まずは相談することにしましょうか③
「ーーとは言え、私も詳細は把握できていないのです。」
そう前置いてから、エルミリアは王城での出来事をありのままに話す。
時間にして10分もなかったであろうやりとりを話すのに、さして時間はかからなかった。
父も兄も難しい顔で何事かを考えてこんでおり、妹はやはり涙目だ。
母は目がまったく笑っていない笑顔のままで未だ軍神を背負っている。
再び沈黙が場を支配した。
いたたまれなさすぎる。
あまりの緊張感から知らず握った拳には、じっとりと汗が滲んでいた。
そのことに気付いたエルミリアは拳をぱっと開き、ついと視線を窓の外へと向けた。
魔道具の庭園灯でぼんやりと照らされた緑を見て、心を落ち着ける。
生気に満ちた植物はとても逞しく見え、それでいて綺麗だ。
「エルミリア。」
「っはい…!」
不意に名前を呼ばれて思わず肩が跳ねた。
一瞬前までの微笑みはどこかへと消え失せ、真剣な表情でこちらを見つめる母と目が合う。
エルミリアは再び姿勢を正した。
「討伐へ向かう前日に、殿下とお会いしたと言っていたでしょう?」
「はい。」
「その時の殿下のご様子は?」
「普段とお変わりはありませんでした。その時に何か感じるところがあれば、私もお話ししたとは思うのですが…。」
「…そうですか。」
4日前の夕食時にもアンクロフトとリコリエッタに会ったこと自体は話していたが、やはり違和感を感じるようなことはなかったように思う。
エルミリアの返答を聞いて、父と兄がさらに考え込むように唸った。
「この婚約の重要性を殿下がわからぬはずもあるまい。」
「えぇ。そもそもリコリーを婚約者として選んだのは、他ならぬ殿下ですからね。」
「…エルミリア。件の令嬢をお前はどう思う?」
父がエルミリアの目をじっと見て問いかけた。
たった一言ではあるが、色々な意図を持った質問だ。
嫌いですと答えたい気持ちを理性で抑え込み、エルミリアは貴族の一員としての視点で見解を述べる。
「はっきり申し上げますと、王家に嫁げるような品性は持ち合わせていないかと。」
「国王陛下も王妃殿下もお認めにならないということかしら?」
「はい。」
「エリーの苦手なタイプではありそうだよね。」
きっぱりと言い切ったエルミリアを見てブライアンが苦笑した。
油断すると「苦手どころか嫌いです」という言葉が、うっかり口から飛び出してしまいそうだ。
「今日お会いした時に殿下のご様子が一瞬変だったと言っていたけれど、他に何か気になることはなかったのかしら?」
続いた母からの問いに、エルミリアは答え方を一瞬考える。
心当たりはあるのだが、それは本来この世界には存在しないはずのものなのだ。
というより、この世界の人たちは「存在を知らないはずの物」であり、現実の世界では課金アイテムと呼ばれていたものだった。
思い返すふりをして少し考え、少々遠回しにはなるが、当たり障りのない憶測という形で話を進めることにした。
「ーー関係があるかはわかりませんが…かなり強い香水の香りがしました。」
「香水?」
「はい。私はこういったものに詳しくないのですが、あまり嗅いだことのない香りで…。」
「あ…それ、もしかして近々売り出されるという新しい香水ではないでしょうか?」
アンジェリーナがおずおずといった様子で言葉を発する。
おしゃれや流行といったものに疎いエルミリアと違い、アンジェリーナは貴族の子女らしくあらゆる流行り物に詳しい。
ここは妹に乗っかる形で話を進めた方が良さそうだと判断したエルミリアは、素知らぬ顔でアンジェリーナに続きを促す。
「アンジー、それはどういったもの?」
「お隣のラステリア国で開発された新種の薔薇を使った香水だそうです。薔薇の香りの中にほのかにバニラの香りが混ざっていて、甘やかだけど上品な香りなんだとか…。」
本来は上品に感じるはずだったという香水の香りを思い出し、エルミリアは思わず顔を顰めた。
どれだけ振り撒いたのかは知らないが、あれではせっかくの品も逆効果になってしまうというものだ。
エルミリアと違って市場をそれなりに把握している父と兄も、流通前の品までは網羅しきれていないようだった。
アンジェリーナの説明を聞いてふんふんと頷いている。
しかし彼らが気になっているのは商品としての情報ではない。
「その香水はどこで手に入れられるのか、聞いているかい?」
「王都のお化粧品を扱っているお店なら、どこにでもサンプルが置いてあるそうです。」
「アンジーも持っているのかな?」
「いえ、私はまだ必要ないかなぁと思いまして。」
「…?そうなのかい?」
父と兄がそれぞれ不思議そうに首を傾げる。
課金アイテムの効能を知っているエルミリアはアンジェリーナの言葉に納得し、心の中だけで頷いた。
この可愛い妹にはまだそれが必要ないのだ。
その事実に心なしか少し安心している自分がいた。
シスコン気味という自覚はある。
「はい。商品の名前は『蠱惑の羽ばたき』と言うのですが、コンセプトが『意中の殿方の心を射止めましょう』なのです。」
「…ほう。」
父と兄が再び思案顔になった。
母は小さくため息を吐くと、心を落ち着けるように紅茶に口をつけた。
アンジェリーナの話を聞いて、皆同じ考えに至ったようだった。
(取り敢えずは及第点ってところかな?)
課金アイテムの存在を知らせるという最初のミッションは成功した。
さて次はどう話を持っていこうかと考えながら、母に倣ってエルミリアも温くなった紅茶に口をつけた。
次回はまた1週間後の予定です。