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第11話 彼が生まれる日-3

「ユーリアの弓矢って、お父さんから貰ったんだっけ」

「そうよ。十歳の時に……って、まだプレゼント悩んでるの?」


 修道院に併設された羅針塔。誕生祭の予行演習を行っていた舞台の控え室。キンディスは上品なチェアに深く沈んでいるややだらしない格好で、傍に立っているユーリアに尋ねる。相変わらず藪から棒だ。


 ユーリアの実家ルナキエ家は、アークレイアに来る前は片田舎の山村で猟師をしていた。ユーリア自身も幼いうちから狩りに同行し、道具や乗馬の技術、現場での知識を心得ているらしい。

 ある時、原因不明の異常現象による山の災害に遭い、彼女の父親が片足と心神を悪くしてしまった。奇妙な異形――煉獄の使者を目にしてしまったらしい。その状態では山で暮らすには危険が多いと判断した両親が移住先を求めていた末、恐らく異形の記憶に苦しむ父の心に反応したのであろう、数奇な縁でアークレイアに導かれたのだ。


「猟師ってかっこいいもんな」

「アンタねぇ、どうせ本に書かれたイメージぐらいしか知らないんでしょ」


 のん気に印象を述べるキンディス。だが、子供のような褒め言葉でも、ユーリアも内心悪い気はしていなかった。


「物でもいいんだけどなぁ~……俺もかっこいい剣でも貰おうかな」

「確かに物なら大事にしてればずっと残るけど、思い出も案外ずっと覚えてるものよ。カナは五歳の時にお祝いで食べたフルーツケーキが今でも大好きだもんね~」

「あのケーキまた食べれるかな?」

「シスター達に頼めば出してくれるわよ」


 キンディスの左隣のチェアに座っていたカナが、好物の話をされぱっと目を輝かせる。和気藹々と盛り上がるカナとユーリアを眺めながら、キンディスも自分の記憶に思いを馳せる。


「俺も誕生日会は毎年やってるし、毎回プレゼント貰ってるのは覚えてるんだけどさぁ。詳しく思い出そうとすると変な感覚がするっていうか……今まで何が欲しかったのかよく思い出せないっていうか……」

「小さい頃のことなんてそんなもんじゃない? 欲しい物だって昔とは変わってくるわよ」


 ユーリアが率直に言う。それでもキンディスは腑に落ちないのか、どこかぼーっと物思いに耽っている。そんな彼を見てユーリアも別の原因を考えてみる。


「今回は修道院だけじゃなくて街のいろんな人達も来るし、舞台で式典もあるから、緊張してるんじゃない。予行演習もだいぶ覚えたみたいだし、しばらく息抜きしてもいいと思うわよ」


 そう言ったユーリアは不意にチェアに座っているキンディスの前に来ると、その場で膝をつく。


「アンタ、奔放に見えて一人で思い詰める所あるんだから」


 向かい合い真っ直ぐ目を見て心配される。キンディスは急に自分の顔が熱くなったように感じ、思わず目を泳がせる。


「……そ……れは……」

「もうすぐ部屋に戻れるから、ゆっくり休みなさい」


 ユーリアはすっと立ち上がる。カナが疲れたのかチェアに座ったままうつらうつらし始めていることに気づき介抱する。キンディスはいまだ顔の熱が引かない。そうしていると、部屋の扉の外側からシスターの呼びかける声が響いた。




* * *




 それから数日が経った。聖誕祭が目前に迫ってなお、自分が普通の人とは違う孤独感を埋められないままだった。

 深夜。キンディスは部屋を抜け出し、灯りの落ちた修道院を彷徨う。


 見回りの目を盗みながら庭園に訪れる。皆が寝静まったはずのその場所に、見知らぬ白い影が立っていた。

 噴水の前に佇んでいるのは、白く短い髪、白に黒とライトブルーの幾何学模様が特徴的な服の青年。キンディスの気配に気づいて慌てる彼に、同じくキンディスも焦りながら口の前で人差し指を立てて声を出さないようジェスチャーする。彼は恐る恐る廊下から庭園に踏み入れた。


