まずは相談することにしましょうか①
わたこいの舞台となっているフォルテリアは「西洋風異世界ファンタジー」という世界観で作られていた。
現実世界の西洋貴族社会を参考にしつつ、恋愛シミュレーションゲームとしての進行を円滑に進めるため、色々とご都合主義的な要素が存在している。
まず1つ目に、貴族と平民の居住区域が明確に分けられていないことだ。
これは元平民のヒロインであるサリエラが、幼馴染の攻略対象と同じ学園に通うためという理由からできた設定だ。
攻略対象者には貴族、平民、教師といった学園関係者に始まり、いきつけのカフェの店員、出入り業者の息子などもおり、違和感なく恋愛イベントを発生させるためにも必要な設定となっていた。
さすがに公爵家だけは王城に近いエリアに邸宅が集まってはいるが、ナイトリアス侯爵家のお隣さんなどはステイツ家という青果店を営む平民だ。
2代前の主人がどこぞの貴族にそれは美味しく新鮮な野菜と果物を納品したところ、それに感激したかの貴族が今の土地を与えてくれたのだそうだ。
なかなか夢がある話である。
エルミリアも前世の記憶が甦った当初こそ防犯上の問題はないのかと心配になったものだが、そこはさすが元が乙女ゲームなだけはある。
イベントが関わらない限り、不穏な要素というものが徹底的に排除されていた。
圧政が敷かれているわけでもなく国家間で争いが起こっているわけでもなく、この世界での脅威といえば魔物の襲撃ぐらいのものなのだ。
世界は驚くほど平和に保たれており、明確な悪意などそうそう触れる機会がない有様だった。
2つ目に、叙爵と世襲の制度だ。
現実世界でも平民が爵位を賜るということはあったそうだが、永世的か世襲のできない1代限りというのが主であったらしい。
その点フォルテリアでは原則として2代目までの世襲が約束されており、2代目が継続して功績を残せば、世襲貴族としてその後も貴族を名乗ることができるという制度が取り入れられている。
2代目が爵位継承を拒んだ場合、当主がこれを認めれば継承の放棄もできる。
世襲そのものも男子でなければならないといった縛りがないなど、かなり自由度の高いものとなっていた。
サリエラの父であるルードベッヘ男爵は、新たな商業ルートを開拓したことを評価された。
大陸の中でも内陸に位置するフォルテリアが新鮮な魚介類を仕入れることができるようになったのは、ひとえに彼の地道な努力と交渉のお陰だ。
しかもそのルートを独占することなく、わずかな通行料さえ払えば他の商家でさえ通れるように開いたのだ。
その振る舞いが国家に大きく貢献したと評価され、元の商才も後押しする形となって男爵位を賜った。
そしてサリエラは前述のとおり、これを継承することも放棄することもできる。
ゲームでは基本的に、貴族キャラの攻略ルートに入れば継承し、平民キャラの攻略ルートに入れば継承放棄するという流れになっていた。
今のサリエラがどう動くかはわからないが、男爵令嬢という身分では王家との婚姻などまず有り得ない。
それを本人が理解しているかどうかも、確かめる必要があった。
3つ目は、毒見という概念がないことだ。
平民はともかく、貴族の習慣としてはまずあり得ない。
しかしこの世界では、「子どもの頃に必ず探知魔法を習得するため、傷んだものや体に良くないものを食べる恐れがない」という考えから、毒見役という者がいなかった。
ゲームでは「パラメータ上昇のアイテムに食物があるため、『毒見役には何故か効かない』という矛盾が生じるから」程度の軽い設定だった。
それがこちらの世界ではしっかりと理由付けがされていたことに、エルミリアは当初感心したものだった。
「ゲームの中の世界」でしかなかったはずのものは、「現実世界」として回るためにあらゆる不都合や矛盾が補正されていた。
今回はその補正こそが仇になった節があるようだが、なかなかどうして上手くできているものだった。
他にも細々としたご都合主義はあるものの、基本的には「茜」として生きていた現実世界の知識でエルミリアはなんとかやってきていた。
常識もマナーも現実世界の応用でなんとかなり、貴族としてのマナーや振る舞いはこちらの世界で幼い頃から教え込まれたお陰で習得できている。
だからこそ、先ほどサリエラから受けた非礼の数々に怒りが込み上げていた。
(ダメだわ、何度思い返してもイラッとする…!)
普段は滅多に怒りの感情を露わにしない「公式チート」が、苛立っている様を隠すこともなく早足で歩き去っていく様は通行人にそれなりの恐怖を抱かせたらしい。
王城を出るまでにすれ違った数人の騎士たちが、すれ違う直前に「ひっ…」と小さな声を漏らして即座に廊下の端に寄っていたからだ。
預けていた馬を受け取るべく来客用の厩に行くと、賢く優しい愛馬も主人の虫の居所が悪いことを察したらしく、どこか気遣わしげな様子で顔をすり寄せてくる。
馬に気を遣われたらしいことにエルミリアは思わず苦笑してしまった。
首元を数回優しく叩いてやってから、愛馬を連れて王城を出る。
王城の門を出たところで手綱を引いて馬を止めると、エルミリアも同様に足を止め、大きく数回深呼吸をした。
頭に血が上ったままでは見えるものも見えなくなってしまう。
その危険性は魔物との戦闘で嫌というほど経験してきていた。
まずは自分が何をすべきかを整理しなければ。
鎧に足を掛けて慣れた動作で騎乗すると、走らせたい気持ちを抑えて敢えて歩かせて帰ることにした。
(まずは家に帰って汗と汚れを流して…いえ、その前にお父様に事情をお話しして、フェランドル公爵家に先触れを出していただく方が先かしら?)
アンクロフトは先ほど「婚約破棄することにした」と言っていた。
つまり、まだフェランドル公爵家にも話が行っていない可能性があるということだ。
(正式に伝えられてもいない話を私が先に伝えちゃうわけにもいかないわよね…でも国王陛下たちがこんなことを許すとも思えないし…。)
後手からの始まりである以上、手を打つのならば早い方がいい。
しかし安易に先走ってしまうのもいただけない。
どう動くのが最善手だろうか。
(急がば回れって言うし、ひとまず家に帰って相談してみるのが先かな…。)
1人であれこれと考えても埒があかない。
どちらにしろ貴族家の人間である以上は、自分1人の意思で動き回れる立場ではないのだ。
まずは家族に相談して、どう動くべきかを一緒に考えてもらう方がいいだろう。
最初の一手をそう決めると、走りたくてうずうずしている様子の愛馬に合図を送ってやり、帰路を走り出した。
思ったより早く書けたので更新です。
次回は当初の予定通り日曜日の予定です。