作戦の第一段階へと進みましょう①
「いよいよかぁ…。」
自室の壁にかけられたカレンダーを見ながらエルミリアは呟いた。
先日の「女子会」から早5日。
今日はブランシュ伯爵家で夜会が開催される日だ。
そして、ブライアンがルードベッヘ男爵への接触を予定している日でもある。
「こんな日にただ待ってることしかできないなんて…。」
窓際に置かれた椅子に座り、窓の外をぼぅっと眺めながら小さくため息をついて独りごちる。
気休めになるかと思って流行りの恋愛小説とやらを妹に借りてはみたものの、まったく内容が入ってこない。
元々あまり嗜む分野ではないこともあって、膝の上で開かれた本は先ほどから進むことなく同じページで止まっている。
少し読んでは気が逸れ、内容が頭に入らずまた戻る…ということを繰り返していた。
普段のエルミリアを知る者が見れば、身体の具合が良くないのではないかと心配したことだろう。
今夜の夜会に先立ち、ブランシュ伯爵には事前に父から協力を頼んでいるため、多少の助力は得られる。
しかし事の詳細を話すことはできないので、得られる助けは接触のための立ち回りをサポートしてもらえる程度のものだ。
それより先のことはすべて兄一人の立ち回りにかかっている。
面倒な役回りを負わせることになってしまったことへの罪悪感と、兄を心配する気持ちとでエルミリアは朝からずっとそわそわしていた。
既に太陽は傾き、あと小1時間もすれば辺りは暗くなるだろう。
そうして夜会が始まると兄はリコリエッタのため、ひいてはこの国の未来のために動くことになるのだ。
(お兄さまに背負わせてるものが大き過ぎて…考えるだけで胃が痛い…っ!!)
胃の辺りを抑えながら小さく「ぅぐぅ…」と悲鳴を漏らす。
たった一人の我が儘の所為で国の存続そのものが危ぶまれるなど、一体誰が予想し得ただろうか。
恋は盲目とはよく言ったものだと、エルミリアは本日何度目になるかわからない深い溜め息を吐いた。
せめてブライアンが攻略対象でなければ…と思いかけたところで、攻略対象ではないアンクロフトを手に入れたいがための暴挙だったということを思い出す。
どちらにしろ自分の胃に逃げ道はなかったらしい。
(うぅ…お兄さまがサリエラの攻略対象である以上、今日の夜会で何も起こらないなんて考えられないし…。)
それを伝えられないことを歯痒く思いながら、エルミリアはせめてもの助けになるようにと、出かける直前のブライアンに防御魔法を施した。
物理攻撃を軽減するバリアとは違い、魔法効果を効きにくくする魔バリアという類のものだ。
サリエラが魅了の類の魔法を使っているのであれば、いくらかの助けにはなるだろう。
エルミリアの防御魔法とブライアンの魔法耐性、その2つを合わせてもなおブライアンが心奪われるようなことがあれば、サリエラは魔道具以外の手段を使っていると判断していい。
本人も承知の上で赴いているとはいえど、兄を実験台にするようで気分は良くない。
見送りの際にもそれが顔に出ていたのだろう。
苦笑したブライアンに「エリーは優しい子だね」と言われ、幼子にするように頭を撫でられてしまったのだ。
幸いその場に妹はいなかったものの、この歳になって頭を撫でられるのは恥ずかしいなんてものではなかった。
(ブライアンの攻略ルートもこんな感じだったもんな…。妹を持つ長男ゆえの面倒見の良さというか…とにかく優しいんだよね。)
建国祭の人混みで流されそうになったサリエラのために、手を繋いで通りの端まで連れて行ってくれるイベントは「茜」のお気に入りイベントの一つだった。
とにかく優しさが際立つのがブライアンルートの特徴だったのだ。
その優しい兄に良からぬことが降り掛からぬよう、エルミリアは少し離れた地である自室から切に祈った。
***
エルミリアがこれからのことを思って胃を痛めている頃、ブライアンは馬車に揺られながら思案していた。
ルードベッヘ男爵との繋がりを作るというのはさておき、気になるのは娘であるサリエラが来るのかどうかという点だ。
今宵の招待は妻子の参加を強要するようなものではないと聞いている。
しかし父は「可能であれば娘とも接触を図れ」と言った。
それはつまり、サリエラが来るというなんらかの確証があるということなのだろう。
(男爵にとって娘と交流させておきたい相手がいるということだろうか…。)
貴族社会にとって社交は仕事の一つだ。
同じ事業を展開しようとしても、どんな人脈を持っているかで結果は大きく変わる。
商家であれば尚のこと、広い人脈を作りたいと思うのは不思議ではない。
(オリヴィエは才媛として貴族の間では有名だが、引っ込み思案なところもあって男爵が望みそうな交友関係は持っていない。となると、顔見せが目的だろうか…。)
そんなことを考えている間にブランシュ伯爵家の邸宅が見えてきた。
今夜はいつも以上に気を引き締めなければならない。
妹によってかけられた魔法に心地よさを感じながら、ブライアンは今夜のステージを静かに見据えた。




