第16話 千年会議-1 ◆
――“『【千年会議】の始動迫る、大陸存亡の鍵を握る王子殿下』
大陸全土で増加の一途を辿る異常現象の対策に、ついに各地の高官が一堂に会し、歴史的な会議が実現。
大陸の叡智を集結させ、事態の解決の一歩となるか。
発足を呼びかけたバロディノーギア王国第一王子・レオノアード王子殿下の動向に、大陸中の注目が集まる。”
蒸気機関車の車内。座席で揺られるコート姿の紳士達が、新聞を広げて読み耽る。木製の車窓からは線路沿いの山林の木陰と朝陽が差し込み、朗らかな光に包まれる。
アイ達は今、クラドザンク山脈を下ったのち、数日ほどかけて大陸の山脈地帯から西地域へ入り、今朝は王都行きの蒸気機関車に乗っていた。
しかしアイ達がいるのはこの一般車両ではなく……扉の向こうの次の車両。四人と一匹で完全個室の席に座っている。リオウに山を通過したことを伝えた折、彼が事前に手配してくれていた。
仔竜獅子のガリュマはアイの席の肘掛けに後ろ足で立ち上がり、窓によじ登ろうとしている。
カンティルの頂での一件を経て、新たにショウを加えて四人と一匹となったアイ達。
エスペル教団の司祭リオウと、カンティル族の長老達から渡された信書を手に、王女殿下と知り合いであるショウの案内を得てバロディノーギア王国の王城を目指していた。
「じゃあ今のアイくん達の旅は、そのヨータさんから引き継いだものだったんですね」
アイ達はショウが加わるまでの旅の出来事を、彼に話していた。
ショウはカンティルの頂での一件でアイが大星座だと知っていることもあり、今後はそれらの事柄にも深く関わることを考えると、苦楽を共にする彼には腹を割って話すべきだろうと考えたのだ。
「僕達の村に来るまでに、煉獄の使者や異常現象に度々遭遇していたと聞いた時から、すごい子達なんだと思っていたんですが……本当に、色々あったんですね。
そんなアイくん達の前で、僕はあんな短絡的なことを……」
ショウは改めて故郷の村での出来事とその裏で起きていたアイ達の出来事を反芻し、実感を伴って噛み締める。半ば思い詰めるように視線を落とすショウを、向かいの席に座るアイが見ていた。
「ショウだって同じくらい大変だったんだし、今こうして一緒に来てくれてるおかげで順調にバロディノーギアに行けてるんだからさ、これから一緒に頑張ろうぜ」
「……そうですね」
アイの言葉で少し安堵したように、顔を上げたショウの表情が明るさを取り戻す。
ショウがカンティルの頂きを出てすぐの頃は、そうなるに至るまでの経緯もあり、やはり時折辛そうな顔をすることも少なくなかった。だが村から離れて外の広い世界を歩くうちに、新鮮な体験が増えたからか、徐々に顔色が良くなっていったように見える。
ショウはアイやカナ達を労わるように微笑んだ。
「ヨータさん、無事にまた会えるといいですね」
「……うん」
「ありがとう、ショウ」
旅に加わる前の出来事も仲間として共有する。ショウ自身が口にしたことで、それが示されたようだった。ジフは頬杖をついて眠っているように静かにしていたが、一安心したように口元を緩めた。
やがて到着した駅で機関車を降りたアイ達は、駅の出口に停車していた馬車に乗り換える。平野を走り小一時間もすれば、川の向こうに巨大な壁と扉が見えてきた。
橋の前に立つ数人の検問官と馬車の運転手がやりとりを終え、ゆっくりと降りてきた扉が、川に掛かる橋になる。馬車がその上を渡っていく。
入り口をくぐると――陽の光に照らされた花びらが、風に乗って舞った。
赤煉瓦の街路に、彫刻のような洋館や、華やかな壁と格子のマンションビルが立ち並ぶ。その傍には青々とした緑と色鮮やかな花が咲き誇る。
ビテルギューズ大陸一の大国にして、有史以来自然と共存する常盤の王国――バロディノーギア王国の王都に到着した。
* * *
馬車を降り、次に王城へ向かうまでの間、ショウに案内されながら王都で昼食を済ませたアイ達。
街を歩けば、平民から貴族まで華やぐ人々が行き交い、本当に街全体が彫像や絵画、そしてガーデニングの芸術作品であるかのような風景が広がっている。
「さっきのマンダロッソケーキおいしかった~!」
「うまかったりゅ~!」
「王都には数日滞在しますから、他にも気になる食べ物や場所があったら、パンフレットを見て押さえておくといいかもしれませんね」
