調査を行っていただきましょう。③
「はぁ……。」
戻ってきた自室のベッドに寝転がると、エルミリアは小さくため息をついた。
あの後、アルフレッドの表向きの来訪理由であった結界の点検も恙なく完了した。
恙なく、と言うと語弊があるだろうか。
アルフレッドは結界の点検を行なった際、「結界に異常はない」と結論付けたのだ。
その言葉だけ取れば良いことだと思えそうなものだが、当然ながらそんな単純な話ではない。
フェストラーダが侵入したにも関わらず、結界には異常がなかったという事実が問題なのだ。
『壊した形跡もなければ、修繕した形跡も見当たりません。こちらの邸のように常に張られている結界には、張った者の魔力が必ず残存します。途中で修繕をしたとしても、最初に結界を張った人物の魔力が残ったままに修繕を行なった者の魔力も残り続けるものなのですが…。』
『この結界には、サーフェスト卿の魔力しか残っていないと言うことだろうか?』
『…はい。仮に一度、結界そのものを壊すなりしたのであれば、今度はサーフェスト卿の魔力が残っていることに説明がつかなくなってしまいます。』
『例えばですが、相手になんらかの特殊な能力があり、他者の魔力の波長を偽造できた可能性はないのでしょうか?』
『可能性がないとは言い切れません。ですが、今回に限ってはないと断言できます。』
『?…なぜでしょうか?』
『サーフェスト卿はこの邸に結界を張る際、魔力でとある細工をしたと言っておられました。事前に聞いていなければ、とても真似などできません。』
『その細工が残っていたということだな。』
『はい。』
『つまり邸の結界は壊されることもなく、侵入者は客人のように何の抵抗もなく入ってきた、ということになるわけか。』
『俄には信じられませんが…。』
あまり表情が動く方ではないように見えたアルフレッドが、目に見えて動揺していた。
おそらく、それだけ高等な「細工」をしていたのだろう。
そんな結界を魔物であるフェストラーダはすり抜けてきたのだ。
誰にとっても頭の痛い話でしかなかった。
(この部屋から出ていく時も、何かに手間取っている感じはなかった。意図して結界をすり抜けようとするなら、何かしらに手こずっても良さそうなものなのに…。)
入ってくるよりも出ていく方が簡単だと言われればそれまでなのかも知れないが、やはりどうにも腑に落ちない。
かと言って、屋敷内に手引きするものがいるとも考えられないのだ。
その理由として挙げられるのが、ナイトリアス侯爵家の使用人には採用のための明確な「基準」があることだ。
この基準をクリアしている時点で、内通者である可能性は限りなく低くなる。
とは言え、精神操作など本人の意図しない手段で内通者として使われてしまう可能性が完全に否定できるわけではない。
そのため、機密性の高い話をするときにはエルミリアが遮音魔法を使うことが暗黙の了解となっている。
結界師が張る結界は、非結界師が張るものと性質がまったく異なるらしい。
非結界師は「魔力をそのまま結界の形に形成する」ようなもので、イメージ的には容器のカバーといったところが近い。
対して結界師が張るものは「魔力を紐状に練り上げ、それらを織り合わせながら結界の形に形成する」というものらしく、複雑さがまったく違うのだ。
更にサーフェスト卿ほどの手練れになると、糸状の細さに練り上げた魔力を、布を織るような緻密さで織り重ねていくらしい。
加えて結界を張り終わるまでのスピードも早いため、結界の緩みも起こらないという。
このように、結界の密度の差が段違いであるため、当然強度も比べ物にならないほど強固なものになるということだ。
(そんな結界をあっさりと…)
改めて考えてみたことでより理解したが、とんでもない所業だ。
サーフェスト卿に結界の点検を依頼したとき、彼は心底驚いていたと父は言っていた。
(それはつまり、検知にも引っかかってないということ…。)
阻害にも検知にも引っかからないとなると、正直お手上げだ。
侵入した相手を目視できなければ、こちらは侵入されたことにさえ気づけないということなのだから。
「どうしたものかしらね…。」
父とアルフレッドは念の為にと、領地の邸に設置されている転移魔法装置の点検に行っている。
解決の兆しを見せるかと思いきや、逆に悩みの種は増えていく一方だ。
《ーおい。》
…こんな風に。
思わず大きな溜め息が出てしまう。
こんなホイホイと接触してこられるようになるとは思いもしなかった。
部屋に気配がないことと、声が脳内に直接響く感じだったことから察するに、念話で話しかけられているのだろう。
レディの部屋に勝手に入るなと嗜めたことでの対応といったところだろうか。
やはり存外素直だ。
「…あのね、そんなに頻繁に我が家の結界をすり抜けてくるのはやめてもらえないかしら?」
返事をしたことを入室の承諾と受け取ったのか、声をかけたのだからいいだろうと思ったのかは定かではないが、フェストラーダが2度目の入室を果たす。
が、今日は前回と様子が違っていた。
(…?なんで今回はモヤみたいな形で入ってきたのかしら?)
しげしげとフェストラーダを見ていると、なんとも機嫌の悪そうな相手がしっかりの機嫌の悪いことがわかる声音で問いかけてきた。
「あの女に、何を吹き込んだ」
これはまた、荒れるかも知れない。




