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第04話 煉獄の使者-2

既に投稿していた第4話を再度パート毎に分割投稿したものです。

内容は最初の投稿と同じです。(一部誤字脱字の加筆修正をしています)

 アイとカナが子鹿に案内されたのは、雑木林の中の少し開けた場所。そこには数匹の魔物たちが身を寄せ合っていた。

 草の上に寝そべっている大きな魔物の体を、小さい魔物たちが心配そうに舐めている。アイとカナはそれぞれ慎重に近づき様子を窺った。


「この子たちも怪我してる」


 傷を負った魔物たちがこの場所で静養しているようだ。カナが痛ましげに魔物の体の赤い傷を見ていると、先ほどの子鹿がまたスカートを咥えて引っ張る。


「クゥウーン」


 子鹿は声をか細く伸ばし、たどたどしくも紡ぐように鳴いている。


「カナにもう一回歌ってほしいって言ってるんじゃないか?」

「えぇっ……歌?」


 魔物からの思わぬアンコールにカナは戸惑い、逡巡する。少し照れくさそうに息を吸い、まずは発声のたおやかな一音を奏でた。

 その声が自然の空気に溶けるように響き渡ると、横たわっている魔物たちの体がほのかに光り出す。体にできたばかりの痛々しい赤い傷が塞がり、魔物たちの顔に活気が宿っていく。


「治った! やっぱりカナの歌には力があるんだよ!」


 魔物たちの傷が治癒されたのを見たアイが、目を輝かせて歓喜する。照れなのか否か、カナはいつもの得意げな顔ではなくやけにむず痒そうにしている。


「でもなんでこんなに魔物が怪我してるんだ? 縄張り争いでもあったのか?」


 アイが疑問を口にすると、小さな魔物たちが口々にキィキィと鳴き始める。何を言っているかわからず仔竜獅子を連れてこなかったことを後悔していた、その時。



 人の声のようにも聞こえるが、まるで機械を通して――それも壊れた機械から、断続的に途切れながら、金属音のノイズを伴って発しているような奇妙な音。それが突如として、凄まじい音波で林全体に響き渡った。アイたちは思わず耳を塞ぐ。


「なんだ今の音……」


 自然に似つかわしくない異音をアイが不可解に思っていると、次第に草木が騒がしく揺れる音が立ち始める。やがて獰猛な足音が重なり、そして獣の咆哮が聞こえてきた。どこかで魔物が暴走している。


「まさか……今の音で暴走したの……?」


 カナは不穏な予感を言葉にした。魔物の暴走という噂が絶えず、アイ自身、何度も遭遇している。今、正にその〝発生源〟が在ったというのか。


「やばい……やばいやばいやばい……このまま湖の観光客たちがいるほうに魔物が走っていったら……!!」


 アイの脳裏に最悪の事態が過ぎり、戦慄する。湖のほうに伝えに行くべきか。考えを巡らせていると、小さな魔物たちがまたキィキィと鳴き出し、仕草と合わせてなんとか汲み取ってみる。


「ここにいる子たちも、暴走した魔物に襲われたってこと?」


 カナが尋ねると、魔物たちが応えるように鳴いた。魔物の暴走に遭遇するのは初めてではない。そして、アイ自らの手で戦って沈静化し、倒れた魔物をカナが治癒したこともあった。やがてアイは決断する。


「――さっきの音がした場所に行ってみる」

「わたしも行く! みんなはできるだけ安全な場所に隠れて」


 原因を叩けば喰い止められるかもしれない。せめて暴走している魔物を直接止められれば……。カナに促された魔物たちは、心配そうな目をしながらも、騒音が近づいてくる前に木々の影へと散らばって行った。

 アイとカナは互いを案じるように顔を合わせる。それは決心の確認に代わり、共に林の奥へと足を走らせた。




* * *




「今はマルトクラッセを出て湖まで来ている。明日、同行者の予定が終われば、明後日には南支部に到着する」


 ジフは山荘内の一区画に立ち並ぶ、通信機の筐体――別の街で見たアイは「大昔の黒い壁掛け電話みたい」と言っていた――から受話器を取り会話をしていた。

 ジフがアイの身柄を捕らえるにあたり、アイたちに同行している間は逐一報告の通信をしていた。教団から支給された携帯機も所持しているのだが、固有の番号や電波の記録が残らず、かつ発信した場所を特定できる公共の通信機のほうが、盗聴の危険性においても“同行中”という状況においても都合が良かった。


