私のためだけに世界はまわってるのよ②
「おい」
サリエラしかいないはずの部屋に、少し低い女性の声が響く。
ぶっきらぼうな声掛けを気にすることもなくサリエラが声のした方に目を向けると、フードを目深に被った人物が入口のドアにもたれかかっていた。
「ちょっと、嫁入り前の乙女の部屋に勝手に入らないでくれる?」
「ならば鍵でも掛けておくことだな。ついでに窓も閉めておけ。お前の品のない笑い声が、この辺りの連中に聞かれるぞ。」
「るっさいわね!!」
せっかくいい気分でいたところを邪魔されてサリエラは舌打ちをする。
品のない笑い声という言葉も、気に障ったことの一つだ。
「何の用なのよ、『まじない師』。」
「お前に忠告をしに来た。」
「はぁ?忠告ぅ?今更何に気をつけるって言うわけ?もうアンクロフト様はあの女との婚約を破棄するって言ってくださったのよ。私の勝ちは決まったの!」
言葉にすると実感は増す。
そうだ、公爵令嬢であるリコリエッタより自分の方が優位に立ったのだ。
高笑いをしながら愉悦に浸るサリエラを見て、『まじない師』と呼ばれた人物は呆れたように息を吐いた。
自分の忠告を聞く気がないと判断すると、寄りかかっていたドアから体を離す。
するとその足元から、黒いモヤが立ちのぼりだした。
「聞く耳は持っていないようだな。ならば好きにするがいい。」
「はっ!あんたに言われなくたって、私は私の好きにするっての!」
鼻で笑うサリエラを横目に、『まじない師』の体は黒いモヤに包まれていく。
そうして全身がモヤに包まれたかと思うと、かの人物は忽然と姿を消していた。
「チッ…折角いい気分だったのに、あいつのせいで台無し!」
文句と共に、抱えていた枕を先ほどまで『まじない師』がいた場所に向かって力いっぱい投げつける。
枕はボスンと音を立ててドアにぶつかると、そのまま床に落ちた。
そもそも存在が不気味なのだ、あの人物は。
顔を見せたこともなければ名前すら名乗らない。
初めて会った時など、人のいない夕方の路地で突然背後から「王子の心が欲しくはないか」と声をかけられた。
転生前ならば確実に即警察に通報している。
寛大な自分が話を聞いてやったから、あちらも自分の目的を果たせているのだ。
もっとも、課金アイテムの製作という目的がなければ、やはり自分に関わらせてやることはなかっただろうが。
(あいつの目的はフェランドル公爵家を潰すこととか言ってたっけ。娘は聖女とか言われて持てはやされてるけど、恨まれるようなことはしてんのね〜。)
この事実はサリエラにとってこの上なく好都合だった。
相手が勝手に転落してくる恰好のネタがこの手に舞い込んできたのだ。
これを使わない手なんてあり得ない。
そう考えたサリエラは、香水の製造に着手し始めたのと同時期に、家に出入りする業者や時々招かれる夜会の場で少しずつ噂のタネをまき始めた。
『とある名門貴族に滅ぼされたという家の方を保護しているんですよぉ。』
『公爵家の方々のことを色々と聞かれましてぇ…。』
『フェランドル公爵家のことを聞いてきたときは、なんか目の色が違ってて…。』
『でもぉ、あのお家に限ってそんな…ねぇ?』
匂わせるように少しずつ誘導してやると、出入りの業者たちは徐々に耳を傾けてくるようになった。
暇を持て余しているであろう貴族の夫人たちの食いつきが思っていたほど良くなかったのは少し想定外だったが、出入りの業者は仕事であちこちに赴く。
行った先でこの話を吹聴していってくれれば、結果的には同じことだろう。
そう考えたサリエラは、ターゲットを出入りの業者に絞ってそれらしい嘘を吹き込んでいった。
直接的に貶める言葉を使わないようにしなければならないのは少々面倒だったが、アンクロフトと結ばれるためならば労力は惜しまない。
「そろそろあの女の評判も落ち始める頃よねぇ…あ〜〜〜、マッッジで楽しみ〜〜!!」
さきほどまでとは打って変わって、語尾にハートマークでも付いていそうなほどのご機嫌さでサリエラはほくそ笑む。
鼻歌まで歌いだすその様は、まるでお気に入りブランドの新作の発売でも待っているかのようだ。
もう少しで邪魔者を追放し、夢にまで見たアンクロフトと結ばれることが出来る。
高揚と期待から熱を持つ両頬にそっと手を添えると、サリエラはふわりと微笑む。
その表情ははたから見れば、恋する無垢な少女のそれだった。
ルードベッヘ男爵家の屋根の上、他からは死角になって見えない場所に『まじない師』姿はあった。
サリエラの愉しげな独り言を、その人間離れした聴覚で聞きながら『まじない師』はため息をつく。
その表情は落胆や悲哀といったものではなく、悦に入る様を侮蔑するようなものだった。
「あの女を使うのもそろそろ潮時か…。」
そう呟くと同時、『まじない師』の体は再び黒いモヤに包まれその場から姿を消した。
サリエラの狂気とも言える笑い声を聞く者はいなかった。
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「人魚の子孫ですが、王子様との結婚なんて真っ平ごめんです!」
人魚の子孫であるファニスは人の世に紛れながら悠々自適の生活を送っていた。
とある嵐の日、海に落ちた第二王子を助けたことがきっかけで惚れられてしまい、求婚される羽目に。
絶対に王族と結婚したくない人魚の子孫と、絶対にファニスと結婚したい人の話を聞かないパワフル王子のお話。
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