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転生帰録──鵺が啼く空は虚ろ  作者: 城山リツ
第二章 離された手、繋がれた手
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第2話 ミッション

 昼休み、弁当を食べた後、(はるか)が珍しく中庭に行こうと言い出した。

 昨日の続きで、大事な話をするんだろうと察した蕾生(らいお)は黙って永についていった。


 中庭中央の桜の木の下。幸いにも今日は曇りで誰もいない。永は振り返って安いドラマのような口調で切り出した。

 

「とりあえず、ミッションそのイチ」

 

 わざとおどけて話すのは蕾生に負担をかけたくないからだろうと、当の蕾生にもわかっている。

 

「リン、ってやつのことだろ?」

 

 だから蕾生も前置きなしに、昨日の出来事で一番鮮烈なものの名前を出した。

 

「そうリン! なんであいつ、あんなところに居たんだろ?」

 

「アイツがいると思ったから銀騎(しらき)研究所に行ったんじゃないのか?」

 

 あの場所に向かう永の足取りは迷いがなかった。だから蕾生は昨日の目的は当然彼女のことだろうと思っていた。

 

「いや、ほんとは別のことを確かめたかったんだよね」

 

「何だよそれ?」

 

「んーと、なんていうか……どうしよっかな……」

 

 永は急にしどろもどろになって目を泳がせた。その態度に蕾生は冷ややかな視線を送る。

 

「わーかった、話す! えっとね、ほんとはあの研究所に刀があると思ったんだよね」

 

「刀?」

 

(ぬえ)を討伐した時に褒美として帝から賜った宝刀なんだけど、銀騎側に取られちゃってて」

 

 永は努めて明るく、舌まで出して軽い調子で話す。その気遣いは何を言ってもやめることはないだろう。蕾生はそう諦めて話を進めた。

 

「いつ?」

 

「うーん、いつからだったかなあ。結構前から。直近だと二、三回くらい前の転生の時かなあ」

 

「そんなに前から銀騎研究所と知り合いなのか」

 

 永が銀騎研究所を憎んでいることは伝わっていた。それはおそらく前回の転生で何かがあったからだろう。蕾生はそれくらいに考えていたのだが、もっと根の深い問題だということに驚いた。

 

「なんかいろいろややこしい因縁が出来上がってるんだよね、あそことは。元は──」

 

 言いかけて永は少し止まる。

 

「ま、その辺はちょっと置いといて、リンのことを先に説明してもいい?」

 

「あ、ああ」

 

 続きが気になるけれど、永は話さないと決めたことは絶対に曲げないし、経験則に基く順序があるんだろうと思って蕾生は渋々承知した。

 

「基本の──っていうか、これだけはいつも変わらないことがあるんだけど。まず、僕とライくんは必ず同い年で近所に産まれるのね」

 

「へえ」

 

「ライくんの記憶はその都度リセットされてるんだけど、僕は物心がつくあたりからなんとなく前世の記憶を思い出してくるんだ」

 

「そうなのか」

 

 では永と一緒にいることも決められた運命だったのだ。蕾生はなんだかこそばゆい気持ちになった。

 

「うん。で、繰り返してきた転生の出来事を思い出しながらなんとなく成長してくんだけど……」

 

「その間、俺は何してるんだ?」

 

「別に何も。君は健康に育ってくれたらそれでいいんだ」

 

 永はにっこりと笑って言う。蕾生はこれまで永と共に生きてきたことを振り返る。


 最初に永が助けてくれたのも、ずっと側にいてくれたのも、蕾生はずっと有難いことだと思っていた。加えてその理由も知ることになり、今まで何も知らなかった自分が情けなくなった。

 

「なんか、不公平だな。俺ばかり何にも知らずに暢気にしてて」

 

「やだなあ、そんなことないんだよ! その方が、僕は救われてる」

 

「……」

 

 沈みそうになる蕾生の肩をぽんと叩いて、永は更に明るい口調で言った。

 

「で! だいたい十五か十六になるころ、リンがどこからかひょっこり現れるんだ」

 

「ええ?」

 

 唐突な第三の人物の登場に、蕾生は思わず間抜けな声を出してしまった。

 

「状況はその時々で違うけど、だいたい僕達の住んでる街に引っ越してくるのが多いかな。その時にはリンも僕達と同い年で転生の記憶がある状態でやってくる」

 

「そいつはなんで俺達の居場所がわかるんだ?」

 

「リンが言うには、十五歳になる頃に突然記憶が蘇るんだって。夢を見るらしい。その夢の最後に現在の僕達の居場所が正確に出てくるんだって」

 

「すごいな、それ全部呪いのせいなのか?」

 

 蕾生はにわかには信じられなかった。ただでさえ、あのリンという少女には今の所良い印象はない。

 狙って自分達の元にやってくるなんて、逆に怪しいのではないかとすら思う。


 だが、永はそんなことは全く思っていないようだった。

 

「ものすごくご都合主義っぽくて笑っちゃうけど、僕とリンは呪いが三人を引き合わせてるって考えてる。ところが──」

 

 永も蕾生の戸惑いを当然のように受け止めながらも、困ったように笑いながら話した。

 

「ライくんは初めてのことで違和感があると思うけど、あえて現在の僕達のことを『今回の転生』って呼ぶけど……」

 

