第05話 大星座-1
かつて《救世主》が封印したはずの、《影》の力を持つ四人の少年少女。彼らの強襲を受けるアイ達を助けたのは、エスペル教団の司教の男、オルダ・リオ=ダズフェルグ。
ジフに『未確認魔力体』――通称ニンゲンであるアイを教会南支部に連行するよう指令を下した張本人。
救出現場に数人の兵士を引き連れて来た彼はこれ幸いと、目的のアイだけでなくヨータとカナまでもまとめて「保護」するよう指示をした。兵士に囲まれたアイ達に、拒否する選択肢など用意されていなかった。
教団の兵士達によって、アイ達は輸送車の馬車に押し込まれた。車内では恐ろしく迅速な手際で安否確認の簡単な検査と質問を受けた後、気付けばアイは一番奥の方で膝を抱えて座る羽目になっている。両隣にヨータとカナも一緒にいるのは安心したが。
しかし、そんなアイをさらなる不安へ押しやる声が、耳を掠める。
「未確認魔力体ともなれば、相手が子供でも容赦ないよなぁ、ダズフェルグ支部長」
「普段温厚なぶん余計にというか、見た目若いから忘れそうになるけど、百歳超えてるって噂だし。私達も知らないような未確認魔力体の秘密も知ってそ~……」
「さっきの化け物の子供も一瞬でまとめて追い詰めたし……この子達を支部に連れて行って、密室で得体の知れない儀式でも始めるんじゃないか?」
右からも左からも、兵士達の不穏なひそひそ話が聞こえてくる。別の車に乗っている、この兵士達を指揮するリオウにまつわる奇怪な噂。こんな狭い車内で物騒な私語をしないでくれ。アイの胸中の恨み言も虚しく、馬車に揺られるがまま兵士達の本拠地――エスペル教団南支部へと連行された。
白亜の壁と柱、物影を反射する大理石の床。随所に金のレリーフが施され、壁に吊り下げられた紺色のタペストリーには金色の糸で教団の紋章が刻まれている。いかにも神聖で高潔な――あえて言うならば潔癖で無機質な――教会の聖堂。
昨日、エスペル教団南支部に連れて来られたアイ達は、支部内の客人用の部屋に通されその日一晩を過ごした。宿に泊まる時と特に変わらぬ丁重な扱いだった。
今日、ジフとリオウを含めた五人だけで広く白い聖堂に呼び出され、何列にも並んだ長い椅子の最前列に座らされた。ジフは通路を挟んだ向こうの列の椅子に離れて座っている。
そもそもリオウという人物を知らないアイとカナは借りて来た猫状態で緊張している。しかし、リオウに反応を見せているのは部下であるジフ、――ではなく、ヨータの方だった。
輸送車に乗せられてから、最低限の受け答え以外一切口をきいていない。その一方で明らかに怒りと嫌悪の籠った不愉快そうな顔をしている。アイと膝の上の仔竜獅子は声をひそめて隣に座っているカナに問う。
「ヨータってこの人と知り合いなのか?」
「昨日からすげー怖い顔してりゅぞ、ヨータのやつ」
「仕事で会ったことある……のかなぁ?」
カナも思い当たるとすれば、という憶測しか浮かばないようだ。
不意に、背後の遠く離れた扉が開く音がした。靴音が近づき、黒い制服の少年と少女――ラスティとサギリが現れる。ジフと同じ青い縁色の制服であることから、二人は彼の同期なのだろうとアイは察する。
「こいつがニンゲン? マジでガキじゃん」
「お兄ちゃん……!」
ラスティが何の遠慮もなく言い放つのをサギリが咄嗟に諌める。不意に自分のことを言われたアイは肩を強張らせて横目で彼の方を見ると、彼もこちらを一瞥――というより睨んでいたので、逃げるように視線を逸らした。視界の端でラスティとサギリもジフ側の席につく。
「話を始めても?」
全員をここに集めた人物、壇上の講壇に立つリオウが口を開く。誰からも声が上がらないのを異議なしと受け取ったのか、宣言通り話を始めた。
「まずは我々の組織――エスペル教団について説明します。我々はこのビテルギューズ大陸で《神》と定義されている存在、それに連なる者を信仰し、結束することで精神と秩序の安定を維持する組織です」
――その礎にして最大の功績は、今から約千年前。
R.E.一三二一年――未曾有の災厄を生き延びた人々が《神》への感謝をよるべに結束して大陸を復興させたことが始まりとなる。その中心となった者達によって今のように正式に組織化した。
