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第02話 ニンゲンと人間-3

既に投稿していた第2話を再度パート毎に分割投稿したものです。

内容は最初の投稿と同じです。(一部誤字脱字の加筆修正をしています)

「っの……待てよ! おい!」


 アイは視線の数メートル先を飛び跳ね続けるタマジャックを追って、通路を駆け抜ける。離れていくタマジャックを追うのも容易ではなく、追いつき難い跳躍力をもって通路を突き進む。僅かに見える二匹の後姿と水面を跳ねる飛沫を見失わないようにひたすらに走る。

 すると前を跳ねていたタマジャックが突然動きを止めたかと思うと、体の向きを右へと変え、今度はその方向へと跳ね出した。二匹の姿は通路の曲がり角に見えなくなってしまいそうになる。


「ちょっ……逃がすかよ!」


 二匹の姿を見失わまいと、アイは更に走る速度を精一杯に上げる。


「なんか……水が増えてないか!?」


 角を曲がった先の水路を見たアイは、明らかに水位が上がっていることに気付く。確かに先程もそんな話をしていたが、ジフが言っていたペースを上回っている気がする。しかし今は前方に視線を戻すと、タマジャックの向かう先が徐々に明るくなってきた。ずっと続いていた同じような光景に変化が現れ、通路に差し込む強い光の中に飛び込んだ。



 目の前に広がった景色に、アイは思わず足を止める。

 そこは、先程までいた通路の数十倍の広さの、ドームのような形状の空間。四方の壁の高い位置にある穴から水が流れ出ており、それを示すランプ、そして遥か頭上の天窓から差し込む光を受け、水の輝きに照らさたまるで別世界のような明るい場所だった。

 石造りの足場の先には白い噴水のようなオブジェ――制御装置が佇み、四方の水流を受け止める水路に囲まれている。噴水から淡い光を放つその光景は、まるで神殿の一角のようにも見える。そんな神秘的な景色をぶち壊す、一つの異物――

 とてつもなく巨大なガマガエルが、噴水にもたれかかっていた。



「でっ……か……カエルっ……」


 壁の穴から流れる水を頭上に受け、窓から差す光に照らされ、それでも何一つ動ず、岩山かのような風貌でそこに座り込んでいる。……というか、そのまま寝ているのかもしれない。

 まぶたを閉じたまま動く様子のない巨大なガマガエルを前に、アイは呆然と立ち尽くしていた。

 巨大なガマガエルのもとまで跳ねて行ったタマジャックは、壁をはね上がりガマガエルの頭上に着地すると、壁に生えているツタを仔竜獅子に巻き付ける。タマジャックはガマガエルの頭の上で跳ね出した。


「あいつ……! って…――」


 タマジャックの行動を目にしたアイは身を乗り出しかける。しかし、タマジャックのジャンプが合図であるかのように、重く、固く閉じていたガマガエルのまぶたがゆっくりと開き出した。


「……グェエエエ……?」


 目を開いたガマガエルは重そうに口を開き、地鳴りのようなその声を響かせる。体を動かすことはなく、目玉だけを動かして辺りを見回す。やがてその眼球がアイを捉えたところで止まり、ジロリと彼を見下ろした。頭上のタマジャックが何かを訴えるように鳴き出す。


「タマッ! タマタマタマッ!」

「……グェエエエエ……」


 鳴き声と共に、口からずるりと分厚く赤黒い舌が垂れ下がる。不気味なその物体に、アイは思わず後ずさる。


「うおおーい! 気をつけろよアイーっ!」


 ガマガエルの頭上でツタに巻き付けられている仔竜獅子がじたばたと手足を振って大声でアイに伝える。仔竜獅子の声にアイは一瞬だけガマガエルから視線を離した。その瞬間。

 ビュンッ――と、重く鋭い音がアイの右耳を駆け抜けていった。



「うわぁ!?」


 ガマガエルの舌が突如、目にも止まらぬ速さでアイのほんの数センチ横を駆け抜け背後の壁を抉った。この広いドームの中、それも入り口と最奥というこの距離で、ガマガエルの舌は容易に達する長さに伸び、音よりも速かったであろうそのスピードで舌先を打ちつけたのだった。

