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転生帰録──鵺が啼く空は虚ろ  作者: 城山リツ
第六章 鵺が啼く空は虚ろ

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第5話 黒雲

 舞台俳優のような仰々しさで詮充郎(せんじゅうろう)は高らかに宣言し、萱獅子刀(かんじしとう)に白い石飾りを掲げ合わせる。すると石が白く光り、続いて刀身が輝き始めた。

 

「うっ──」

 

星弥(せいや)!?」

 

 その声をいち早く察知して鈴心(すずね)が寝ている星弥に駆け寄った。

 

「あ、あ、あああああ──!」

 

 意識もないまま、苦痛に顔を歪ませて叫ぶ星弥を見て、鈴心は金切り声を上げる。

 

「星弥ァ──!」

 

 このまま何も出来ずに星弥を失うしかないのか。皓矢(こうや)(はるか)も打開策を必死に考える。その間も星弥は悲鳴とともに苦しみ続けた。

 その苦痛を与えているのは、祖父であるという残酷な事実。そこに星弥も詮充郎も気づかない。悲劇を通り越して地獄のようだった。

 

「ふふ……いいぞ、もうすぐだ」

 

 期待を込めて星弥を見守る詮充郎の腕を、突然力強く掴む者がいた。

 

「どうした? ケモノの王よ」

 

 蕾生(らいお)は詮充郎の手首を、骨が軋むほど握る。

 

「ふざけるな……あいつの生命(いのち)はお前のものじゃない……」

 

 その顔は怒りに燃えており、髪の毛が逆立つほどのオーラを放っていた。黒く、とても禍々しい。

 

「いけない、ライくん! 落ち着け!」

 

 しまった、と永は思った。

 星弥を助けることに集中し過ぎて蕾生に気を配ることができていなかった。優しい蕾生がこんな状況下で何をするかは、容易く予想できたのに。

 

「ぐああっ!」

 

 詮充郎が痛みのあまり刀を握る力を緩めると、蕾生はそれを奪い取って力任せに床に投げ捨てた。

 

「なっ──」

 

「あいつの生命(いのち)も、俺達の運命も! お前が好きにしていいものじゃない!」

 

 蕾生は怒りに任せて怒鳴り散らす。眼前の詮充郎に対してどんどんとそのボルテージを上げていった。

 

「ライ!!」

 

「お前は、許さないッ!!」

 

 もう、永の声も届いていなかった。蕾生を取り巻く黒いオーラは次第に(もや)のようにはっきりと目に見えるようになり、雲のような形を成していく。

 

「ライ! よせ!」

 

「ダメ、ライ!」

 

 永と鈴心は同時に蕾生の元へ走る。

 

「うわあっ!」

 

「ああっ!」

 

 だが、既に蕾生の全身は黒雲に覆われてしまい、その黒雲に二人とも弾かれた。


 

  

「お祖父様!」

 

 蕾生のすぐ側にいた詮充郎をタックルするように皓矢が覆い被さり、そのまま数メートル離れる。

 

「あ、ああ……」

 

「これは──」

 

 詮充郎は苦しげに喘ぎながらも目の前で晴れていく黒雲に歓喜の眼差しを投げた。

 皓矢は初めて感じるソレの禍々しい気配に顔を強張らせる。

 

「ああ、これだ。私が待ち望んだ……遂にもう一度まみえることができる。ケモノの王!」

 

 頭は猿、胴体は猪、尾は蛇、手足は虎。

 そこにいる獣は紛れもなく、(ぬえ)だった。

 

「──」

 

 鵺は怒りをたたえた瞳で詮充郎をじっと睨んでいる。

 

「ラ、ライ、くん……」

 

「そんな、今回も──」

 

 永と鈴心が絶望して足から崩れ落ちる。

 

「あ、う……」

 

「──ッ!」

 