そのため、人々に不安が生まれ広がる可能性のある原因をいち早く取り除くのが、教団の役目であった。特に明確な法や犯罪、政治の管轄では対処が難しい場合、このエスペル教団が率先して動くことになる。
「率直に宗教組織と思って頂いて構いません」
この組織が何者であるかを説明したリオウは最後にそう付け加える。彼本人の言い様がずいぶん率直だったが、何でもないようにリオウはアイの方に向いて尋ねる。
「改めて前提確認のため、君が自分で認識している名前を教えて頂けますか」
「旧倉愛由……アイ、です」
「それ以外の記憶はないのですね」
「は、はい」
「わかりました。ありがとうございます」
緊張しながら答えるアイに、リオウは穏やかに了承する。
「実の所、空から得体の知れない物体が落下してくることは有史以来の統計上珍しいことではありません。
このビテルギューズ大陸のエネルギー源は、空の星からもたらされています。
そして過去にとある一つの国が空に浮上し、今も尚そのままになっています。
ですので何かが起きる時の起点は空であることが多いのです」
当事者であるアイと、彼を発見したヨータとカナに向けてリオウが説明する。特に現代日本の文明を基準に考えていたアイには、なんだかおとぎ話でも読み聞かせられているようだった。
「空の上のことは我々にも……そして自然の摂理をもってしても計り知れませんから、そもそもこのビテルギューズ大陸ではない〝全く別の世界〟からアイくんが現れのかもしれませんね」
さすがに何を言っているんだと言いたげな顔でリオウを見る子供達。しかしただ一人アイだけは、自分の素性をリオウに見破られたのかと、心臓をバクバクさせていた。
説明するタイミングも言葉も見つからず、アイは自分が現代日本からこの異世界・ビテルギューズ大陸に来てしまったことを、いまだ誰にも明かせずにいた。果たして今後もその時が訪れる日は来るのだろうか。
アイの心境を知る由もなく、リオウの話は進行する。
「そして未確認魔力体の存在も、過去にいくつか前例があります。
先ほど言ったエネルギー源である星は我々のような命にも一つ一つ紐づいていて、そこから魔力を得ることができるのです。生まれた時に紐付いていた星座の元素属性を使うことができます。
しかし何らかの原因でその結びつきが断たれたり……元々星と繋がっていない個体が出現すると、星の力を前提に組み立てられた魔力のバランスが崩れて異変が起きる。
そうなる前に身柄を確保するのが我々の役目です」
今まで散々呼ばれていた『未確認魔力体』という名称の意味を、アイはここで理解する。
平たく言えばこの世界の人々には、アイの元の世界で言う『誕生日の星座』が物理的に魔力を与えているということか。この世界で生まれていないアイにそれが紐付いていないのは当然である。……しかし、右手の輝石の力でアイも魔力を使えるようになったのだが。
「前提の定義を擦り合わせた所で、本題である今回の我々の目的を話しましょう。未確認魔力体であるアイくんの身柄を確保することです」
今となってはもう何度も聞かされた、彼ら教団がアイを捕えようとしている目的。それを改めて繰り返すように口にしたリオウは、その先を話し始める。
「数日前に確認された炎の柱……その炎の中で燃えていた人影、それがアイくんです。
より正確に言えば燃えていたのではなく、アイくんの方が炎を呼び起こした。
つまり、未知の魔力で炎の柱を出現させたのがアイくんということになります。それが未確認魔力体と見做された所以です」
「え!? 俺燃えてたの!?」
近隣の目撃者によって人体発火という言葉で形容された現象。それに偽りなく、自分の体からそのような怪奇現象が起きていたことを初めて知ったアイは誰よりも衝撃を受け、思わず席から身を乗り出す。
「次にその理由……身柄を確保しなければならないわけを説明します。それにはまず、このビテルギューズ大陸に存在する〝病気〟について話さなければなりません」
――同じく約千年前。さらに少し遡る。
R.E.1311年。――この大陸では『黒影病』という疫病が蔓延した。
感染すればあらゆる生命、さらには無機物の物質を侵食し、人や獣であれば幻覚に苛まれる。その結果、衰弱や凶暴化、さらには肉体が魔獣に変貌を遂げた後、体から感染物質が放出されるという恐ろしいものだった。
