第13話 カンティルの頂-2
一族の集落――カンティルの頂に辿り着いたアイ達は、村に入ってすぐの所でショウが呼び止めた和製の馬車に乗った。
「僕らの一族で大陸の歴史に詳しい人を探してるんでしたよね? それなら長老に直接聞いてみたほうがいいかもしれないですね」
先程洞穴での休憩で軽く説明を聞いたショウが確認する。彼は運転手に「このまま北の方に」と一言お願いし、しばらく街路の景色を眺めながら馬車に揺られた。立ち並ぶ建物に飾られた暖簾やすだれが風にそよぎ、風鈴と鈴が爽やかな音を鳴らしていった。
そして、大きな寺のような建物の前に到着し、一行は下車した。寺へと入っていくショウに続くと、室内は落ち着いた木造になっていた。入り口を進んだ先に佇む受付の机の席に、ショウと同じ着物の服を着た女性が座っていた。
「外からのお客人です。長老をお願いできますか?」
「あらショウくん。長老なら奥にいます。ちょうどお母さんも来てますよ」
ショウが話をすると、女性がアイ達の方へ会釈する。一族同士顔見知りなのか、ご近所の挨拶のような雰囲気だ。指示された通り奥へと進みながら、ショウが小声で言う。
「僕の母さん、長老のお付きの一人なんです」
へぇ~、とアイとカナ、アイの頭の上のガリュマが呑気に言いながら木造の廊下を歩く。そうして見えてきた部屋に進みながら、ショウが声を張って言った。
「失礼します。長老、お客人をお連れしました」
広い部屋の棚や柱に、木彫りの彫刻や植物、お守りらしき石のモニュメントが飾られている。コの字に並べられた木製の長机には、老人と着物の中年女性が席について書物を広げていた。
「おや、ショウかね」
老人が返事をする。和尚のような頭と服、白く長い髭と睫毛、丸まった背中。〝長老〟という言葉のイメージをそのまま体現したような人物だ。
「あらショウ、どうしたの」
「仕事中にごめん、母さん。この子達が大陸の歴史について調査をしてて、カンティル族で一番詳しい人に会いたいって。風の様子を見に村の外に出たら、山を登ってる所をたまたま見つけたんだ」
女性の方はショウと同じ翡翠色の目をした、彼の母親だった。長老とショウの母が、紹介されたアイ達の方へ向く。
「お、俺達、コンプレアンスエージェンシーです!」
「こ、こういう者です!」
アイとカナが思い出したように社名を名乗り、両手で名刺を差し出した――というより突き出した。二人のあまりにぎごちない動きにジフが呆れながら、自分も制服の懐から教団の紋章を取り出す。
「自分はエスペル教団の兵士です。教団直々に彼らに調査を依頼し、自分が同行しています」
「おりぇはレオドラゴンだりゅ」
自己紹介の流れだと思ったのか、ついでのようにアイの頭の上でガリュマも名乗った。
長老とショウの母が名刺を受け取り、眺めている長老が言う。
「おお、教団の……それは大した子らじゃな」
「近年、異常現象が頻出していることはカンティル族の皆さんもご存じだと思います。
その原因が、かつてと同じ《影》である可能性が高く、当時の《明星の救世主》がどのような動向だったのかを具体的に知るため、手掛かりになり得るものを調査しています。
カンティル族は大国の眷属として知と歴史に富んだ一族とお聞きし、お力をお借りしたく願います」
「まぁ~、こんな大変なご時勢なのに、なんて立派な子達なの」
ジフの滞りのない説明を聞き、ショウの母が深く関心の息をついた。
「ふむ。立ったままではしんどいじゃろう、君達も座りなさい。ショウも急ぎでないなら、せっかくじゃから聞いていきなさい」
長机の席についたアイ達は、長老に今回の目的とその経緯を話した。
「なるほどのぉ。《救世主》について知るために、契約を結んだ大精霊と現代でも関わりのある地を巡っておると」
「は、はい。カンティル族の皆さんに協力してもらえたら、バロディノーギア王国に詳しい話を教えてもらえるかもしれないと思って」
「確かにバロディノーギアの王家は春樹座の大精霊フローランナとえにしを結んでおり、ワシらは王家との盟約下にある眷属じゃ。君らは教団のお墨付きのようじゃしのう。災厄の再来が近づいておる今、それを解決するためであれば、我々も前向きに考えたい所じゃ」
