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第08話 その手の温度-1

 数年前。



 ヨータとカナにあてがっていた家がもぬけの空になり、二人を探して手がかりを得たリオウは、とある夕暮れの丘で岩に腰掛けているヨータを見つけ出す。


「カナは宿にいるよ」


 リオウの疑問の一部を見抜くような一言を告げる彼は、振り向きもせず右手で首筋の輝石を掻いている。


「……キンディス……どうして……」


 外でその名前を呼ぶことも、もはや咎めるそぶりも見せず淡々と口を開く。



「仕事も生活も、もう俺達二人でできる。そう思うと今までの自分が……恥ずかしくなったんだよ」


 覇気のない声で、自嘲の言葉が零れ落ちた。


「他にもいるんだろ、面倒見てる子供が。俺よりももっと子供の……今のカナと同じくらいの……それが何人も……ずっと昔から何度も」


 雫が低い所に落ちるように、ヨータはとつとつと呟くように語る。リオウが身を置く状況。純然たる事実。


「ご立派なこった」


 薄く笑う表情と言葉とは裏腹の、重く暗い、しかしどこか空虚な感情が篭っていた。


「俺はあそこを出るまで世間なんて何も知らなかったバカだからさ……今でも自分が特別だって勘違いしてたんだよ」

「そんなことは……」

「そうじゃなくてもおかしいと思うだろ!!」


 リオウの否定を遮って、ヨータは堰を切ったように声を荒げた。



「自由になりたいって言ってた奴が、誰かに……お前に特別だと思われたくて、こんなバカみたいに拗ねるなんて…!!

 外に出りゃどいつもこいつも大星座に縋るくせに、俺がいいって……俺じゃなきゃダメなんだって、そんなこと言う奴なんか誰もいないんだ!

 俺が誰かなんてみんな知らないから! 俺は大星座なのに!!」


 一度溢れた激情は止まらず、ヨータは怒声を響かせる。だが、自分で口にした言葉で虚しくなったのか、叫び声を上げて息を切らせた後、うずくまって力尽きたように弱々しい声を零す。


「……大星座……だから……」


 『明星の救世主』と同じ力を持つ者――大星座。故にいたずらに人々の前に姿を晒すことを憚り、身を潜めて生きることを余儀なくされる。それを理解し支えてくれる近しい者が傍にいれば、少しは違うのかもしれないが……彼とカナの場合は、それすらも故郷ごとコキュートスに壊されてしまった。

 ……いや、本当なら、今はリオウがその〝近しい者〟であるはずだった。そうありたいとリオウ自身も強く思っていた。


「おかしくなんかないよ」


 失意に項垂れるヨータに、リオウははっきりと答えた。はっとリオウを見上げる彼の顔は憤っているようにも泣きそうなようにも見えて、輝石を煩わしそうに掻く彼の手を、歩み寄るリオウが掴む。


「他の誰がなんと言おうと……僕は絶対に君の味方だよ。だから……」


 それでもリオウは、その先の言葉に詰まってしまった。



 教団に来てくれと言えばいいのだろうか。だが彼こそが大星座だと教団が知れば、きっと大勢の大人が目の色を変えるだろう。そうでなくとも彼にとっては〝保護された数人の子供の一人〟に落とし込まれる。

 いつも通り最短で効率的な方法を考えればいいはずなのに、今は本心でないことを言いたくはない。けれどその本心も上手く言葉にできない。ただ一言「君が特別だ」と言えばいいのに、その理由も自分自身の中で説明がつかない。



 そうしている間にも、激昂していた彼の表情から次第に感情が消えてしまう。


「……別にいいよ、そういうのはもう。俺の方がどうでもよくなっちまった」


 彼はリオウの手を振り払いながら立ち上がる。向かい合って立つ彼の背丈は随分と伸びて、目線の高さも近づいていた。出会った頃は今のカナとそう変わらない子供だったのに。


「俺の力が必要だから傍にいたのもわかってる……この先もカナを守らないといけないし……だからこの力が必要になった時は言ってくれ。それ以外は……」


 夕陽を背にした逆光で、ヨータの顔に陰が落ちる。その陰の中でも、彼の金とオレンジの瞳は強く輝く。それとは対照的に、彼の表情はひどく苦々しく、疲弊していた。


「もう放っておいてくれ」


 彼はそう吐き捨て、リオウの横を通り過ぎて歩いて行ってしまった。

 呼び止めようとしたリオウは咄嗟に振り返る。しかし、喉まで出かかった声が口に出されることはなかった。呼び止めるための言葉が、どんなに思考を巡らせても……思考を巡らせるほど、浮かばなかった。