その感染物質の正体は、《影》という未知のエネルギー体だった。
生命の負の感情に寄生し、感染を広げることで増幅する存在。最終的に封印され、残った物質も浄化されたことにより大陸は《影》の脅威から救われた。
……だが、現代に近くにつれ再び大陸に異変が見え始めた。自然を凌駕し摂理を崩壊させる、異常現象が起きるようになった。各地で起きる魔獣の暴走や、人同士の極端な疑心暗鬼による異常な暴力は、黒影病の症状とよく似ていることが判明した。
「憩いの湖でアイくん達を襲った集団がいましたね」
リオウに問われ、アイ達も湖での出来事を思い出す。人間の少年少女の姿をした四人の集団。だがその実態は、驚異的な身体能力と周囲一帯を蹂躙する魔力、異形に変化する体、何より常軌を逸した残虐性を持っていた。そして、その体は氷で構成され、五体の一部を失っても瞬く間に再生した。
「恐らく君達が思っている通り……あの者達は人ならざる異形のもの達です。
封印された《影》の力を持つ、煉獄の使者と語られる存在……あの氷で作られた体から、教団や大陸の各組織では、氷を意味する『コキュートス』と呼称する集団。
あれらは『煉獄の火口』と呼ばれるゲートが出現した際に、そこから現れます」
自分達とよく似た姿をした者達は、全く別物の怪物だった。そしてその正体はかつて大陸を滅亡寸前に追いやった《影》の使者だった。その存在を明確にするためにも、特定の呼称が必要とされたのだ。
「〝不吉な災いが起きるのは、封印された彼らが地上に現れたからだ〟――と古くから寓話のように言い伝えられていますが、長い月日をかけて積み重なったその災いは、今ではかつての《影》の災厄の兆しと言えるほど悪化を辿っています。そして煉獄の使者は本当に存在し、湖の時のように地上で黒影病を振り撒いているのを私もこの目で確認しました」
大陸上で長年累積された記録に、リオウ自身の確証を伴って結論付ける。
「つまり……コキュートスによる、《影》の復活が確信的になった。そう言えるでしょう」
「報告だとそいつらはこのニンゲンを狙ってわざわざお出迎えしてくれたんだっけ?」
不意にリオウではない別の誰かの声が割り込む。粛々と説明を受けている状況にも厭わず、足を組んで席にもたれ掛かっているラスティだった。
「なら異常現象が増えてるのも、コキュートスが地上に出てきたのも、このニンゲンが現れたせいで大陸がおかしくなってんじゃねぇのかよ」
「ラスティ」
主張そのものは一理あるものの、ラスティの明確な悪意……あるいは敵意が見てとれた。これには彼の右隣に座っているジフも視線だけで彼を睨みながら諌める。
「話が早くて助かりますね」
しかしリオウは動じないどころかこれ幸いと言わんばかりの笑みを見せる。
「正しくアイくんが現れたことによって大陸は大きく変化しています。より正確に言うなら、アイくんによってコキュートスが現れたのではなく、コキュートスを喰い止めるため――対抗策として現れた存在こそが、アイくんです」
「……どういうことだ」
異論を切り出したラスティだったが、同意されるとは思っていなかったのだろう。今度は自分から聞き返してしまう。
そしてリオウは答えた。
「アイくんの右手にはかつて《影》を封印した《明星の救世主》と同じ、大星座の輝石が宿っている」
リオウが連ねた言葉の数々――その意味の途方もない大きさに、彼以外の全員が絶句する。この大聖堂の、高潔で潔癖で無機質な白に取り込まれたかのような無音。
「我々エスペル教団が信仰する、星の力をもたらす《神》。
星そのものである大星座の輝石を宿し、《神》の言葉を理解し、神語によって大陸を《影》から救った《救世主》。
災厄の中、《女神チェリシアローズ》と共に救いを求める人々の声を《神》へ届けた、《神》と地上を繋ぐ代行者たる存在」
リオウが立つ舞台の壁に掛かった三つの巨大なタペストリー。中央の教団の紋章を挟んで、右には今彼が名を口にした《明星の救世主》が、左には《女神チェリシアローズ》が描かれている。二つの意味で二人の存在を背に、リオウは彼らの偉業を謳い説く。
「《救世主》は聖国と共に空に消えた。《影》の復活が目前まで迫った今この時に、かの存在と同じ力を持つ者が空から現れた。それがアイくん。それが今の状況です」
その存在をそのままアイに重ね、アイの名を挙げた。