長老が己の白髭を撫でる。その後に、アイ達には聞こえない程度の小声でぽつりと呟いた。
「……ワシらにとっても、災厄は他人事とは言えぬからのぉ」
だが、ショウだけはその呟きを耳にし、一瞬反応する。長老は調子を戻して続ける。
「じゃが手続きに少々時間がかかりそうでな。それまでの間、せっかくだから聞いていっとくれ。ワシらカンティル族にも古来より崇め奉っている守り神がおる。『天鳥の魔獣』、ハイルカントリュスじゃ」
「はいる……かんとりゅす? 精霊じゃなくて魔獣?」
初めて聞く名をアイが復唱する。興味を示したアイに、長老が「うむ」と頷いた。
「我々が生まれ持った翼、その遺伝子の祖……大鳥の身姿をしておる。ハイルカントリュスは同じ自然元素を司るフローランナと関わりがあったと言われておる。実際、《明星の救世主》もハイルカントリュスを訪ねてこの地へ来たのじゃ」
「えっ! 《救世主》が!? ほんとですか!?」
長老が何気なく口にした情報に、アイ達がどよめいた。この村は《救世主》の手がかりがあるどころか、彼が直接訪れていた地であった。長老は期待通りの反応で話に喰いついたアイ達に小気味よく頷く。
「空の風を司り、風に乗せて大陸中に自然の恵みの糧を運ぶ。
その風向きをワシら一族がこの山の頂から感じ取り、大陸の景色の移ろいを観測し、バロディノーギア王国へと伝える。
気候、作物、風力、潮の流れ……あらゆる営みにハイルカントリュスと我が一族の役目が必要とされており、王家より〝賢人〟の誉れを賜ったのじゃ」
彼らカンティル族が知と歴史の眷属と謳われる由縁を、長老は語る。
「じゃが……守り神の風ともなると、吹き荒れれば土地のあらゆるものを破壊し尽くす。天鳥は守り神としてはえらく気まぐれじゃ。
であるからして、ワシら一族が恩恵を受けた感謝を示すため、二十年に一度ハイルカントリュスに供物を捧げる『収穫祭』の儀式を行うことで今なお恩恵と還元の循環が続いておるのじゃ」
カンティル族には、〝一族〟たらしめる独自の文化があった。
「その収穫祭の前夜祭が明日行われるのよ。今はその準備をしていたの。そんな所に珍しいお客さんが来てくださって、これもきっと何かのご縁でしょうねぇ! 貴方達もぜひゆっくりしていってくださいな」
「母さん、よそから来たお客さんの前で張り切りすぎだよ」
両手を合わせて喜ぶ母に、ショウが苦言を呈する。そんな親子を見て長老が「ほっほっほ」と笑う。
「そうじゃのう。今度の祭りで直々にハイルカントリュスを見てみるといい。その間に君らの要望についてワシらも話し合っておこう」
* * *
寺を出たアイ達は、引き続きショウの案内で街を散策しながら茶屋で和菓子を食べた。その後日が暮れると、アイはショウの家に上がり彼の部屋で休ませてもらっていた。再び四人と一匹で畳の座敷に座ってくつろぐ。
「……さっき聞いた話、アイくん達はどう思いました? 『収穫祭』の」
「どうって、さすがいかにも民族って感じだなぁ~って思ったけど」
何も考えていないような感想をそのまま口走るアイに、カナとジフが溜息をつく。仕切り直すようにジフが言う。
「ここで崇められているハイルカントリュス……精霊ではなく魔獣と聞いたが、確か元は精霊だったと記憶しているんだが」
ジフの質問に、ショウはやはり気付いたか、というような顔をした。先程アイも長老に同じ疑問を口にしていた。
「現代の伝承における五大精霊は、《明星の救世主》と契約し力を貸したことで世界を救うことに成功した、偉大なる存在と言われています。その過程で救世主は、ハイルカントリュスにも協力を求めたんですが――」
ショウが答えるが、途中で言い淀んでしまう。彼は視線を落とし、再び口を開いた。
「――奴はそれをふいにしたんです」
ショウの口から告げられた顛末に、アイ達は驚く。
「世界の危機に救世主の願いを無碍にした野蛮な天鳥。
人々からそのような烙印を押され、ハイルカントリュスは精霊から魔獣に降格されました。