 再びアイはガマガエルを凝視する。未だ体が動く気配はないが、先程までのそれとはまた違う静けさに、アイはゴクリと喉を鳴らす。

 恐らくあれはタマジャック達の親玉だろう。滅多に他所からの進入がないこの場所に現れた自分達を獲物とし、ガマガエルに謙譲する気だったのだろうか……いずれにせよ、あんなものの頭上に捕らえられている仔竜獅子を救出するのは、かなり困難だ。


 思案していたアイだが、またガマガエルの舌先がこちらへ向かってくるのに気づき、今度は先程よりも早く反応し横に避ける。しかし放たれたのは舌だけではなかった。ガマガエルの口から吐き出された泥の塊が頭上から迫っていた。

 アイの体に直撃する――その直前、背後からアイを飛び越えた人影が目の前に着地する。そして地面から巨大な氷の壁が突出した。相殺される形で、粉々になった氷と泥の飛沫が飛散する。



 立ち上がるその人影を、アイは呆然と見つめていた。


「ジフ……!?」


 右手に槍を構え、黒いジャケットの背に、一つに束ねた紺碧の長い髪を揺らす少年、ジフ。


「お前、なんで……」

「何でもクソもあるか! お前を教団に突き出すためにこんな所まで来たのに、お前が死んだら全てが本末転倒だ!」


 ジフは相変わらず開口一番に怒号を浴びせる。ガマガエルが煩わしそうに放った舌を槍で弾き、間髪を入れず水塊を射出する。被弾したガマガエルの舌先が氷漬けにされた。巨大な氷の重みで舌が地面に落ちたまま動かなくなる。


「それに……さっきお前は言ったな」


 ――『お前らの神様は人同士で差別するのが正しいって言ってんのかよ!?』


「《神》が俺に授けた教義は……『無辜の人々を守ること』……力のない者に神の光を、安心を与えること。お前のような危険因子を排除することで安心を生むのなら、それも辞さない。だが」


 ジフは背を向けたまま、己の答えをありのままに口にする。


「直接目にして確信した。今、この下水道の水が増えているのは……異常現象の一種だ。あのガマガエル達はそれにあてられて水の力を暴走させている」


 正面に見据える視線の先、ガマガエルがもたれている噴水の光は、不自然な明滅を繰り返していた。

 そしてガマガエルが氷を砕こうと地面に舌先を叩きつけている最中、重そうなまぶたが僅かに開いた時、アイは森で暴走していた魔獣とよく似た目をしていることに気付く。


「このままでは下水道の水が地上に噴き出して止まらなくなるだろう。そしてあいつらは理性を失って闇雲な破壊と攻撃を始める。そうなれば地上の人々も、暴走している魔獣も、そして巻き込まれたお前達も、この状況では異常現象の被害者だ」


 切迫感に追い立てられながらも、ジフはあくまで冷静に分析し、推測していた。そして、右手に力を込めて握っている槍を地面に突き立てた。



「教団の兵士として――俺がこの場にいた以上! 異常現象の災いは、一つとして無辜の人々まで及ばせない!!」


 力強いジフの言葉が、このドームに響き渡る。それがアイの言った『自分で決められないのか』という言葉に対する、ジフの確固たる答えだった。天窓から差す光を受ける姿は、正しく彼の言った《神》の光を現しているように思えた。