「ああ、それでいい」

 

「今回の転生では、リンの合流が遅れていたんだ」


「確かに、昨日会ったアイツはそういう雰囲気じゃなかったな」

 

 出会った事だけを考えれば今回も矛盾はないように思えたが、蕾生は昨日拒絶されたことを思い出した。

 

「僕もうまく説明できないんだけど、いつもだったら『そろそろリンが来そうだな』って思うんだ」

 

 永にしては珍しく感覚的な物言いだった。

 

「だけど、今回の転生では『リン遅いな』って思ってしまった。そんなこと考えたことがなかったのに。これは十分異常事態なんだよ」

 

 だから自ら銀騎研究所に乗り込んで調べようとしたのか、と蕾生は思った。

 

「結果として僕達はリンに会えたけれど、合流には至っていない。それどころか、このままじゃリンは合流しないかもしれない。それに昨日会ったリンはとても僕達と同い年には見えなかった」

 

 昨日見たリンの姿は高校生には見えなかった。せいぜい中学生か、小学校高学年といったところだ。

 その姿を思い出すとともに、蕾生はあの時ひどく永が狼狽したことも鮮明に思い出した。

 

「だから、永はあんなに取り乱してたんだな」

 

「ええっと、話を少し戻すけど、リンが遅いって思った時に、少し思い出したことがあって」

 

 へへ、と照れくさそうに笑った後、真面目な顔になって永が続ける。

 

銀騎(しらき)詮充郎(せんじゅうろう)。あいつが前回の転生でリンに異常な興味を示していたんだ」

 

「あのVTRのじいさんか? 異常な興味って?」

 

 昨日の銀騎詮充郎の姿を蕾生は思い出す。

 皺が深く刻まれた顔の中に、落ち窪んだどす黒い目。しゃがれているのに心の奥深くまで突き刺さる声。

 まるで死神のような威圧感で睨まれたらきっと身がすくんで動けないだろう。あんな存在とこれから関わらなければならないと思っただけで背筋が寒くなる。

 

「ちょっとそれはまだ言えないな……」

 

 永の更なる隠し事に、蕾生の苛立ちがますます大きくなった。大袈裟に睨むことで意思表示を試みる。

 

「だから、言えないことがあるのはゴメンって! とにかくリンと銀騎詮充郎の間に何かあったのかもしれないと思って、僕は昨日君を連れて研究所に行ったって訳」

 

 永は蕾生の目の前で両手を合わせて謝った。ここまでしても教えてくれないなら、次の機会に期待するしかない。

 

「……まあ、わかった」

 

「リンのことは確信があった訳じゃないから、本来の僕の目的は刀の方だった。だけど、いざ研究所に入ってみたらリンの気配を感じたもんだから、僕も驚いてしまって」

 

「そうか……」

 

 永にしてみたら、九百年もずっと仲間だと思ってきた相手に昨日突然拒否されたことになる。

 蕾生にはその時間の重みはまだわからないけれど、もし、永にあんな態度を自分がとられたらと思うと、昨日あんなに永が取り乱したのもわかる。


 永に自分以外にもそんな相手がいたことは少しショックだし、嫉妬のような感情と相まって、蕾生にはリンに対する怒りのようなモヤモヤした感情が生まれていた。

 

「で、ミッションの話をするよ?」

 

「お、おう」

 

「まずは、もう一度リンに会いたい」

 

 蕾生がリンに感じている不信感など欠片も持っていないとわかる真剣な表情で永は訴えた。

 そんな澄んだ目をされては、自分の持ってる感情が子どもっぽいものに思える。

 

「でも、どうやって? 昨日のはただラッキーだっただけだろ? それに──」

 

「うん。リンははっきりと僕達を拒絶してきた。もう、嫌になってしまったのかも。とても酷い運命だから」

 

 永のこれまでの苦労はとても測れるものではない。酷い、と言い切る程の経験を永とリンはしてきたのだろう。

 

「それでも!」

 

 永は自ら奮い立たせるように、きっぱりと蕾生に訴える。

 

「僕はもう一度リンに会いたいんだ」

 

 少しだけ声が震えている。揺らぐ瞳の中にはリンに対する純粋な思いがある。それを感じ取ったからには、蕾生が戸惑う理由はない。

 

「わかった。絶対にお前をリンに会わす」

 

「ありがとう、ライ」

 

 やっと安堵したように破顔した永を見て、蕾生の心は決まった。


 

  

「で、具体的にはどうするんだ?」

 

「うん。それなんだけど」

 

 急に永らしい余裕の笑みを浮かべて、というかワルくニヤリと笑って言い放った。

 

「ライくんに、女の子をナンパして欲しいんだよね!」

 

「──ハア!?」

 

 突拍子もない言葉に蕾生は思わず声を上げる。

 同時に昼休み終了のチャイムが甲高く鳴り響いた。

お読みいただきありがとうございます

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― 新着の感想 ―
永くんは終始おどけて話してるけど、気の遠くなるような時間の壮絶な記憶を物心つく頃に思い出す…っていうのを何度も繰り返してるのって、精神的な負担が計り知れないですよね。それでも蕾生くんに負担をかけないよ…
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