「ジフ、君も湖で見たでしょう。アイくんから放たれた爆発的な力を。そうですよね? アイくん。君の右手は」
有無を言わさぬようにリオウは立て続けに問う。どちらかが否定しようと、もう一人がその目で見た事実は変わらないからだ。ここでアイが右手を隠したところで、〝無い〟という主張を通し切る術もない。
どう答えるべきなのか、そもそもリオウが何故右手に輝石があることを――それが《救世主》と同じであると知っているのか、一度にわからないことが重なったアイはただ戸惑っている。
否定をしないことが肯定とみなされつつある空気の中、派手に椅子を揺らす音を立てて立ち上がったのはヨータだった。
「おいお前!! 全部知ってて今まで見物決め込んでたのかよ!!」
大聖堂の厳粛な静寂を壊す彼の怒声が響く。唱えられた《救世主》達の名で術でも掛けられたように固まっていたラスティとジフも、それに端を発して我に返る。
「こっちは最初に命令された通りにやったのに、話が違い過ぎるだろ!」
「そうだ……最初の説明でも渡された資料でも、そんなことは一切言っていなかったはずだ!」
口々に不平不満を爆発させる少年達。ここまでリオウのペースで進んでいた流れは一転、彼の誠意を欠く作為が浮き彫りになり、こうなってしまえば大人しく話を聞く空気ではなくなった。
ヨータは席につくことを放棄して、呆れと軽蔑のこもった眼差しで言い放つ。
「じゃあ《救世主》と同等の奴が現れたってのに、炎の柱が出た時に教団の動きが遅れたのは、そもそもお前しか知らなかったせいかよ。そんでその場から消えたアイを見失ったって?」
リオウの作為によって招いた教団の失態をまさまざと突き付ける。これにはリオウも返す言葉もないという顔で、後ろめたそうに視線を落とす。
「……それに関しては、全て君たちの言う通りです。任務に向かわせたジフ達だけでなく、教団の上層部にもいまだ伝えていません」
その顔と声には罪悪感が滲んでいるように思えた。それにつられたのか、ジフも冷静さを取り戻すよう努めて問う。
「それは何故なんだ」
「我々教団にとっての信仰対象である大星座が現れたことを上層部が認知すれば、別々の考えを持った上層部の人達同士で喧嘩になります。
純粋に教団の大義を全うしたい人、自分に都合の良いことに使いたい人、そういう人の命令を受けて納得できない人。
極端な例えで言えば〝大星座を守った〟と褒められたいがために、わざと事件を起こす場合もあります。
いずれにしてもアイくん本人の気持ちは考えてもらえないでしょう」
説明責任を追及されたリオウは、一つ一つの想定を丁寧に説明する。しかしその説明は今までの形式ばった話し方とは少し変わり、やけに柔らかく砕いた言葉を用いている。聞いている子供達にも理解できるようにするためか――あるいは彼本人にはそういったスケールに見えているのか。
「そういう人達に関わらせるより、真面目に任務に集中する少年兵に向かわせた方が比較的健全な形で身柄を確保できる。中でも君達は優秀な精鋭です。実際こうして無事に南支部までアイくんを連れて来れた」
想定に備えた対策、その結果成功したことを、成し遂げた部下本人達の前で評する。
「そして大星座であることと同時に、今のアイくんには星の力が紐付けられていない――未確認魔力体であることも事実です。ある程度の魔力は操れることも、アイくんの意志に関わらず力が発動することも、どちらも観測しています」
アイの身に確かに起こった現象。信仰とは別に、物理的な観測記録として事実を述べる。
「湖の時のような、あれほどの威力が暴発すれば……時と場所によっては取り返しのつかないことになる。
それを未然に防ぐためにも、まずは未確認魔力体の事案として対処する必要がありました。
ニンゲンに関わるとなれば途端に上層部は嫌がりますから、かえって下の兵士に任せやすかったんですよ」
それが今回の事態の順序を決める要因となった。リオウはそう語りつつも、やはりどこかこの仕事に対する憂い……もといある種の揶揄じみたものを垣間見せる。
「任務に出向いてもらいながら、ここまで本当の内容を話さずにいたのは、君達に対して不誠実だったと思っています。本当に申し訳ない」
詫びを口にするリオウは、いたって真摯であった。