ショウが説明する横で、カナとガリュマがご満悦の表情で昼食後に食べたデザートに想いを馳せている。
「カナって新しい場所に着くたびに結構食ってないか?」
「せっかく来たならそこでしか食べられない名物を食べるのも、旅の醍醐味なんだから」
腰に手を当て、人差し指を立てて豪語するカナに、アイが「へいへい」と適当に返事する。アイは改めて周囲の街並みを見渡した。
「にしても、マルトクラッセやエルトキナ港湾も都会だったけど、ここはさらに人がたくさんいるな~」
「大国ともなると純粋に住んでいる市民の数が多いんだが……今日は警備隊や正装の人がよく通るな」
「そういやリオウもバロディノーギア王国で仕事があるって言ってなかったけ?」
ふと思い出したアイの問いに、ジフが「確か教団の伝達では……」と答えようとする、その最中。
突如、街中に似つかわしくない悲鳴が響き、ジフの声を掻き消した。
そして、あちこちから上がる悲鳴を覆うほどの地響きが、一歩また一歩と近づいてくる。
広場の方へ逃げてきた大勢の人混みのさらに奥に、土埃を立てる巨大な影が見えてくる。地面を踏むたびに煉瓦の道が割れんばかりの振動を起こす、その正体は――
――短い足と巨体に反して激しく走り狂う、象の魔獣だった。
「ぞぞぞ象!? こんな街中に!?」
「もしかして暴走してるの!?」
「またこのパターンか……」
仰天するアイとカナとは対照的に、ジフは個人的なデジャヴを感じてげんなりするが、向かってくる象の動きを捉える。
「警備隊が来るまで俺があいつを抑える! お前達はなるべく怪我人が出ないように誘導しろ!」
直ちに思考を切り替えたジフは象の方へと走り出し、実体化させた槍を右手に握る。
人々が脇へ逃げて開けた道に、前回のマルトクラッセと同じように槍を突き刺した。
「《アイスウォール》!」
地面から突出した氷塊に象が正面衝突し、後ろによろめいた。進行は止まったものの、大きくずっしりとした足で踏みとどまった。
道の先に立つジフを視認した象が、長い鼻の先で魔力を蓄え始める。恐らく氷水属性と思わしき青い閃光の球体が、どんどんと膨張していく。ジフも応戦しようと槍を構えようとした、その時だった。
象とジフの長い間合いの中に、建物の隙間の路地から飛び出してきた、小さな人影――フードを被った子供が割って入った。
何かから逃げるように、暗い路地から明るい街路に走って出てきたその子供が象に気づいたのは、象が攻撃を放つ直前だった。
「――危ない!!」
ジフは咄嗟に走り出し、子供を腕の中に庇って受け身を取りながら、人々が避難する脇道へと倒れ込む。そのまま放たれた象の攻撃は、何か別の衝撃を加えられたかのように押し返され、象自身に被弾する。
なんとか攻撃をかわしたジフは、一緒に倒れている腕の中の子供を確認する。
「怪我はないか!?」
フードの子供何が起きたのかわからない様子だったが、はっと我に帰り顔を上げた。ジフと目が合い、状況を理解したのか、翠緑色の目を丸くして顔を赤らめた。
ジフは次に象の様子を確かめようと、上体を起こし振り返る。攻撃が爆散した後の水蒸気が晴れていき、先ほどまでジフ達が立っていた場所には――
――蒼く長い髪と、黒いドレススカートが衝撃の余韻でなびく、剣を手にした少女が立っていた。
「……サナ!?」
ジフのデジャヴの元、以前マルトクラッセでも暴走する魔物に遭遇した際に共闘した少女、サナがまたしても加勢していた。
「ジフ!! 大丈夫か!?」
そしてジフの挙動を見ていたアイ達も彼の元へ駆け寄る。
「あいつはかなりしぶといかもしれん……アイとショウは加勢できるか。カナはこの子を頼む!」
「わかりました!」
「えっ、ええっ?」
「おりぇは~!?」
立ち上がりながら指示するジフと共に、ショウとアイが武器を実体化しながら、象に向かって走り出す。
一人取り残されて困惑するカナは、同じく置き去りにされたガリュマと共に、その場にへたれ込んだままのフードの子供を支え、人々がいる物陰へと避難した。
カナが再び象の方へ顔を向ける。自分とそう変わらない年頃の華奢な少女が、黒いドレスのようなスカートを翻しながら剣一本で果敢に戦っている。激しい攻撃がしきりに弾ける中で剣を振るう彼女の姿を、カナはじっと見つめていた。
「……女の子が……戦ってる……」
やがて象と応戦しているサナのもとに、ジフ、アイ、ショウが到着する。
「サナ、成り行きで悪いが今回も一緒に頼めるか」