 無意識に伸ばしていた右手を引き戻す。何も掴めなかった手のひらを歯痒そうに見つめ、握り潰した。




* * *




 青い石造りの壁を、いくつかの照明の火がにわかに照らす。ほとんどが暗闇に落ちた、古城のような建物の聖堂らしき場所。

 氷が枷となり、両手を頭の上で拘束され壁に磔になっているヨータは、これから儀式に捧げられる生贄そのものだった。

 どこかもわからない場所で目覚めたヨータは、熱に浮かされたように朦朧とする意識と、整わない呼吸に苛まれる。その瞳の奥では金色の光が明滅していた。



「目が覚めたかい」


 目の前にはアルズが立っていた。圧倒的な力でアイ達を蹂躙し、自分をここに拉致した男。歩み寄ってきた彼は、項垂れているヨータを見下ろす。ヨータは顔を上げる力さえ入らない。


「舌でも噛み切られたら困るからね」


 それが意識を溶かす熱の正体だと、アルズは暗に告げる。断続的に疼く熱のせいで、ヨータの呼吸の中に時折呻き声が混じる。



「もう十分苦しんだだろう」

「……ああ……?」


 脈絡のないことを言われて、ヨータは思わず聞き返した。


「君がどれだけ自分を抑え込んで《影》の苦しみに耐えても、誰も君に気付いていない。

それどころか君が大星座だとわかればもっと醜いことになる。

アイがろくに自分の言葉も聞いてもらえないまま振り回されてるのを傍で見ていてよくわかっただろう?」


 いやらしいほどはっきりと、アルズは追い詰められたヨータの現状を言葉で表す。


「自分でもよくわかってるはずだ。君の中の《影》が増幅するのは、そういう浅はかな人々を信じられないせいだって」


 アルズが言ったようなことを、一度も思わなかったわけではない。むしろ誰かに気付いて欲しいと思ったことさえある。そんなヨータの本音を知ってか知らずか、アルズは微笑んだ。


「だけど僕なら……君を救ってあげられる。もう誰にも何も譲らなくていい、君のための優しい場所に……アイやカナ達だって、みんなでずっとそこにいられるんだ」


 耳障りが良すぎて、現実味のない誘い。

 だが……確かに、ヨータにとってずっと誰かに言って欲しかった言葉だった。

 自分で自分に言い聞かせるほど同じ場所から進めなくなった。自分の言ったことに同意して欲しいんじゃない。「ずっとそこにいろ」と言われているようだったから。

 誰かに、別の場所に引っ張り上げて欲しかったんだ。こんなことを言ってもらえるのは最初で最後かもしれない。



 あの日故郷を失わなければ、今頃堂々と自分の名前を名乗れて、名前を呼んでもらえて、その名前を誰かに選んでもらえたはずなんだ。誰にとっても〝知らない子供〟でしかない、惨めな生き方じゃなくて……

 …………あの日…………?


「……俺が……こんな惨めに生きる羽目になったのは……」


 瞳が金色に塗りつぶされかけていたヨータだが、不意に掠れた小さな声が溢れる。次第に本来のオレンジ色に戻りつつある瞳の光が、次の言葉を発そうとする呼吸が強くなっていく。体の力を掻き集めて顔を上げたヨータの表情には、熱を打ち破るほどの強い意思が映し出されていた。