 鵺の顕現と同時に星弥から苦しみが消え、もう一度ベッドに倒れ込んだのを見た皓矢は、式神の青い鳥を飛ばして星弥のベッドを包む結界を張った。

 

「星弥の鵺化が……!? オリジナルが顕現したせいか?」

 

 動揺しながらも詮充郎は分析することを止めない。そんな詮充郎の態度にますます怒りを表し、鵺は低く唸る。

 

「ああ、これだ、この姿だ! 黒い毛、燃えるような紅い目、白く煌めく爪──私が、いや私達が焦がれていた鵺の姿がもう一度ここに!」

 

 歓喜とともに興奮して叫ぶ詮充郎の前に、皓矢が立ちはだかった。

 

「お祖父様、お下がりください。後は僕が」

 

 その冷静な物言いを聞いて、詮充郎は満足気にしていた。

 

「ふ。鵺が現れてようやく肝が据わったか」

 

握虚(あくきょ)……」

 

 皓矢が鵺を見据えて言葉を唱え始める。すると鵺の身体が石のように固まった。

 

「──ガッ」

 

 動きを止めた鵺はその場で踏ん張るように立ち、小刻みに身体を震わせながら皓矢を睨む。

 

「お兄様、何を!?」

 

 鵺となった蕾生が息苦しそうにするのを見て、鈴心が皓矢に向かって叫ぶ。

 

「あまり話しかけないでくれ、鵺に集中したい。僕はこの時のために一族が研磨してきた対鵺の術を仕込まれたんだ。こいつを生け取りにするためにね」

 

 鵺から視線を外さずに言う皓矢の言葉を詮充郎が続ける。

 

「そう。我らには鵺の遺骸しか手に入らなかった。サンプルとしては不十分。生きたままの情報こそが! ──新たな世界への扉を開けるのだよ」

 

 比喩表現にも聞こえた最後の言葉が永は妙に気になった。だがそんな揚げ足を取っている暇はなかった。

 

「ライを生きたまま、研究材料に!?」

 

「ふざけるな! そんなことはさせない!」

 

 鈴心も永も憤然と抗議したが、皓矢は二人には目もくれず鵺を注視しつつ会話を続ける。

 

「では死ぬか? また来世に望みを繋げて?」

 

「そうだ! ライは僕らが連れて逝く!」

 

「……っ」

 

 はっきりと言ってのける永に対して、鈴心が言葉に詰まる。その様子に皓矢は少し笑った。

 

「転生できる確証は?」

 

「それは──」

 

 皓矢の言葉に永も一瞬戸惑いを見せる。そんな二人に向けて皓矢は力強く言い放った。

 

「君達のやっていることはただの先延ばしだ。もう終わりにしよう。いや、呪いはここで終わらせる! 芯絶胆(しんぜつたん)!」

 

 叫ばれた言葉が鵺にかけた術を強めたのがわかった。鵺は雷に打たれたように大きく身体を震わせ苦悶の表情を見せる。

 

「ガアァッ!」

 

「ライ!!」

 

 永は考えた。これまでの九百年間を振り返って考える。

 何か、何かないか。鵺をライに戻す方法? いやせめて、鵺となったままでもいい、ライの自我を呼び覚ます方法を。

 

 ──九百年だぞ!? おれは何をしていた! どうして何も思いつかない!!

 永がそんな後悔に取り憑かれかけた時、星弥を守っていた青い鳥が甲高く鳴いた。

 

「ルリカ!? どうした!」

 

「う……ん」

 

 昏睡状態だった星弥が少し身じろいだ後、目を覚ました。

 

「星弥! 気がついたんですね? 気分は?」

 

 鈴心がベッドに駆け寄ったが、皓矢が張った結界のために近づけなかった。だが、声は届いている。

 

「うん……なんか、まだちょっとボーッとする──。えっ!? 何あれ?」

 

 起き上がった星弥は目の前で兄が黒い獣と対峙しているのを見て驚いて声を上げた。

 

