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この世界はヒロインである私のためのもの!!



サリエラ・ルードベッヘは焦っていた。

まるで檻の中を延々と歩き回る動物園の虎にでもなったかのように、自室の中を1人でぐるぐると歩き回る。

時刻はとうに夜半を過ぎているのだが、その眉間には深い皺が寄っており、右手の親指の爪をずっと齧っている様子からも苛立っているのは明らかだ。

しかしそれは無理もないことなのだ。

大好きなゲームの世界に転生して以降、ずっと順調に、自分のために回っていた世界の歯車が少しずつ狂い始めているのを感じているのだから。

 

(アンクロフト様の具合が悪いって理由で会うのを拒否られてからもう1週間近く…このままじゃ、アイテムの効果が切れちゃうじゃない…!)


『まじない師』によって作られたアイテムはゲームに存在したそれと同じ効果を再現している。

しかしながら、完全な形ではないというのだ。

香水は定期的に使用しないと効果が薄れるし、紅茶やクッキーにいたっては日々の生活による代謝によって排出されてしまうらしい。

永続効果がないことに腹を立てたサリエラが詰め寄ると、『まじない師』は呆れたような顔で言い放った。


『永遠に持続する呪いをかけたいのか?お前の言う愛とやらは、随分物騒なもののようだな。…お前、呪いの代償というものを考えたことがあるのか?』


「代償」などという言葉を出されてしまっては、それ以上強い効果を求めることなどできなかった。

サリエラが望むのは「アンクロフトと未来永劫幸せに結ばれ続けること」であり、アンクロフトの身体を蝕むことではない。


(あいつ、課金アイテムのことをやたら呪い呪いって言って…なんなのよ!)


自分の、アンクロフトに対するこの気持ちは、純粋な愛だ。

恋焦がれてきた相手と、現実に結ばれるチャンスが奇跡的に訪れた。

だからそのチャンスを最大限に生かして、この愛を貫くための手段をとっているに過ぎない。

それのどこが呪いだと言うのか。


(ったく…モブはモブらしく、黙ってヒロインのために動けばいいのよ…!)


永続効果がないのならば効果が切れないようにアイテムを使い続け、アンクロフトが心のどこからもあの女のことを忘れて自分だけを愛してくれるまで、健気に待つしかない。

王族や貴族のルールといったしがらみがあるこの世界では、「略奪」という強行手段を選ぶことは難しい。

そんなことをすれば、愛しく大事なアンクロフトの名誉を貶めることになってしまう。

だからこそ、『まじない師』には自分のために課金アイテムを作らせ続けなければならない。

にも関わらず、だ。

あの晩、自分に「忠告」とやらをしにきたと言った日以降、かの人物は自分の元へ現れなくなっていた。

最初の2日ぐらいは、気にも留めていなかった。

あの胡散臭い人物は許可も予告もなく勝手に部屋に入り込み、やたらと上から目線であれこれと指図してきたのだ。

煩わしい思いをせずに済むと清々していたのだ、最初のうちは。

しかし今は違う。

アンクロフトの体調不良を理由に面会が拒絶されたことで、継続摂取させていたアイテムの効果が切れる可能性が高くなってきているのだ。

効果が完全に切れてしまうと、攻略がまた振り出しに戻ってしまう。

それまでにどうにかしてアンクロフトに再度アイテムを使わなければならない。


(『まじない師』のやつが私の部屋に入ってくるときは毎回、変なモヤみたいなのの中から出てきてた。つまりあいつなら、アンクロフト様のお部屋に入ることだってできるはずなのに…!)


「ここってときに、ほんっと使えないやつね…!!」


思わず爪を噛む口元に力が入る。

綺麗に整えられていたはずの爪から、ギチィッ…と嫌な音がした。

サリエラが焦っているのはアイテムの効力切れの件だけではない。

今のサリエラにとって何よりも気になるのは、「王家から公爵家に婚約破棄が通達された」という話が、どこからも聞こえてこないことだ。

王城で生意気な女(エルミリア)に会った翌日には、公爵家に婚約破棄を申し入れるとアンクロフトは言ってくれていた。

それを考えるともう王都中の噂になっていてもおかしくないタイミングのはずなのに、未だにそれがないのだ。

ここでもエルミリアが邪魔をしているのではないかと勘ぐったサリエラの表情が憎悪に歪む。

どれだけアンクロフト個人を籠絡しようとも、個人の感情ごときで国の未来を左右する決定が覆されることなどあり得ないのだが、サリエラにはそういった認識がなかった。

自分に都合の悪い出来事はすべて、誰かの邪魔の結果だと本気で信じているのだ。


(どれだけ邪魔が入ったって、最後にアンクロフト様と結ばれるのはヒロインであるこの私!NPCのモブ女なんて、さっさと追い出してやるんだから…!)


決意を新たにしたサリエラが、窓から僅かに見える王城の影を睨む。

あそこに住み、王妃として幸せに暮らすのは自分であるべきなのだと信じてやまない彼女にはまだ、世界の崩壊の音は聞こえていなかった。




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