子はそう結論付けた。

 《救世主》としての偉業、技術的な記録、それらの資料は人々にとっての価値が問われ、選別されていく。ベルフェリオの存在が断片的にしか残されなかったように。

 その中から、果たして私人としてのアステルの人間関係を見つけ出すことができるのだろうか。

 ホログラムに映し出された三人の若者――アステル、チェリシア、ベルフェリオの顔写真を見上げ、アイ達はいまだ見えぬ当時の彼らが交わした言葉に思いを馳せていた。

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