「…………何してんの?」

「ここで開かれる聖誕祭に裏方として招待されて……準備をした後忘れ物をしたから取りに戻ってきたんだけど……いろんな場所が閉まっちゃってて……」


 青年が長身の体で縮こまって両手をまごつかせ、二人はささやき声でひそひそと会話を交わす。



「招待……ってことは、修道院の外から来た人?」


 キンディスは青年の状況を把握すると共に、彼の言葉からその身の上を推察する。

 気が弱そうに見える青年は、しかしどこかキンディスがそう言うとわかっていたかのように答えた。


「――さらにもっと……この都市の外から」


 その言葉を聞いたキンディスの目に輝きが宿る。

 青年の想定通りだった。


「その忘れ物を置いてきた、『準備』ってどこでやってたんだ? 修道院の周りなら俺でも案内できるけど」


 キンディスは青年に興味を持ったのか、自ら関わりを持とうと提案をする。

 彼の容姿は普段から修道院で暮らしている者――その中でもさらに上位階級の――しか知らない。今のキンディスはパジャマ姿なこともあり、こんな時間にこんな場所で大星座に会ったなどとは、目の前の青年も含めて誰も知る由もないだろう。



「君はここの修道院の子?」

「そ、そう! ずっとここで暮らしてっから!」


 暗く静かな夜の庭園でも、少年の意気揚々とした無邪気な表情が眩しく見える。青年は目と口元を細めた。


「なら……そうしてもらえると助かるなぁ」




 青年が忘れ物をしたという場所は、羅針塔だった。

 重厚感溢れる赤茶色の塔の上部には、その名の通り――一般的には時計塔によくある構造で――巨大な羅針盤が君している。都市の中のあらゆる景色に佇み、どこにいても見上げれば方角を指し示してくれる、アークレイアのシンボルでもあった。

 厳かに構えた入り口の大きな扉を前に、到着した青年とキンディスが立っている。


「鍵がかかってるんじゃ……」

「こっちだよ」


 キンディスが塔の曲がり角の雑木林の方を指さす。彼は幼い頃から幾度となく塔に忍び込み、バレて侵入口を塞がれてはまた別の抜け道を作っていた。

 足元にある床下の小さな窓から入り、子供が通る小さな道に青年が何度かつっかえながらも、なんとか床下の倉庫に侵入成功する。そこに置かれた道具の上に登って天窓から飛び降り、塔内の廊下に辿り着いた。忍び込むだけでも青年は息切れしている。


「それで、羅針塔のどの部屋なんだ」

「羅針盤の装置機関室かな……」

「めっちゃ上の方じゃん!」

「ああでも、準備の時に塔の構造を教えてもらったからここからは大丈夫だよ」


 そう言って息が整った青年は廊下を歩いていき、迷いなくエレベーターの前に辿り着いた。

 建物の頭部に当たる羅針盤の装置機関室へは、エレベーターを使うほかない。今の時間は当然全ての電気を落とされているだろう。本当に上に行けるのかとキンディスが疑問に思っていると、ここまで一緒に歩いていたはずの青年が忽然と姿を消していた。


「……あ!? はぐれた!?」


 かと思えば、ここへ来る際に通ったすぐ近くの曲がり角から青年がぬっと姿を現す。


「ごめんね……なんだか視線を感じて足が固まっちゃったんだけど、ただのネズミだったよ」

「お前ここでも迷子になるんじゃねぇよな……」

 一安心している青年とは対照的に、キンディスは呆れ返る。……そんな時。



 ――ガチャン。



 と、眼前のエレベーターが到着する重たい音が、ベルの音と共に夜の塔内に響いた。


「じゃ、行こうか」


 驚いているキンディスをよそに青年はエレベーテーへと進み、絢爛な金の装飾と精巧なレリーフが施された扉が開く。彼が中へと入っていくその光景はまるで異界への入り口のようだった。

 この時間にエレベーターが動いていることも知っていたのか……? キンディスは戸惑いを隠せずにいるが、実際目の前でそれが待ち構えている今、その疑問も無意味でしかなく彼はエレベーターの中へと足を踏み入れた。


 背後の曲がり角の向こう側で、床に倒れた見回りの修道士が、霜に覆われて凍っていることも知らず。




「アンタ、どんな所から来たんだ?」

「君が想像してるような大層な所じゃないよ。森に囲まれた小さくて質素な田舎の村さ。風土の関係なのか空はいつも灰色に曇ってて、景色も薄暗いし……このアークレイアの方がずっと広くてどこを見渡しても綺麗な建物ばかりだよ」


