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第07話 光る花を君に-3

 翌朝。結果としてアイはカナとジフ、ガリュマの三人と一匹で、ヨータに教えられた花畑を目指して郊外の岬に来ていた。

 ヨータ本人から言われたと正直に話したところ、カナとジフもとりあえず納得した。


「花畑に咲く花の中には、聖国の遺産の力を受けて回復能力が宿った品種があって、教団でも兵士を治療する薬の材料にしている。今は咲き始めの時期で教団はまだ手をつけていない」


 目的としている花の詳細を、ジフが歩きながらアイ達に説明する。


「確かに、この南支部がこの岬近辺にが建設されたのも、その遺産の力の恩恵が理由だが……」


 恐らくはその花のことも知っていて、ヨータは暗に教えたのだろう。今の彼の体に使った場合の効果のほどはわからないが、アイが提案した〝都合の良いもの〟が本当にすぐ近くに存在した。

 しかし、運び屋の仕事柄ヨータは大陸の地理に長けているとはいえ、花……もとい遺産のことまで知っているのは、それだけが理由ではない気がする。



「……花畑に辿り着くまでの道中で何も遭遇しなければいいが」


 ジフはあえて別の懸念を口にして悟られないようにした。今のアイ達には情報を与えるほど、行動の選択肢が増えてしまうから。


「ここまで来といてまーだ心配してんのかよ。そのへんも大丈夫だって。俺にだって……大星座の輝石があるんだし。博物館でヨータがやったみたいに、その力を使えれば……」


 と、アイは輝石の宿っている右手を上げて握りしめた。そのことを引き合いに出されると、大星座を信仰している兵士のジフには何も言えなくなってしまう。

 ……それにしても、今日のアイはやけに張り切っているように見える……という以上に、彼が自身に宿る大星座の力を肯定したのは初めてではないか、とジフは感じる。今のこの感覚が感心なのか胸騒ぎなのか、自分でも判断し難いのがやはり不安だが。

 カナは腕に抱いたガリュマのぴこぴこ動く耳や手足を眺めている。外の空気を吸ったおかげか、昨日よりも少し元気が戻ったようだ。



 やがて三人は岬の入り口まで辿り着いた。

 その目印としてか、道の頭上には大きなアーチが建っている。白煉瓦の柱の頭部で繋がった黒い骨組みに、草花が絡みついて晴天を背に青々と咲いている。岬の景色の一部として植物と共生していることがわかる姿だった。


「ここから聖国の遺産の結界が展開している。通り抜ければ安全だろう」


 そう言って率先するように進んだジフが何事もなく通り抜け、それにカナとガリュマが続いていく。最後にアイがアーチへと進んでいった。


「痛って!!」


 アーチを通った瞬間、バチッ、と強い静電のような衝撃がアイの体に走り、思わず声が出た。結界が確かにそこにあることを感じさせるような衝撃だった。一番強く痛みを感じた右手を押さえながら反射的にアーチの方に振り向く。


「どうした」

「いや……一瞬静電気みたいなのが」

「それって大丈夫なの……?」


 結界にさえ辿り着ければそこから先は安全なはずが、そもそも結界に反応してしまっては本末転倒だ。ジフとカナの不安げな顔を見てアイ自身も肝が冷えつつも、アーチを通り抜けて結界内に入ることはできている。


「右手が一番痛ぇから、輝石に反応したのかも」

「……まあ……ならいいが」


 確かに、アイに宿っている輝石は救世主と同じもので、遺産は《救世主》がいる空の聖国から落下すると言われている。何かしらの反応があっても不思議ではないのかもしれないと、ジフはそのまま先に進むことにした。



 山林の向こうに広がる、陽光に煌めく海原に沿いながら岬を歩き続けた末、ついに目的としていた景色が目の前に現れる。

 緑広がる野原。所々に咲いた純白の蕾、それが大きく開いた花々が、緑の大地に輝く光のように見えた。その花たちの開花を見守るように佇む、古びた白亜の瓦礫。その形は何かの彫像台のような面影を残していた。

 治癒の力を持つ蕾と花。聖なる力を展開する彫像台の白。それらが集うからなのか――この場所だけ空が朝焼けのように淡く白んでいる。

 ――聖国の遺産が守護する花畑。その形容に違わぬ幻想的な景色が広がっていた。



 初めて目にしたアイとカナは感嘆し、ガリュマが大はしゃぎで駆け回る。


「これ、満開だともっとすごいってこと!?」


 花畑の光を写したカナの藍色の瞳もきらきらと輝いている。ヨータはきっとこれを見越してここへ連れて行けと言ったのだろう。カナの顔に戻った笑顔もまるで花が咲いたようだった。

