頭の悪い輩は好きではありませんわ。
オリヴィエ・マール・ブランシュは才媛として名高い、ブランシュ伯爵家の一人娘だ。
6歳の時にナイトリアス侯爵家の嫡男となるブライアンとの婚約が決まり、以降はブライアンの妹であるエルミリアとアンジェリーナとも親交を深めてきた。
彼女らはオリヴィエを本当の姉のように慕い、今では「お姉さま」と呼んでくれている。
オリヴィエ自身も彼女らを本当の妹のように思い、とても友好的な関係を築いてきていた。
そしてもう1人、ブライアンたちの従姉にあたるリコリエッタとも彼らを通じて交流していた。
公爵家の令嬢であり王太子の婚約者でもあるリコリエッタとなど、普通であればそうそう交流など持てるものではない。
だからこそその幸運にオリヴィエは感謝していたし、リコリエッタの人間性を直接知ることができて心底嬉しかったのだ。
「聖女」と称されるに相応しい振る舞いと心の清らかさ、優しさに触れるたび、その想いはどんどん増していった。
その想いははっきり言って崇拝に近いものですらあったと、オリヴィエ本人も自覚している。
だからこそ、今回の男爵令嬢がしでかしたことはあまりにも許し難かった。
その話を聞いたのは偶然だった。
馴染みの仕立て屋がドレスのデザインを持って屋敷を訪れた日、応接室に向かっていたオリヴィエの耳に「フェランドル公爵家のご令嬢」という言葉が聞こえてきたのだ。
思わず足を止めて声のした方を伺ってみると、どうやら出入りの業者が何かを話しているようだった。
リコリエッタのことを話していると思うとどうにも気になってしまい、はしたないとは思いつつも聞き耳を立てることにした。
リコリエッタのこととなると目がないオリヴィエのことを知っている侍女も、呆れたように苦笑しながらも付き合ってくれた。
そうして聞こえてきた話はあまりにも現実とは乖離した内容だった。
『使用人への当たりが強くて何人も辞めたって…』
『出入りの業者が顔見せると、不敬だっつってすげぇ怒るって聞いたぞ?』
『顔の良い男を囲ってるとかなんとか…』
どれもリコリエッタに限ってあり得ないと言い切れるような低俗な噂話だ。
こんなくだらない噂を、真偽も確かめないまま流布しようとしている輩がいる。
それはオリヴィエにとって堪え難いことだった。
怒りのままに出て行こうとするオリヴィエを侍女が止めようと、咄嗟にその手を掴んだ時だった。
『おめぇら、そんなバカげた噂なんて信じてるのかい?』
同じ業者の男が呆れたような声で一蹴した。
我にかえったオリヴィエとホッとした侍女が顔を見合わせる。
声の感じからして、そこそこ年配の男のようだ。
『信じてるっていうか…そういう話を聞いたんだよ。』
『誰が言ったのか知らねぇが、あそこのお嬢様はそんなお人じゃねぇよ。俺が庭木の剪定中にヘマやって木から落ちちまったとき、部屋から見てたらしいお嬢様が慌てて出てきたらしくてな。回復魔法をかけてくれて俺は死なずに済んだんだ。』
『えっ、そうなのか?』
『あぁ。落ちた先に運悪く岩があってよ、お嬢様に治してもらえなかったら、俺は今頃あの世の住人さ。その後も剪定で行くたびに心配してくれる、優しいお嬢様だよ。』
『はぁ〜…。そりゃあ聖女様って呼ばれるのもわかるな。』
思いがけずリコリエッタの善行の話を聞いたオリヴィエが深く何度も頷く。
くだらない噂話など広まる隙が一切見当たらないところに敬服すらしていた。
しかし問題は一体誰がそんな噂話を流したのかだ。
フェランドル公爵家を敵に回して得られるものなど賠償金の支払い義務ぐらいのものだろうに。
そのまま少しばかり聞き耳を立てていると、先の男が噂の出どころを問うていた。
彼はなんと優秀なのだろうかと、オリヴィエは心の中で男を褒めたたえる。
『俺が聞いたのは業者仲間からだ。』
『俺もだ。』
『俺は最近爵位をもらったっていう男爵の娘から聞いたぞ。』
『あぁ…ルード…なんとかって家か?」
『そうだ、ルードベッヘ!俺が聞いたって業者仲間も同じこと言ってたぜ?』
ルードベッヘ男爵家の娘。
サリエラ・ルードベッヘ。
(…そう。そういうことね。)
その名を脳に刻み込むと、オリヴィエは静かにその場を離れ、仕立て屋が待つ応接室へと向かう。
「オリヴィエさま、もうよろしいのですか?」
「えぇ、聞きたかったことは聞けたもの。」
何かを言いたげに問うてくる侍女に、先ほどとは一転してさらりと返す。
彼女もまた、リコリエッタに良くしてもらっている者の一人なのだ。
先ほどの噂話で思うところがあったのだろう。
その意を汲むという意味も込めて、オリヴィエは侍女に「お願い」をすることにした。
「マリー。1つ、頼まれてくれるかしら?」
「はい、なんでしょうか?」
「ルードベッヘ男爵家の娘のことが知りたいわ。」
「…かしこまりました。」
侍女が深々と頭を下げる。
有能な彼女のことだ。
きっと表には出ていない情報まで掴んでくることだろう。
それにしてもリコリエッタを陥れようとするなど、なんという愚策だろうか。
呆れて物も言えないとはこのことだ。
(まったく。これだからー)
「頭の悪い輩は好きではありませんわ。」
今回はオリヴィエさん視点のお話でした。
彼女はリコリエッタ限界オタクな人です。
かなり強火タイプの人。




