第14話 収穫祭の供物-2
「供物って……人だったのか……!?」
「そうよ。収穫祭の年が来るまでの二十年の間に、次の供物になる者が一人選ばれるの」
一族で暮らす少女は当然のことのように説明する。
収穫祭は作物の豊作を感謝するものであり、故にアイ達は採れた作物の一部を捧げるのだと思い込んでいたが……確かに、長老やショウには『供物』としか言われておらず、それが何なのかははっきりと知らないままだった。
「本来選ばれたのは、私の姉……だったんだけど。三年前に取り止めになった儀式より先に――黒影病を患って亡くなったの」
少女の口から出た黒影病という言葉。アイ達がこのカンティルの頂きを訪ねた理由……大精霊を探す目的に起因する、最も因縁のあるものだった。
やはりと言うべきか、今回も《影》の災いが及んでいた。
「だから私は選ばれたわけじゃなくて、姉さんの代理として今年の供物になったの」
そして、祭りが開かれる数日前から、少女自身と彼女の関係者は生への未練を断つために別れを告げ、当日までここで精進生活をしていたという。
「代理って……もしかして自分から立候補したの? 食われるのに? お姉さんのためとは言え……」
真剣な顔で語る少女の話を聞いていたアイ達だったが、その中に含まれる発言にいくつかの違和感を感じていた。
「え? まあ……私達だって動物を食べて生活してるんだし、獣が多い場所に立ち入れば当然獲物にされるでしょう? それに守り神のハイルカントリュスに食べられて死ぬなら、それはとても名誉で偉大なことよ。だからそれを成し遂げられなかった姉さんの無念を晴らすために、私が名乗り出たの」
少女の言い分はいたって筋の通った正論だった。それを理解しつつも、やはり生理的に受け入れ難い感情を拭いきれず、民族独自の根強い価値観を目の当たりにしたアイ達は目眩がしそうになる。 とは言え今は彼女や一族の価値観を否定する必要もないのだ。アイはなんとか少女と話を続ける。
「じゃあ……ショウが言ってた『前の供物がダメになった』って……」
山の外から来たアイ達に、儀式の説明をした案内人――ショウの言葉の意味が一変し、アイの中で動揺が膨らむ。ショウは何を思ってそんな風に言い換えたのか――
「ショウと話したの? 彼は私の幼馴染よ」
「え!? ショウの!?」
アイが思考していた中、少女はアイが口にした名前に反応する。そして彼女の発言に、アイ達もまた驚く。
ショウが関わっていることを知り、何かを悟ったような顔をする少女。しばし逡巡した後、再び口を開く。
「ええ……。私はハルア・ランフェイ。……そして姉はフユリ」
「ハルアさん! ショウのこと、俺達にも少し教えて!」
アイは鉄格子の方に身を乗り出し、少女――ハルアに尋ねる。ハルアも牢屋の方へ歩み寄ると、右手で鉄格子を握り、重い表情で頷いた。
――フユリが亡くなった後、ショウは残されたハルアを村の誰よりも気遣っていた。むしろハルアが立ち直った後も、ショウの方がずっと気にしてたかもしれない。
フユリの実妹であるハルアと同じくらい、共に育ったショウはフユリのことを本当の姉のように慕ってた。だからなのか……ハルアが代理の供物になると決めた時、ショウだけは最後まで賛成してくれなかった。
フユリには夫がいた。病が悪化する前にその人との間に子供を生んでいた。亡くなった後、ハルアの義兄は子供にも影響がないかを確かめるため、他の土地にいる専門家を訪ねて子供と一緒に山を降りて行った。
義兄にもとても懐いていたショウにとっては、村に気心の知れた相談相手がいなくなってしまったのだ。
それからの彼は、ずっと一人で思いつめていたのかもしれない――
「数日前からここに控えていた私を、儀式の直前になって出したのもショウなのよ。『儀式の予定が変わった。後で全部話すから今はとにかくここから出て』って」
ハルアから明かされた、自分達と出会う前のショウの様子をを、アイは静かに聞いていた。
一昨日知り合ったばかりのショウの過去など、アイ達にとってはほとんど関係ないことだ。だが、アイの胸の奥でえも言われぬ何かが込み上げていた。
「食べられるのが良いことか悪いことかは置いとくとして……食べられるってことは、それで死んじゃうってことなんだろ?」
想像し得る限りショウを取り巻く状況に立ち、アイは考える。
「たぶんだけど、ショウは……それが寂しくて耐えられなかったんじゃないかな……お姉さんも兄貴分もいなくなって、幼馴染のハルアさんまで二度と会えなくなったら、って思うと……」
本当にショウがそう思っているかはわからないが、アイ個人の所感を口にする。感情移入するあまり、アイの手が無意識に鉄格子を掴む。
