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気が置けない婚約者というのは貴重ですが、食えない婚約者というのは厄介です。③


「…まぁ、そんな根拠のない噂を信じるような愚かな貴族など、この国にはいないがな。」


「だからその殺気をしまえ」と、言外に嗜められる。

エルミリアとて、本気でリチャードに殺気を向けているわけではない。

こちらはこちらで「冗談でもそんなくだらない話をするな」と言いたかっただけだ。

敢えてムッとした表情のまま視線にこめた殺気を散らすと、リチャードは苦笑いをして話を続ける。


「リコリエッタ嬢は『聖女』や『慈愛の姫君』と称されるほど情の深い方だ。いくら暇を持て余したマダムたちでも、あんなくだらない噂話には食いつかない。貴族はおろか、平民の者たちですら鼻で笑うような始末だしな。」


(そりゃそうでしょうね。リコリー本人の人徳もあるけど、フェランドル公爵家に助けられてる家は多いし。)


慈善活動にも尽力している公爵家の不興を買ってまで、根も葉もなさそうな噂を流布しようとする者などそうそういるものではない。

それこそ百害あって一利なしだ。

しかしこれほどまでに回らない噂となると、流した主はさぞかし面白くない思いをしていることだろう。

そろそろなりふり構わなくなってくる頃だろうか。


(流された噂が低レベルすぎてこっちの耳まで入ってこなかったのは予定外だったけど、逆に言えばそれだけリコリーが慕われてるっていうことの証明にもなる。どっちにしろ、いい方に転んでくれそうかな。)


多少の誤算はありはしたが、概ね想定通りの成り行きだ。

これならばそろそろ、あちらの方からボロを出してくるだろう。

そう、例えばー。


「業を煮やしたんだろうな。最近ではついに噂ではなく、虚言を吹き込み始めたらしい。それもマダムたちへ、男爵の娘じきじきにだ。」


ー吹聴元がすぐに特定できるようなヘマをする、といったように。


真面目なリチャードにしては珍しくおかしそうに笑いながら話す様子を見て、エルミリアは少し意外に感じた。

てっきり淡々と話すか、あるいは呆れ果てたような物言いをしてくるのかと思っていたのだが。

どうやら呆れを通り越して、いっそ面白くなってしまっているらしい。


(貴族社会であんな人そうそういないから、珍獣でも見てるような気持ちなんだろうな…。)


効果的な噂を流すこともできず、対象の評判を落とすこともできず、挙句の果てには自分の悪行があっさりとバレてしまうような有様だ。

常日頃からもっと高度なレベルでの駆け引きの中に身を置くリチャードからしてみれば、さぞかし愚行として映ることだろう。


「そうだ、エルミリア。」

「…あら、独り言はもう終わり?」


名前を呼ばれたことで、彼の「独り言」が終わったことを知らされる。

庭園の方に向けていた視線をリチャードの方に戻すと、彼はテーブルに肘をついて組んだ両手の上に顎を乗せた。

ここからは情報共有か雑談といったところだろうか。


「君はワグナー子爵家のアルフレッドと面識はあるかい?」

「アルフレッドさまって…結界師の?」

「そうだ。塔の所属で、ここ数十年で一番の逸材と言われている。」

「ご挨拶ぐらいしかしたことはないけれど、知っているわ。たしかまだ学園に在籍中だったときに、塔の責任者であるサーフェスト卿自ら勧誘に来られたんだったわよね。」

「その通り。」

「その方が何か?」


たしかアルフレッドも攻略対象キャラの一人だったはずだ。

アプリのリリースから1周年の記念イベントで追加されたキャラクターで、リコリエッタの遠縁にあたるという設定だった。

こちらの世界ではエルミリアとの接点はないので、夜会の折に見かけた程度だったように思う。


(ヒロインよりも年上で学園も卒業済みだから、アルフレッドの攻略ルートは他のキャラクターとの絡みがほとんどなかったんだよね…。)


そんなかの人物の名前が何故ここで出てくるのだろうか。

エルミリアのその疑問は、続いたリチャードの言葉ですぐさま氷解することになる。


「彼が、期限付きでアンクロフト殿下にお仕えすることになったそうだ。」

「…なるほどね。」


そうだ、すっかり忘れていた。

彼は、今のこの現状を打開するにふさわしい才能の持ち主ではないか。


(きっとフェランドル公爵とお父さまが手を打ったのね。さすがの早さだわ。)


どうしてこんなに重要なことを失念していたのか、『茜』は肝心なときに発揮されない自分の記憶力に文句を言いたい気持ちだった。

もっと早くにこの記憶を呼び起こせていたら、こんなにやきもきすることもきっとなかっただろうに。


ーアルフレッドが結界師としての才能を持ちながら解呪師としての才能も併せ持つ、類い稀なる才能の持ち主であるということを。



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