 興味津々に質問するキンディスの期待に応えられず、青年は申し訳なさそうに苦笑する。


「でも……月だけは、どの時間に見上げても黒い雲の向こうでずっとくっきりと白く光ってて、綺麗だったな」

「月?」

「それに、この大陸には他にもいろんな場所があるからね。ここに来る途中もいろいろ見てきたよ。空の蒼と自然の緑が溶け合ってきらきら光る湖。沢山の人で賑わっていろんな色の食べ物や店が並ぶ街、朝と夜がひと繋ぎになったような空が見える草原の丘」


 青年の言葉は詩的で、それでいて想像の中に深く誘う。キンディスが本の写真で見てきた知識と合わさると、その場所に自分の足で立ち、自分の目で見られればどんなに胸打たれるだろうかと感嘆する。



「いろんな場所に行くって、どんな仕事してんだよ」

「技工士ってやつかな。ここの羅針盤みたいな大きな装置や、人形だったり……カラクリを組み込んで、ただのガラクタが自分で動けるようにするんだ。それで会場の飾りをさらに面白くする……『演出』って言えばいいのかな」


 だからこの羅針塔に招かれて、そしてこんなに詩的な話し方なのかと、キンディスは合点した。同時にこの青年も自分の聖誕祭を祝うために仕事をしてくれた人なのだ、とどこか心が温かくなる。

「……楽しみだな、聖誕祭……」


 半ば無意識に呟いたキンディスを見て、青年はまた静かに目元を細める。

 そんな折、上昇していたエレベーターの動きが止まり、鐘の音と共にゆっくりと扉が開く。



 円形の天窓に広がる夜空は、まるでプラネタリウム、あるいは大聖堂の天井画のようであり、星の光が暗闇をささやかに照らしている。

 入室を感知してか照明が付けば、広大な部屋いっぱいの金色――正面の壁に取り付けられた巨大な歯車をはじめとする様々な形の金属とレールが煌々と光り、一定のリズムを重い音で刻みながら回り続けている。

 夜の闇の中で、星と共に輝く黄金の巨大装置。この部屋自体がすでに立派な舞台のようだった。


「これが……羅針盤の機関……」


 目の前に広がる光景に、少年もまた目を輝かせる。キンディスが装置に釘付けになっている間にも、部屋の片隅から戻ってきた青年は小さな布の包みを持ち出していた。


「良かったぁ……忘れ物ちゃんと見つかったよ」


 気の抜けるような様子で一安心する青年が戻ってくる。キンディスは装置を見つめたまま、青年に声を掛ける。


「アンタ、この装置いじれんのか?」

「君はもうすっかり装置の方に夢中だね。男の子はやっぱりこういうのが好きなのかな」


 言葉通り、今のキンディスの眼中にあるのは黄金の装置だけだ。アルズは苦笑する。



「動力も稼働してて、わざわざここまで来たんだし……せっかくだから羅針盤を動かしてみる?」

「えっ!? いいのか?」


 都市のシンボルである羅針塔。その羅針を自分の一存で動かすことは、キンディスにとって思いがけない提案だった。


「君はこの都市の外にすごく興味があるみたいだし。羅針盤は方向を指し示すためのものだから、そこに魔力を込めれば、羅針が差した先にある場所のビジョンを見ることができるんだよ。長旅をする人なんかは小さいコンパスを使ってそうすることもあるね」


 先程話していた技工士という職業ゆえに心得ているのか、アルズは羅針盤の具体的な性質を語る。


「これだけ大きな羅針盤で、何より神聖な力が宿ってる。これを通してビジョンを見れば、全身がその場所に飛んだみたいに広大で本物同然の景色が観れると思う。人の足じゃとても入れない……誰も知らないような、この世界の特別な場所が」


 やはりアルズの話し方は想像を掻き立てられる。しばし逡巡したキンディスは、アルズを見上げてもう一度確認する。


「ほんとに……いいのか?」

「終わったら僕が元に戻せばいいんだし、それに――」


 羅針盤を見つめていたアルズもまた、キンディスの方へ振り向き、薄く笑みを浮かべた。


「君なら誰よりも上手く羅針盤を使えると思うんだ」


 それは、キンディスの外の世界への憧憬を認めてくれたが故の言葉だろうか。青年の真意はわからないが、とにかく今のキンディスは羅針盤の先にある景色のことで頭が一杯だった。



