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第14話 収穫祭の供物-1

 アイ達がカンティルの頂に来て、翌日。収穫祭の前日祭の日。

 空の日が暮れた頃、前夜祭の始まりを告げる灯りが、紺碧に染まった集落一帯を朱色に彩る。

 ショウに連れ出され祭りの広場にやって来たアイ達は、屋台や松明、豪華に飾られた舞台で盛り上がる料理の席で、ご馳走を振舞われていた。


 舞台のある広場や村中の街路には、ここで暮らしているカンティル族の人々で賑わっていた。ショウ親子や長老のようにほぼ人と同じ姿をしている者もいれば、見た目は鳥だが人のように二足歩行し店の前で歓談する者、完全な鳥獣として彼らと共生している者。同じ一族の中でも様々な姿や生態の者達が共存し、大人から子供までみな祭りを楽しんでいる。

 村一番の祭りに商売人達の明るい声が響き、和楽器の祭囃子が風流な雰囲気に包み込む。



 テーブルの席には祭りに招待してくれた長老とショウの母、そして今日はショウの父も同席している。久々の肉や魚、果物を前にカナとアイは夢中で頬張っていた。


「こんなに食べられるなんて、頑張って山を登った甲斐があったかも~!」

「ちょっと一気に食い過ぎたかも……」

「おれにも分けてくりぇ~!」


 ガリュマが机によじ登っている傍ら、アイ達の食事を見守っている長老が休憩がてら話し始める。


「ショウの父はのう、村の水道や風車やらの生活基盤を手入れしてくれとるんじゃよ」

「へぇ~かっけぇ~!」

「ただの鳶職ですよ、長老。子供達の前だからって大袈裟です」


 長老の紹介を聞いて素直な反応を見せるアイに、ショウの父は照れ半分に言い直す。ショウの社交性は彼の母から、礼儀正しく真面目で意外にも体力仕事が得意なのは父から似ているのがよくわかる。



 アイ達の手が少し落ち着いたのを見て、長老が次の話題を切り出した。


「寺での話じゃがのう、王国との相談はワシらも前向きに考えておる。すでに君達に預けたい信書の準備も進めておるからの」

「本当ですか!?」


 手元の料理から顔を上げて目を輝かせるアイに、ショウの父が続いて説明する。


「我々一族はこの山で水も食料も道具も作れるから、あまり外に出ないんだ。災いが増えてきたこの頃、誰かが外の様子を見に行くべきかと考えていた所だった。ちょうどそこへ君達が訪れたのも何かの巡り合わせかもしれない」

「せっかくじゃから一族の誰かに同行させようかとも考えておるが……どうやら君達にはショウが適任のようじゃな」


 長老の口からアイ達にとって馴染みのある、しかし意外な名が挙げられた。


「元々ショウは聡い子でな、大人に混ざって村の困り事を解決することも珍しくない。母親と同じように寺の付き人になるのもそう遠くなさそうじゃからの。君達を案内しながらショウ自身の勉強にもなる、うぃん-うぃんというやつじゃ。君達もショウとなら気が楽じゃろう」

「あらまぁ、我が息子ながら恐れ多いですわ長老!」


 ひょうきんな語りをする長老と、頬を抑えて照れているショウの母の二人。その横でショウの父が呆れ半分で苦笑している。


「ときにショウの姿が見えぬようじゃが」


 何気ない長老の気付きで、アイ達も周囲を見回す。祭りの松明の向こう、屋台の陰から探されていたショウが姿を現す。お盆に水が入ったコップを四人分乗せて、こちらの席へ運んでくる。