ですが僕らカンティル族の先祖は、御神体の位が変わっても自然の恵みを受けた恩は変わらないと、今に至るまで何十年、何百年とずっと儀式を続けてきました」
大精霊と魔獣の違い、カンティル族の文化、その食い違いの違和感が、ショウの説明でようやく合致した。
「でも、三年前に……一度取り止めになったんです。用意していた供物が……捧げる前に、ダメになってしまって……」
一族の過去を明かすショウの顔には、さらに陰りが見え始める。
「その原因が、山の麓で噂が広がっている『煉獄の使者』の復活に影響しているんじゃないかと言われています。今度の祭りはそのやり直しなんです。
このまま自然の恵みにも被害が増えて、それで供物が捧げられなくなれば、ハイルカントリュスはどう思うかって……みんな焦ってるんだと思います」
努めて冷静にアイ達に話すショウだったが、いよいよ彼の表情が明確に辛そうになっていく。
「でも……僕は……ここまで脅威が侵食してるのに、こんな呑気な祭りを、あんな鳥なんかのためにいまだに続ける意味が、正直わからないんです……いや、こんな時だからこそ気を強く持つためにっていう長老達の気持ちもわかるんです、だけど……」
だんだんと俯き、頭を抱えるショウの綯い交ぜになった感情が、次々に吐き出される言葉となって現れる。その様子を見て心配になったアイとカナが呼びかける。
「ショウ、なんか顔色悪いけど大丈夫か? 困ってる事でもあるのか?」
「わたし達にここまで親切にくれたんだし、ショウも今日は休んだほうがいいと思うの」
「……すみません、初めてここに来た人の前で、こんな……僕もちょっと、荷物の整理をしてきますね」
家の外にある小屋に荷物を置いたショウは、アイ達が待つ自宅へと戻る――のではなく、村から離れた森にある丘へと向かった。
高台の大きな岩の上に、一人の男が座って空を眺めている。その服装は山の外から持ち込んだ物なのか、グレーのコートのような服のフードを被っている。――カンティル族の民族衣装とは異なる身なりをしていた。
「やっぱり魔獣が崇められてるのはおかしいってさ」
ショウは男の方へ歩きながら、吐き捨てるように言う。
「……これでいいのか。本当に人違いじゃないんだな」
「誰に向かってそんな疑いを向けている」
反抗的な態度を隠さないショウに、男もまた言い捨てた。
「大いなる力がこの村に近づいてくる気配――その正体があの餓鬼どもで間違いない」
男は冷淡に答えるが、自分の元まで歩み寄ってきたショウの顔を見やり、口元に嘲笑を浮かべる。
「後は祭りが始まるのを待つのみだというのに、ここに来て今更躊躇っているのか? なら今のうちに助ければいい。お前が本当に助けたかったものと引き換えにな」
「……お前が僕にやれと言ったんだぞ」
ショウがなじるような目でそう言うと、男はおもむろに岩から降りて立ち上り、弾みでフードが落ちる。そのままショウに近づくと、いきなり彼の首を掴んで強引に顔を引き寄せる。
「責任転嫁するつもりか? 実行するのはあくまでお前だぞ」
青灰色の刈り上げた髪。本来ははしばみ色の目の奥が赤く光り、精悍な男の顔をさらに殺気立たせる。
「会って間もない餓鬼どもと、何年も共に暮らしてきた同胞、お前はどちらの方が心が痛むんだ? そんなことで迷っていて何が変えられるんだ? この一族の風習を、馬鹿馬鹿しい儀式を」
目の前で見下ろしてくる顔――一族の同胞として長らく共に暮らし、ショウが兄のように慕っていた男の顔だ。
呪詛と共に確執に満ちた表情を目に焼き付けられ、狼狽えるショウの顔を見て満足したのか、男は掴んでいた彼の首を乱暴に離した。
「まあお前の好きにすればいい。私はお前のやりたいことをさせてやるだけだからな。精々お前が自分で最初に掲げた目的は忘れるな」
むせ返っているショウに背を向け、男は足元から発生した突風の渦に包まれて姿を消した。呼吸が落ち着いたショウは、男が立っていた場所を睨みつける。
「……シズマ兄さん……」
――13 カンティルの頂




