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転生帰録──鵺が啼く空は虚ろ  作者: 城山リツ
第二章 離された手、繋がれた手

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第4話 どうしても家に行きたい

 今日の(はるか)は朝から忙しく動いていた。放課後までに銀騎(しらき)星弥(せいや)と約束したアンケートの回答をクラス全員分揃えるためだ。


 休み時間の度にまだ提出していないクラスメイトに話しかけていく。クラス全員の名前を覚えていない蕾生(らいお)と違って永は流れるように声をかけていく。


 まだ教室内は人間関係がぎこちないので学級委員に話しかけられて無下にするような者はいない。永は立候補で学級委員になったので「やる気あります」という雰囲気を全面に出してクラスの覇権をとろうとしている。


 高校では最後まで本性がバレないといいと蕾生は思うが、多分無理だとも思っている。よくやるなあと感心しながら永を眺める一日が終わろうとしていた。



 

「ブツは揃ったぜ」

 

 全員分のプリントの束を蕾生の目の前でビラビラとさせながら、少し低めの声で永は自慢げに言った。

 

「そうか、ご苦労さん」

 

「──ノリが悪いな!」

 

 悪いもなにもどう乗ってやればいいのか、アニメもドラマもあまり見ない蕾生はよくわからない。

 

「まあいいや、漫才がしたいわけじゃないし。昨日の打ち合わせ覚えてる?」

 

 永の問いかけに、蕾生は昨日帰り道で話したことを思い出しながら口にする。

 

「ええと、まずそれ持って話しかける、お前がポケットから銀騎(しらき)研究所のパンフレットを落とす、研究所の話で盛り上がる、家に招待される──大丈夫か、これ?」

 

 口で言うのは簡単だが、そんなにトントン拍子に行くことがあるだろうか。蕾生は改めて不安になった。

 

「大丈夫も何も、下手な小細工せずに真っ向勝負だって言ったのライくんでしょ」

 

「まあ、そうだけど」

 

「僕の調べでは、銀騎(しらき)星弥(せいや)はいい人過ぎて頼まれたら断れない性格なんだ。多少強引でもやるしかない! 大丈夫、覚悟は決めたから昨日みたいな下手は打たないよ」

 

 その性格を利用して土下座でもするんだろうか、と蕾生は想像して、見たいような見たくないような複雑な気分になったが、永は鼻息荒くとてもやる気になっているので、なんだかんだをひっくるめて二言だけ言う。

 

「わかった。がんばれ」

 

「そこは頑張ろうでしょ!」

 

 永は蕾生の腕を掴んで教室を出た。



 


 壁を一枚隔てただけなのに、隣のクラスは別世界のような違和感がある。二人は入口付近で控えめに中をうかがった。

 

「いるかな?」

 

「──あ」

 

 銀騎星弥を見つけたのは蕾生の方だった。するとその視線に気づいたのか彼女の方も蕾生を見定めて席を立ち、こちらへ向かってくる。

 

(ただ)くん、周防(すおう)くん。集めてくれたの?」

 

 早足で息を弾ませながらやってきた彼女の雰囲気には悪い印象など微塵も感じられなかった。人当たりの良さは完璧だと蕾生は思った。

 

「ごめんね、遅くなって」

 

「ううん、全然。ありがとう」

 

 にっこり笑った笑顔には見返りを求めない純粋さがあり、その対象に安心感も与える。永調べの「好感度ぶっちぎり」というのも頷ける。

 

「じゃあ、これよろしく……」

 

 永は紙の束を彼女に渡そうとしつつ、その一番下に潜ませていた用紙を床に落とした。

 

「あ、ちょっとまって、一枚落ち──?」

 

「あ、ごめん、違うのが混ざってた!」

 

 いささかわざとらしい声音で言う永は、その落ちた用紙を拾わない。

 

「これ、うちの研究所のパンフレットだね」

 

 代わりに銀騎星弥がそれを拾い、正体に気づく。少し声の調子が落ちた。

 

「そうそうそう! この前、見学会に僕達行ったんだ」

 

 獲物がかかった、というような弾んだ声で永は想定通りの台詞を言った。

 

「そうなの? 二人とも、こういうのに興味あるんだ」

 

「そりゃあ、あの銀騎博士の研究だもん! 僕達UMAファンからしたらスーパースターだよ、ねえ、ライくん?」

 

「あ、ああ……」

 

 二人とも、と括られたのは蕾生には不本意だが、乗っておかないと目的は果たせないので渋々頷く。

 

「唯くんも好きなの? その……未確認生物、みたいの」

 

「ま、まあ、少し……?」

 

「そうなんだ、若いのに珍しいね。お祖父様が脚光を浴びた頃ってわたし達まだ生まれてないのに」

 

 言いながら銀騎星弥は苦笑している。お祖父様と呼ぶ様が少しよそよそしくて、あまり喜んではいないように思えた。

 

「だからさ、この前の見学会はすごくためになったよ。詮充郎(せんじゅうろう)博士だけじゃなくて、皓矢(こうや)博士にも会えたし!」

 

「兄さん、緊張しいだから頼りなく見えたんじゃない?」

 

 永も彼女の微妙な雰囲気を察したらしく、兄の話題をつけ足してみると、幾分か顔を綻ばせ始めたので、少しほっとした。

 

