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プロローグ

 R.E.一三二一年。

 一つの都市が空に浮いていた。


 美しい白亜と金の建造物。鮮やかな赤煉瓦の道。瑞々しい自然の緑が輝き、色とりどりの花の周りに光の粒が舞っている。


 フィエロレンツ聖国。

 そう呼ばれた神聖の国には、陸地ごと空高く、成層圏をも越える場所まで浮上したことで、今は誰も残っていない。


 ――ただ一人を除いては。


 聖国の中で最も高い建物、パラディース神殿の頂上に、その青年は佇んでいた。


 アステリオ・ルド=ダンテスタ。

 亜麻色の短い髪が太陽に照らされる。傷だらけの赤銅の鎧を纏い、ボロボロの真紅の外套が風にたなびく。金の装飾が施された黒金の剣を構え、息を切らしていた。

 美しかった神殿の屋上を飾るオブジェは、壮絶な戦闘の舞台となって瓦礫と化した。白く無骨な岩塊を、銀河とも闇ともつかぬ空一面の真っ黒な暗雲が蠢きながら囲んでいた。


 彼――アステルの前には、神殿と競うが如く地面からそびえ立つ、巨大な漆黒の甲冑がいた。しかし、甲冑の兜がズレて屋上に落下すると、甲冑の空洞から黒い霧が流れ出てくる。

 バケツからひっくり返された水塊のように落ちてくるそれに向かって、アステルは走り出す。

 黒い霧が地面にぶつかると同時に、アステルは剣を振りかぶって炎の裂閃を放つ。クロスした二筋の裂閃が黒い霧を爆散させた。


 だが、蒸発しきらずに飛散した僅かな残滓が反撃の裂波を照射する。あらゆる方向から無数に放たれる禍々しい閃光を、アステルは足を止めることなくかわし続け、時に剣で相殺しながら、尚も前へと走り続ける。

 アステルが両手で剣を構えると、刀身から激しい炎が噴き上がる。彼の渾身の咆哮と共に、灼熱の炎を纏う剣を振りかぶった。


「《鳳凰斬翔(バーン・フェニックス)!!》」


 まるで剣から火の鳥が放たれたかのように――迸った炎の波が周囲一帯を焼き払った。


 飛び散っていた残滓すらも瞬く間に消滅し、黒煙が晴れた向こうには、黒い霧の中枢と思われる球状のエネルギー体だけが残っていた。

 色すらも失ったそれは、蜃気楼のように曖昧に揺らめいている。球体の目前まで迫ったアステルは今一度、剣を握る両手に力を込め――



 ――エネルギー体を貫いた。



 ほんの少しだけ、球体からエネルギーの飛沫が散る。剣に串刺しにされたまま、ついに動かなくなった。


「大精霊たち!!」


 剣を握ったまま叫ぶアステルの声に反応して、彼の体から五つの光の球体が飛び出す。赤、青、緑、金、紫紺の光をそれぞれ放っている。

 それらはゆっくりと回って輪を形成しながらアステルの頭上に浮上し、五色の光の線を放つ。交差した線がエネルギー体を貫いてその場に縫い留めた。

 直後、強い光が広がりアステルを包み込んだ。


 光の中から現れたアステルの赤銅の鎧が、神々しい純白と金色に変貌していた。

 外套は暁光のような輝きを帯び、背中には真紅の光の翼が広がる。

 『救世主』。――その言葉を体現したかのような姿であった。


 彼はエネルギー体から剣を引き抜いた。


「この世の命は皆……星に紐づけられている……」


 眼前のエネルギー体を真っ直ぐ見つめ、肩で息をしながらアステルは呟く。

 彼の声は、成人したばかりの青さが残る――誰が言ったか、線が細くて頼りない声だ。

 だが、繊細ながらも真っ直ぐで、暗い陰りに差し込む、温かくも眩しい斜陽のような声だった。


「お前も星に繋げられれば、〝影〟から……〝命〟になるんだ……!!」


 そして戦いを制した今、それは精悍と言うべき力強さに変わっていた。喉の奥を震わせる力が、声に重みを持たせる。

 アステルは剣を握る右腕を上げ、切先で天を指し示した。


「《夜空に光る星々よ! 今、我らを照らし賜え!》」


 空に響いたアステルの声に応えるように、天から一筋の光が垂直落下する。そのまま真下に固定されたエネルギー体を貫き、再び串刺しにした。

 アステルは切先が指す天を見上げる。


「これが……俺達の星だ!!」


 光の筋の先、天を覆う暗雲の向こう側――そこに一粒の星があることを、彼は確信する。アステルは大きく息を吸い込んだ。


「《神よ!! 其を遮りし影を払い、今再び蒼穹を切り拓く!

