はかりごとと思われるとは心外です。③
楽しげに笑う自身と同じ顔を見て、エルミリアは思いきりため息を吐いた。
それは怒りからくるものではなく、どちらかというと呆れによるものだ。
その証拠に、エルミリアには目の前の相手に対する警戒心や敵意などを微塵も出していない。
もっともそれは相手が誰かをわかっているからというよりも、相手の性質をよくわかっているからという方が大きいのだが。
「妙な輩に絡まれたりしたらどうするのですか。あまり危険な真似をなさらないでください、オリヴィエお姉さま。」
「あら、あなた相手に無体を働こうと考える者などいないのではなくて?」
「絶対にないとは言い切れませんよ。逆恨みをするような輩もいますから。」
「ではその時は幻でも見せて、煙に巻くことにしますわ。」
「まったくもう…。」
楽しげな様子はそのままに、オリヴィエはその顔を自分の本来のそれへと変えた。
何も知らないものが見れば驚きの声をあげるだろうが、生憎とエルミリアはその光景を見慣れていた。
「相変わらず素晴らしい精度ですね。見た目はもちろんですが、気配までよく似せていらっしゃる。」
「お褒めに与り光栄ですわ。」
そう言って殊更楽しそうに笑うオリヴィエは『才媛』としての彼女よりも幾分か幼く感じられる。
普段は努めて淑やかに振る舞う彼女は、気を許した者の前では年相応の振る舞いを見せるのだ。
(うーん…さすがは『ギャップがいいライバル』部門圧勝の1位…。)
オリヴィエは才媛として名高い。
それは貴族であれば周知の事実だが、一部の者しか知らない別の面がある。
それが「幻術を用いた変装の名手である」というものだ。
オリヴィエの母方の実家はアルフレッド公爵家に連なる「影」の一族であり、諜報の能力に秀でた一族で代々裏で王室に仕えている。
そしてその一族の中でもひときわ高い諜報能力を持つのがオリヴィエというわけだ。
(人見知りって設定も、なるべく素顔を広めないようにとか諜報活動を優先できるようにとかの理由があるってことだったもんなぁ。)
「それで?」
「?」
『才媛』の顔をしたオリヴィエに声をかけられる。
とはいえ雰囲気は素のときのそれなので、本気の駆け引きをする気はなさそうだ。
「どこから聞いていらっしゃいましたの?」
「…『突然お邪魔してごめんなさいね。私はナイトリアス侯爵家の娘、エルミリアと申します。』からですね。」
「やはり最初からお聞きでしたのね!」
自分の予想が当たっていたらしいオリヴィエは軽く音を鳴らして両の手を合わせ、どこか嬉しそうにしている。
こういう時は恥ずかしがったり、はじめからバレていたことを悔しがったりするものだと思うのだが、彼女の場合は違うらしい。
「身体強化の魔法ですの?」
「えぇ。聴力に特化して強化しました。」
「それでは他の音も大きく聞こえてしまうのではなくて?」
「ある程度対象範囲を絞ることは可能ですから。」
「まぁ!素晴らしい技術ですわ!」
オリヴィエは終始楽しげだ。
しかし、あまりここで時間を使うわけにもいかない。
エルミリアは少々強引に話を戻すことにした。
「それで、お姉さまはなぜ彼女の家へ?」
「もちろん、未来の有望株を勧誘するためですわ。逸材には早めにお声をかけておかなくては。」
「それには同意しますが、私の顔でやる必要はなかったのでは?」
「そこは家の名の信用度の違いですわ。より信用を得やすい名を使った方が確実ですもの。それに彼女が勤めてくださる頃には、わたくしも婚姻を結ぶ頃合いでしょうし。」
「…もし私がこの話を知らないままだったらどうするおつもりだったのですか。」
「その時はブライアンさまに事情を説明していたでしょうね。とは言え、エリーが知らないというような事態になるとは最初から考えておりませんでしたけれど。」
わかっていたことではあるが、つくづくオリヴィエ相手の会話は難しいと感じる。
第三者から見てどうなのかはわからないが、会話の主導権を握れている気が全くしないのだ。
主導しているように誘導されているような気さえする。
彼女が身内になる相手でよかったとエルミリアは心底思った。
(もし私が今のサリエラで、オリヴィエが今の私の立場だったら…無理だな。完全に詰められて終わるわ…。)
「確かに彼女のことを知りたいとお願いしたのは私ですが、ここまでしてくださる必要は…」
「あら」
額に手を当て、なかば呆れたように続けようとしたエルミリアの言葉をオリヴィエが遮る。
つい先ほどまで楽しげにしていたオリヴィエの空気が変わったことに気づいたエルミリアが反射的に彼女を見ると、その目にはほんの一瞬前まではあったはずの、少女のようなあどけなさは残ってなどいなかった。
かわりにあるのは、捕食者が獲物を見つけた時のような鋭さだ。
「私も彼女のことは気になっておりましたのよ。なにせ"一大事"ですもの。」
「…おっしゃるとおりですね。」
オリヴィエが言わんとしていることを理解しているエルミリアは同意の言葉を返す。
ナイトリアス家の面々と同じかあるいはそれ以上に、彼女はリコリエッタを害そうとするものに対して嫌悪を向けるのだ。
それはいっそ、憎悪に近いほどの嫌悪を。
「…お姉さまから見て、彼女はどうでしたか?」
「意地悪ですわね。会話を聞いていらしたのであれば、私がどういった判断をしたのかもおわかりなのではなくて?」
「お姉さまは隠すのがお上手ですから。」
「まぁ、心外ですわ。」
くすり、とオリヴィエが微笑う。
その表情は恐ろしくもあり、しかし妖艶とも感じられる美しい微笑みだった。
「…私の見立てでは、彼女は今回の件とは無関係だと判断いたしました。あのような企てをするにはあまりにも心根が優しく、純粋すぎますもの。」
「やはりそうですか…。」
「エリーも、元々そう思っていらしたのでしょう?ですから私にお願いをしてきたのでしょうし。」
どうやらこちらの考えも概ねお見通しらしい。
苦笑したエルミリアは肩の位置に両手を上げて、「降参」のポーズをした。
「私も確証があったわけではないのですが…勘が当たったようで、安心しています。」
そう答えた自分を訝るような目で見てくるオリヴィエを前に、エルミリアは内心ドキドキしていた。
今の言葉は本音でもあるし、嘘でもあるのだ。
さすがにここまで見破られることはないと思いたいが、相手がオリヴィエではまったく自信を持てそうにないのもまた事実だった。