それがハルアの握っているのと同じ一本だったからか――突如、アイの右手の輝石が熱を発し、アイの脳裏に景色が流れ込んできた。
――『フユリ姉さんはそんなこと君に望んでないだろ!!』
その景色では、向かい合うハルアに、ショウが声を荒げていた。優しく親切なショウしか知らないアイには、初めて見る姿だった。
景色は目まぐるしく切り替わり、ショウの母や、長老との会話が流れ込んでくる。
『ショウあんた、最近ずっと同じようなこと言ってるじゃない。急に守り神を悪く言い出してどうしたの? ちょっと変じゃないの』
『お主の言うことも確かに一理ある……じゃがのう……このような災いの時代に、長らく守り神の姿を見れておらん故、みんな不安がっておるんじゃ』
これは、ショウの記憶だろうか。前にもアイの輝石が人の記憶や会話――その者の強い感情が籠る景色を映し出すことがあった。ハルアと同じ物に触れたからだろうか。
断片的に見ていただけでも、ショウの言葉は周囲の人々に届いていなかった。彼の視点を擬似的に共有したからか、アイ自身も胸の奥が悲しく沈んだ気がした。
「……ショウ……」
鉄格子を握ったまま神妙な顔をしているアイの足元で、人の話はよくわからないのか、不意にガリュマが呑気な声で割り込んできた。
「ところでカナはどこいったんだりゅ?」
「あ!! そういえば!! この牢屋の中で俺達の他にもう一人女子がいなかった!?」
「えぇっ? ここに来るまで貴方達の他には誰も……」
アイが思い出したように大きな声で慌て出し、ハルアも心当たりがなく戸惑っている。そんな中、ひとしきり沈黙していたジフが口を開く。
「……ここまでの話を整理して思ったんだが……今年の供物をここから逃がして、カナがいなくなっているということは……」
ジフの推測の続きをアイの頭の中で考え、やがてその答えに至り、アイの顔が青ざめていく。
「……もしかして……カナを供物にするつもりなのか……!?」
どうやらアイとジフの考えは同じだったらしい。ジフも半ば項垂れるように頷いた。
「あいつ昨日一番飲み食いしてたよな……!? あーもうクソッ! 考えてみればB級ホラーの定番だよ~!!」
「何言ってるかわからんが少し落ち着け」
頭を抱えてパニックになっているアイの様相にジフはかえって冷静になっている。彼らのやりとりを聞いていたハルアは、何か決意した表情で鉄格子を握る手に力を込める。
「やっぱり……ショウに直接ちゃんと確かめなきゃいけない……。控えから出る時に念のために持ってきた合鍵があるの。私も貴方達と一緒にショウの所に行くわ」
ハルアの思わぬ申し出に、アイ達は彼女の方へ振り返る。
「えっ、いいの?」
「本当は私がやるはずだったことだもの。それに……私もショウに確認しなくちゃ」
* * *
クラドザンク山脈の最も高い場所、カント霊仙の頂上。
大陸の地底に根を張るように広がる地脈、その中心ともいえる霊仙には自然の力が集い、その気候一つで幾度も大陸全土を揺るがした。
かつて、霊仙に祈るために建てられたカント寺院。過去の大国同士の戦争の折、一族が命懸けの祈りで天候を操り、建物ごと崩落させ山の地形を分断したことで、戦いに終止符を打った。
残った寺院跡地では、今でも祈りと弔いが捧げられている。
カナの意識が目覚め始めた頃、風がしきりに肌を撫でる感覚がした。そして目を開いたカナの視界に飛び込んできたのは――一面の青空。
寺院内部の舞台の祭壇には、昨晩の前夜祭よりも多くのご馳走が捧げられ、宙に吊るされた一番大きな器の上でカナは手足を革の帯で縛られていた。
「……えぇっ!? うぇええ!?」
カナが起きた様子を祭壇の下で確認するショウがいた。
眠ったままでいられたら、苦しまずに済んだかもしれない……そんな幾分かの同情めいたものを感じながらも、彼にとって後はただ儀式の始まりを……守り神ハイルカントリュスが現れるのを待つのみであった。
しかし、彼の背後から少年の叫ぶ声が響く。
「見つけたぞショウ!!」
舞台の入り口から走ってくる、昨晩薬で眠らせ牢屋に入れた二人の少年と一匹の魔物。
――だけではなく、そこには幼馴染の少女まで同行していた。
「ハルア……」
ショウの目前まで辿り着いて対峙するアイ達と共に、ハルアが肩で息をしながら問う。
「ショウ、どういうことかちゃんと説明して」
ショウは半ば悟っていたような顔でしばし沈黙する。
「……フユリ姉さんが儀式とは関係ないことで死んでしまって……黒影病がこのカンティルの頂にまで及んだ……また誰かがそうなるかもしれない。黒影病がどんな病か知ってるだろ?