 ……などと物思いに耽っていたアイは我に返り、一人恥ずかしそうに顔を逸らす。そんなアイを何か言いたげな目で見ているジフだったが、触れてやらずに花畑へと進む。


「両手に持って帰れる程度なら、摘んでも何も言われないだろ」

「これこのまま食べたらどうなるんだりゅ?」

「食べちゃダメだよ!」


 一行は緑地に咲く白い花を摘んでいく。カナとガリュマが花を観察するのに夢中になっている傍ら、ジフは摘もうとした直前で冷静になったのか「サギリにでも渡すか……」と独り言を呟いている。


「この花なら……ヨータを治せるかもしれない」


 アイは手に積んだ一輪の白い花を見つめる。周囲の木陰や、アイから落ちる影に覆われても、その花はほのかに光を放っている。もし、完全に治すことはできなくても、ここへカナ達を連れてきて無事に帰ってきたという手土産が、気休め程度にはなるだろうか。



 目的を終え、三人が立ち上がったその時。

 ほのかな光を放っていた花に異変が起こる。


 まだ咲いていないはずの大量の蕾が、突如次々に……一斉に開花し始めた。


「えっ……えぇっ?」

「なんだあ!?」


 足元を見たカナとガリュマが驚きの声を上げる。アイとジフもそれに気付き周囲を見回す。

 花の光は鮮烈になり、ばらばらに明滅し始める。神聖な場所がサイケデリックに変貌していく異様な光景に三人が戸惑っていると、彼らの背後――

 花畑の入り口から、男の声が語りかける。




「綺麗だね。初めてここの花畑を見れて感動したよ」




 雪のように儚げで、そして冷気を感じる声。その声を、アイは知っていた。

 背筋がぞっとし、恐る恐る肩越しに振り返る。そこに立っているのは、白く短い髪と幾何学的な服の男――

 ――アルズが立っていた。


 「……お……お前……!」


 マルトクラッセの図書館でアイを襲った男。そして、《影》の力をその身に宿し、氷人形達に地上の人々を襲わせる、コキュートスのリーダー。

 聖国の遺産の結界によって、決してこの場所には入れないはずの男。


「僕達はここに入れてもらえないからさ……」


 自らそううそぶく男が、いま目の前に、この場所に現れた。アイ達は愕然と目を見開いて言葉を失い、小刻みに後ずさる。まるで小動物でも眺めるように細めたアルズの目が、鮮烈なアイスブルーの光を発する。



「っ……!?」


 直後、アイが胸を押さえて草原に崩れ落ち、苦しみ出した。


「でも、《影》の因子が中に入ってしまえば内側からどうとでもできるんだよ。アイと僕は……友達だもんね」


 アルズは笑みを浮かべながら自分の胸元を指で叩く仕草をした。倒れたアイにジフとカナとガリュマが駆け寄ると、アイのインナーの襟を下げて押さえている場所を確認する。露わになったアイの胸元には――禍々しい痣が浮かび上がっていた。


「こ、この痣……」

「……黒影病……!?」

「なんだってぇ!?」


 カナが痣を目にし、そしてジフが確信した。それを聞いたガリュマが驚く。

 患った者の心身を侵食し、宿主の体から《影》を放出する黒影病。《救世主》が命懸けで大陸から消し去り、今はヨータの体を蝕む病。それを、《救世主》と同じ輝石を宿すアイが発症していた。


「アイと初めて出会った時、あの図書館で、君の中に注いであげたじゃないか。僕の……《影》の力を。それでも君がこの花畑に入れたのは、恐らくアイの持つ大星座の輝石と拮抗しているからだろうね」


 おかげでこうしてアイもアルズも花畑に入れたのだと、アルズは淡々と指摘する。



 アイとアルズという《影》を持つ者を排除しようと、やわい光を放っていた聖国の遺産――彫像台から突如激しいスパークが走る。結界の力が乱れ、花畑も狂い咲いている。聖なる力がアイの体の内側の《影》を打ち消さんと猛威を振るう。


「うっ……ぐぅう……!」

「僕は《影》そのものから生まれたんだから。ただ排除されるだけじゃなくて、こっちから仕掛けることもできるんだよ……!」


 アルズの口から放たれた言葉にジフは驚愕し、耳を疑った。両腕を広げたアルズは体から黒くぎらついた《影》を放出し、彫刻台と花々に宿る光が異常なまでに明滅する。アイの体内での拮抗が激しくなりさらに悶え苦しむ。


