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第07話 光る花を君に-1 ◆

挿絵(By みてみん)


 ヨータの正体は、『明星の救世主』、そしてアイと同じ――星座の中心である大精霊の星を宿す、大星座だった。

 光の翼と輝石の力を解放したヨータは極端な消耗で倒れてしまい、彼の力が周囲に知られないようリオウによって秘密裏に教団南支部に運び込まれた。

 丸二日間昏倒し、三日目に目を覚ました。特別に出入りが許されているアイ達が毎日見舞いに部屋を訪れては、安堵で感極まっていた。それからさらに三日ほど、ヨータはずっとベッドで横になっている。


 今朝もカナが部屋に来て、飲み水の入ったボトルを運んで来た。そのままベッドの傍らの椅子に座り、ヨータと話をしていた。


「あの時カナがああ言ってくれなかったら、きっと俺はあのまま逃げてた」


 問われるでもなく、ヨータはそう呟いた。あの時というのは、彼が倒れる直前の博物館でのことだろう。コキュートスと戦っているアイとジフを置き去りにしたくないと、先に行動に出たのはカナの方だった。


「後悔せずに済んだのは、カナのおかげだよ」


 ヨータはカナの顔を見上げる。会話ができるようになったとは言え、カナの表情に不安が残っているのは、自分が発破をかけたせいで結果的にヨータが倒れたと気に病んでいるのだろうか。そう考えたヨータが礼を告げた。


「カナがアイのことを嫌いじゃないなら、これからは俺達もここにいる方がいいのかもしれないな」

「ヨータも一緒にここにいてくれるの?」

「お前を守るためなら場所がどこだって構わねぇよ」


 いつも通りの不敵で強気な笑みを浮かべてヨータはそう言った。



 初めてこの南支部に来た時、ここに留まることを誰よりも拒んでいたのはヨータだった。その後も時間をかけてリオウと互いに譲歩を続けていたのをなんとなく知っていた。そんな彼の明確な心境の変化を感じたカナは、それがアイとの出会いでもたらされたものだと理解する。

 表情に明るさが戻ったカナを見て、ヨータは上体を起こし、腕を伸ばして彼女を抱き締めた。


「本当に、お前は俺の一番大事な家族だよ」

「だったら……これからもちゃんと一緒にいてよ……」


 少しやつれているのは否めないものの、よく知った腕に包まれたカナもまた、いつもの彼女らしいわがままを零した。




* * *




 同じ頃、アイはリオウと共に鍵のかかった倉庫で話をしていた。机を挟んで向かい合ってソファーに座っている。

 博物館での事件の直後、状況説明のために彼に呼び出されてからというもの、ここ数日相談事がある時はこの部屋に来ていた。

 それより以前、アイの輝石の力が意図せず発動し、扉越しにヨータとリオウの会話を知った時から、彼らが度々ここに来ていることをアイも知っていた。今はまるでヨータと入れ替わり――もとい代わりを担っているようで、いまだ少し緊張する。


「……アイくんには、そろそろ話しておいた方がいいと思って」


 リオウがこの部屋で話すということは、大事な話なのだろう。アイは受け止める心構えをする。



「彼の本当の名は、キンディス。キンディ・ソレント=ハーレン。昔、彼とカナくんの二人は同じ故郷で暮らしていた」


 初めて知ったヨータの本当の名前。一緒にいるうちにアイも彼の名が本名ではないことは薄々悟っていた。とはいえ、初めて耳にする音がヨータの名だと思うとやはり驚きを隠せない。


「――そして彼は大星座の力を、カナくんは浄化の力を狙われて、コキュートスによって故郷を失った。そんな二人を発見して保護したのが僕だった。それからしばらく宛がった家で一緒に生活してたんだ」


 彼らが旧知の仲であることは前にも公言していたが、ついに具体的な関係をリオウの口から明かされた。



「二人とも故郷が崩壊した時の極度のショックで、彼は黒影病を、カナくんは記憶障害を発症した。生まれ持った大星座と浄化の力、そして聖光元素の魔力がなければ体はとうにもたなかっただろう。逆に言えば、今もそれほどの負担を抱え続けている」


 アイがカナの出生に関わることを聞いてしまった日、彼女は記憶を封じ込めていることをヨータから教わった。これがその記憶の真相なのだろう。アイはあの時のカナの怯えようを思い出し、腑に落ちると同時に胸が痛んだ。カナがリオウのことを覚えていなかったのもその影響なのかもしれない。



「黒影病は深刻化すると、目が金色に変異する。彼の片目――右目の色が違うのは、そのせいなんだ」


 〝黒影病〟――千年前にこのビテルギューズ大陸全土を覆った、負の感情が起因となる疫病。

 病による苦痛と衰弱、あるいは凶暴化に始まり、疑心暗鬼や敵愾心などの感情によって感染爆発した。その結果大陸を未曾有の災厄に追いやったほど、凶悪な性質をもった疫病。

 それがごく身近に……ヨータの身に患っているという事実。彼の目の色も、今まで時折見せていた苦しそうな様子も、生い立ちを聞いたことで全て合点してしまった。

 静かに聞くことを努めながらも、ショックを隠しきれず重い表情をするアイに、リオウは心苦しさを感じながらも話を続けた。



「運び屋の仕事も教えて、彼らが生きていけるように面倒を見ていた。だけど僕は……教団でもジフ達のような孤児を育てていて、それ以外の、個人的なことも……色々……」


 反芻しながら話しているうち、リオウにしては珍しく、歯切れの悪い言い方になる。彼自身、当時の感情が蘇ってきたのだろうか。


「……だから、僕はたぶん――彼の孤独に応えきれなかった」


 ひどく苦く、切ない顔でリオウは喉の奥から吐き出すように言った。



「ある時、愛想を尽かした彼は、何も言わずにカナくんを連れて一緒に暮らしていた家を出て行った。なんとか探し出して、せめて二人が食べて行くのに困らないように距離を置いて支えることは承諾してくれた。それ以降……顔を合わせないまま数年が経った」


