第04話 煉獄の使者-3
既に投稿していた第4話を再度パート毎に分割投稿したものです。
内容は最初の投稿と同じです。(一部誤字脱字の加筆修正をしています)
アイとカナは雑木林を掻き分けながら奥へと進んでいく。色々な方向から、何度か獣の咆哮が聞こえてきたが、一際目立つ異様な機械音は常に特定の方向から発している。それも、まるでソナーのように一定間隔に。
そう気付くと、探られているのはむしろ自分たちのようで……得体の知れないものが待ち構えている不安を抱えながら、やがて木々の隙間から外界の光が差し始めた。その光の向こう――林の外へと踏み出す。
そこには開けた草原が広がる。視線の先に、湖と地中で繋がっているのであろう湧水の池があった。池の中央には大きな樹がそびえ立っている。
その樹の根本、湧水の縁。
横並びに背を向けた黒いフードの人物が、四人。
背格好はアイたちよりも大きく、しいて言うならばヨータと同じくらいの少年少女たち。一様に肩を露出した黒い服はよく見れば幾何学的なラインが多く、明らかに湖の観光客とは思えない風貌だった。
アイとカナを待っていたかのように、四人がゆらりと振り返る。彼らの背後では、湧き水の樹に――宇宙の運河とでも言うべきか――ぎらぎらと光が明滅する黒い渦が蠢いていた。
その渦の逆光に立つ四人は、アイとカナを見て奇妙な笑みを浮かべ、それでいてサイケデリックな色の瞳は人形のように無機質だった。
その異様な雰囲気にアイは直感する。
「お前らなのか……林の魔物たちを暴走させてるのは……いや、今までのおかしな現象も……!」
体が本能的に警戒し、胸がざわつきながらも、アイはカナを自分の後ろへと庇う。最初に返事をしたのは四人の中で一番背丈の低い、オレンジの髪と目の色のミニスカートの少女だった。
「ちゃんとそこまで気付くなんてえら~い!」
「〝全部〟ってのが何百年遡るのかわかんねぇけどぉ」
次いで、一番幼い顔立ちのピンクブロンドの髪と目の少年が、奇妙なことをうそぶく。不自然に長い服の袖をぶらつかせ、頭の後ろで手を組んでいる。
「なんで……なんでこんなことするの!!」
傷ついた魔物たちを目の当たりにしたカナが、怯えながらも憤りを露わにする。
自分たちとそう変わらないこの少年少女たちが、『煉獄の使者』の噂の正体なのか。あるいは御伽噺を模倣して悪事を働いているのか。だとして、それを隠す素振りも見せずそんなことをする目的とは、一体何なのか。またしてもオレンジの少女が、愉快そうに顔の横で手を広げながら答えた。
「あなたとお友達になるためだよぉ~、カナちゃん」
その瞬間、アイとカナの血の気が引いた。一方的にこちらの名前を知っている。そして、アイの記憶を刺戟する『友達』という言葉。
「お前ら……もしかして……」
同じ言葉を口にしながら、アイを異形の空間に追い詰めて襲いかかった男――
「アルズの……!!」
「子供にしては思ったより話が早いじゃない。こんな場所にたった二人でやって来るのはお間抜けだけど」
茶色の長い髪に萌黄色の瞳の、長身でロングスカートの少女が肯定する。
「カナ、逃げるぞ!!」
アイがカナの手を引いて、元来た湖のほうへと走り出す。しかし、沈黙したままの最後の一人が驚異的な跳躍で二人の前に先回りし、右腕を振りざす。
「《SADALUMEL1C ζ》」
少年はまるで機械音声のような抑揚のない声で魔力を発動し、猛吹雪を放って進行を阻んだ。
「おいジュディエ! なるべくボコすなって言われてんのに何抜け駆けしてんだ!」
ピンクの少年にジュディエと呼ばれた、青みを帯びた短い黒髪にライトブルーの左目――右目は眼帯で隠れている――の少年は、文句を言われてなお、黙っている。だが、吹雪が止んで彼の顔を見たアイたちに、違和感が走る。
――青みを帯びた黒髪に、ライトブルーの目――。感じたのは、強烈な〝既視感〟だ。
黒髪の少年はそれ以上攻撃する気配はないが、逃げようとする意志を気取られれば、話は変わるのだろう。逃げ道を塞がれ、四人を相手に対峙するアイとカナは、窮地に陥る。
……かに思えたその時、状況を変えたのは、黒髪の少年の背後から放たれた水の激流だった。ギリギリで反応した少年が腕で激流を防ぐ。分厚い水が裂けるように飛散し視界が開くと、目の前に迫った影――
