第1話 二本の矢
佐藤が去った後の室内は混乱を極めた。
後から現れた集団は銀騎の縁者らしかった。奇怪な言葉や手振りの応酬が暫くあった後、詮充郎は研究室から運び出されていく。
皓矢がその先頭を行き、集団の後を星弥もついていった。永達三人はさらにその後を走り、どさくさに紛れるような形で外へ出る。
皓矢に星弥も含めた集団は脇目も振らず研究所の建物へと向かっていった。
ぽつんと残された三人は、鈴心の提案で銀騎の自宅へと戻り応接室で待機することにした。
「なんか、疲れたな」
ソファに腰を下ろして蕾生がため息とともに言うと、永も大きく頷いた。
「うん、それに消化不良だよ」
「そうだな。まだ話の途中だったのに。爺さん、死なないといいな」
蕾生が素直に言った言葉に、永は腰に手を当てて怒る。
「死ぬもんか、あのしぶといジジイが! 死んだら、もう絶対許さないんだ!」
仮に死んだとしても自業自得──くらい永なら言うと思った蕾生は少し驚いた。
詮充郎の告白と最後のあの姿を見て、永にも心境の変化があったのかもしれない。
ふと、黙ったままでいる鈴心が気になった。少し前から、青白い顔になって具合が悪そうだったなと蕾生は思い返す。
「鈴心? どうした、気分でも悪いのか?」
「──あ、いえ、別に。ライこそ大丈夫ですか? 一度鵺化してまた戻るなんて、体にどれだけの負担がかかったか」
話しかけると、鈴心は顔を上げて慌てたような素振りを見せた後、いつも通りの雰囲気を纏う。
「ん? 俺は何ともない。ちょっと疲れてるけど、一晩寝たら治るだろ」
「そうですか、それは良かったです」
安心して少し笑った鈴心の顔を見て、蕾生は気にし過ぎたかと思い直す。短い時間の中で色々なことが起き過ぎた。誰もが疲れて当然だと思った。
「あの女……」
「うん?」
永が思案しながら呟くのに蕾生が反応すると、永は首を傾げながら言った。
「あの佐藤って女、何者なんだろう。皓矢の口ぶりじゃ、銀騎の一族って訳でもなさそうだ。なのに不思議な術を使う……」
「永にも心当たりないのか? いつかの転生で会ってたりとか」
「いや──さっぱり検討もつかない。リンもそうだろ?」
一旦目を閉じて天井を仰いだ後、永がそう振ると、鈴心も頷いて答えた。
「そうですね……佐藤さんのような人は今回初めて会いました。以前から近寄りがたい人だったんですが、あんな本性があったなんて」
「すごい豹変ぶりだったもんね。呪いを解くどころか、新しい謎ばっかり増えるなあ……」
眉を寄せて難しい顔をして見せる永に、鈴心は少し明るい声で言った。
「ですが、確実に私達が経験したことのない事ばかり起きています。前向きに考えれば──」
「そうだねえ、未知の領域に来たことが吉兆だと捉えていいものか……。ていうか、未知過ぎてこれからどうすればいいのか全然わかんないんだけど!?」
「確かに……」
三人で考えあぐねていると、ノックとともに皓矢と星弥が入ってきた。
皓矢は金属トレイのようなものを持っていたが、白い布で蓋がされており、何が入っているかはわからなかった。
「ごめんね、遅くなって」
「星弥! 大丈夫ですか?」
星弥の姿を見た途端、鈴心は磁石で引っ張られたかのように駆け寄って、その無事を確かめる。
それに少しはにかみながら星弥は答えた。
「わたしは大丈夫だよ、鵺化しかけた因子も元通りに沈黙してるって、兄さんが調べてくれたから」
「聞いたんですね……」
鈴心が声の調子を落として言うと、星弥は少しの困惑を浮かべながら、それでも笑って言った。
「うん。びっくりしたけど、あの状況を体験した後だったし、なんかすんなり納得しちゃった」
努めてのんびり笑う姿に、蕾生は安心した。
「お前も、強いな」
「えへへ、褒められた」
頬を紅潮させて嬉しそうに笑う星弥に、蕾生もなんとなく笑みが漏れた。
漂うほのぼのとした雰囲気がおもしろくない永は、わざと真面目ぶって皓矢に話しかける。
「皓矢、ジジイの容体は?」
「ああ、幸い一命は取り留めたよ。あの術は針を刺した後、毒──というか呪いのようなものを対象に注入するものだろうけど、その前段階で阻止できたからね。ただ、いつ目を覚ますかはわからない」
「そうか……」
皓矢の説明に肩を落とす永を元気付けようと、星弥は両の握り拳を振って力強く言う。
「お祖父様なら大丈夫だよ! 図太くてしぶといもん!」
「ダヨネー」
棒読みで答えた永とのやり取りに苦笑しながら、皓矢が軽く頭を下げた。
「今日は本当にすまなかった。身内から不始末がでたことも申し訳ない」
「あの女の正体は掴んでるのか?」
永が真面目な口調に戻しつつ聞くと、皓矢は首を振った。
「いや。これから調べるよ。彼女は古いスタッフだったから、何かしらの痕跡が残っているかもしれない」
「ま、それはそっちに任せるよ」
「何かわかったら報告する」
「──え?」
意外な言葉に永が驚いて顔を上げると、皓矢も同じような顔をしていた。
「? 言っただろう? これからは銀騎を挙げて君達をバックアップすると」