 過去のヨータの決定的な意志を感じる行動に、アイも思わず衝撃を受ける。確かにヨータは湖でリオウと対面してからしきりに憤り、しかし他人であるかのように彼に関わろうとしなかった。


「離れてるうちに慣れると思っていたんだ……だけど……いまだにどうしても彼を一人にする決心がつかなくて……それが何の気持ちだと説明すべきかもわからない。だから余計に彼を不快にさせてしまった。僕が中途半端だから……」


 説明というよりは、懺悔に近い吐露だった。普段何事にも毅然と先回りするリオウからは想像もできないほど、頼りなく人間臭く、故にその声には感情の温度が篭っている。



「もしかしたらアイくんはもう気付いているかもしれないけど、『炎の柱』から君を連れ去ったのは……彼だ」


 答え合わせの真実を告げられる。

 アイは輝石の力によって、偶発的にそのことを知っていた。それを誰かの――リオウの口から告げられたことで、揺るがぬ事実となった。


「現象が起きた現場で、陶器の破片……恐らく落下した君とぶつかって壊れた時のものを回収した。でも確信したのはそれだけじゃなくて……かつて彼が、「大人になるのが怖い、だから大人も怖い」と言っていたことを思い出したんだ」


 リオウならば物的証拠を得ているのだろうと思っていたが、それ以上に〝言葉〟を根拠にしているのは、アイには少し意外だった。



「彼が故郷を失ったのは、大星座の力を生まれ持っていたから。

 そしてアイくんもまた大星座の輝石を宿し、この世界では天涯孤独で、それなのに色んなことに巻き込まれている。

 きっと彼は――なにもかも自分と同じアイくんが現れた、あの炎の中の光に、ある種の希望を見出して引き寄せられたのかもしれない。

 途方も無い孤独から解放される希望を……」


 それは、あくまでもリオウなりに推し計った論に過ぎないのだろう。しかし、言葉で説明されれば理解できる気がした。もし自分が同じ状況にいたとしたら。

 アイ自身がこの世界に来てから今に至るまで、ヨータに感じていた安心感。それによく似たものを、ヨータがアイに感じていたのだとしたら……

 感情移入しているアイの表情を見て、リオウは申し訳なさそうにしながらも言う。


「だから……今しばらくは、君が彼を支えてあげてほしい」


 自分にないものを持っているアイを前にして、リオウはまるで祈るように、顔を伏せるようにしてに頭を垂れる。



「大人の僕が君にこんな話をするのは、本当に申し訳ないのだけど……」

「みんな色々大変だったんだろうなってのは、なんとなくわかってたよ。俺もこないだカナに聞いちゃいけないこと聞いてやらかしちゃったし……」


 顔を上げたリオウは再び目線を合わせるが、その表情はいまだ暗く沈んでいる。彼らの過去についてほんの少しヨータに教えてもらったアイでさえ、そのことに胸を痛めては踏み込みあぐねていた。当事者でありながらヨータや子供達との距離感に苦心するリオウの辛そうな様子は、幼いアイでも察するに有り余る。



「考えてみりゃ当たり前なんだけど、みんな俺と会う前から自分の人生があるんだよな……むしろ俺の方がよっぽどポッと出というか……でも、リオウがこうして教えてくれたから、やっと俺もみんなと同じ世界に立ててる気がしてきて」


 アイがリオウとヨータの会話を……ヨータの真意を知ったのは、あくまで輝石の力による偶発的なものだ。彼らはアイが知っているとは思っていない以上、アイも知らないふりに徹していた。もとより記憶喪失なこともあり、そんな自分の立場に疎外感を感じていないと言えば嘘になる。

 いつか彼らの口から話してもらえるのだろうか――そんな漠然とした疑念の中、こうしてリオウが自分に話してくれたのは、アイにとってはむしろ嬉しさが込み上げる。



 そうとは知らないだろうが――思いがけないアイからの返答に、思い詰めた顔で話していたリオウの顔が僅かに和らぐ。


「……そんな風に言える君のそういう所が……彼を救ったんでしょうね」

「記憶なくしてからずっとヨータ達に助けてもらってるからさ、俺もみんなの力になりたい。でも今のヨータはリオウがいいんだよ」


 良くも悪くも子供らしい、直球な言葉。アイはリオウのようにあらゆることを並行して考えることはできないが、本心を吐露したリオウにとっては、リオウ個人に向けられたその言葉が胸の奥深くにまで届いていた。



「リオウがヨータと話したいなら、今俺に話してくれたことを、ヨータに直接伝えればいいんじゃないかな」


 アイの言う通りにできるのが最善だが、現実はそれで解決するとは限らないこともリオウは知っている。しかし、心のどこかで自分ではない他者にそう言われたかったのかもしれない。――それを叶えてくれたのが、一回り以上離れた幼い少年というのは、どうにも不甲斐ないが――

 リオウはアイの言葉と共に、胸の中につかえていた己の感情を呑み下した。

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