「……お前がアークレイアを……壊したからだろ……!! 全部お前のせいじゃねぇか!!」


 ヨータの怒声が石の壁に反響する。意に反する答えがこだまし、アルズの顔から表情が消えた。


 アルズはヨータの顎を掴んで強引に顔を上げさせる。アイスブルーの冷え切った瞳が覗き込んでくる。彼を映したヨータの瞳は、まだ完全に金色には染まっていなかった。


「《影》の効き目が悪いな」


 そう吐き捨てたアルズは乱暴に手を離す。その手がヨータの腹部の前で止まると、手をかざした場所に魔法陣が浮かぶ。

 アルズは躊躇なく魔法陣ごとその手でヨータの腹を貫いた。


「ッあ…………!!」


 得体の知れない衝撃がヨータの全身に走り、拘束された体が強張った。アルズの手は陣を通してヨータの体内の魔力に干渉する。鞄の中から物でも探すように無遠慮に掻き回す。


「ぐあっ……ああああ!!」

「あいつの魔力が中にあるんだ」


 何かを探り当てたらしいアルズがぼそりと呟く。


「仲直りしたの?」

「うあっ……やめろ……触んな……!!」


 ヨータは必死にもがくが、この状況で逃れられるわけもない。アルズの言う“あいつ”――リオウに介抱された時、彼に施された魔力を、壊されるのが嫌だった。

 一切怯まなかったヨータが明確な拒絶を見せたことに、アルズは目の色を変える。


 途端、アルズはヨータの体内を貫いたまま、その手から強力な《影》を放出した。電撃を撃ち込まれたかのような重く鋭い痛みがヨータの全身を襲い、叫び声を上げる。


「うああああああああ!!」

「あいつが助けに来てくれるといいね。それとも君が助けてって言ってたよって教えたら血相変えて探しに来るかな。それから君が僕の方を選んだのを見れば、あいつは本気で悔しがるかもしれないなぁ……君だってそれが一番見たいでしょ? どう思う?」


 さらに饒舌になったアルズは一方的に喋り続け、ヨータに問い掛ける。今の彼が答えられるはずもなく、内側を暴かれているヨータは悲鳴を上げ続けることしかできない。



「キンディス。思い出すんだ。秩序だの正しさだのただの言葉じゃない、君も当然持っているべき望みを! 人類が勝手に掲げた信仰のせいで、それが叶わなかった苦しみを!!」

「うあっ……あああ……っ!!」


 獣じみたアルズのアイスブルーの瞳の奥にさえ、泥水の如き黒い《影》が広がっていく。彼の瞳に反射したヨータの姿もろとも呑み込まれていくようで、ヨータの理性が徐々に霧散して、曖昧な意識だけが浮き上がる。



 ――行く先々の街中で幾度と見かける、親と共に歩く子供の姿。その満ち足りた笑顔。一生自分は知ることのできないであろう幸せ。それを潔く諦めた所で、一体かわりに何を得られたというのか?

 これがアルズの言う、自分の中にある〝望み〟か。こんな禍々しい《影》を生み出すほど大それたものなのか?

 それすら叶わないのは、アルズの言う通り、こんな世界のせいなのか。



 ……それでも。

 そんな時でさえ、自分にだってカナがいつも傍にいてくれた。

 カナだって、ある日突然理不尽に、ずっと自分と二人きりで生きることを余儀なくされた。記憶を封じたとしても、こんな生き方が普通の子供と違うことは気付いていただろう。それでもずっと一緒にいてくれた。

 他人の家族ばかり羨ましく眺めていた自分の手を引いて、同じ帰る場所まで歩いてくれた。

 アルズの言うことを認めるということは、カナの人生を貶めるのと同然だ。

 そうやって二人で生きていれば、今では同じ孤独を理解し合える人達がいたんだ。

 アイも、ジフも、リオウも――………………



 僅かに残っている自我で必死に掴んでいた意識すら、アルズが流し込んだ《影》が駆け巡り、掻き消された。

 全身を内側から支配さする熱に焦がされ、ヨータの意識は闇に覆われた。




* * *




「アイ……ねぇ起きてよ……! ジフ……!」


 アルズがヨータを連れ去った後、花畑に取り残されたカナは、地に倒れたまま一向に目覚めないアイの傍で必死に治癒を施しながら呼びかける。アルズの強力な氷雪の爆破を受けたアイとジフは、体のいたる所が霜に染まっていた。ガリュマもジフの傍で炎を噴き出して懸命に霜を溶かそうとしている。


「アイ……ヨータが……ヨータが……!!」


 不安と焦りで胸がいっぱいのカナは目を潤ませ、涙声になりながら呼びかけ続ける。そんな彼女の背後、花畑の入り口の方から、走ってくる人の足音が近づいてくる。


「カナくん!!」


 大人の男の声が響き、カナが振り返る。現れたのはリオウだった。彼にしては珍しく焦燥に駆られた顔をしていたが、花畑に広がる光景――荒れた草花と傷だらけで倒れている子供達を見て唖然とする。


「一体何が……」

「……コキュートスの……アルズが……」

「ヨータをどっかに連れてっちまったんだりゅ!!」


 ここで起こったことを反芻するカナの表情が悲痛に歪み、ガリュマが精一杯に結果を伝える。視線を落としたカナには見えていないが、一度冷静さを取り戻したかに見えたリオウの目には鮮烈な衝撃と怒りに満ちていた。



