第15話 ハイルカントリュス-2
駆けつけた大人達によって、倒れていたシズマは村に運ばれ介抱された。ショウやアイ達も補導される形で村の寺院に保護された。
アイ達が一連の事情を話した後、長老が村の人々に向けて収穫祭の予定変更の旨を発表した。長老が最大限の便宜を図ってくれたおかげで、〝供物〟を捧げる儀式は当面の間は中止されることが一族の中で決定した。そしてそれ以外の催しを再開し、祭りはなんとか終えることができた。
「皆も知っておる通り、このような時代じゃ。変化を迎えるのは天鳥の守り神とて例外ではない。そして我々も同じじゃ。我々自身が生きてさえいれば、形を変えて儀式の目的を受け継いでいくことはできる」
一族に向けて伝える中で、長老はそう言っていた。
その夜、ショウは村の牢の中で一晩を過ごした。
大人達の裁量で、彼のやったことは他の村の人々には明かされぬまま、「一族の禁忌に触れた」という結論だけ断じられた。
アイ達は寺院の離れに用意された部屋で眠っていたが、アイのまぶたの裏には、大人達に素直に従って行ったショウの姿が残っていた。
それから、アイ達の真の目的を知った長老達は、バロディノーギア王国と話をするための仲介について話し合いを進めてくれた。さらに翌日、必要な信書を長老達から託されたアイ達も、やがて支度を終えて村を経つ時刻になる。
「そうかそうか……少年はかの《救世主》と同じ大星座で、少女は《女神》と同じ力を持っておったのか。煉獄の使者を倒すために大精霊を探しているというのはそういうことじゃったのだな」
斜陽の空の下、長老達が村の門の外までアイ達の見送りに出てくれた。
「このような時代にワシら一族の村を訪れてくださったのは、きっと大いなる巡り合わせがあるのじゃろうな。こうしてショウと共にこのカンティル族に新しい風を吹かせてくれたこと、感謝してもし切れぬ」
長老が空を見上げて想いを馳せる。その時口に出された名を聞き、アイは思わず尋ねた。
「あ、あの、長老……ショウは、あの後……」
そう聞かれるのを予感していたようで、長老は長い顎鬚を撫でながら視線を落とした。
「……君達には大変なことに巻き込んでしまったからのう。ちゃんと話しておかねばならんじゃろう」
そう言って、長老はお付きの者達に目配せする。そして今度はお付きの者が門の方へ振り向き、何か合図をするように頷いた。
門の方からこちらに歩いてくる人影が見える。ショウの両親と、ハルアと彼女の両親とシズマ、そして――
――ショウの姿があった。
ショウは俯いたまま、アイ達の前で足を止めた。長老が彼の方へ歩み寄る。アイも身を乗り出しそうになったが、ぐっと踏み止まった。
「ショウ、お前にも本当にすまなかった」
ショウに向けられた長老の声と表情は優しく、そして切なさが滲んでいた。
「大陸の脅威がこの村にまで及び、そのせいでフユリが命を落としたことを重く受け止めるべきにじゃったのに……
今まで通りにといたずらに同胞の死を増やし続け、ハイルカントリュスに見限られるところじゃった。
お前はこの村の中でも特に聡い。故にお前がいち早く気づき、他の誰もそこまで思い至れなかった。ワシから詫びさせてほしい」
そう言って長老はショウに頭を下げた。顔を上げた長老と目が合ったショウは驚き、何かを言おうとしたが、そのまま押し黙った。
「……じゃが、黙って一族の風習を壊そうとし、あまつさえ外から招き入れた客人を身代わりとして巻き込み、結果として我らの守り神の実体が消えた。その行いに何のお咎めも下さぬわけにはいかぬ」
長老の声は穏やかなままだった。だが、あくまでも冷徹に、処分を告げた。
「――ショウ、そなたには追放の罰を下す。季節が三つ巡るまで、この村への立ち入りを禁ず」