――ジフが手に構えた槍を突き出した。
ジフは両手で槍を翻して攻撃を続け、少年も素手のまま腕で受け流しているが、緩みない連撃に行く手を阻んでいた位置から押し退けられていく。間合いを生んで互いに距離を取った所で、ジフがはっきりと相手を視認する。
その表情は驚愕に変わった。
青みを帯びた短い黒髪にライトブルーの左目。自分よりも幾分か年上なのであろう、長身で精悍な体格と顔付きをしているが――
「……同じ……顔……!?」
ジフと同じ髪の色、目の色、そして顔の造りをしている。
相手も見られていることを察知したのか、再び右手から吹雪を放ち、それに気付いたジフも流水を放つ。ぶつかり合った二つの物質が霧散した。
「ジフ!! 大丈夫か!」
「お前らが言える状況か!」
努めて冷静さを保とうとするジフがアイたちに駆け寄るや否や、小言を吐き捨てる。そしてこの場に駆けつけたのは彼だけではなかった。
「人がいない場所に行くなって言っただろうがこの馬鹿!!」
「なんで俺だけ!?」
ヨータが怒号と同時に、アイの頭に鉄拳を喰らわせる。
一方、標的側の数が増えたことに、ピンクの少年が露骨に顔を渋らせる。
「なんか増えたけど、あいつらは何も言われてないからさっさと片付けちゃ――」
「俺がやる」
またしてもジュディエが一方的に話を切り上げ、今度は右手から刃物のような形状の氷塊を生成し、反撃に出る。ジフも手にしている槍を構え直す。
「お前たちはさっさと逃げろ!」
「俺もやる!」
「お前なぁ……!」
並び立ちながら剣を実体化させるアイをジフが諌めようとするが、そうしている間にもジュディエが迫っていた。
「あいつら増えたんだから俺たちだってよくねぇ!? もう行こうぜメイア!」
「そうだよねカイルくん! うっかり殺さなきゃなんだっていいんだし!」
痺れを切らしたピンクの少年・カイルが両腕の長い袖から、鍵爪にも似た――あるいはまるで、巨大な指のように――数本の鋼の剣を出現させる。オレンジの少女・メイアは、腰回りに装着しているデバイスが展開し、金管楽器のような部品が付いた二本のコードが伸び始める。
カイルは地面を蹴って軽々と距離を詰め、鋼の剣を一気に振り下ろすと、アイがその一撃を剣で受け止めた。互いの刃が激しくぶつかり合い、スパークが弾ける。それは一瞬の摩擦ではなく、カイルの切っ先が赤く熱を帯びて電流を纏い出していた。
「なっ、電気……!?」
「あ~? これが珍しいかよぉ!?」
一方、ジュディエの注意を引き付けるジフが魔術の詠唱を試みる。その瞬間、遠くのメイアがデバイスから金属音のような衝撃波を発した。その音はジフの聴覚を刺激し、詠唱を妨げた。
「ぐっ……!!」
「あはは! ざんね~ん!」
アイとジフは辛うじて相手をはね除け、互いの傍へ駆け戻り、守りを固めた。
「何だ……この元素は……! こんな物質、どの元素にもないはずだ!」
「え!? ならあいつらは何で……!」
「複数の元素を、よほど複雑に混ぜ合わせなければ……だが何故こんな連中が、それを上級魔術も使わず当然のように……!」
実戦に慣れているジフですら戸惑っている様を見て、アイも敵への警戒心を強める。
ジュディエは瞬間冷却の氷、カイルは電気、メイアは音波。どれも大気から抽出した自然界の元素とは違う、なにか人工的な……科学物質を混入させたような、異様な力。残る一人の女も、“加工された特殊な力”を使ってくる可能性が高い。
ジフの分析を聞くに、たとえ魔術で編み出せたとしても、子供が遊び半分の喧嘩で扱えるような代物ではないだろう。
合流できたと言えど、謎の物質を繰り出す正体不明の相手に対して、戦える人員の数では押されている。回避と防衛に精一杯になりながら、アイはヨータに呼びかける。
「ヨータ!! カナを連れてなんとか逃げろ!!」
「……逃げろったって……」
逃げ切れる確証はないからなのか、それとも二人を置き去りにすることを躊躇しているのか、ヨータははぐれないようカナを抱き寄せながらもその場で二の足を踏んでいる。カナも見ていることしかできず、どうするべきなのか葛藤していた。
その時、森のほうから飛び出した数体の魔物が二人の横を駆け抜ける。
その勢いのまま、ある者は体当たりで、あるいは刃で、またある者は技を放って黒いフードの少年少女たちに攻撃する。