「……で、結局ここに連れてくるまで黙ってたおかげで、アイを見つけた手柄はお前が独り占めってことか?」
だが、それでも彼のことを看過しないヨータがなじるように指摘する。
「とんでもない。その点については状況が落ち着き次第、実働でアイくんを保護したジフ達の成果にするつもりですので。差し当たってそれについても説明しておきたいのですが」
「はぁ!?」
その話題を待っていたかのように、急に調子の良い顔に戻ったリオウから予想外の流れ弾を受け、ジフとラスティが揃って心外の声を上げた。
「いずれにせよ現状アイくんの魔力が安定するまでは、公然の場に出すことはできません。
そして魔力が暴発しないよう物理的な制御を施す必要があります。
それを鑑みても適任なのは君たち少年兵だと判断しました」
「……つまり?」
次は何を言い出すのかと、もはや警戒を露わにするジフが問う。
「『魔力リンク』を施し魔力を繋いだ者同士は、どちらかが生きている限り互いの魔力の反応を感じ取ることができます。離れた場所にいても相手の魔力を辿れば位置や状態がわかる」
〝物理的な制御〟――魔力リンクの具体的な方法を示すリオウ。それを踏まえてさらに指示を告げる。
「君たちの誰か……あるいは三人で分散して、アイくんの魔力とリンクを繋ぐことで、非常時の際にアイくんの魔力のコントロール権を持ってもらいます。飼い魔獣に付けるリードのようなものですね」
「リードって……俺は犬かよ……」
「私の判断ではジフが適任だと思っていますが」
わかりやすくかつ聞こえの悪い例えにぼそりと不満を漏らすアイ。その間にもリオウは話を進めている。
「まあ、これに関してはアイくんの意志や魔力の相性もあります。今ここで決めるわけではないので、ゆっくり考えてください」
ゆっくり、と言われたものの、ここまで彼の話を聞かされた子供達はすでにぐったりと疲れ切っていた。中でも一番げんなりとしている顔のラスティがいまだ信じ難そうに言う。
「大星座だのニンゲンだの……マジで言ってんのかよ……」
「市民の安全を第一に未確認魔力体を確保し、その結果身元が大星座と判明したなら、君たちが彼を守り抜いたことになる。そうなれば君たち少年兵の評価も磐石になるでしょう。悪い話ではないのでは?」
ことごとく先まで考えているリオウとの応酬に限界を迎えたラスティは頭を掻きむしり、ついに考えることを放棄した。
「頭痛くなってきた、やってらんね」
「お、お兄ちゃん!?」
匙を投げたラスティは荒々しく席を立って足早にその場から去っていく。そんな彼の挙動に驚いたサギリが慌てて後を追った。
「……すみません、彼は教団内でも普段からああいう気質なので。私からお詫びします」
二人が出て行った後の扉が閉まるのを見ていた後、リオウが彼らの代わりに謝罪した。
「アイくんの身については、これから十分時間を取って進められます。……ですがもう一つ解決しなければならない問題が」
「まだあるんだ……」
これ以上は頭に入りそうにないと遠い目をするアイ。みな一様に同じような顔をしている子供達に申し訳なさそうにしながら、リオウは話す。
「炎の柱が出現した時、何らかの原因でアイくんがその場から失踪しました。結果的にはそこのお二人に発見されたとのことですが……炎の柱の魔力を感知した教団の結界を分析したところ、我々は失踪の原因をアイくん本人ではない〝別の何か〟によるもの思っています」
今度は先ほどまでの歴史や魔力のような概念的な話とは違う、現実的でやけに物々しい、自分達のすぐ身近で起きた話へと変わる。途端に当事者意識が湧いたのか、呆け気味だったアイ達の顔が次第に引き締まる。
「その〝何か〟手掛かりを集めるため、今からアイくん本人を含めお一人ずつ、個別で事情聴取をさせて頂きたいのですが」
そして、リオウの要求によってそれは強い緊張に変わった。ここは教団の根城で、当然ながら自分達以外は教団の兵士しかいない。そんな場所でそれぞれ一人にされ、何かを聞かれるという状況をおのずと想像させられる。
「安心してください。君たちを疑っているわけではありませんので、乱暴な尋問をするわけではありませんよ。当時の状況をいろんな場所からより細かく聞いておけると助かりますので」