なのに、それが何も解決しないまま儀式でさらに生贄を捧げて……このまま病と儀式で同胞の犠牲を増やしていくだけ、そんなことに……」
視線を落とし、とつとつと語るショウ。やがて一度深く息を吐き、奥歯を噛み締め、顔を上げた。
「そんなことに何の意味があるんだ!? おかしいと思わ無いのか!? 君が供物になったって、ハイルカントリュスは何もしてくれないんだよ!!」
堰を切ったように、初めて見るほど憤った顔で声を荒げるショウに、ハルアとアイ達も思わず圧倒される。だが、それをぐっと受け止めたハルアが身を強張らせながらも反論する。
「貴方が……ずっと一族みんなことを考えて苦しんでたのは、痛いほどわかる……でも、だからって……あの子を身代わりにすることないじゃない!!」
「ショウには悪いけど、俺達もカナを死なせるわけにはいかないんだ!」
そしてアイも、ハルアを後押しするように自分達の目的をはっきりと告げる。ハルアはさらにショウに対して言った。
「私にだってわかるのよ。フユリ姉さんなら……『ショウを止めて』って言うはずだって」
ハルアに断言されても、ショウは無言のままだ。しかし、彼の目付きは確かに強い感情を宿していた。
「……ハイルカントリュスに示しをつけないといけない。『もう僕達は儀式をしない』って。僕達一族が変わるためにはあの子が必要なんだ。それを成し遂げるまで……邪魔はさせない!!」
対立を突き付けるように、ショウの体から激しい風が吹き荒れる。猛風の中でショウは背中に鳥の翼を広げた。
ひとたび羽ばたくと、突風の如きスピードで迫り拳を繰り出す。ハルアに当たる直前にアイとジフが武器を取り出して食い止め、直ちに応戦する。
「ショウ……お前……!!」
アイが顔を上げると、ショウはすでに空高くにいた。翼で空中を飛行するショウの動きに翻弄され、狙いを定めるのに苦戦を強いられる。
「僕達にはもう時間がないんだ」
上空でショウが一人呟き、二枚の翼で自身を包んだ。たちまち彼を覆うように渦巻いた風が球体を成し、その中からさらに大きくなった翼が広がる。
風を払って空に姿を現したのは、茶色い羽毛が螺鈿のように浅葱色に煌めく、翠緑色の瞳をした大きな鳥。
――ショウが己の体を、人から鳥へと変えたのだった。
「《凶慄嵐波》!!」
ショウが大きな翼をはためかせ、強大な突風を起こす。アイ達が避け切ろうにも大きすぎるその突風を受け、吹き飛ばされた体が地面に落下する。
なんとか起き上がり、ショウの動きを追いながらジフがアイに呼びかける。
「このままじゃ一方的にあいつの攻撃を受け続けるだけだ! 俺が氷であいつの動きを制限する、お前は出来るだけ高い位置に行け!」
そう言ってジフは槍を地面に突き刺し、巨大な氷の階段を出現させる。アイがその上を駆け登る間、空中で階段から距離を取ろうとするショウに向かってジフが氷の礫を数発放った。
「《コールドスピア》!!」
回避しようと飛行するショウの翼にそのうちの一つが当たった。
ショウは翼の一部が凍りついたことにより、ガクンと体勢を崩して飛行力を落とす。
その隙に彼より高い位置に辿り着いたアイが右手に掴んだガリュマを振り上げる。
「うぉおおい何する気だぁ!?」
「頼むぞガリュマ!!」
そして、アイはガリュマを力一杯投げ付けた。悲鳴を上げるガリュマがショウの後頭部に命中し、彼はさらに意識を鈍らせる。
直後、氷の足場を蹴ったアイが宙に飛び上がり、落下の勢いをつけてショウにブレードで回転斬りを叩き込んだ。
空中でアイの技が直撃したショウは視界が大きく揺れ、意識が飛んだ。同時にアイはショウが阻んでいた先、カナのいる祭壇の器の数メートル前に着地し、降ってきたガリュマを両手でキャッチする。
「もう一回いくぞ!」
「またおりぇを投げる気か~!?」
そう豪語しながらアイは全力で右腕を振りかぶり、今度は祭壇の器に向かってガリュマを投げ飛ばす。