「わかりました。引き続き気をつけてください」


 電話の相手は、エスペル教団のジフの上官にして、アイの確保の任務を命じた張本人、リオウ。



「それにしても商業都市の中心で騒動を解決するとは、さすが我が自慢の精鋭なだけありますね」

「本当にそれは褒めているのか。世間話をしている場合じゃない」

「湖までの距離なら、我々支部のほうからそちらへ向かうことも可能です」

「できれば早急に……だが最小規模で応援を頼みたい……前にも報告したが、未確認魔力体に同行している一般人があまりに厄介すぎる」

「それは、まあ……穏やかではないですね」


 わざわざジフがアイたちに同行しているのは、ヨータの運び屋『コンプレントエージェンシー』に対する教団側の不祥事としてクレーム――いや、脅しを受けているからだ。最初に教団と連絡が取れた瞬間にそのことを報告している。

 ジフより上の立場の、れっきとした大人がぞろぞろと現れれば、ヨータを刺激してその脅しが発動する確信があった。リオウも予想は同じなのだろう。


「お前に引き渡すまではあいつらの傍から離れないよう徹底するが、今回ばかりは専門外なイレギュラーが多すぎる。色々と時間の問題だ」

「なるべく迅速に対応します」


 ジフの言い方から、精鋭の彼ですらよほど悪戦苦闘しているのがうかがえる。リオウはジフの要請を受け入れた。



「そちらの調査のほうは」


 今度はジフが聞き出す側になる。アイの身柄を捕らえる任務に付随する、並行して進められている案件。


「人体発火現象の件ですね」


 リオウはジフの質問を確認するように、その案件の概要を口にする。今回の一連の任務が発生したそもそもの発端。“未確認魔力体”――アイが出現した当時の現象と、直後の彼の失踪。その原因は特異な魔力だけでなく、犯人とされる別の誰かが干渉した疑いがある。


「現場検証と近隣の調査、魔力感知結界のさらなる細かい解析を行いました。これはまだ結論として上層部に報告するには及びませんが……現場から採取したある物が、証拠に繋がる可能性が高いです」


 リオウは現時点での状況を述べる。


「私個人の推測では、すでに絞れています。未確認魔力体に接触したものの――正体が」


 そして、組織としての確定事項とは分けながらも、彼自身の考えを告げた。淡々と、しかしはっきりとしたその声に、ジフも了承する。


「それなら俺は引き続き監視に集中するということでいいか。こちらでも何かわかれば報告する」

「はい。お願いします」


 互いの言葉を最後に、二人は電話を終える。ジフは受話器を筐体にかけた。




* * *




 一方、ジフたちの間で危険人物扱いされているヨータは、山荘内のまた別の場所――休憩区画にいた。

 吹き抜けの中心に佇む、大きな噴水。それを囲んで設置されたソファに腰を下ろし、噴水の流れを見つめている。その目は心ここに在らずだった。


 天窓から差す光を受ける噴水は、まるでジオラマの神殿の如き繊細で華やかな彫刻と、水路で構築されていた。頂から水を流す球体のアクアリウムは、さながら小さな惑星のようだ。その見た目の美しさで周りの観光客も見惚れているが、別にヨータは芸術に関心があるわけでもない。

 というのもこの噴水の水は、ウィーネ族という水棲種族によって水質が調整されており、水から大気に放たれる魔力によって、周囲にいる者を癒す効能がある。同じような造りの噴水が大陸各地に建てられており、ウィーネ族の技術は大陸中で評価を得ていた。


 癒されたかったと言えばそれはもっともなのだが、今のヨータは彼自身も無意識に、噴水そのものを無心で眺めているようだった。

 あるいは噴水を、そこから流れる水を見ることによって、想起する何かを眺めているような――



「ヨータぁああ~!!」


 水の流れる音で洗礼されていた静かな区画に、仔龍獅子の気の抜けるような叫び声が響いた。大慌てで駆けてきた仔龍獅子を即座に拾い上げ、ヨータは急いでロビーに移動する。


「うるせぇな静かにしろ!!」

「だってよぉ~! 魔獣が近くの林で暴れてて、このままだと他の魔獣や観光客まで巻き込まれちまうんだりゅ! アイとカナが魔獣を倒しに行ったから、ヨータとジフを呼んでこいって言われたんだりゅ~!」


 ヨータの両手で抱え上げられた仔竜獅子が、大袈裟な身振り手振りで両腕をバタバタと動かす。仔竜獅子の必死の説明を、ヨータは耳から頭へ冷静に咀嚼する。今起きていることを理解したヨータは苦渋の表情を浮かべた。


「っこの……懲りねぇ奴だな!!」


 その場にいないアイに向かって怒声を吐き捨てる。

 ちょうどその時、向かいから電話を終えたジフが歩いてきた。彼に気付き、目が合ったヨータは仔竜獅子を抱えたまま足早にジフに接近した。


「おいジフ! 今から走るぞ!!」

「はぁ?」

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