「さっきの魔物たち……!?」
カナが口にした通り、先ほど彼女が治癒を施した魔物たちだった。一度に四、五体が乱入し、アイたちに加勢して戦っている。
「ぬぁああもう!! なんなんだよこいつら!!」
思いもよらぬ形で形勢逆転され、魔物たちの猛攻を受けるカイルたち四人は心底煩わしそうに振り払う。縦横無尽に入り乱れ翻弄する魔獣たち。不意に、彼らの動きが一斉に止まり、体が宙に浮き上がる。
「《UNNUCALLHA1 λ》!」
メイアとは別の少女の声が響く。魔獣たちを捕らえたのは、地面から突き出した無数の蔓だった。
「やったー! ありがとうアルテノーラー!」
「鈍臭いのよアンタたち」
蔓の操っているのは長髪の少女・アルテノーラ。のんきにはしゃぐメイアに冷たく吐き捨てる傍ら、捕らえている魔物たちを蔓で締め上げ、さらに蔦からは妖しい紫の光を帯びる。魔獣たちの悲鳴が幾重にも上がる。
「遊んでる時間も惜しいから、毒で早く気絶するようにしといたわ」
「や……やめてよ!! なんでこんなことするの!!」
「何でって、こっちは手を出さずに待っててあげたのに、突っ込んできたのはそっちでしょう? アンタが私たちのほうに来ればこれ以上は何もしないって言うのに」
「だから……なんでわたしなの……!」
冷笑しながら魔物たちを絞める力を強めるアルテノーラに、カナは強く歯噛みする。それを見ているメイアがクスクスと笑い声を立てる。
「カナちゃんってさぁ、自分の歌で魔物たちの人気者になったのに、自覚ないフリするなんてあざと~い」
口元をわざとらしく指先で隠しながら、笑っていたメイアのオレンジの目が薄く開く。
「カナちゃんが羨ましくなったからぁ――私も歌っちゃったんだ~」
メイアが宣言すると、彼女のデバイスは魔物たちの悲鳴を吸収する。深呼吸したメイア自身の口から無機質で歪んだ声が放たれた。
「《FACT0 α》!」
その声は機械的でありながら、異質な力が込められているように聞こえ、森の中に広がった。
寄せて返すような一瞬の静寂が森を包み込んだ後、それは大地を揺るがす轟音へと変わった。周囲の森から、巨大な影が次々に飛び出し、大地を揺るがす振動を巻き起こした。
現れたのは、ここにいる少年少女たちの何倍もの巨体をした獣たちだった。彼らは一様に、不気味なほどに赤く光る目をしていた。
「早くしないと~、この子たちみ~んな踏み潰されちゃうよ~?」
「あんまり時間がかかってると、こいつらに毒が回るほうが先かもしれないわよぉ」
メイアが芝居がかった動きと表情で怯える振りをし、アルテノーラもさらに煽る。
一行を取り囲む大きな魔獣たちは、メイアの声に操られ、ここへ引き寄せられた。やはり――魔獣を暴走させていたのはこの四人だった。それをいとも容易く実証され、半ば呆然とするようにカナは絶句する。
かと思えば、メイアは愉快な笑みを浮かべながら「もしくは食べられちゃうかも~」とからかうように言い、カイルとアルテノーラと共に弾けるように笑い出した。
この四人組は、自分を追い詰めるためだけにこんな非情な行為をして、相手の屈辱を悦んでいる。それに気付いた瞬間、カナの胸に突き刺さるような絶望が走る。魔獣たちの苦痛に呻く声、理性を失った唸り声、そして嘲る笑い声が乱雑に混ざり合っている。カナは混乱と衝撃で頭が真っ白になりそうだった。
歪に口元を歪めて、ケタケタと笑う少年少女たちの不協和音。剥き出しの下卑た悪意を目の当たりにし、ジフの槍を握る手に力が籠る。そして、アイの脳裏では、記憶の中の男――アルズの笑みと交互に重なる。
だからなのか――その瞬間、突然アイの胸の奥で鮮烈な動悸が鼓り始める。
思わず抑えたその場所は、まさにアルズの手で何かを流し込まれた場所。カイルたちがアイの様子に気付いていないのは、この動悸が彼らの力によるものではないからだろうか。激しさを増す動悸にアイの呼吸は乱れ、瞳の裏側で様々な景色がめまぐるしく切り替わる。
目の前の少年少女たちの嘲笑。
記憶の中のアルズの狂笑。
そして知らないいつかどこかの光景――
さらに多くの、子供たちの影が囲う冷ややかな笑い。
人影の形が不快な曖昧さで、老人たちの姿に変わる。
どれが何の記憶かもわからぬまま、目まぐるしく人影と景色と声色がぐにゃぐにゃと変わり、なのに笑いは途絶えない。