絶妙なコントロールで器に落下したガリュマは、カナの手足を縛る革の帯を爪や刃で切り裂き、自由になったカナはガミュマに抱きつく。
「やった~! 助かったよ~!!」
ショウは落下中に辛くも意識を取り戻すも、カナが解放されたことに気を取られていた。
「そんな……」
はっと我に返って前に向き直ると――眼前には、ショウと同じほどの大きさの、桜色の鳥が迫っていた。同じく鳥になったハルアだった。
正面からハルアが体当たりし、まともに喰らったショウの体が空中でひっくり返る。直後、二人の体が人の姿に戻った。
「《旋風脚》!!」
そのまま空中でハルアの振り下ろした右脚が、ショウの腹部に命中した。そしてショウは地面へと叩き落とされた。派手な衝撃音と共に、砂塵が噴き上がる。
アイは祭壇からカナを救出し、倒れ伏しているショウとその傍に佇むハルアに駆け寄る。
ショウが膝をついて満身創痍で起き上がろうとする時、アイが右手を差しのべる。
「ショウ、俺達はお前の味方だ。だから困ってるなら話してくれ」
アイが告げた言葉に、ショウだけでなくハルアやカナ達まで驚く。皆が一斉にアイを見た。
「姉みたいに仲が良かった人が死んじまって……その時何も出来なかった悔しさも……
だから今度は絶対にハルアを助けたいって気持ちも……お前の気持ちはよくわかる……。
俺にも、助けられなかった奴がいて……そいつのためにもカナを守らなきゃいけなかったんだ」
ショウに騙され、カナを危険に曝され、それでも彼に肩入れしてしまう理由を、アイは自分の中でようやく理解した。
ハルアから聞いた過去。そして先ほど輝石を通して流れ込んできた景色。
一人思い詰め、それを抑えきれなくなったショウの顔が、孤独と黒影病に苛まれた〝彼〟に――ヨータに似ていたから。
その苦しみの理由がハルアを救うためだと知った以上、助けられなかったヨータのためにカナを救おうとする今のアイ自身と、何が違うというのか。
「だから……俺はお前の力になりたいんだよ!」
そんな想いのこもったアイの強い眼差しを見て、その言葉が上辺だけの説得ではないことをショウも悟る。
「……アイくん……」
だが、ショウは差し伸べられた手を握ることを躊躇っていた。
「……まだ……ダメなんだ……これは僕だけの問題じゃないんだ……僕達は……あの鳥に……」
ショウは今もなお諦めていなかった。そんな彼の言葉を遮るように――彼の背後、祭壇の上から男の声が響いた。
「結局失敗したな。実に無様な姿だな、小僧」
アイ達が見上げた祭壇に、フードを被った男が立っていた。
そのフードが風に煽られ素顔が露わになった時、男の顔を目にしたハルアが驚愕する。
「シズマ義兄さん……!?」
ハルアが義兄と呼ぶ男……亡き姉フユリとの間に子供を授かった、フユリの夫。ハルアが口にした名を聞いて驚いたアイ達も思わず彼女と男の顔を見る。そんなハルアの反応に、ショウは必死で声を上げる。
「ハルア違うんだ、あいつはシズマ兄さんじゃない!!」
またしてもショウの声を掻き消すかのように、フードの男――シズマの体から暴風が発生する。
「お前が一族を変えるなどと大層なことを宣うから、どんな面白いものが見られるかと思って力を貸してやったというのに……期待はずれも甚だしいな。私を茶番に付き合わせた罪は重いぞ」
男は嘲笑いながら、彼を囲う風が次第に広がっていき寺院跡地全体に吹き荒れる。やがてシズマの体から鮮烈な魔力の光が浮かび上がり、それが全て放出されると、彼の体は糸が切れたように意識を失いその場に倒れた。
横たわるシズマの上、祭壇の下のアイ達の頭上、寺院跡地全体を覆うほど巨大な影を伸ばす、空中に浮か黒い霧は――
――深紅に煌めく翼を広げた鳥獣の形をしていた。
「お前達一族にはもう飽きた。ここで終わるが良い」
――14 収穫祭の供物