「そんな事なかったよ! 皓矢博士のキメラ細胞の研究、医療への実用化に向けて着々と進んでるって聞いて、夢みたいな話だなあって思ったんだよね!」

 

「うん……最近はそれでずっと研究室にこもっててあんまり会えないの」

 

 寂しそうな顔を見せる彼女に、永は話を畳み掛ける。

 

「キクレー因子、だっけ? 特殊なDNAで、それを解明すると生物学の根幹が変わるかもしれないんでしょ?」

 

「すごいね、そんな専門用語まで知ってるなんて」

 

「そりゃあ、両博士の論文は全部読んだから」

 

 嘘やはったりではなく、永のことだから全部読んだんだろうなと蕾生はこっそりあきれた。

 

「そうなんだ。論文て全部英語なのに、ますますすごいね」

 

「僕は銀騎両博士の大ファンだからね!」

 

 両、の部分に力を込めて永は笑った。すると、銀騎星弥は少し言いにくそうに喋り始める。

 

「あの……もしよかったらなんだけど」

 

「うん」

 

 もしかして作戦通りのことが起ころうとしているのでは、と永と蕾生の間に緊張が走った。

 

「周防くんがお祖父様の研究で知ってることを教えて欲しい子がいるんだけど……」

 

「──うん?」

 

 二人が想像していなかった角度の話が来て、永は思わずうわずった声を上げた。

 

「あのね、親戚の子を今うちで預かってるんだけど、その子がお祖父様や兄さんの研究についていろいろわたしに聞くの」

 

「ハア」

 

「でもね、わたし、兄さんみたいに生物学とかさっぱりでよくわからなくて。全然答えられないから、その子に冷ややかな目で見られちゃって……」

 

「ほう」

 

 永の相槌はなんだか間が抜けてしまっている。会話の行方を懸命に頭の中で試行錯誤しているからだ。

 

「わたしの代わりに周防くんにその子の話し相手になってもらえたらいいなって思ったんだけど……どうかな?」

 

「そ、それはつまり、銀騎研究所に行ってってこと?」

 

「あ、うん。自宅も研究所の敷地内にあるから、もちろん」

 

 ──きた、と蕾生は心の中で拳を握った。

 永を見ると、目が喜んでいた。即答しそうになる気持ちをぐっとこらえて一応謙遜してみせる。

 

「いやあ、でも、身内の銀騎さんを差し置いて、僕なんかができるかなあ」

 

「そんなに深い内容じゃなくていいの。その子、まだ十三歳だから。外部の人が知ってるような基本的なこともわたしはうまく説明できなくて……」

 

「そう? それならお邪魔させてもらおうかな」

 

 わざとらしく飄々と永は言ってのける。銀騎星弥は嬉しそうに声を弾ませた。

 

「本当? ありがとう! ──それと、唯くんも一緒に来てくれる?」

 

「あ、ああ、俺も行ってみてえな」

 

 自分も無事に呼んでもらえた安堵で蕾生は思わず前向きな回答をしてしまった。嬉しそうな彼女の笑顔につられたのだ。

 

「よかった! じゃあ、今度の日曜日はどうかな?」

 

「いいよな、永」

 

「もちろん」

 

 二人が頷くと、銀騎星弥は上着のポケットから携帯電話を取り出した。

 

「じゃあ、時間とかは調整してから……連絡先交換しない?」

 

「あ! 僕、携帯電話カバンの中だ。ライくん持ってるでしょ、交換しといて」

 

「お、おう……」

 

 永に言われて蕾生はズボンのポケットから携帯電話を取り出す。

 

「じゃあ……」

 

 銀騎星弥は自分の携帯電話を蕾生の携帯電話の上にかざした。軽快な電子音が番号の交換が成功したことを伝える。

 

 画面の中に女子の名前が入ったのを見て、蕾生は気恥ずかしい心地がした。

 

「じゃあ、後で連絡するね」

 

「おう、また」

 

 満足げに笑った銀騎星弥は、プリントの束を持ってその場から立ち去った。



 

  

「ちょっと、ライくーん? 初めて女の子の連絡先記録したんじゃない?」

 

 永はニヤニヤしながら蕾生の腕をツンツン突いて揶揄う。

 

「うっせ! てか、お前携帯持ってないって嘘だろ」

 

 常に情報を取得できる状態にいないと気が済まない永が、携帯電話を携帯していないなどあり得ない。

 

「バレてたか」

 

 永はペロと舌を出して目を逸らした。

 

「あいつの番号、俺から教えても大丈夫な雰囲気だったよな?」

 

「あ、僕はいいです。知りたくないので」

 

 永はきっぱりと冷たく断った。その態度に蕾生もさすがに首を傾げる。

 

「お前、あいつに関しては徹底してるな……」

 

「だから、彼女との連絡係はライくんってことで」

 

「まあ、いいけど」

 

「別にイイのよ? それ以外でも使っても!」

 

「しねえよ!」

 

「ハッハッハ、青春だねえ」

 

「永!」

 

 ムキになって声を上げてしまったことと、それを永に見透かされている恥ずかしさで蕾生の手の中の携帯電話は汗まみれになってしまっていた。

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