「あれ本気だったの!?」
「もちろん。これまでのことを償うためにもそうさせて欲しい」
「ああ、そうなの……まあ、そんなに言うなら? させてやっても? いいけど?」
永が戸惑いながら目を泳がせているのを見かねて、蕾生が会話に割り込んだ。
「すんません、永は振り上げた拳をしまうのが難しくなっているので」
「ちょっとライくん! 恥ずかしい、フォローが恥ずかしい!」
少し耳を赤くした永の様子に、皓矢は爽やかな笑顔を向ける。
「ははっ、君達は本当にいい相棒だね」
「わたしも、これからは完全に味方だからね!」
「ありがとうございます、お兄様、星弥……」
星弥もむんと両手を握って胸を張る。その様子に、鈴心は心底安心したように微笑んだ。
「ところで疲れているところすまないが、もう一点だけ確認しておきたいんだ」
雰囲気を改めて、皓矢が持っていた金属トレイにかけられた布を外した。中には削った石のようなものが二つと、金属片がある。
「それ!!」
永は素早く指差して声を上げる。
「君には心当たりがあるね?」
皓矢がそう聞けば、永は大きく頷いた。
「なんだ? あれ」
それを初めて見た蕾生は鈴心に小声で聞いた。
「あの二つの鏃は詮充郎が持っていた鵺の遺骸から出てきたものと、鵺化したライが吐き出したものです」
「えっ!」
驚いた蕾生の声に、永が向き直って言った。
「そう。元は英治親が持っていた二本の矢。名を翠破と紅破と言う」
「やはりそうか」
皓矢が確信を持って言うと、永はその矢だったものを指差しながら説明した。
「ライくんが吐き出した紅破の方はかなり前に鵺化した時、体に刺さったままで今まで行方不明だった。遺骸から出た翠破は前々回の転生で鵺に取り込まれたからよく覚えてる」
すると皓矢もその返答として報告する。
「簡単にだけどこれらの探知を行った結果、鵺の気配が宿っていたのでおそらくそうだと思ったが、実際に知っている君が言うんだ、それで間違いないだろうね」
「じゃあ、そっちの金属はもしかして……」
永が残された金属片の方を指差して言うと、皓矢は深く頷いた。
「こっちの方はこちら側に充分データが揃っているものと合致した。現在行方不明中の萱獅子刀の切先部分だ」
「やっぱり本物は行方不明だったか」
永が肩で息を吐きながら少し責めるような視線を向けると、皓矢は素直に頭を下げる。
「申し訳ない。これも身内の恥だ──前回のことだから君達も覚えているだろうけど」
「まあね。ていうか、今はっきりと思い出したよ。確かに萱獅子刀は鵺によって折られていた。その破片が取り込まれていたんだね」
前回のこと、と言われても蕾生にはよくわからなかった。詮充郎が言っていた「御堂が裏切った」ことと「紘太郎がそれに加担した」ことは関係があるのだろうか。だが、今はその疑問を出すべきではないと思った。
話の流れを遮ってしまうと思って、蕾生が黙っていると、皓矢が話を続ける。
「萱獅子刀の一部が出てきたことで捜索が進むかもしれない。これはこちらで預かっても?」
「仕方ないね、探してくれるって言うなら。ただし、翠破と紅破は返してくれる? 慧心弓を探すのにあった方がいいだろうから」
「探すと君は簡単に言うけど、具体的な方法があるのかい?」
少し挑戦的な言葉で皓矢が問いかけると、永は言葉に詰まった。
「それは──」
「うちで分析させてくれたら、銀騎の術者総出で慧心弓も探そう。どうかな?」
少し詮充郎の様な強引さを纏った皓矢に、鈴心が遠慮がちに言う。
「でも、それでは銀騎におんぶに抱っこで……それに刀と弓は、私達自身で探し当てることに意味がある気がするんです」
「それも道理だとは思う。結局は君達の運命だからね。ただ、現状君達に捜索の手段がない限り、遊ばせておくのは時間の無駄じゃないかな?」
至極もっともな皓矢の申し出に、鈴心は困った顔で永を見た。
「……」
「わかった。あんたの言う通りだよ。じゃあ、貸してやるけど、分析結果は仔細全て僕らに教えること! あと絶対返せよ!」
鈴心にそんな顔をされたら永は観念するしかない。上から目線で言ったのは精一杯の虚勢だった。
それを見透かしている皓矢はにっこり笑って言った。
「勿論だよ、承った。まずこちらで解析してみたら何か新しい手段を君達に提示できるかもしれない」
「よろしくお願いします」
素直になれない永の代わりに蕾生が少し頭を下げる。そんな蕾生に笑いかけながら皓矢は会話を結んだ。
「さて、今後について話し合いたいことは山ほどあるけれど、今日はもう遅い。家に帰りなさい、明日も学校があるだろう」
「そうさせてもらおうかな、疲れたし」
「──だな」
永も蕾生も軽く伸びをして、今日の出来事を振り返る。
とても濃密な時間だった。様々なことが起こって、正直まだ少し混乱している。
それでもひとつピンチを乗り越えたのだという満足感があった。
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