「うああああああああ!!」

「や、やめて!! なんでこんなことするの!!」


 カナは必死にアズルに向かって叫ぶ。


「カイル達から聞いてないかな? 君とアイを僕らの友達にするためだよ。残りの君は……君次第で考えてあげるけど」


 アルズはあっさりと答えるが、カナ達にとっては何の答えにもなっていない。この男はあくまでも自分の目的を強行することしか考えていないのだ。戦慄にも似た直感に、ジフは咄嗟に武器の槍を実体化する。


「カナ! アイを治癒しろ! ガリュマも下がれ!」


 叫びながら槍を握って前に飛び出すジフ。大気から抽出した水が、螺旋状に集いながら数本の氷の刃となる。そんなジフと鏡写しになるように、アルズの背後からおもむろに出現した数本の氷の刃が扇状に舞う。

 互いの氷の刃がほぼ同時に放たれ、ぶつかり合って爆発する。激しい衝撃と冷気の煙が花畑を迸った。




* * *




 ヨータの首筋――黄金色の輝石に鋭い痛みが走り、彼はベッドから飛び起きる。

 この痛みは、以前マルトクラッセで感じた時……アイがアルズに襲われた時と同じだ。それはつまり――


「なんで……今、あいつが……!」


 アイ達は聖国の遺産がある花畑に行った。そこへは《影》の力を持つアルズ達は侵入できないはずだ。もしかして違う場所に行ったのか? ヨータの頭の中で情報が錯綜しては点と点が繋がり、悪寒が止まらない。

 いずれにしてもアイ達に何かが起きている。ただ一つの確信から砂嵐の如き推測を巡らせていた、その時。微かに光ったヨータの輝石に反応するように、ベッドの傍ら……ヨータの目の前で、光の粒が集う。

 その光が成した形は、白馬の姿だった。



「……キュロイト……」


 ヨータが白馬の名を呟く。光颯座の大精霊、キュロイト。ヨータの輝石が要となる星座の大精霊。彼が名を知っている通り、相対するのは今が初めてではない。

 キュロイトは声も発さず、黄金色の瞳でヨータを見つめる。


「お前ならわかるのか……あいつらのいる場所が」


 ヨータが問うも、やはりキュロイトは黙ったままだ。今彼が口にしたことそのものが、答えだから。

 大星座の輝石からヨータが与えられた力。『駿馬の羅針』――即ち、光をも超える瞬間移動。ヨータが強く意識する場所、人のもとへ、そのイメージが明確であるほど一瞬で転移する。マルトクラッセの図書館や博物館でアイ達のもとへ間に合った時、それよりずっと前から、何度もこの力やキュロイトの力を使い、ヨータは大星座でありながら身を潜めて生きることができた。


 ヨータが何よりも求める場所。今、アイ達がいる場所。彼らの姿が鮮明に浮かぶのなら、そこへ転移するくらい容易いことだ。

 ――追いついた先でどのような結果になるかは、キュロイトの管轄外だが。


「………」


 きっとキュロイトはそれを確かめに来たのだ。頭の中の思考が洗礼され、ヨータは言葉に詰まる。後はヨータの結論を待つのみだ。選ばせるのは人智を超える大精霊故の無情なのか、むしろ人ならざるものにしては選ばせてくれるだけ有情なのか。



 ヨータが即決できないのは、脳裏に浮かんでいるのがアイ達だけではないからだ。

 昨日、リオウに触れてもらった、大星座の力を分け合った左の首筋に右手を伸ばし、無意識に自分の手で触れる。

 せっかく、ようやく素直になれたのに。結局俺はまたあの時と同じように、勝手に出て行くのか。

 ……いや……

 今はあの時のような、自分のためだけではない。どちらかが行かなければいけない時、一人が必ずアイ達を守れるように、この力を分け合った。リオウなら必ず彼らを守ってくれる。

 ……そして、彼が本当にやりたいことのために、自分が託した力が少しでも役に立つなら。

 アイ達のためにも、ヨータ自身にとっての願いも、残るのは、彼の方であってほしい。


「……ごめん、リオウ……」

 食いしばった歯の隙間から、擦り切れるような掠れ声が溢れる。指先が首に食い込むほど、輝石に触れている手に力がこもった。

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