「最初に言っただろう、本来転移させるのは二人分だったと。そして俺一人でも転移できる。先にお前とあのチビの魔獣を地上に戻せば、こいつらを片付けた後に俺も――」


 ジフが言い終えるより先に、アイが彼の横に立ち並ぶ。彼もまた、実体化した剣を右手に握った。


「二人でやった方が早いだろ」


 アイの行動に一瞬驚きを見せながらも、ジフはガマガエルの方へ向き直る。


「生き延びたけりゃ足を引っ張るなよ」



 そうしている間に、ガマガエルが舌先の氷を木っ端微塵に砕く。自由になった舌先を振り上げながら、大きく開いた口から咆哮を上げた。その響きを受けた噴水と四方の穴から、怒涛の勢いで水が溢れ出し始める。


「ここの地面もすぐに浸水する。足場を変えるぞ!」


 そう言ってジフは槍を振り、自分達の両側に氷塊の階段を出現させる。二人は直ちに左右へ分かれ、みるみる増加する水位と競い合うようにそれぞれ階段を駆け上がった。水位に追いつかれる手前でジフが自ら水面に向かって飛びあがる。


「《フロストベール》!」


 術の名を叫び、魔力を纏った槍を投げ飛ばす。切っ先が水面に接触した瞬間、一瞬にして凍り付きスケートリンクの如く変貌させる。その場に鎮座していたガマガエルの下半身までもが氷漬けにされた。氷の上に着地したジフがアイに呼びかける。


「この氷も長くはもたん。あの魔獣――ガマジャックの舌の動きを完全に止めるために俺が囮になる。あいつの狙いが俺の方を向くまで、お前は回避しながら攻撃に専念しろ」

「……無理はすんなよ!」


 ジフの作戦を聞いたアイが、ガマガエル――もといガマジャックの舌が飛んできたのに合わせて氷の地面に飛び移る。鞭のように自在にしなる舌と、吐き出される泥をなんとか避けながら、後方のジフの援護射撃を受け剣から放った火球で攻撃し続ける。そしてアイとジフの位置が直線上で重なった所で、アイは向かってきた舌を避けた。

 ジフは魔術を発動させようとはせず、次の構えも取らずに立っている。一直線に伸びる舌先はジフの目前にまで達すと、彼は槍を握る腕を前に突き出した。そして舌先はその腕を巻き込んで巻きつき、槍にしっかりと絡みついた。


「グェエエエッ……」


 予期せぬ事態にガマジャックは戸惑う。絡み付いて動きを失った舌はピンと張られ、完全に動かなくなった。


「今だ! アイ!! この上を走れ!」

「おう!!」


 ジフの合図でアイは足元を蹴って飛び上がり、舌の上に着地した。


「グェエッ」

「タッ、タマッ!?」


 驚愕するガマジャックと頭の上のタマジャックにアイはなりふり構わず、そのまま舌の上を走り出す。焦るガマガエルはアイを振り落とそうと、張り巡らされた舌を無理矢理動かそうとする。


「ぐッ…う……」


 きつく絡みつき、更にその上を走る重み、そして振り解こうときしむ舌が腕に喰い込み、ジフは強烈な痛みに顔を歪める。それでも舌を捕らえたまま必死に踏ん張っている。舌の上を走るアイも少しでも早く距離を縮めようと、揺れ始めた舌の上をひたすら走り続ける。目前まで迫ってきたアイに向かって頭上からタマジャックが飛び掛かってくる。しかしアイはよく弾む舌でジャンプし、落下してきたタマジャックを踏み台にして、更に上へと飛び上がった。


「タマタマーッ!?」


 アイはガマジャックよりも高くまで飛んだ。そして両手で握りしめた剣を振り上げ、刀身から炎を噴き上がらせる。


「《緋龍斬刀ブレイズ・バーミリオン》!!」


 身を翻して宙返りし、迸る紅蓮の炎を纏いながら、その勢いを乗せて剣をガマジャックの頭に叩き込んだ。

 火花を散らすその部分から黒いもや――暴走を起こしていた原因の物質が蒸発し、ガマジャックは擦り切れたような声を上げる。ジフの腕に巻き付いていた舌が離れ、巻き尺のように戻っていく。