強張っているアイ達の顔を見たリオウが穏便な言い方に直して緊張を解く。ほんの少しだけ安心したアイがおずおずと発言する。
「その何かって……湖の時みたいに、コキュートスだったりしない……?」
「まだ断言はできませんが、十分あり得ます。その可能性も視野に入れて調査を進めていますので」
アイの質疑にリオウは推測の範囲で同意する。これ以上関わっている存在が増えるよりかは、それも含めて全てコキュートスが原因であってくれた方が話がシンプルで済むかもしれない、なんてことすら考えてしまう。
「数十分後に準備ができ次第、一人目から事情聴取を始めさせて頂きます。それまでは楽にして休んでいてください。ジフはラスティ達と今後の方針について相談するように」
これでようやく彼の話は終わったようだ。自分が残っていると固まったままだろうと思ったのか、リオウはジフに指示を言い残すと自ら先に通路を歩いて大聖堂から退場していった。アイ達はしぼんでいく風船のごとく椅子にもたれて脱力した。
「……ああ、そうだ」
少し思考力を取り戻したのか、ジフが何かを思い出す。
「ラスティのことだがな、さっきリオウも言っていたようにあいつはいつもあんな感じだ。お前という一個人を憎んでるわけじゃない」
通路を挟んだ離れた席に座ったまま、ジフはアイ達の方を見て言った。
「特にあいつはニンゲンが嫌いなんだ。……子供の頃、未確認魔力体が暴発させた力で両親を亡くしたから」
ジフの口から淡々と告げられた理由。それを聞いたアイ達は、胸が締め付けられるような衝撃を受ける。
「それで孤児になってこの教団に保護された。サギリも、俺も、みんなここで育てられた孤児だ。大人でもやりたがらないような任務をこなして、役に立つことでしか生きていけない。着る服も食べる物も寝る場所も、ここでしか与えられない」
そう語るジフの声に彼自身の経験が伴っていることは、察するに有り余る。アイは自分と変わらない子供であるはずのジフ達が、当たり前のように戦闘や仕事をこなしている状況の真相を知り、その環境の違いに言葉を詰まらせる。
「リオウがこんな任務を俺達に任せたのは、そういう俺達の立場を良くしようとあいつなりに気を回したんだろう。リオウはここで俺達の面倒を見てきた育ての親でもあるからな」
「…………」
黙って聞いているヨータもまた、複雑そうな顔をしている。
「今のラスティは両親を殺したニンゲンに関わる任務をさせられて、言われた通りにやったら、自分達に居場所を与えている信仰対象と同じ存在だと言われて……ニンゲンを崇めろと言われて混乱してるんだ。そういうことがあるくらい、未確認魔力体は危険を伴う存在なんだ」
先ほどの説明の場において、ニンゲンという呼称と、それに込められた蔑視に終始するラスティの心境も、言葉にされれば理解できないわけではなかった。それでもニンゲンの性質と大星座の輝石が一人の体に同時に存在していることは、アイ自身にもどうしようもないのが余計にやるせない。
「だからってあいつを許してやれとは言わないし、同情して俺達に協力しろとも言わん。任務の妨げになるようなら俺からも言っておくし、別にお前とお友達になりたいわけじゃないからな。お前が嫌ならリオウに言えば対応してもらえる」
アイの思っていることが顔に出ているせいか、見透かされたようにジフに念押しされる。あくまでも彼は教団の指令を受けた兵士であり、私情でアイに肩入れする義理などないのだ。
だが、曲がりなりにもこの教団支部に辿り着くまで行動を共にしてきたからか……そしてアイにとっては違う世界で生きている人々、さらにはアルズやコキュートスのような人ですらない者達と対峙したからか。今となってはこの世界でアイとまともに会話をし意志を汲み取ってくれる、数少ない相手となっている。
「……ジフ、お前はこれからどうするんだ」
「俺も一度に極端な話をされて考えがまとまらん。焦って決めればどこかでボロが出る。もうしばらくは慎重に考える」
こうして話してくれるのはむしろ温情と言えるだろう。ジフとはここで別れることになるのではないかと不安に感じるほど、アイはすっかり彼に一定の信頼を置いていた。
しかし引き止める術もなく、話し終えたジフは疲弊を露わにした顔で席を立ち、大聖堂を後にする。残されたアイ達は心許なくその背中を見送ることしかできなかった。