 空と地上を、其と我らを、星と影を繋ぎ、命となりし影を深い眠りに包み賜え!

 空を閉ざされた我ら地上に、再び天陽の慈悲を齎し賜え!

 我ら地上の民は、この天の先に其の存在を信じる!!》」


 暗雲――《影》に遮られた向こう側にいる存在。《神》と呼ぶそれに向かって、アステルは声高らかに宣誓する。


「《その対価は――我が肉体とし! 影を封ずる鍵錠とする! この錠が解かれぬ限り、終わることなき影の眠りとなれ!!》」


 それは祈りや願いとは違う、形を伴った取り引きであり、摂理のうねりを埋めるための必要不可な儀式。


「《――I'll Salvatore!!》」


 誓約のサインとなる言葉を、張り上げた声によって綴る。


 それを認めるかのように――剣を握るアステルの右手に、指輪の痕のような刻印が浮かび、光り出す。

 指輪の痕は、五本の指に一つずつ。五色の大精霊の光と同じ数だった。この刻印こそが、彼と五体の大精霊が契りを交わし、《神》がそれを認めた証なのだ。


 刻印はさらに鮮烈に光る。その光が熱を持っていたら、アステルの指は全て焼け落ちているだろう。

 実際、彼の体内ーー指輪を嵌められたが如き右手の五本指には、大精霊の凄まじい魔力が活性化し激しい痛みが走っていた。

 アステルは一度歯を食いしばる。その痛みを力に変えて剣を握りしめ、かっと目を見開いて叫びを上げた。


「うっ、ぐ……うぉおおおおおおお!! 《閃星大斬光(アルバンディア)》!!」


 そして、光の筋の先で、一際強い輝きが広がる。《影》の幕すら照らす光に続くように、アステルの真紅の翼と、彼を囲む五色の光も輝き出す。強まっていくそれぞれの光はやがて一つに溶け合い、眩い白が貫かれたままのエネルギー体とアステルを呑み込んでいく。



 天と地を繋ぐ光の縦筋を境に、《影》が二つに切り拓かれた。



 《影》は瞬く間に消滅し、黒色だった空には、明星と朝陽が共存する一面の朝焼けが広がった。






挿絵(By みてみん)







 ――かくして、アステリオ・ルド=ダンテスタこと《明星の救世主》によって、このビテルギューズ大陸は《影》の脅威から救われた。


 《女神チェリシアローズ》は彼の勇姿を歌に残し、地上に生き延びた人々はその歌の下に結束して疲弊した大陸を復興させた。

 その結束を信仰と呼び、大陸の統率の中心となった宗教組織。

 《影》の脅威から国を守り抜き、古くからの歴史と共存する大国。

 救いを待ち続けることを悔い改め、信仰からの自立を志す独立国家。

 各々新たな生きる指標を見つけながら、各地の土地、種族、自然は生命の営みを取り戻し、大陸は再び繁栄していった。


 聖国とそこに残った《救世主》は、封印された《影》と共に、空に消えたまま戻ってくることはなかった。


 ……故に、だろうか。


 活気を取り戻した地上には、空から物体が落ちてくるようになった。


 在りし日の聖国の建造物と良く似た、荘厳な彫刻が施された白亜の瓦礫。黄金の鉄屑。宝石と見紛うほど色鮮やかな結晶体。

 地上の人々はそれを『聖国の遺産』と呼び、大陸を救った象徴、神聖な物体として崇めるようになった。


 やがて、千年が過ぎた。


 《救世主》の外套を思わせる夜明け前の空に、あの日の光の縦筋を描くように、落ち続ける一つの星があった。




 ――プロローグ

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