「うん、大丈夫」
「えっ誰?」
当然のように会話するジフとサナの横で、何も知らないアイがキョロキョロと二人を交互に見る。
そうしている間にも、ラッパの如きけたたましい咆哮を上げた象が、振り上げた両足を地面に叩きつけた。象の周りで輪を成すように、数本の巨大な氷柱が形成され、周囲一体に発射される。
四人は咄嗟に四方に散り、人々に向かって飛んでくる氷柱を破壊した。
……だが、応戦できる者がいない方向に飛んだ氷柱が、まだ残っていた。迫る巨大な氷柱に、人々の悲鳴が上がる。
その時、突如人々の前に、地面から岩塊の壁が突出した。
岩塊にぶつかった氷柱が粉々に砕け散り、岩塊を構築していた地殻元素の魔力が霧散する。
そこには、赤い軍服を着た茶色の短い髪の、剣を持つ女性がいた。
彼女は背後の人々の無事を確認すると、象の態勢を捉えて剣を両手で握り、地面に突き刺す。その場に発光した魔法陣から地面に一筋の閃光が走り、象の左前足の下から岩塊が飛び出した。
不意打ちで足を持ち上げられた象の巨体が横転し、ズドン、という重い音と共に砂塵が舞った。
象が地面に横たわったまま足をバタつかせているのを確認した軍人の女は、武器を持っているアイ達に叫ぶ。
「そこの子供達! 戦えるのか!? 追撃を頼む!!」
再び一箇所に集まり、軍人の女の呼びかけを耳にしたアイ達。状況を把握したショウが指示を出す。
「全員で一斉に技を放って、四人分の魔力をぶつけましょう」
「わかった!」
アイ達はタイミングを合わせ、赤と緑、そして二人分の青色の閃光が一斉に放たれた。象に命中した三色の光が、眩く爆ぜる。
衝撃が止み、煙が引いた。象は横たわったまま戦闘不能になっていた。
そんな象の前に、空中から降ってきた黒い剣が回転しながら地面に突き刺さる。剣から地面に展開した魔法陣の光りを受け、象はすやすやと眠りについた。
その光景に人々が見入っている時。彼らの頭上に伸びる、街路樹の大木の枝が、戦闘の流れ弾を受けてミシミシと軋み――バキリと折れて落下する。気づいた者達の叫び声が上がった。
――だが枝が直撃する直前、無数の剣閃が空中で枝を切り裂き、言葉通り木っ端微塵の敷藁のようになって風に吹き飛ばされる。
ようやく広場から喧騒が止んだ。安否を確かめ合う人々で混み合う中、到着した街の警備隊が眠っている象の保護や怪我人の搬送に当たる。目的を果たしたジフは安堵し息を吐いた。
「なんとかなったか……あの魔獣は専門機関で治療を受ければ大丈夫だろう」
「なんでこんな所に象がいたんだ?」
「王都に来てたサーカス団の象らしいよ。自分で作った氷で玉乗りするんだって」
「ぺッ」
アイの疑問にサナがよもやま話を添えて淡々と答え、アイとジフは「おう……」と一旦納得する。サナの足元に、単身避難していたらしい仔ペンギンの魔獣、アレッペがペタペタと歩いてくる。
四人は避難させたカナ達のもとへ戻り、無事を確かめ合う。そんな中、人混みを掻き分けてアイ達に近づく人物達がいた。
「やっと見つけましたよ!!」
女性の声が響き、アイ達は振り返る。だが、それは先程共闘した軍人の女ではなかった。
赤胴の鎧を着て、赤茶の髪を首の後ろでシニヨンにした騎士の女が、武器ハルバートを背負って仁王立ちしていた。彼女の隣には、黒い鎧と黒い剣を身に付けた男の騎士もいる。彼は勇んだ表情の女をどこか呆れ顔で見ていた。
「一緒に城に戻ってもらいますからね!!」
騎士の女は声を張るが、一行の誰にも心当たりがなくアイ達は困惑する。互いに顔を見合わせる中で、ショウはカナが寄り添っていたフードの子供の方を見た。
――が、戦闘の余波を受けたのか、子供のフードが外れ、顔が露わになっていた。
「……あーーーー!! 姫様!?」
驚愕するショウにアイ達も驚き、揃って子供の顔を見る。
フードの子供――姫様と呼ばれた少女は、服装は街中の子供達とそう変わらないカジュアルなベストと半ズボンを着ているが、鮮やかな深緑の髪に、翠緑色の瞳で、しょんぼりとした表情をしていた。
* * *
アイ達は今、バロディノーギア王城の謁見の間に立っていた。
白い壁と柱には金の彫刻が施され、随所に掲げられた緑色の旗には、王国の象徴である花の紋章が描かれている。床の大理石と天井には、対になるように幾何学的な円形の紋様が描かれている。