 リオウは歯軋りをすると同時に手の平を握り締める。痛みで己を律したリオウは杖を実体化し、握り締めたそれを掲げた。


「《霊泉より出でし解唱(アンティフォン)》」


 杖から光が降り注ぎ、花畑に波及していく。光を受けたカナ、そしてアイとジフの体から霜と傷が消えていく。


「……彼らはじきに目を覚まします。そうしたらすぐに南支部に戻ってください」

「でもヨータが」

「これ以上は君達も危険です。後は私が……最善を尽くします」


 今はリオウにもそれ以上のことは言えなかった。足早に先へ進もうとする彼の背中が硬く強張っていた。その背中を見たカナは、ぐっと彼の言葉を呑み込む。


「……う、うん……お願い、リオウ……!」

「……すみません。ありがとう」


 リオウは肩越しにほんの少しだけ振り向くが、その顔はカナには見えない。そしてリオウは岬の奥に広がる森へと向かっていった。



 深い森へ踏み入れたリオウは、己の右手を見つめる。手のひらから腕にかけて、黄金色の光の脈が浮かび上がり、魔力の熱を帯びていた。

 ヨータに与えられた、彼の大星座の力。

 この力が反応しているということは、彼はまだ生きている。南支部から岬に至るにつれ反応が強まっていた。恐らくは――まだ近くにいるはずだ。


「キンディス……」


 ほのかに熱を発する、黄金色に脈打つ手のひらを握りしめる。彼の存在を確かめるように。

 リオウは前へ向き直り、右手の魔力が示す方へと急いだ。



* * *



 リオウがその場を去ってから、少し経った頃。

 倒れていたアイとジフが意識を取り戻した。


「……うっ……」


 二人とも重そうに瞼を開け、上体を起こした。体の霜が溶けて間もないからか、少し凍えていた。


「アイ……ジフ……!」

「お前ら生きてたかぁ?!!」


 それぞれ傍に座り込んでいたカナとガリュマが呼びかけた。辺りを見回したアイが尋ねる。


「カナ……ヨータは」

「あの爆発の後、ヨータが最後までわたし達を守ってくれて……でもそのかわりに……アルズに、どこかに連れて行かれて……」


 カナから一部始終を告げられ、アイは言葉を失い、ショックのあまり目を見開く。


「さっきリオウがここに来て、わたし達のかわりに探しに行ったの。わたし達はこれ以上は危険だから……支部に戻って、って……」


 その託けを聞き、この状況を見れば当然だと理解するものの、アイとジフは遣る瀬ない悔しさを露わにした。自分達の力では――アイの大星座の力をもってしても――アルズに歯が立たなかった。


「クソッ……」


 アイは無力感を吐き捨てる。ジフも合わせる顔が無いのか、無念そうに顔を逸らしたまま俯いていた。

 リオウの言い付けを頭では理解していても、失意の感情が重石となったが如く、その場から立ち上がれない。三人と一匹の間に沈黙が流れる。ふと、その時。


「……んお?」


 ガリュマが耳をぴこぴこと動かし、何かの気配に気づいた。



 不意に、大気に黄金色の光の粒子が漂っていることに気付く。アイは粒子が飛んでいく先を目で追い、振り返った。

 宙で一つに集まっていく粒子は、眩い光を放ちながら、白馬の姿に変わった。


「キュロイト……!!」


 その白馬――光颯座の大精霊。その名を知るカナが口にする。ヨータが初めてアイ達の前で大星座の力を解放した時に共に現れた、彼と力を共有する存在。


「これが……」

「五大精霊の一体……」


 アイとジフは、キュロイトの光に思わず目を奪われる。

 救世主伝説において、『明星の救世主』と契約し大陸を救った大精霊のうちの一体。それが目の前に現れたことに畏敬の感情を隠せない。


「ヨータの魔力がまだ繋がってるの? ヨータがどこにいるかわかる?」


 カナだけは唯一――長年ヨータと共にいたことで、彼女自身もキュロイトを見知っているからか――急いで立ち上がり、キュロイトへ駆け寄って矢継ぎ早に問う。キュロイトは眉ひとつ動かさない代わりに、金色に煌めくたてがみをなびかせて淡い光を放つ。それに呼応するように、ガリュマが耳をピコピコと動かした。


「わかるって言ってりゅぞ!」


 同じ獣同士だからか、声にせずともガリュマには読み取れるらしい。それを聞いたアイ達の間に鋭い緊張感が走る。その時、ガリュマの体の星零石と、キュロイトの角の星零石が同時に光り出した。