一歩ずつ前へと進み、一番大きな歯車の前に立つ。


「両手をかざして、君の魔力を歯車に送り込んでごらん」


 青年の言う通りに歯車に向かって両手を伸ばし、腕から手のひら、手のひらから指先へと魔力を込める。キンディスの体から黄金色の光が粒子を伴って放出し、巨大な歯車を包み込んで眩く輝かせる。

 キンディスと歯車、歯車と連動した羅針盤が魔力で繋がり、彼の瞳の奥にビジョンが流れ込んでいく。



 ――大きな樹を囲んで咲き誇る花畑に、風が運んだ光の粒が舞い、色とりどりの花と鮮やかな青葉を幻想的に照らし出す。

 ――一頭上の結晶張りの道に藍色の海流が流れる、海と地が逆さになったような結晶の洞窟。

 ―― 銀色の霧が湖面を覆い、その周りに佇む雪化粧の木々が、月明かりの下で夢幻的な雪の舞を創り出す、時が止まったような静謐の森。



 そして、視界の三百六十度全てに景色が広がる。

 草原の丘に立つキンディスのあたり一帯には、朝と夜がひと繋ぎになったような星と太陽が共存するグラデーションの空があった。先程青年が話していた場所。

 そんな空を、暁の如き緋色が塗り潰していく。キンディスが天を見上げれば、一際強く光る星が閃光を放つ。瞬間、その星から燃え盛る紅蓮の炎の柱が丘に降ってきた。

 炎の柱の中には、あの星とよく似た光が輝いている。


 その光を瞳に焼き付けるキンディスは、自分の中にある大星座の温もりと同じ温度を感じた。彼にとっては今までにない感覚だったが、不思議と懐かしさのようなものをはらんでいた。

 あれは、自分と〝同じ〟なのか。



 そこでビジョンは遠ざかっていき、瞳の裏の暗転の後に現実へと帰ってくる。力が途切れて放心するキンディスに、青年が呼びかける。


「……何か見えた?」

「……見えた……」


 呆然としながら答えるキンディスだったが、次第に感情が込み上げてきたのか、興奮をたたえた顔で振り返った。


「今見えたいろんな景色が……アークレイアの外に……羅針が指した方に、本当にあるんだ!!」


 太陽のようなオレンジの目を輝かせる少年は、ここで動き続けるどの金属よりも、そして天窓から見える星々よりも眩しかった。

 そんな少年の顔を見た青年も、満足そうにほのかに笑みを浮かべた。




 青年が後片付けを終え、二人は羅針塔から外に出る。


「こんな夜遅くに付き合ってくれてありがとう。修道院の中では迷子になっちゃったけど……時計塔から街への戻り方はわかるから、もう大丈夫」

「んなもん俺の方こそ! 羅針盤に触らせてくれて、外のいろんな景色が見れてすげー楽しかった!!」


 礼を告げるアルズに対し、キンディスはいまだ興奮冷めやらぬ様子で、声を弾ませながら感想を述べる。


「真夜中で真っ暗だけど、一人で戻れる?」

「この時間に抜け出すのも初めてじゃないし。この辺のことは俺の方が慣れてっから安心しろよ」

「それもそうだよね……じゃあ、気をつけて帰るんだよ」

「明日の聖誕祭、楽しみにしてるからな!!」


 修道院の方へ帰って行ったキンディスの姿が見えなくなった所で、青年は彼がいた門の方へ振り返った。


「……大星座の生き方は、救世主の頃から何も変わってない……」


 門を見つめたまま、おもむろに塔から持ち帰った小包を取り出す。中にあるものを手に掴むと、包みから引き抜きながら強く握りしめ、あっけなく砕ける音がした。


「もうすぐこんな場所から自由にしてあげるから――」


 開いた手の中には粉々になった氷だけが残り、下ろされた手のひらからはらはらと零れ落ちていく。



「楽しみに待っててね、キンディス」


 ――11 彼が生まれる日

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