笑い声。
笑い顔。
嘲笑。
悪意悪意悪意。
動悸はアイの胸の奥深くを抉るように強くなっていく。アルズによってこの身に流し込まれた苦しみ。今、目の前にしている四人は、おそらくそのアルズの仲間たち。
酸素を求めるように、アイは確かな自分自身の記憶を手繰り寄せる。湖で笑ってくれたカナの姿。木漏れ日の下で歌っていたカナの姿。アイの胸に安心の光が差し込む景色の数々。
しかし、悪意と苦しみの炎に酸素が交われば、より燃え上がることを今のアイは気付いていない。
――こんな奴らに、カナを渡すわけにはいかない。
絶対に――
「カナ!! 行くな!!」
アイが張り上げた声が響き、怒号にも似たそれにびくりと驚いたカナが、彼のほうへ振り向く。そこでカナたちはアイの様子に気付く。
「アイ……どうしたの……!?」
アイは胸を抑えて呼吸を荒げながら、ぎらついた強い眼差しでカイルたちを睨んでいる。痛みに抗っているのか、それとも憎悪なのか。
「お前らなんかに……カナを……渡すもんかよ!!」
「……アイお前、もしかして――」
アイの異変を見たヨータが何かを言いかけたが、直後。
アイの体から業火のような光が爆発的に放たれ、猛烈な熱波が周囲に突如として広がった。
その光と熱波はアイを包み込むように渦を巻き、赤々と燃える炎の球体を形成した。蒼天すらも陰らせるほどの眩い炎が荒れ狂う。
「何だ……あの炎は……」
「最初の森で見たのと同じ……!」
初めて目にする灼熱の紅炎に、ジフが驚愕する一方、カナとヨータにとっては二度目の光景。ただ強力な魔力とは違う、あらゆる物質元素を凌駕する力。
「……これが……炎の柱を生み出した力……!?」
この時ジフは、自分に課せられた任務――何故、教団がアイを捕らえようとしているのかを悟り始める。
一方、同じ状況に直面するカイルたち四人もまた、彼らにとって予想外の事態に立たされていた。
「なんだよいきなりすぎんだろ!」
「そっちがその気なら……こっちだってやるまでなんだから!!」
メイアの叫び声が超音波と化し、背後に立ち並んでいた魔物の大群が一斉に猛然と突撃した。無数の巨大な獣たちが我を忘れ、火球に向かって跳び掛かってくる瞬間。
「うおおおおおおおああああ!!」
アイは両手で力強く握った剣を振り下ろして炎の烈波を放ち、火球を内側から切り裂いた。視界を焼き尽くすほどの閃光が溢れた直後、壮絶な爆発が周囲一帯を駆け巡った。僅かに直感したジフの結界魔法が、カナたちを炎と爆風から守る。
衝撃が止み、土煙とともにアイを包んでいた炎が消え去る。吹き飛ばされた魔物の大群、そしてカイルたちは倒れ伏し、地面に散らばっていた。爆発を逃れたジフたちは、その場に立ったままのアイを呆然と見ている。アイは大幅に力を消耗し、地面に突き刺した剣を支えにして疲弊していた。
正に死屍累々の様相。しかし、彼らはさらなる衝撃を受ける。
倒れている少年少女たちの四肢の一部が、無残にも欠損している。
そして。
その断面は、赤ではなく――透明なガラス細工の如き表面が剥き出しになり、光を受けて乱反射していた。吹き飛んだ体の一部〝だったもの〟は血の一滴も出ていないかわりに、粉々の破片になっている。
それを目にして絶句している間にも、彼らの断面の先から結晶がみるみると生えていき、砕け散るとともに失った体の一部が元通りに再生する。
「……人間じゃ……ない……」
信じがたい光景に、アイもはっと我に返り、その顔は蒼白になって思わず後ずさる。
「……あぁー……死ぬかと思った……」
「私の体をこんなにするなんて……」
「こっちはせっかく殺さないであげたのにぃ……!!」
意識が戻った四人は、関節を強引に動かしながらゆっくりと起き上がり、カイル、アルテノーラ、メイアが恨めしい声を零す。ゆらりと立ち上がった四人の影が、依然として人の形をしているのが、今や不気味にさえ思う。
魔物の暴走も、異常現象の災害も、彼らの手によって引き起こされていた。人間ではない――生き物かすらも定かでない異形の者たち。
彼らは本当に、封印された《影》のしもべ――《煉獄の使者》だというのだろうか。
「お利口さんに言いつけ守ってたのがアホくせぇ……とっととお前らをアルズの所に連れて行ってやる……! それ以外のここにいる奴ら全員ブッ殺すからな!!」
