私のためだけに世界はまわってるのよ①
ブランシュ伯爵家の夜会に参加してから5日目の夜。
ルードベッヘ男爵とその妻は、昔からの友人に誘われて夕方から出かけていた。
両親は娘のサリエラも連れて行くつもりだったのだが、秋からの学園入学に向けて勉強をしたいからと断られたのだ。
勿論それはサリエラの本心ではなかった。
ただ単純に気乗りがしなかったのだ。
出かける両親を見送った後、今のサリエラならば「なんで顔も良くないおっさんと一緒にご飯なんか食べなきゃなんないのよ」と暴言を吐いていただろう。
しかしこの日、サリエラはすこぶる機嫌が良かった。
アンクロフトに会うことができたというのも勿論大きいが、それ以上にとても愉快なことがあった。
なんと、未来の王妃たる自分に楯突いた侯爵家の女が謝罪をしてきたのだ。
それだけでも愉快で仕方がないというのに、自分に謝罪をしてきたときの態度がまた面白かった。
不満を隠そうともせず、父親と兄に嗜められたと言って嫌々頭を下げたのだ。
そして最後の抵抗のように「自分の主君はアンクロフト殿下ではありませんので」と言って顔を背けた。
これが「愉快」以外のどんな言葉で表せるというのだろうか。
「あ〜もうマジでちょぉー面白い!笑えるったらないわ〜!」
枕を抱えてケラケラ笑いながら、ベッドの上を往復するようにゴロゴロと転がる。
昼間から何度思い出しても愉快で仕方がなく、その度にニヤけそうになる口元を抑えるのが大変だったぐらいだ。
お陰で笑ったりするとほんの少し、頬のあたりに筋肉痛のような痛みを感じる。
ブライアンが夜会で妹を嗜めたと言ってきたときは、てっきり妹を庇っているだけだと思っていたのだ。
そう言って上手く男爵に取り入り、今よりもいい条件と環境で商売の手を拡げたいのだろうと。
だから適当に流した。
しかしその認識が間違っていたことが今日わかったのだ。
エルミリアの父と兄は、身内の感情よりも家の事業を優先した。
もしかするとこの件で家族の仲が険悪になっていたとしたら、それはサリエラにとって途轍もない朗報だ。
どれだけ強く、また王家からの信頼を得ていようと、所詮は「貴族の娘」なのだ。
家の決定には逆らえず、当主に意見するなどもっての外だろう。
つまり、エルミリアはこれ以上自分の裁量では動けないはずである。
(邪魔な奴が1人減ったとか、マジで最高すぎ!ブライアンもなかなかいい仕事するじゃない?アンクロフト様と私が結婚したら、私専属の騎士に指名してやってもいいかも〜。)
公式チートであるエルミリアが強いのは言わずもがなだが、兄であるブライアンも剣術・魔法の扱いともに優れた優秀な人物なのだ。
運営が行ったキャラクター人気投票では、攻略対象者部門で1位を取るほどの人気でもあった。
見目がよく、家柄も良くて自分に好意的な男ならば、自分の側に置いてやってもいいかも知れない。
「アンクロフト様とブライアンは子どもの頃から仲がいいって設定だったし、嫉妬なさったりもしないわよね。あーでも私のことが好きすぎて嫉妬するアンクロフト様とか、それはそれで最高すぎ…!」
自分に焦がれるあまり、幼い頃からの友人に嫉妬の眼差しを向けるアンクロフトを想像してサリエラはうっとりとした表情をする。
アンクロフト以外に目移りすることなどあり得ないと告げても不安そうにする彼を妄想し、小さく悲鳴を上げながら先ほどとは違う感情でベッドの上を転がる。
(リコリエッタとの正式な婚約破棄も近いはずだし、そろそろウェディングドレスも準備しておくべきかしら!?一流デザイナーに30個ぐらい案を出させて、その中から私が一番綺麗に見えるドレスを選んで〜、あとはお色直しも5回ぐらいしたいし〜!)
枕を抱きしめながらその時に想いを馳せる。
煌びやかな宝飾品を身につけ、真っ白なウェディングドレスに包まれた自分の姿はさぞ美しいに違いない。
テレビがないこの世界では、世界中に自分達の結婚式を見せることが出来ないのが残念だ。
いっそ今から魔道具としてテレビを作らせようか。
そんなことを考えながらサリエラはにまにまと笑う。
邪魔者は排除の予定が立ったか、自分に仕えることになるかだ。
憂い事が減るというのはとてもいい気分である。
唯一気になることといえば、アンクロフトの側近らしき男が1人増えていたことぐらいだろうか。
あの顔には見覚えがある。
たしかアプリのリリースから1年後に追加された、攻略対象キャラの1人だったはずだ。
もっとも、彼のルートにはチュートリアル以外の場面でアンクロフトが一切出てこない仕様だったので、名前すら覚えてはいないのだが。
(たしか医者?薬師?とかそんなんだった気がするけど、アンクロフト様に悪いところはないはず。ってことは、私のために専属の医者を見つけてくださったのかしら!?私ってば、愛されすぎ!!)
すべてが自分のために動くと思っているサリエラは、すべてを自身にとって都合の良い方に解釈する。
そんな彼女が、名前すら覚えていない彼がリコリエッタの遠縁の親戚にあたることなど、覚えているはずもなかった。
サリエラ視点回です。
サリエラの表情を頭の中に思い浮かべながら書いていると、とんでもない悪役顔が浮かんできます。
ヒロイン…。




