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コンタクトをとりましょう。①


エルミリアがアルファンド公爵家から戻ると、侍女が一通の手紙を差し出してきた。

宛名の筆跡を見ただけで差出人がわかったエルミリアは侍女に礼を言って手紙を受け取り、足早に自室へと戻る。

おそらくこの手紙には自分が求めていることに対する、何かしらの答えが書かれているはずだ。

その答えの内容によっては急いで次の手を打たなければならない。

自室に着くと侍女に人払いを頼み、窓際の椅子に座ってすぐさま手紙の封を切る。

ペーパーナイフを使わずとも風魔法の応用で簡単に封を開けられるのだから、魔法とはつくづく便利なものだ。


(そうだ…包丁に風魔法を付与して切れ味を落ちにくくするとかはどうかな…。切った食材が包丁にくっつかなくなりそうで一石二鳥じゃない…?)


こういう時、前世での記憶は意外にも役に立つものだと思う。

一般的な貴族令嬢であれば自分で包丁を握る機会などそうあるものではなく、こういった発想もなかなか出ないだろう。

経験や知識を無駄にしないというのは、前世で『茜』として生きていたときからの信条だった。


取り出した手紙を開くと縁には綺麗な箔押しが施されており、一目でそれが上質なものだとわかる。

宛名と同じ美しい筆跡で綴られている内容を読み進めるうちに、エルミリアの口元には自然と笑みが浮かんだ。


(こんなにも詳しく調査してくれてるなんて…さすがだわ。)


読み終えた手紙を再び封筒の中へと戻すと、ベッドサイドに置いてあるチェストの鍵付きの引き出しにしまう。

屋敷の中に内通者がいることを疑っているわけではないが、念のためだ。


エルミリアはサリエラの動向を警戒してはいる。

しかしながらサリエラ本人を脅威に感じているわけではなかった。

彼女が最も脅威に感じているのは、サリエラの背後に見える『なにがしかの存在』だ。

王城での一件のときにはサリエラのことを、後先のことを考えていない転生者だと思っていた。

だからこそサリエラに付いている魔道具師や協力者の有無も、すぐに調べがつくと思っていたのだ。

確かにサリエラ本人に関することはいくらでも調べがついた。

しかしそれに反して、魔道具師や協力者の有無といった情報がほとんど掴めなかったのだ。

一般的な能力しか持たない人間が、特定の人物と関わった痕跡を完全に消し去るというのは至難の業だ。

それも国内随一の情報網を持つアルファンド公爵家の調査をかい潜るとなると、それは不可能に等しい。

公式の設定ではサリエラには魔道具師としての適性はないとのことだったので、サリエラが作ったという可能性もほぼゼロだ。

そうなると必ず魔道具を作れる者か、あるいはそれを仲介する協力者がいなければいけないはずであるのに見つからない。

それに加え、昨夜アンジェリーナが言っていた『旧い力を持ったヒトではないもの』というのが何なのかも、ずっと気になっていた。

送られてきた手紙は、それを解く鍵になるかも知れないものだ。


(今すぐにでも確認に行きたいけど…明日は討伐任務があるし、そもそも今日は強行軍すぎてさすがに疲れたなぁ…。)


今日は朝イチで王城に出向き、討伐出立前の最終確認をしてきたのだ。

打ち合わせの場に姿を見せたアンクロフトの様子を伺いつつの確認作業は、それなりに神経がすり減った。

それが終わると馬を飛ばして家に戻り、急いで支度を済ませて馬車でリチャードとのお茶へと赴いた。

行った先では真面目なくせに食えない婚約者との駆け引きでこれまた神経がすり減ったのである。

いくら公式チートと言われるエルミリアでも、こんな強行日程で疲れないわけがなかった。

体力的な疲労と精神的な疲労は別物だ。


(ちょっとだけ…休もう…。)


そう決めるとベッドに腰掛け、そのまま上半身を横に倒して目を閉じる。

夕飯までまだ少し時間がある。

それまでのささやかな仮眠を取るべく、エルミリアは体が欲するままに意識を手放した。



***



体がゆらゆらと揺れている。

水の中を揺蕩っているような感覚だ。

目を瞑って心地よい揺れに身を任せていると、突然目の前が明るくなって思わず目を開ける。

明るさに驚いて目を開けたはずなのに、自分は何故か夜の街の中にいた。

見知った街のはずなのに、人通りがないだけでまるで知らない場所のようだ。

辺りを見回しても特に何かがあるわけではない。

ただただ月明かりに照らされているだけだ。

ずっと立っているわけにもいかず、何かを求めて歩き出そうとすると突然視界が歪んだ。

驚いて踏み出そうとしていた足を止めると、今度はどこかの家の屋根の上に立っていた。

唐突に認識した。

これは夢だ。

夢の中で、それが夢だと自覚できると自分が望む夢を見ることができる。

どんな夢を見ようかと考えようとしたまさにその時、それは現れた。


『ー…!』


黒いローブを纏ったその人物はフードを目深に被り、真っ直ぐにこちらを見ている。

目元は見えずとも、自分を見ている視線をひしひしと感じた。

この人物が『まじない師』なのだろうか。

こちらが問いかけるよりも一瞬早く、相手の方が口を開いた。


『ようやく会えたな。』


どうやら相手は自分に用があったらしい。

今このときが、自分が見ているだけの夢なのか、それともなにがしかの存在の介入を受けているのかはわからない。

だが相手も自分に用があるというのなら、それは願ったり叶ったりというものだ。


『そんなことを言われても、私にはあなたが誰だかわからないのだけれど。』

『そのうちわかる。』


声の主は何故か少し楽しげだ。

声を聞いた印象では女性のようにも思えるが、やや低いので中性的でもある。

ローブが体のシルエットを上手く隠してしまうせいで、骨格や体つきから判断するのも難しそうだ。

女性のようにも見えるし、成長しきっていない少年のようにも見える。


『目的は?』

『お前に会いにきた。それだけだ。』

『では、もう目的達成ということかしら?』

『くくっ…。』


何を笑うことがあったのだろうか。

相手の思惑がわからず内心で困惑するが、エルミリアはそれを一切表情にも態度にも出さない。

動揺や困惑を相手に悟られると、それだけで不利になってしまうからだ。


(魔力は…練れる。向こうが何を考えてるのかが全然わからないけど、最悪の場合は強行突破かな…。)


『心配せずとも手は出さん。』

『見ず知らずの相手の言葉を信じろと?』


不意にかけられた言葉に、思考が読まれたのかと思ってドキリとする。

相手に動く気配や魔力を練る様子はないが、言葉だけを信用する気には到底なれなかった。


『フェストラーダ』

『…?』

『私の名だ。』

『…エルミリア・クロエ・ナイトリアス。』


名乗られた以上、こちらも名乗りを返さないわけにもいかない。

エルミリアの名乗りを聞いたフェストラーダは満足げに笑った。


『ではな。次は夢の外で。』

『待って!まだ聞きたいことが…!』

『すぐに会える。』


伸ばした手は相手には到底届かず、空を切った。

フェストラーダの体が黒いモヤに包まれて消えると、エルミリアの意識も夢の中から現実へと浮上していった。



***



目を覚ましたエルミリアは夢の中での行動と同じように手を伸ばしていた。

唯一違ったのはその手が握られていて、その手の中に何かが収まっていることだ。

握っていた手をゆっくりと開くと、そこには予想だにしないものが在った。


「古龍の逆鱗…。」


いよいよ面倒な存在が関わってきたらしいことを理解し、エルミリアはベッドに寝転がったまま天を仰いだ。



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