はかりごとと思われるとは心外です。②
目の前の人物の口から出た言葉に、息を呑む。
一気に口の中がカラカラになった気がした。
沈黙は肯定を意味してしまう。
早く何か答えなければ。
しかしその焦燥とは裏腹に、今この場で答えるべき正解がどうしても彼女にはわからなかった。
安易に否定すれば嘘を言うことになってしまうが、かと言って後先を考えずに肯定してしまえる内容でもないのだ。
せめてこの場に父がいればうまく話を逸らしてくれたかもしれないが、いない人物に頼っても仕方ない。
ニーナが答えられる言葉はそう多くはなかった。
「…なぜ、そう思われるのですか?」
やっとの思いで絞り出した言葉は、先の発言の根拠を求めるものだった。
返答としては妥当でもあるが、明確に否定していない時点で認めているようなものでもある。
「魔法には色々とあってね。日常生活ではなく戦闘で使用するものにも、探知魔法と似たようなものがあるのよ。技能分析というのだけれど。」
「スキルアナライズ…。」
そう言われてしまえば納得するしかなかった。
毒味などのために使用することが多い探知魔法も、言ってしまえばその分析魔法の一つなのだろう。
魔法に明るいわけではないニーナには詳しいところまではわからない。
以前どこかで「対象を分析し、有害なものを探知する」ことに特化しているために、一般的に探知魔法と呼称されているとのだと聞いたことがあるぐらいだ。
「私は立場上、街を歩くときなどには必ずこの魔法を常時使用しているの。危険なものはなるべく早く排除しなければならないから。」
「…。」
ニーナはさらに緊張した。
手にはじっとりと汗が滲んできている。
つまり自分は、危険因子として判断されたということなのだろうか。
もしそうなら、自分はどうするのが正解なのだろう。
父と離れたくはないが、父に迷惑をかけたくもない。
時間にしてわずか数秒の逡巡を知ってか知らずか、目の前の人物はこちらに構うことなく言葉を続ける。
「私が確認したあなたのスキルをもう少し正確に言うと『精神操作』だから、私が考えている『人の心を操る力』とは少し違うかと思っていたのだけど…反応を見るに、間違ってはいなかったようね。」
やられた。
ニーナはつい俯いてしまう。
やはり多少でも否定しておくべきだったのだ。
肯定も否定もしないという態度が仇になってしまった。
(私は…どうなるんだろう…。)
これから起こることが何も予想できず、つい涙が滲みそうになっところで声をかけられた。
「あ、勘違いをさせてしまったのなら申し訳ないのだけど…私はそれを責めているわけでもなければ、悪用しようと考えているわけでもないのよ。」
「え…」
思わぬ言葉に、つい間の抜けた声が出てしまう。
「人の心を操れるというのは、何も悪いことばかりではないわ。迷う人を後押しするための決断力を持たせたり、惑わされてしまった人を正気に戻したり…あなた次第で、いくらでも『正しいこと』や『人のためになること』に使えるでしょう?」
口元に笑みをたたえつつ、こちらをしっかりと見据えてくる目からはなんとも言えない力強さを感じる。
しかしそれは他者を圧倒する威圧的な強さではなく、彼女の中にある信念のようなものを感じさせる強さだ。
そこには悪意も敵意も感じられなかった。
「その能力を隠したままこの先を生きるのか、人のために役立てようとするかはあなたの自由よ。けれど一つだけ覚えておいてほしいのは、どんな力も振るう者の善悪によってその性質を変えるということ。」
「善悪で…。」
「人を救いたいと願う者は毒薬や武器を作ったりはしないわ。それとは逆に、人を貶めようと考える者は相手の気持ちを考えないし、どこまでも残酷で醜悪になる。」
だからそれを救う手助けを、ということだろうか。
そう考えてみれば、目の前の人物からの誘いも悪くないのかもしれない。
しかし、まだ親の庇護下にある自分の一存ではこんな大事なことを決められないというのもまた事実だ。
揺らぎ始めた自分の心に気づいたニーナは、おずおずといった様子で伺いを立てる。
「あの、おと…父と相談をする時間をいただいても…?」
「もちろん。あなたの人生ではあるけれど、あなただけの問題ではないもの。あなたを大事に思うご家族と一緒に、しっかりと話し合って答えを聞かせてもらえると嬉しいわ。」
にこりと笑った目の前の美女はそう言い終えると、帰り支度を始める。
慌てて椅子を引こうとするが、そういった場ではないからと言ってやんわりと断られてしまった。
そうして麻のローブをまとい、フードを目深に被ると「心が決まったら、こちらに来てくれると嬉しいわ。」と言って小さなカードを渡してきた。
どうやら家の場所と、彼女の名前が書いてあるようだ。
紹介状代わりといったところだろうか。
そうして彼女は来た時と同様に、実にあっさりと帰っていった。
ハウゼン家から出た人物は迷いのない足取りですたすたと歩いていく。
その方向は表通りとは正反対の裏路地へと至るものだ。
そうして人気のない裏路地へと入って少し歩いたところで突然立ち止まる。
すると、その行動をわかっていたかのような絶妙なタイミングで声がかけられた。
「こんなところで何をなさっているのですか?お姉さま。」
「あら、見つかってしまったわね。」
そう言って『お姉さま』と呼ばれた人物が振り返ると、声をかけてきた人物と視線が合う。
そこには呆れたような顔をしたエルミリアと、楽しげな顔をしたエルミリアがいた。