追放という言葉が突き付けられる瞬間に立ち会い、アイとカナとガリュマは強い衝撃を受けた。
彼が起こしたことを考えれば順当だろう。むしろ温情かもしれない。わかっているつもりでも、つい数日前まで一緒に過ごしていた少年がそう言い渡される光景は、アイ達にとってはショッキングだった。
ショウ本人にも、恐らく事前に伝えられていたのだろう。そして覚悟もしていたのだろう。それでもほんの少し、ショウの顔には苦い感情が滲んでいた。
「…………はい」
ショウはただ一言返事をして受け入れた。
巻き込んでしまったアイ達の前で、過ちを断じられる姿を曝す。それも含めて自分が起こしたことと向き合う罰なのだと、ショウは呑み込んだ。
そんな彼の姿を見ていたショウの母が、感極まりながら口元を抑える。
「この馬鹿息子……!」
肩を震わせる彼女をショウの父が支えた後、用意されていた荷物をショウに渡す。
「……大人になるということは、謝っただけでは終わらないことをずっと抱えて生きていくということなんだ。季節が巡るまでの間、その意味を考えなさい」
ショウの父は、声を荒げはしなかった。だが、決して甘やかしもしなかった。ショウは重い表情で父から荷物を受け取った。
荷物を背負ったショウの方から、アイ達の前へと歩み出る。
「……アイくん、カナさん、ジフくん、ガリュマくん」
今日、初めてショウがアイ達と目を合わせた。
「本当に……ごめんなさい」
そして三人と一匹の前で、深々と頭を下げた。
〝謝っただけでは終わらない〟、という先程の父の言葉を全く理解していないわけではないだろう。だが、彼はアイ達に何も言わずに立ち去るような少年ではなかった。アイも何か言葉を掛けようとしたが、何も言えなかった。
やがてショウは頭を上げて、村を出る山の方へと歩を進める。その背中を見つめていたアイが、ついに口を開いた。
「――ショウ!!」
呼び掛けるアイの声が斜陽の空に木霊する。足を止めて振り返ったショウに、アイが言った。
「俺達と……一緒に来ないか!?」
その場にいた全員が驚きにどよめく。カナとジフも思わずアイを見た。それはショウも例外ではなかった。
「……でも、僕は君達を……」
アイ達を騙して牢屋に閉じ込め、カナを守り神に喰わせようとした。その張本人を引き入れるなど、信じ難い提案だ。
「ショウは本当ならこんなことする奴じゃないって、なんとなくだけどわかるよ。もしまた何か起こしそうになっても、俺達が一緒にいれば、俺達が止める」
どうして、そこまでする義理がアイにあるだろうか。ショウは戸惑いながらアイを見る。
「俺も今、やり直してる最中だからさ……一人で思い込んで、みんなにたくさん迷惑かけて、許してもらった」
ショウにとって、大星座であるアイからは想像もしなかった言葉だった。だが、今この場にいるアイもまた、一人の幼い少年なのだ。その時のことを知るカナとジフとガリュマも、異を呈さずに行く末を見守る。
誰かを助けたくて行ったことが間違いだったとしても、何が間違っていたのかと向き合うことができれば、本来の正解に近づける。かつて正解に届かなかったアイが、今度はショウを止められたように。
自分達があの時〝助けたい〟と思った気持ちは決して無駄ではない。それがアイの願望に過ぎないとしても。
「だから……一緒にやり直そうぜ」
「……アイくん……」
アイとショウが向き合う。だが、ショウはいまだ答えに迷っている。
それを見かねてか、静観していた長老がコホン。と咳払いした。
「ワシらはそなたを追放した。ここは村の外じゃ。であるからして、これ以上はワシらには関係のない話じゃ。じゃからこれはジジイの戯言じゃ」