カイルは怒り、彼らの人形のように無機質な瞳は、サイケデリックな殺意に満ちて光っている。カイルとメイアが再び武器を構えるだけでなく、ジュディエは右腕を巨大な奇形に変化させ、アルテノーラは体から直接無数の蔓を出現させた。
四人は体からどす黒いエネルギーを噴出させ、驚異的な跳躍力でアイたちに襲いかかる。
――その時。
時間が突如、停止した。
宙に飛び上がったままの四人を、遠方から放たれた四本の矢の如き紫の光が貫く。
時が動き出すと、きらきらと飛び散る破片とともに四人は地面に叩きつけられ、再生したばかりの体がまた別の部位を失っていた。何が起こったのか認識できた者は誰もいない。
「なんで……!? 何が起こったの!?」
「せっかく治したのに……!! しかも再生しねぇじゃん!!」
メイアとカイルは混乱し、抑えている断面からは先ほどのような結晶が一向に生えてこない。
「これ……破損した箇所に魔力がかかってる……!」
最初に気付いたのはアルテノーラだった。再生しないのではなく、再生という〝機能〟が停止しているのだ。体の一部を失ったまま上手く身動きが取れない四人を、先程よりも強い紫の光が林の影から狙っている。
「――退くぞ!!」
直前で察知したジュディエの声と同時に、四人の足元から黒い渦が出現する。レーザー砲撃の如き強大な光が彼らに直撃する寸前、黒い渦が竜巻のように吹き荒れ、四人を飲み込んだまま弾け、紫の光と対消滅した。
* * *
得体の知れない者たちが消え去り、林に吹く風の音だけが残る。
彼らは一体何だったのか、最後に何が起きたのか、何一つ理解できぬまま、倒れている多くの魔物たちに囲まれるアイたちは、ただ唖然と立ち尽くしていた。放心したカナがへたれ込みそうになり、ヨータが抱き留める。
喧噪の消えた林に再び数本の紫の光が放たれ、魔物たちを捕らえていた蔓を破壊する。
「子供だけでこんな場所に来るのはあまりに不用心ですね」
アイたちの中の誰でもない、大人の男の声が彼らの背後から投げかけられる。その声に誰よりも先に反応したのはヨータだった。少し遅れてアイたちも振り返る。
茶黒い短い髪に、眼鏡越しの紅い瞳。ジフと同じエスペル教団の制服である黒いジャケットを纏っており、細部のラインは赤色だ。二十代半ばの若い男に見えるが、黒い服を着た長身な体格は、威圧感も漂わせる。
「……リオウ……何故ここに」
同じ組織の者同士であろうジフが、男の名を口にした。
「先ほど君が私に報告したでしょう。この湖なら私たちのいる南支部から出向いても差し支えない距離だったのでこちらから来ましたよ。……それがこんな状況に巻き込まれているとは」
辺り一面に多くの魔物が倒れているのを見渡しながら、リオウは言う。
ジフとの会話から、おそらくアイを彼らの教団へ連行する任務を指揮している。そして《煉獄の使者》と思わしき異形の者たちを一瞬で退けた。それらの張本人。苦笑しているが、それが心配からなのか、余裕からなのか判別しづらい彼の雰囲気に、アイは思わず固唾を呑む。
それ以上に、ヨータは目を見開いてただならぬ感情を露わにしていた。
「不幸中の幸い……でしょうか。直接お会いしたらきちんと交渉するつもりでしたが、こんな事態に巻き込まれていたとなると――君たちは直ちに安全な場所へ保護されるべきです」
最初の一言はどちらにとってなのか。リオウの言うことは確かに理性的で、大人として真っ当な考えだが、子供を安心させる柔らかな物腰と、見た目の若さ以上の冷徹さに、アイは二律背反じみた違和感を拭いきれずにいる。
リオウの背後の林の影から、教団の黒い服を着た大人たちがさらに小隊規模の人数で姿を現す。そのうちの数人は魔物たちのもとへ駆け寄り、治癒魔術を施し始める。
「ここにいる魔物たちは我々が手当てして元の場所へ返します。安心してください。ですから――」
このリオウと言う男は、ジフの上官に当たる人物ならば、悪人ではないのだろう。それでも、立て続けに得体の知れない者たちに襲われて、今のアイは疑心暗鬼になっているのか。
いや、それを抜きにしても――アイたちが断るという可能性は端から用意されていないようだった。
「我々の教団支部までご同行願います」
――04 煉獄の使者