『――人の仔等よ』



 不意に人の言葉で声が聞こえた。子供の声ではない、重く深みのある、それでいて澄んだ声だった。しかしこの場にはアイ達三人以外に人はいない。キュロイトを見るアイ達の顔が、畏敬から驚きに変わる。


「喋った……!?」


 キュロイトは実際には声を発していない。念力のような形で、魔力を声にしてアイ達に伝わる言葉で呼びかけていた。


『あの少年の体に異変が起きている以上、私も完全な力は出せない。場合によっては私の力が負荷となってしまう。故に其方達人間の足で後を追った場合に、あの少年のもとへ辿り着く場所を教えることはできる』


 カナの問いに対する答えを述べる。その声は爪弾く音色のようにたおやかだった。


『だが……私が見えるのはあくまでも〝場所〟のみ。その場所で何が起きるかは私の知り及ぶ所ではない。其方達人間の尺度で幸か不幸かは、私には関係のないこと』


 そして、キュロイトは人間とは異なる……いや、超越した価値観の存在であることを淡々と告げる。


『私が場所を知り、其方達がそれを欲した。その覚悟はよいか。引き返すのも止めはしない』


 正に白馬の姿をした啓示そのものであった。ヨータは常にこの存在を相手に選択し続けてきたのか。



 リオウには南支部へ戻れと言われた。事実、アイ達ではアルズに歯が立たなかった。彼の言い付けを反故にしてまで、状況を好転させられるのだろうか。その保証は誰にもできないことをキュロイトは問うているのだ。

 だが……そんなアイ達の前に、キュロイトは現れた。

 重い沈黙を破ったのはアイだった。


「なぁ、キュロイト」


 今度はアイが名を呼びかける。


「お前が俺達の所に来たのは、お前がヨータのことを俺達に知らせたかったからか」


 大局的ではなく、キュロイトという個に向けられた問い。ほんの少しだけ、キュロイトが目を伏せた気がした。


『――大星座。あの少年と同じ力を持つ者。私の言葉を理解し得る者が、同じ時代、同じ場所に存在している。そのことに意味を見出したまで』


 キュロイトは一貫して己が司る性質を全うしている。だが、この時話しているキュロイトの言葉には、微かに自我を感じた。



「……決めた。俺は行く」

「私も……!」

「ならおりぇも行くぞ!」


 考えを同じくしていたアイとカナがキュロイトの問いに答えた。そんな二人の姿にガリュマも後に続く。しかし、ただ一人ジフだけは違った。


「待て、これ以上は本当に危険だ! 行ったところでヨータを助けられなきゃ意味がないんだぞ! 感情だけで動くな!!」

「でも今キュロイトの言葉がわかるのは俺達だけなんだぞ! 俺達が行かなきゃ、他に誰も知らないままなんだ!」


 ジフとアイが互いに声を張り合う。その声の強さが表す通り、向かい合う表情はどちらも深刻で、そしてどちらの言うことも今、目の前で起きている確かな事実だった。


「俺にだって……大星座の力がある。だから……」


 アイの切実な目が、真っ直ぐにジフに訴えかける。

 もとより特異な体質を除けば、本来アイ達は無辜の一般人だ。彼らだけを戦わせることなど、教団の兵士であるジフの本懐に反する。そして教団に属するからこそ、信仰する大星座を――その力を持つアイを否定することは、何よりもジフ自身の矛盾を孕んだ。


「………………」


 口を噤んだジフの前には、大星座のアイと、影を浄化するカナと、大精霊の遺伝子を持つガリュマ、そして大精霊キュロイトがいる。

 キュロイトと意思疎通ができたのは、あくまでもアイ達がいたからだ。ジフ一人ではこうはならなかっただろう。そしてジフがいなくとも、こうなっていただろう。最初から蚊帳の外なのはジフの方だった。

 反論の言葉が見つからなかったジフは、苦渋の表情を見せた。


「……俺がお前達の監視の任務を受けている以上……お前達だけを行かせるわけにはいかない」

「ごめん……ジフ」


 納得というよりは折れたに近いジフに、アイは心が痛んだが、意を決してキュロイトに向き直る。


「キュロイト、場所を教えてくれ」

『――決まったか』


 アイの答えを聞き入れたキュロイトの体が輝き出し、霧散して再び黄金色の光の粒子になる。


『来るが良い』


 そして風に乗るように大気を漂い、岬の奥にある森へと先導を始めた。

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