わざとらしく周囲に聞こえるよう言った後、長老は話す。
「前夜祭の時にも話したが……彼らが王国へ向かうのなら、ショウを同行させるのも悪くないと思うておった。《影》の災いを追究する彼らなら、これから多くの場所や人々の困窮とまみえるじゃろう。
彼らと共にそれを目にすれば……そなたが本当に真面目な少年なら、罪を改め償うということがわかるやもしれぬ」
長老は皆まで言わなかったが、その意図を汲んだカナやジフも同意を示す。
「わたし達もまだわからないことだらけだし、みんなで一緒にやれば大丈夫だよ!」
「大星座の傍にいれば、おのずと監視の目も強くなるからな」
「仲間が多い方がなんとかなりゅぞ!」
ついでにガリュマの後押しも受け、アイはショウを見つめながら頷いた。
そして、ショウは震える声で答えを出した。
「……ありがとう……」
アイが差し出した手をショウが握り返す。空を緋色に染める夕陽が、二人の握手を眩く照らした。
「ショウ!!」
立ち並ぶ大人達を掻き分けて、ハルアがショウのもとへ駆け寄る。
「私のためにやってくれたことなのに……本当に、本当にごめんなさい……!!」
肩で息をしながら、ハルアは最後に伝えようと必死に話す。
「絶対に……絶対にまた戻ってきて……! それまで私、ちゃんと自分の命を大事にするから……!! ショウとまた会えるまで、絶対に生きるから!! だからショウも……絶対に……」
涙で言葉を詰まらせたハルアは、ショウに強く抱擁した。
「ハルア……」
そしてショウも抱擁を返した。あのまま彼女がハイルカントリュスに捧げられていたら、二度と叶わなかっただろう。今でもハルアがちゃんと生きていることを確かめ、彼女の体を抱き締める。
ハルアに続くように前に出てきたシズマも、ショウに言葉を掛ける。
「フユリのことを真剣に考えてくれて……お前がこんなに思い詰めている時に傍にいてやれなくて、本当にすまなかった。そのうえ俺が守り神に乗っ取られたせいで……」
「シズマ兄さんは何も悪くないよ。アイくん達のおかげで、兄さんも助かってよかった」
あくまで真摯に罪を受け止めるショウに、シズマは複雑な表情を浮かべるが、今はそれを振り払うようにショウに笑いかける。
「外で専門家に診てもらって、俺達の子供は無事だった。だから今度は、ショウにもフユリの子に会ってほしい」
シズマはハルアの願いを後押しするように、自分からもショウに約束を乞う。
フユリは黒影病でこの世を去った。だが、フユリ本人は未来に悲観していなかった。その証として彼女が残した子の――その子の未来のためにも、共に前を向いて未来の話をしたい。ショウにもそれは伝わっていた。
「……うん。またみんなと顔を合わせられるように……ちゃんと自分と向き合ってくるよ」
心残りのないように言葉を交わすショウ達を、長老やショウの両親が見守っていた。
「ずいぶん紆余曲折じゃったが……結果的にショウが一緒に行くなら、本来考えていた手順で話が早くなりそうじゃな。ショウ、お前ならあの御方と話が通せるじゃろう」
「〝あの御方〟というと……姫様のことでしょうか?」
ちゃっかりと自分の想定していた予定に収めた長老が、何気なくショウに言う。
……姫様? 耳を疑ったアイ達三人と一匹が揃ってショウの方を見た。
「ショウはバローディア王家の王女、リンリアーナ姫殿下と顔馴染みなんじゃ。王家はワシら眷属との情報交換のために定期的にこの村に視察に来られるからのう。
同行なされた幼い姫様が手持無沙汰にならぬよう、歳の近いショウがよく傍についておってな、その後も遊び相手に指名してくださっておる」
「えぇ~!!?」
長老から明かされた、ショウの思いもよらぬ経歴に、アイ達の驚きの声がこだました。