「すみません、空いたお皿の片付けをしてました」

「席を立つなら一声くらいかけなさい」

「ごめんごめん、父さん」


 父の小言に詫びを入れながら、ショウはお盆をテーブルに置いた。



「あんまり食べ過ぎると苦しくなりますから、合間に水を飲んだ方がいいですよ」


 そして、ショウはお盆のコップをアイ達三人と一匹の前に配っていく。

 アイとカナとガリュマが「ありがと~!」と声を揃えて言った後ゴクゴクと飲み始めるのを横目に、静かに水を口にしたジフがふとコップを見つめる。


「この水、山で休んだ時に貰ったのと同じ水か? 普通の水より甘い味がする」

「山の水は澄んでいて美味しいですからね。麓まで行き来した疲れによく効くんですよ」


 水を飲んで胃が休まったアイは、隣に座り直したショウに声をかける。


「ショウ、大丈夫か?」

「……えっ?」

「なんか昨日、しんどそうにしてたからさ」


 不意にアイからそう聞かれ、ショウは珍しく気が緩んだような返事をした。


「あ、ああ……アイくん達を案内するのに張り切り過ぎたのかもしれませんね」


 ショウは自虐気味にそう言って苦笑した。笑い方の癖がやはり彼の父親と似ているな、とアイはそんなことを考える。


「初めて知り会ったばっかなのに、ショウにずっと親切にしてもらってるからさ。何かあったら俺達も協力するから、いつでも言ってくれよ」

「……アイくん……」


 何故、会って間もない自分にそこまで言ってくれるのか――そんな疑問がショウの脳裏に過ぎるが、同じことをアイが自分に向けて言ったばかりだ。



 ショウが返答に迷っていると、そんな彼とは裏腹にアイが気の抜けた大きなあくびをする。


「いっぱい食べたからか眠くなってきたな…」

「わたしも~…」


 どこまでも無遠慮なアイとカナに呆れるジフだったが、次第に彼も意識がぼんやりとし始め、目を押さえる。


「……そんなに食べてないのに……俺も急に眠くなってきた……」

「山を登ってきたうえに祭りにまで付き合ってもらって疲れたのかもしれませんね。今日はもう休みましょうか。宿も用意してありますから」


そうこうしている間にすでに眠りに入ってしまったカナをショウが背負い、アイとジフ、そしてガリュマも今晩泊まる村の宿へと向かっていった。



 * * *



 翌朝。アイが目を覚ました。

 視界に飛び込んできたのは、宿の天井。などではなくーー岩の壁と鉄格子に閉じ込められた牢屋だった。


「………………え!? 牢屋!?」

「りゅう!?」


 驚くアイの声にガリュマが飛び起きる。同じ牢屋の中で先に起きていたジフが心底参った顔で壁にもたれて座り込んでいた。


「昨日の夜の料理に薬を盛られたな……見知らぬ土地で見知らぬ奴に出された見知らぬ料理を警戒心ゼロで食うとは我ながら間抜けすぎる……」

「盛られたって、あんなにたくさん出された料理の中のどれに誰が入れたかなんてわかるかよ!」


 混乱しているアイとは対照的に、ジフは努めて冷静に思考する。そして一つの仮説に辿り着く。



「俺が思うには――恐らくショウだ」



 ジフが告げた推測に、アイは言葉を失う。


「あいつの出した水……あれなら確実に俺達全員が揃って同じものを口にする。実際ここに来てからのことは全部あいつが仕切っていた」


 ジフの言うことは確かに事実であった。あんなに自分達に親切にしてくれたショウがそんなことするはずがない――という感情をアイは噛み殺し、かわりに確信に至らない疑問を口にする。


「だとしても……何でショウがこんなことする必要が……」


 今のアイに唯一思い当たるのは、収穫祭の説明についてショウから感想を求められた時の、ひどく思い詰めた様子だった。だが、彼がそこまで追い詰められている理由は何もわからない。一昨日知り合ったばかりの自分達が知るはずもないのだが。



 状況が混迷する中、不意に鉄格子の外側から女性の声が響いた。


「――あなた達、どうしてこんな所にいるの?」


 アイとジフが声の方に振り向けば、鉄格子の前にカンティル族の着物を来た少女が立っていた。肩まで伸びた桜色を帯びた灰茶の髪に、蜂蜜色の目をしている。アイ達より少し年上ーー恐らくは、ショウと同じぐらいだ。アイは驚いて呆然としていたが、はっと我に返り少女に聞き返す。


「お姉さんこそ何でこんな牢屋なんかに……もしかして番人の人?」

「何でって、もうすぐ収穫祭の儀式が始まるでしょう?」


 互いの置かれている状況が違うせいか、アイと少女は噛み合わない疑問を投げ合う。だが、次に彼女が口にした言葉でアイ達は衝撃を受ける。


「私、今回の儀式の〝供物〟だもの」

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