王都での騒動の後、あの男女の騎士――王家直属の臣下達とショウが顔馴染みであったことから、ショウから彼らに自分達が居合わせた経緯を説明してもらった。
結果的に暴走していた象の魔獣からフードの子供こと『姫様』を助けたこともあり、事情を聞いた臣下二人と駆け付けた騎士達によって、アイ達は城へと送り届けられる姫と同乗することになった。
アイの頭の上にはガリュマが、鎮圧に加勢したサナと彼女が連れているアレッペも同席している。
城門を通された時からアイとカナは緊張で硬直している。その様子をショウは心配そうに、ジフは呆れ気味に見ていた。
「僕が頭を下げたら、同じように礼をしてくれれば大丈夫ですから」
ショウが小声でアイ達に告げる。ちゃんと耳から頭に届いているか定かではないが、そうしている間にも数人の騎士達を率いた高貴な身なりの人々が壇上に現れる。
「君達がリンを助けてくれた少年達か。此度の勇敢な行動、心より感謝する。久しぶりだな、ショウ」
「久方ぶりにお会いできて光栄です、国王陛下」
深みのある落ち着いた低い声が謁見の間に響く。ショウが頭を垂れたのは、真紅のマント――王の象徴を身に付けた壮年の男、バロディノーギア国王。ほぼ同時にジフが礼をし、一拍遅れてはっと気付いたアイとカナ、そして言われた通りショウに倣ったサナが頭を下げる。
「渡された信書が確かに教団とカンティル族のものであると確認した。詳細は追って検討させていただくが、内容を見たところ、まずは彼らに挨拶をさせた方が良さそうだな」
国王はそう言い、傍らに目配せする。先ほど『姫様』と呼ばれていた少女は王族らしいドレスに着替え、緑の長い髪を露わにしていた。そしてもう一人、同じ緑の長い髪を一つに束ねた青年が、少女を促して前に歩み出る。先に壇上に控えていた使用人が右手で二人を指した。
「こちらがバロディノーギア王家第一王子、レオ・ノアード=バロディノーギア殿下、
そしてこちらは第一王女、リン・リアーナ=バロディノーギア王女殿下であらせられます。」
王子と姫、名を呼ばれた二人の殿下が礼をする。王子レオナは齢二十三と公表されているのに対し、王女リンはアイ達よりも少し幼く、並び立つと彼ら兄妹の歳が離れていることがはっきりとわかる。
「君達が行っている異常現象の調査に、私の協力を得たいということだったな。どうりで咄嗟にリンを助ける勇敢さがあるわけだ」
「さ、先ほどは本当に……ありがとうございました」
レオナ王子は朗らかな笑みを浮かべてアイ達を讃える。一方リンは、先ほどの騒動を気にしているのか、どこか浮かない表情だったが、兄に続いてアイ達に礼を述べた。
「父上、お兄様、私からもあの方々へのお礼のために、どうか協力をお願いします」
「もちろんだ。教団とカンティル族の長老が認めている彼らの活動、私もとても興味がある。ぜひ話を聞かせてくれ。
近いうちに国際会議が控えているから、しばしそれと前後してしまうと思うが……父上、構わないでしょうか」
リンの要望にレオナ王子が同意し、同じく国王に許可を乞う。
「会議の方が優先にはなるが、それに穴を開けない形でなら良いだろう」
「ありがとうございます、父上。
此度の国際会議も異常現象についての話し合いですから、この少年達の話が聞けるのは良い勉強になると思います」
レオナ王子は国王に志を示したのち、その眩しい眼差しと笑みでアイの方へ向く。振り向きざ様に、一つに束ねられた彼の緑の御髪が揺れて煌めく。
「どうかよろしく頼む」
「……えっ、あっ、は、はい!」
明らかに放心していたであろうアイの締まらない返事に、横に立つジフが何か言いたそうに顔をしかめた。
ここまで王族親子の会話を見ていたアイは、彼らの華やかな身なりとたおやかな所作に、まるで観客席で舞台を見ているような気分に浸ってしまっていた。今、自分が同じ場所に立ち、王族を相手にお願いをしている状況だったことを思い出す。
レオナ王子とアイのやり取りを見守っていた国王が話を再開する。
「まずはリンを助けてくれた礼のためにこの謁見の間へ来てもらったが、立たせたままにするのも悪いだろう、一度応接間にお通しして差し上げなさい。礼はまた改めてさせてほしい」
「とんでもございません、国王陛下。こうしてお話しさせていただけただけで身に余る光栄です。こちらこそよろしくお願いいたします」
ショウがもう一度頭を下げ、アイ達もそれに続く。国王達も会釈を返し、騎士に警護されながら壇上を後にした。