「確かに王家は大星座の第一王子だけでなく、歳の離れた王女もいると聞いていたが……」
「お、お姫様と知り合いって……」
「ショウ! なんで今まで言わなかったんだよ!!」
「す、すみません……その時は別のことで頭がいっぱいで……」
口々に動揺を露わにするアイ達だったが、長老の言う通りであれば自分達の旅の目的も好転するだろう。ひとしきり騒いで落ち着いたアイは、改めてショウに向き直る。
「それじゃあなおさら、ショウがいると頼りになるな」
「……はい。役に立てるように努力します」
ショウにも新しい目的ができた。陰っていた彼の翡翠色の瞳にも、僅かながらに光が宿る。
「長老、みなさん、ハルア、色々とありがとうございました。行ってきます!」
アイが長老達に礼を告げ、別れの挨拶を彼に託すように、ショウも深くお辞儀した。
ハルア達が手を振る中、長老も送り出す言葉を告げる。
「また会う時をみんなで待っておるぞ」
長老達に見送られ、アイとカナも手を振り返し、ショウを迎えて四人と一匹となった彼らは歩き出す。
山を越えた外の世界――その先に待つ、バロディノーギア王国を目指して。
* * *
地底よりも深く、海底よりも深い場所、アンダーベース。
黒い洋城を模した巨大な建物の構内を見下ろすように、上層階の一室では僅かな明かりの中でベリアルがソファで足を組んで座っていた。蒼く長い髪を編み込み、貴族のような黒いジャケットを着ているその姿は、優雅な休息のようだ。
プログラムされた通りにだけ動き続ける無顔人形、それらに〝調整〟される幼い氷人形達の上で、しかし優越感や憐れみを感じるでもなく、ただ不毛な目でソファに身を沈めている。
「帰ってたんだ、ベリアル」
ベリアルの背後から少女の声がする。部屋に現れたのは、同じ蒼く長い髪と黒いドレススカートを揺らしてブーツの硬い足音を鳴らす少女、サナだった。彼女の後ろにはペンギンの仔魔獣のアレッペがついてくる。振り返りもせず、ベリアルは答える。
「アラストルの奴、あのザマじゃしばらくは無理そうだな。せっかくカイル達がガキどもを追い詰めたのに、あいつはすぐ深追いして目的を忘れる」
この場にはいない男――アラストルことアルズと、大破したカイル達氷人形の修復を待つ愚痴を垂れるベリアルの横に、アレッペを抱き上げたサナが歩み寄る。
「今の、そのままカイル達に言って褒めてあげればいいのに」
「考えといてやるよ。アラストルが子守りできない今、腐っても『成功作』のあいつらのコンディションを下げるわけにもいかねぇしな」
わざとらしく右手をひらひらと振るベリアルを、サナは不思議そうに見る。
「ベリアル、今日は機嫌いいね。アルズの目がないから?」
「まあ……このタイミングでちょうどあいつがダウンしてるのはある意味好都合かもな。あいつは人類のくだらん建前と保身の応酬を理解できねぇからな」
軽口に合わせるように演技じみた表情を作るベリアルだったが、そう口にした時、サナの目には彼の浮かべる笑みに感情が伴い始めたように見えた。
「地上での計画がようやく一段階進む。まったくここまで長かったぜ。その頃にはお前も地上に出るだろ?」
ベリアルはおもむろにソファから立ち上がり、前に歩み出る。
「もうすぐ地上の人類どもの愉快なお遊戯会が始まるんだ。存分に笑わせてもらおうじゃねぇか」
彼は地上に思いを馳せるように上を見上げた。
地上の光の届かぬ場所。だが、見上げる先にあるものが光などではなく、もっと滑稽なものだと知っている。
幕が上がる前の暗闇、嵐の前の静けさ。その中に佇む彼らは、物言わぬ影のように、ただひっそりとその時を待っていた。
――15 ハイルカントリュス