「ライが鵺化したんです。貴女への仕打ちにとても怒った後……」

 

「ええ? なんで? ……あれ? なんか周りが変」

 

 事態が飲み込めていない星弥にとっては、整理がつかないような光景だった。更に自分の周りに厚いガラスのような壁を感じて首を傾げる。

 

「お兄様が貴女の周りに結界を張りました。危険ですから動かないように」

 

 鈴心が説明すると、星弥は納得がいかずにもう一度確認した。

 

「どうしてわたしだけ!? ねえ、あれは本当に(ただ)くんなの?」

 

「そう、です……」

 

 鈴心は俯きながら答える。絶望に塗れた顔で。

 そんな痛々しい鈴心の姿を見た星弥は、結界の壁をまるでガラス窓を叩くようにドンドンと打って皓矢に訴えた。

 

「兄さん! 出して! わたしをここから出してよ!」

 

「星弥! じっとしていなさい!」

 

 皓矢は鵺に術をかけながら、余裕のない声で星弥に向けて怒鳴る。少しでも気をとられたらこちらが殺されると直感していた。

 

「兄さん! 唯くんが、唯くんが泣いてる! 苦しいって泣いてるんだよ!」

 

「……ガッ、アァ……」

 

 鵺の苦しむ姿と星弥を見比べて、鈴心は目を丸くした。

 

「星弥、わかるんですか?」

 

 星弥は更に苛立って結界を拳で叩き続ける。

 

「すずちゃんにはわかんないの!? 周防(すおう)くんはわかるんでしょ? ねえ、泣いてるよ、側にいてあげなくちゃ……」

 

 そんな星弥の姿に永は鳥肌がたった。

 

「何なんだよ、お前──」

 

 どうしても破れない結界に頭を押しつけて、星弥がその名を呼ぶ。


 

  

「蕾生くん……」


 

 

「ガアアァ──」

 

 その声の方向に耳を傾けて、鵺は大きく息を吐いた。

 

「ライ──?」

 

 永が注視していると、鵺の目が真っ赤に光り、皓矢にかけられた術を破った。

 

「アアアアッ!!」

 

「──しまった!」

 

 星弥に気を取られ過ぎた。皓矢は次の術を発動しようとするが、鵺の怒りの咆哮はそれをたやすく跳ね返す。

 

「オアアアアッ!!」

 

 鵺は咆哮し続け、身体中の毛を逆立てている。

 鵺は叫び声だけで後方の壁を破っていた。上辺が剥かれるとガラス張りの水槽が顔を出す。

 皓矢の危険を察知した青い鳥は星弥の結界を解き、すぐさま皓矢の下へ飛んだ。その青い大きな羽が主人を壊されていく壁の破片から守った。

 

「アアアアアア──!」

 

 それは詮充郎が万全を期した防弾ガラスだったのだが、いとも容易く割れた。その中から鵺の遺骸が二体、鵺を取り巻くように宙を彷徨い始める。

 

「なんと──!」

 

 目の前の光景に詮充郎は目を見張った。

 二体の遺骸は、鵺を囲みグルグルと回った後突然弾けて跡形もなく消えた。床に石のようなものと何かの破片が乾いた音を立てて落ちる。

 

「ガハアッ──!」

 

 残された鵺は咳き込むように息を吐いた。

 その口元から同じような鋭い形の石が飛び出して床に落ちた。その何かはわからない三つの物体がチカッと光った次の瞬間、鵺の身体が金色に光り始めた。

 

「あれは──」

 

 その物体三つに、永は見覚えがあった。しばしそれに目を奪われていたが、鈴心が叫ぶ声で我に返り鵺の方を見やる。

 

「ハル様! ライが!」

 

「え──」

 

 それまで禍々しいほどに漆黒だった毛並は全て金色に、瞳も黄金に煌めき、まるで気高い狒々のように穏やかな表情で立つ鵺の姿があった。

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