作戦会議のターンですよ②
「サリエラ嬢のことはさておき」
ナイトリアス家の固い団結力がしかと見られたところで、ブライアンが口を開いた。
先程の「やってやろうか」の笑顔とは打って変わって真面目な顔だ。
父の方を向いているところを見るに、どうやら仕事に関する話をしようとしているらしい。
「ルードベッヘ男爵が拓いた商業ルートというのは、やはり魅力的ですね。」
「そうだな。今回のことを上手く処理できれば、今よりも手広い事業展開が期待できそうだ。」
ブライアンの言葉を受けて、父の顔つきも仕事の時のそれになる。
仕事の話題の中でも仕入れや販売ルートのこととなると、エルミリアを含めた家の女性陣はほぼノータッチの分野である。
そのため「現状の流通にかかっているコストが削減できれば」とか、「新たな客層が見込めるのならば以前出した案を再考して」とか、「仕入れルートを変更することで原材料費が抑えられれば、もっと安価に提供できるのでは」などの熱い話し合いが落ち着くまで、その9割ほどを聞き流しながらカモミールティーを楽しんでおくことにした。
(2人とも凄く生き生きしてるなぁ…楽しそうで何より。)
自分の意思ではないとは言え、面倒ごとを持ち帰ってしまった身としては充実しているらしいところを邪魔したくはない。
しかし10分ほど経ったところでアンジェリーナがあくびを噛み殺しているのに気付き、申し訳なく思いつつも話の腰を折らせてもらうことにした。
「お父さま、お兄さま。お話が白熱してきたところ申し訳ないのですが、彼女との接触についての案をお伺いしても?」
「あぁ、ごめんよ!つい熱くなってしまって…。」
「んんっ…すまなかった。」
家族の前で熱中したのが少し恥ずかしかったのか、父がコホンと小さく咳払いをする。
そうしてこれからの方針について話しだした。
「まずはルードベッヘ男爵家と繋がりを持つ必要があるからな。できれば夜会の場で接触したいところだ。」
「夜会ですか?商談の場を設けるのではなく…?」
随分と遠回りに思える案に、エルミリアがつい口を挟む。
夜会を開いてそこに招待するとなると、準備にはそれなりの時間がかかってしまう。
招待状の準備から始めて実際に夜会が開かれるまで、おそらくひと月近くの期間を要するだろう。
その間にサリエラが更なる横槍を入れてきてしまえば、リコリエッタとの婚約破棄を阻止することが叶わなくなってしまうかも知れない。
噂というのは、良いものよりも悪いものの方が回るのが早いのだ。
そんな焦りや心配が顔に出ていたのだろう。
父はエルミリアの言わんとすることを察したようだった。
「警戒される要素は少ないに越したことはない。あちらの父親が噛んでいるのかわからない今の段階では、少々遠回しな接触の方がいい。」
「…なるほど。」
「とは言え、我が家が夜会を開くとなると娘の方に警戒されてしまうだろう。」
「え?じゃあどうやって…。」
「ブランシュ伯爵家だよ、アンジー。」
アンジェリーナが不安げに尋ねようとしたところで、すかさずブライアンが答えた。
父がサリエラとの接触にブライアンを指名した理由の1つがここにあったことに、エルミリアも気付く。
自分が参加しないものなのですっかり忘れていたが、夜会があるという話を聞いていた気がする。
世界を創ったとされる真祖の女神とやらも、多少はこちらの味方をしてくれるつもりがあるらしい。
「来週ブランシュ伯爵家で開かれる夜会には、ルードベッヘ男爵家も招待されているんだよ。あちらも新しい商業ルートというものに、興味津々のようだから。」
「ブライアンには私の名代として参加してもらおう。…私の予想が正しければ、私が参加できるような余裕はないだろうからな。」
「お父さま?それはどういう…?」
「その時になればわかるだろう。」
ニコリともニヤリとも違う意味ありげな笑い方をした父は、それ以上答えるつもりがないようだった。
当ててみせなさいというよりは、本当に「その時」まで言うつもりがなさそうだ。
侯爵家の当主であり、経営者でもある父には自分よりも先のことが読めているのだろう。
こうなるとどれだけ食い下がっても教えてくれないのは子どもの頃から知っているので、エルミリアはおとなしく引き下がることにした。
「では、各々の役割の確認といこう。」
纏めであり、この場の締めとなる言葉が父から出たのを受けて子どもたちが姿勢を正す。
母はちょうどカモミールティーを飲み終わったところらしく、両親の意思疎通のレベルには驚くばかりだ。
「ブライアンは来週の夜会でルードベッヘ男爵と接触し、可能であれば娘の方とも接触を図ること。」
「わかりました。」
「オルタンス、アンジェリーナ、エルミリアは明日フェランドル公爵家に赴き、非公式の情報としてことの次第を伝えておくこと。」
「わかりましたわ。」
「わかりました!」
「承知しました。」
「その際エルミリアはリコリエッタに、万が一のときには状態異常の解除を依頼することも伝えておくこと。」
「はい。」
「私はブランシュ伯爵家に事情を話し、協力を仰いでおこう。皆、くれぐれも必要以上の深入りはしないように。」
最後に念押しをされて、全員が頷いた。
まずは来週の夜会でルードベッヘ男爵と接触しないことには始まらない。
1番重要かつ厄介な役回りを兄に負わせてしまうことを申し訳なく思いつつ、エルミリアは改めて決意を固めた。
(負けた方はこの舞台から降ろされることになる。リコリーのためにも、絶対に負けられない。)
その頃ルードベッヘ男爵家の一室では、サリエラが苛立たしげな様子で親指の爪を噛みながら、昼間の出来事を思い返していた。
アンクロフトを落とせたと思って喜んだのも束の間、エルミリアは自分には仕えないとでもいうような口ぶりだったのだ。
挙げ句、貴族としてのマナーがなっていないとまで言われた。
「私のことバカにして…タダじゃ済まさないんだから…!」
いくらチート設定のお貴族さまでも、所詮は侯爵家の娘でしかないのだ。
その権力は王家はおろか、王太子にも到底及ばないはず。
(アンクロフトさまにお願いして、リコリエッタともども王城に入れないようにしてやる…!)
可愛らしい少女の顔を歪ませ、目を吊り上げたサリエラが一際強く爪を噛む。
噛み締めた歯が、ギリ…と嫌な音を立てた。
主君の運命までもを背負い、「ヒロイン」と「ライバル」との戦いの火蓋が切って落とされた。