はかりごとと思われるとは心外です。④
「…そういうことにしておきますわ。」
ニコリと笑ったオリヴィエの言葉に、エルミリアは気取られないよう注意しつつ知らず入っていた肩の力を抜いた。
納得したというよりは、これ以上追及する必要もないと思われたのだろうか。
真意はわからないものの、深く突っ込まれずに済んで助かるというのが本音だ。
(オリヴィエ相手じゃ、いつヘマするかわからない…!)
こんな心臓に悪い問答は続けないに限る。
そもそもいくら遮音の魔法を使っているとはいえ、こんなところで長々と話すような内容でもないのだ。
「お姉さま、こちらへはどのようにして来られたのですか?」
「我が家のメイドの姿を借りて出てきましたの。家の馬車を使うことはできませんから、乗り合いの馬車に乗って近くまで参りましたわ。」
「では、家の馬車を待たせているわけでないのですね。」
それならば好都合だ。
別の場所で待つ者も他に連れ帰る者もいないのであれば、自分が来た時と同じように帰れる。
それがわかるとエルミリアはすぐにオリヴィエに手を差し出した。
「ではお姉さま、ひとまず我が家へと参りましょう。」
「まぁ!その帰り方は楽しみですわ!」
エルミリアの足元に現れた魔法陣を見たオリヴィエは心底嬉しそうな反応だ。
彼女一人ではなかなか経験することのできない移動手段であるため、気持ちはわからないでもない。
嬉しそうにエルミリアの手を取り、ぎゅうっと握ってくるオリヴィエの手をしっかり握り返しながらその腰に手を回してしっかりと自分に固定させると、エルミリアは「転移魔法」を発動させた。
体を包む一瞬の浮遊感に驚いたオリヴィエがエルミリアにしがみつくのと同時、二人の姿は路地裏から消えて元の静かな場所に戻っていた。
「着きましたよ、お姉さま。」
エルミリアに声をかけられてオリヴィエがそっと目を開けると、そこは見知ったナイトリアス侯爵邸の庭園だった。
「…本当に一瞬ですのね…。」
驚いた様子で呟くオリヴィエを見て、エルミリアはほんの少しだけ優越感に近いものを感じていた。
それはさながら悪戯が成功した子どものような気持ちだ。
なにせ彼女を驚かせることができる機会などそうそうないうえに、その表情をこんなにも間近で見ることもないのだ。
彼女がした悪戯へのお返しと思えば、先ほどからの肝が冷える思いも「まぁいいか」と思えてしまう。
転移魔法はフォルテリア王国でもわずか数人しか単独で使える者がいない、高難易度の魔法だ。
あらかじめ定められた座標に向かって転移するもので、術者の魔力量が多ければ多いほど運べる「荷物」の容量が増える。
エルミリアも例に漏れずこの魔法を習得しており、討伐の際にも何度か使用したことがあるのだが、初期の頃は転移先の座標が正確に定まらないという問題点があった。
それを解消するために専用の魔道具を開発し、術者が魔力を込めることで正確な座標がわからなくても魔道具のある場所に転移することが出来るようになり、作戦での使い勝手が向上したという経緯がある。
とは言っても、転移魔法は魔力消費が大きいがゆえに部隊の中ではエルミリアしか使えないという致命的な欠点は今でも解消されていないのだが。
(転移魔法は数人がかりで発動できないこともないけど…全員が正確な座標を指定しないと暴発するから、結局ほとんど使える人がいないんだよね。)
エルミリアが生まれるよりもずっと前に、とある盗賊団が王城の宝物庫を狙って転移魔法を悪用しようとした結果、予想に違わず暴発したという話を転移魔法を習得した日の夜に父から聞かされた。
「暴発」が何を指すのかを父は話さなかったが、その後一度としてこの方法を使った物盗りの類が出ていないということは、きっとそういうことなのだろう。
(異空間に飛ばされる説とか、術者それぞれが指定した座標に四肢が別々に飛ばされる説とか、術者側にリバウンドがきて全員がどこかに消える説とか、色々あったなぁ…。)
そういった事情があるだけに、転移魔法そのものを目にしたり経験する機会がないというのはよくあることだった。
というよりも、経験できるものの方がごく少数だ。
「ご感想は?」
「…凄い魔法ですわ…。初代女帝であらせられるクロエ様が編み出したというだけありますわね…。」
ドレスの裾を摘んで真剣な顔で検分するオリヴィエは、きっとこの魔法の原理が気になっているのだろう。
これに関しては原理究明の研究が長い間続けられているという話だが、未だに仮説の域を出ないらしい。
「ところで」
摘んでいたドレスから手を離し、綺麗に整えたオリヴィエが声をかけてくる。
検分のかいがあったかはわからないが、取り敢えず満足はしたのだろうか。
「エリーは何故彼女に会いに行こうとなさいましたの?」
「お姉さまと概ね同じ理由ですよ。私の場合は、今回の件に関わっていないことの確認の方に重点を置いていましたが。」
これは本音だ。
もっと正確にいうと『茜』だった頃の自分の推測が当たっていることの確認だったのだが、これはこの世界の誰にも言うつもりのないことである。
黒幕探しは振り出しに戻ってしまった形にはなるが、ニーナが無関係だとわかったのはエルミリアにとって良い結果だったと言える。
(ニーナも推しキャラの一人だったし、ゲームでの性格を考えると何も知らずに利用されてる可能性もあったから…それがないってわかっただけでも大収穫かな。)
事実、関与がないことがわかったというのは重要だ。
魔道具師の母数が少ないことを考えると、そのうちの1人の可能性が消えるだけでも十分な進展と言える。
(まぁ、未来の従業員として勧誘までしてたのはさすがに想定外だったけど…。)
父が聞いたら大笑いをしそうだし、兄が聞いたら呆気に取られそうだ。
母はきっと満足げにニコニコと笑って、妹は目を輝かせながらオリヴィエを絶賛するだろう。
家族の反応が容易に想像できて思わず笑いそうになっていた時だ。
「それで…その…先ほどからずっと気になっていたのですけれど…。」
オリヴィエが珍しく歯切れの悪い切り出し方をしているのを見て、エルミリアは首を傾げる。
いつもは話の核心部分をそれはそれは的確に、かつ勢いよくズドンと突いてくる彼女にしてはあまりにも珍しい様子だ。
ほんの一瞬ではあるが逡巡したオリヴィエは、意を決したようにエルミリアの目をしっかりと見て問いかけてきた。
「なぜエリーから、竜の気配がしますの?」
ーと。