 アイはガマジャックの頭に着地すると、壁のツタに巻き付けられた仔竜獅子のもとまで走り、体に巻き付いたツタを力いっぱい引き千切る。開放された仔竜獅子を抱えてすぐさまガマジャックの頭から飛び降りた。着地してすぐ、急いでジフのもとへと走っていく。

 それを目にしたジフも槍を回転させ、切っ先を氷の地面に突き刺した。その場所から魔法陣が展開し青い光を放つ。背後で氷のひび割れを起こしながら倒れ込んだガマジャックの起こす揺れに耐えながら、竜獅子を抱えたアイが魔法陣の中へと駆け込む。


「《空間転移(エクスポート)》!!」


 ジフが発動を叫び、二人の足元からさらに強い光が立ち上がる。その光が二人と一匹を完全に包み込んだ。

 直後――水面を凍らせていた氷が割れ、膨大な水がドームを満たしていった。




* * *




 転移した二人と一匹は、草むらに落下した。受け身を取り損ねてひとしきり痛みに悶えた後、頭を動かして周囲を見渡すと、すぐ側には黒いマンホール、反対側の少し離れた視線の先には宿があった。空は朝を迎えて澄んだ浅葱色が広がっていた。


「ま、間に合った……」


 アイは大の字に転がって脱力した。仔竜獅子も「りゅう~……」と鳴きながら伸びている。そしてジフも仰向けに倒れて大きく息を吐いた。呼吸を整えたところで、アイが言った。


「お前、根は良い奴だな」


 ジフも疲労困憊しているせいか、何も返事は返ってこない。それでも構わずアイは続ける。


「俺も急にいろんなことが起こり過ぎて、ちょっと言い過ぎたし……」

「……別に、いちいち気にしてない」


 今度は返事が返ってきたので、調子づいたアイがにっと笑って言った。


「俺のこと名前で呼んでくれたしな」


 ジフの方に顔を向けてみれば、明らかに照れながら苦々しい表情をしており、その顔を隠すように右手の甲を被せる。


「忘れるなよ……体力が戻ったらお前をきっちり教団に……連れ……」


 威圧的に釘を刺そうとしたものの、最後まで言い切る前に疲労感に呑まれたジフは、そのまま眠りに入ってしまった。

 こいつにしては無防備だなと思いながらも、ほぼ徹夜で動き回ったうえ一番体を張ったのはこいつだし、とアイは起こさないままにしておいた。やがてアイ自身もうつらうつらし始め、間もなく眠りに落ちていった。



「部屋にいねぇと思ったら、なんでこんな所で寝てんだ?」

「こっちの子、誰? 小さい魔獣もいるし」


 幸いと言うべきか、数分後に宿から出てきたヨータとカナが道端の草むらで熟睡している二人と一匹を発見する。

 疑問に思うべき点が多すぎて困惑しながら観察していると、アイの横にいるもう一人の見知らぬ少年を見たヨータがはっと気づく。


「こっちの知らん奴の着てる服、もしかして……エスペル教団の――」


 ヨータが言いかけたその時、不意にすぐ傍に設置されているマンホールがガタガタと音を立てて揺れ始めた。

 その挙動は次第に激しくなっていき――ついにマンホールが空高く弾け飛ぶ。蓋を失った水道管から物凄い勢いの水が噴射し始め、晴天にも関わらず草原一帯に雨を降らせる。水に紛れて吐き出されたタマジャックが鳴き声を上げながら宙を舞い草原に転がっていく。

 降り注ぐ水でずぶ濡れになりながら、ヨータとカナは目を丸くして立ち上る水柱にかかる虹を呆然と見つめていた。

 同じく飛沫を浴びる二人の少年と一匹の魔獣は、そうとは知らずすやすやと健やかな寝息を立てて眠っていた。


 ――02 ニンゲンと人間

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